これからの日本の教育を考える ~PISA2006の結果公表を受けて~
当レターでは、株式会社ベネッセコーポレーションより、最近の話題や情報をご提供しています。
今回は先日結果が公表されました「PISA」(OECD生徒の学習到達度調査)の結果を次期教育課程にどのように生かすべきか、という点に関して、ベネッセコーポレーションの社内シンクタンクである「Benesse教育研究開発センター」の主席研究員によるレポートをご紹介します。
今回は先日結果が公表されました「PISA」(OECD生徒の学習到達度調査)の結果を次期教育課程にどのように生かすべきか、という点に関して、ベネッセコーポレーションの社内シンクタンクである「Benesse教育研究開発センター」の主席研究員によるレポートをご紹介します。

これからの日本の教育を考える ~PISA2006の結果公表を受けて~
Benesse教育研究開発センター 主席研究員 鎌田恵太郎
【PISA06結果の特徴】
00年、03年に続いて06年に3回目の教育に関する国際調査「PISA」が行われ、今年12月4日にその結果が公表されました。
日本の特徴は
1 読解力はOECD平均に近く、数学的リテラシーは先頭集団から第2集団に後退した。
2 3つの試験すべてで上位層が減少し、下位層が増加している。特に数学的リテラシーの落ち
込みが大きい。
3 学習したことの将来への役立ち感が低い。
などが挙げられます。
この結果をみると日本の子どもの力の低下に歯止めがかかったとは言えません。しかし子どものどのような力に問題があるかをはっきりさせないまま「学力低下」という一言でくくって議論をしてしまうと問題の本質を見失います。PISAは15歳のどんな力を測っているのでしょうか。
【日本の教育で育成している力とPISAで測定している力の違い】
これまで日本で行われてきた教科教育は簡単にいうと「知識を分析して構造化し、効率的に伝達することによる基礎・基本の知識の習得」と「その基礎・基本の知識をベースにして、より論理的な文章を深く読んで考察し解答を導き出す力の育成」の2つに分けることができます。
ベネッセ教育研究開発センターが過去に行ったテストでは、
前者は指導要領で削除になった項目以外は低下しておらず、後者が低下しています。特に国語で内容を深く読解しないと解答できない設問や、数学の文章題、理科の物理・生物分野の応用問題は、すでに00年の調査時点で大幅な下落が見られていました。中には94年の調査時点と比較して6年間に10%も正解率が下がったものもあります。高校や大学の先生が感じた力の低下は主にこの部分だったと考えることができます。この点に関して言えば教科書をわかりやすくした結果子どもが論理的な文章を読む機会を失ったことも影響していると思います。
一方PISAは、「社会に出てから必要なコミュニケーションの基礎となる力」を測っています。これは様々な現代社会や日常のテーマ・課題の中で与えられた多様な素材を読み解き、自分がもっている知識・経験を使って考え自分の意見を相手に論理的に伝える事ができる力です。題材や必要な知識・経験が数学的であれば数学的リテラシー、科学的であれば科学的リテラシーと分類されています。そして出題には次の3つの特徴があります。まず一つ目はテーマの多様性です。現代社会や日常の文脈の中で問われますから、例えば科学的リテラシーでは必然的に教科書では扱いの少ない環境・生命科学・テクノロジーなども幅広く扱われることになります。二つ目はテキストの多様性です。与えられる素材は一般的な文章だけでなく、マニュアル・ちらしなどの文章や図・表・資料などの文章でないテキストも合わせて情報が与えられます。そして最後は答の多様性です。読み取った内容に自分の知識や経験を加味して考えることによって、各自の意見を構築しそれを相手に論理的に伝えなければならない設問も含まれます。その場合、各人の意見とその理由の論理的な一致が求められ、当然答は一つではありません。これがPISAで測定している能力とその問題の特徴です。
日本の子どもは教科書の知識の定着が比較的しっかりしているため救われている面がありますが、諸外国と比較するとこのような問題で測定された能力値はあまり高くありません。それを克服するために実は現行の指導要領下では総合的な学習の時間がその役割を果たすはずでした。しかし残念ながらねらいが徹底されず、一部の先進的な取り組みを除くと十分機能しなかったのが実情です。次の教育課程ではその点を補うために、言語力という名称ですべての教科にわたってコミュニケーションの基礎となる力を育成しようとしています。ただいくら授業時間を増やすといっても、教える知識の量を再び増やした上で新たに言語力を育成するというのは容易なことではありません。次の指導要領を成功させるためには、これまでの日本の伝統的な学習理論と、PISAに代表される欧州の学習理論の違いを知った上で両者の良いところをうまく取り入れる必要があります。
【PISAの背景にある教育理論と日本の教育との違い】
欧州の多くの国は、教師が知識を効率的に伝達し子どもは知識を受動的に受け入れるという教育方法を主流にはしていません。教師は子どもがどのように知識を構成するか、その環境をどのようにつくるかを重視し、子どもは能動的に知識構成に関わっていきます。これは「教育における構成主義」の理論に基づいていて、学習者は個々に異なる理解のプロセスを経て知識を構成するのであって知識は移植するものではないという考え方です。
この教育理論の実践によって「本当の基礎・基本の知識」だけを与えれば、その先は子どもが主体的に現代社会で必要な知識を獲得・構成することができるようになることを目指しました。
1980年前後までは、諸外国からも日本の効率的な知識伝達教育は国民全体の教養を高め国力を高めるという理由で大いに注目されていました。このことは欧米の大学の図書館に今も当時の日本の教育を紹介・研究した書籍が多くあることからもわかります。しかし、このころから社会で必要な知識や技能が高度化し始め、こうした教育だけでは子どもが実際に社会に出てから必要な知識・能力・スキルを十分につけることができなくなってきます。さらに伝達型で得た知識が社会に出たときにどのように役立つかがますます見えなくなり、子どもの学習意欲が低下するという同じ問題も抱え始めました。80年代以降、各国でカリキュラム改革が盛んになったのはこのためで、日本でも87年臨教審から今に至るまで、子どもが社会に出て生きる力をつけるにはどうすれば良いかの議論がずっと続いています。各国は社会が高度化・複雑化したために、現代社会や日常におけるテーマ・文脈に沿って子どもに考えさせる題材を与え、自ら知識を構築するという方法をとることになります。「教育における構成主義」に基づくこの教育方法の目的が理解され現場に浸透している国は、教育成果の中間測定であるPISAでもある程度の成果を上げています。そしてこのことは、学ぶ意欲の差となっても現れているように思います。
【今後の教育課程を成功させるために】
新たな取り組みとして次の指導要領では、総合的な学習の時間に加えて国語とそれ以外の教科での「言語力」の育成が始まります。これらの時間は「構成主義」による教育の目的・方法・利点をしっかり共有・実践する必要があります。先生は授業で子どもに考えさせることができるような現代社会や日常での材料を吟味して提示し、子どもが個々のプロセスで知識を獲得・構成していく支援者になります。授業形態もこの場合ディスカッションが多くなり、子どもは他者の考えも聞きながら最後は、グループではなく自分の考えを構築して相手に伝えるということをしなければなりません。日本が得意とする知識伝達型の教科教育とうまく組み合わせて教育を行うことになりますが、各教科で増加した授業時間は知識伝達型ではなく、知識構成型の授業に使う方が効果があります。教える内容が増えた分はより効率化し、知識構成型授業で現代社会に必要な知識を子どもたちに自ら構成させることができれば、成果が期待できると考えられます。現代のように新たに必要となる知識がどんどん増える社会では、双方を組み合わせて相乗効果を図ることが重要です。
さらにその先の指導要領では、コンピテンシー(能力)育成の視点で教科・科目の再検討が必要になるのではないでしょうか。ご存知のようにPISAは、「知的な活動能力」、「異質な集団での関係能力」、「主体的・自律的な行動能力」の測定を目指して開発されました。これらはキーコンピテンシーと呼ばれていますが、EUではそれを育成・測定しやすいように8つに具体化しています。その8つのコンピテンシーのうち
・母語によるコミュニケーション能力
・外国語によるコミュニケーション能力
・数学に関する能力、科学・技術に関する基礎的な能力
・ITを活用して課題を解決する能力
の4つが直接個人に対してテストで測定することができる能力とされており、これらは言わば現代版の読み書きそろばんといったところです。実際に我々社会人はこの4つができるだけ高い方が知的生産性が高くなります。そしてこれらの能力を発達段階に応じて育成するには、いつ何をどこまで、どのように、どんな科目として教えるかを根本から検討しなければなりません。母語・外国語のコミュニケーション能力、科学・技術、ITの課題解決への活用などの教育を考えると、今の科目構成や開始年次を見直す必要が出ることも考えられます。例えば英語教育を使ったコミュニケーション能力の育成に関して言えば、英語を母国語としない諸外国では90年代半ば以降小学校3年生くらいから行うのが一般的です。お隣りの韓国では、小学校英語導入10年の総括をしてメリット・デメリットをまとめていますので、そのような国々を参考にすることもできます。また海外には小学校の先生でも必ず教えるのは国語だけであとは得意教科を教えるという国もあります。高度化・複雑化する教育内容に対応する工夫はまだあるように思います。子どもたちが30歳、40歳になったときにその時点の社会で活躍できるための能力を育成するという点を重視した議論が必要です。
国際調査における順位の大幅な回復にはまだ時間がかかるかもしれません。しかし社会・行政・学校・家庭すべてがねらいを共有し、入試などの制度面も含めて変える努力をすれば、日本人の能力なら必ずまた世界のトップに向かうと考えます。
【ご参考】
■Benesse 教育研究開発センターについて■
Benesse 教育研究開発センターは、
「子ども・学びの基礎研究」「教育内容・方法・形態開発発」「教育課題解決にむけた情報発信」という3つの柱を軸に、教育に関する幅広い研究活動・情報発信を行っています。
中でも、アセスメント研究室は、諸外国の教育カリキュラムやテストについて調査し、測定可能な様々な能力・スキルのテスト・評価の研究・開発を行っています。
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