第19回国際エイズ会議:中所得国、法外な薬価に特許の「強制実施権」を発動
法外な薬価設定につながる製薬会社の特許権の行使に対し、中所得国が「強制実施権」*を発動する例が増えている。国際医療・人道援助団体である国境なき医師団(MSF)が7月25日に発表した報告書「薬価引き下げの謎を解く(第15版)(UNTANGLING THE WEB OF ANTIRETROVIRAL PRICE REDUCTIONS)」で伝えた。
*本来特許発明の使用には特許権者の許諾が必要であるが、一定の条件下において特許権者の許諾を得なくても特許発明(例えば医薬品)を使用する権利を第三者に認めることができる場合がある。このような権利を強制実施権という。ドーハ閣僚会議の宣言では、HIV/AIDS等も強制実施権を認める際の条件となり得るとなっている。(外務省HPより転載)
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インドでは、強制実施権を3月に初めて発動した。対象は、ドイツの製薬企業バイエル。がん治療薬である「トシル酸ソラフェニブ製剤」に付加された特許権を対象としている。これは抗レトロウイルス薬(ARV)の普及のための重要な先例となるものだ。中国も先ごろ、強制実施権を確立した。
MSFの必須医薬品キャンペーンにおける医療責任者、ネーサン・フォードは次のように述べる。
「MSFのこの報告書には、“途上国の薬局”であるインドの最新のHIV治療薬が特許で保護されていることや、それがMSFの患者の治療にも必要なジェネリック薬(後発医薬品)製造を妨げていることなどが記されています。独占販売企業の自社製薬への法外な価格設定を受け、開発途上国がこのところ、その特許権を越える権利の発効に踏み切っています。そうした力関係の変化が求められているのです。そのため、MSFは、特許権の濫用に対して新たな特許法を適用しているインドのような国を全面的に支持します。人命を救う薬の普及を高い価格設定が妨げている場合、それは覆されるのです」
最新のARVは高価だ。第2選択療法も効果のなかった患者のための3種の薬剤(ラルテグラビル、エトラビリン、リトナビルでブーストしたダルナビル)の併用療法は、開発が最も遅れた国々やサハラ以南のアフリカで、患者1人当たり年間2486米ドル(約19万4000円)の費用がかかる。これは第1選択療法の15倍近い価格だ。中所得国はさらにその何倍もの費用を支払っている。インドでのMSFのHIV・結核治療プログラムでは、ラルテグラビルだけで患者1人当たり年間2147米ドル(約16万8000円)以上を支出している。エルサルバドルにおける同様のプログラムでは、エトラビリンだけで6917米ドル(約54万円)、グルジアではダルナビルだけで8468米ドル(66万円)がかかっている。
加えて、この2年ほどで、低中所得国および中所得国が製薬企業による値引き対象から外されている。ケース・バイ・ケースでの価格交渉を強いられているが、それが薬価の上昇をもたらしている。報告書「薬価引き下げの謎を解く(第15版)」が明らかにしたところでは、患者の負担が少ないフマル酸テノホビルジソプロキシル(TDF)/エムトリシタビン(FTC)/エファビレンツ(EFV)混合剤(生産者はメルク社/ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(BMS)社/ギリアド社、1日1錠服用)は、ここ5年間、低中所得国でも1033米ドル(約8万円)で、第1選択薬のジェネリック版に対して6倍の価格となっている。値引き提供の対象から外された国は、さらに何倍もの費用を支払わなければならない。
低中所得国と中所得国は、多国籍製薬企業・ジェネリック薬メーカー間の自発的なライセンス契約に基づき製造された薬の流通からも疎外されることが増えている。契約の条件や条項は大部分が機密とされている。報告書では、すべての開発途上国を対象としたARVの自発的ライセンス契約は現在のところ存在しないとの見解を示した。
MSFの必須医薬キャンペーン政策責任者、ミシェル・チャイルズは「多国籍企業は、自発的なライセンス契約によって、HIV治療薬の普及に関する問題はすべて解決されるのだという印象づけをしようとしています。しかし、中には意図的に対象から外されている国もあります。また、価格競争を規制する契約条項もあるのです」と話す。
複数の最新のARVが法外な価格設定になっている。これは、インドで特許を認められ、安価なジェネリック版が製造できなくなったためだ。インドは2005年まで、ジェネリック薬メーカー間の自由競争につながる薬剤には特許を認めてこなかった。その結果、第1世代のARVは99%の値下がりとなった。2000年時点で患者1人当たり年間1万米ドル(約7万8000円)以上だった薬価は、現在では120米ドル(約9400円)ほどになっている。世界貿易機関(WTO)の規定に基づき、2005年に特許付与を開始したが、その一方で、厳格な特許法を設けた。すべての利害関係者が、特許申請に対し、承認前後に異議申し立てをすることも認めている。実際に、異議申し立ての結果、テノホビルやロピナビル/リトナビル配合剤など複数のARVの特許申請が却下されている。
対照的に、南アフリカ共和国の法律は特許付与に対して非常に寛容だ。2008年だけで442件の医薬特許が認められている。ブラジルなどは2003~2008年の5年間で278件に過ぎない。
チャイルズは「法外な価格設定の新薬でも、必要とする患者は増えています。各国は、特許権の濫用で深刻な結果に至ってしまわないように、自国の特許法を注意深く監視すべきです。各国が柔軟な制度の整備を進め、実践しつつありますが、そのことが流れを大きく変えていくでしょう」とみている。
MSFは現在、23ヵ国で22万人にHIV治療を提供している。
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「薬価引き下げの謎を解く(第15版)」概要:
•テノホビルに基づく治療法の費用は現在、特許の壁がないか自発的なライセンス提供でジェネリック薬として流通している国では、アジドチミジン(AZT)に基づく治療法とほぼ同じ(ネビラピンを併用する場合)か、それをやや下回る(エファビレンツを併用する場合)。
•1日1錠服用で服薬順守がしやすいメルク社/BMS社/ギリアド社製造のTDF/FTC/EFV3剤混合薬の薬価は、この5年間、低所得国で患者1人当たり年間613米ドル(約4万8000円)、低中所得国で1033米ドル(約8万円)となっている。多くの企業から値引き提供の対象外とされ、薬剤ごとに価格交渉をしている中所得国では、より高価になる場合もある。
•1日1回、2錠ずつを服用するTDF/3TC(ラミブジン)/EFVの価格は、前年比20%減の患者1人当たり年間113米ドル(約9000円)となり、世界保健機関(WHO)が推薦する第1選択療法の中でも最も安価だ。服薬が手軽な点も長所。
•現在、最も手ごろな第2選択療法はAZT/3TC + ATV/r(リトナビルでブーストされたアタザナビル)で、患者1人当たり年間399米ドル(約3万円)。2011年の最低額442米ドル(約3万4000円)からさらに低下している。しかし、それでも最も安価な第1選択療法の3倍にあたる。特許が障壁となっていたり、自発的なライセンス提供の地理上の対象範囲から除外されていたりして、ジェネリック版が使用できない国では、この価格は何倍にもなることがある。
*本来特許発明の使用には特許権者の許諾が必要であるが、一定の条件下において特許権者の許諾を得なくても特許発明(例えば医薬品)を使用する権利を第三者に認めることができる場合がある。このような権利を強制実施権という。ドーハ閣僚会議の宣言では、HIV/AIDS等も強制実施権を認める際の条件となり得るとなっている。(外務省HPより転載)
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インドでは、強制実施権を3月に初めて発動した。対象は、ドイツの製薬企業バイエル。がん治療薬である「トシル酸ソラフェニブ製剤」に付加された特許権を対象としている。これは抗レトロウイルス薬(ARV)の普及のための重要な先例となるものだ。中国も先ごろ、強制実施権を確立した。
MSFの必須医薬品キャンペーンにおける医療責任者、ネーサン・フォードは次のように述べる。
「MSFのこの報告書には、“途上国の薬局”であるインドの最新のHIV治療薬が特許で保護されていることや、それがMSFの患者の治療にも必要なジェネリック薬(後発医薬品)製造を妨げていることなどが記されています。独占販売企業の自社製薬への法外な価格設定を受け、開発途上国がこのところ、その特許権を越える権利の発効に踏み切っています。そうした力関係の変化が求められているのです。そのため、MSFは、特許権の濫用に対して新たな特許法を適用しているインドのような国を全面的に支持します。人命を救う薬の普及を高い価格設定が妨げている場合、それは覆されるのです」
最新のARVは高価だ。第2選択療法も効果のなかった患者のための3種の薬剤(ラルテグラビル、エトラビリン、リトナビルでブーストしたダルナビル)の併用療法は、開発が最も遅れた国々やサハラ以南のアフリカで、患者1人当たり年間2486米ドル(約19万4000円)の費用がかかる。これは第1選択療法の15倍近い価格だ。中所得国はさらにその何倍もの費用を支払っている。インドでのMSFのHIV・結核治療プログラムでは、ラルテグラビルだけで患者1人当たり年間2147米ドル(約16万8000円)以上を支出している。エルサルバドルにおける同様のプログラムでは、エトラビリンだけで6917米ドル(約54万円)、グルジアではダルナビルだけで8468米ドル(66万円)がかかっている。
加えて、この2年ほどで、低中所得国および中所得国が製薬企業による値引き対象から外されている。ケース・バイ・ケースでの価格交渉を強いられているが、それが薬価の上昇をもたらしている。報告書「薬価引き下げの謎を解く(第15版)」が明らかにしたところでは、患者の負担が少ないフマル酸テノホビルジソプロキシル(TDF)/エムトリシタビン(FTC)/エファビレンツ(EFV)混合剤(生産者はメルク社/ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(BMS)社/ギリアド社、1日1錠服用)は、ここ5年間、低中所得国でも1033米ドル(約8万円)で、第1選択薬のジェネリック版に対して6倍の価格となっている。値引き提供の対象から外された国は、さらに何倍もの費用を支払わなければならない。
低中所得国と中所得国は、多国籍製薬企業・ジェネリック薬メーカー間の自発的なライセンス契約に基づき製造された薬の流通からも疎外されることが増えている。契約の条件や条項は大部分が機密とされている。報告書では、すべての開発途上国を対象としたARVの自発的ライセンス契約は現在のところ存在しないとの見解を示した。
MSFの必須医薬キャンペーン政策責任者、ミシェル・チャイルズは「多国籍企業は、自発的なライセンス契約によって、HIV治療薬の普及に関する問題はすべて解決されるのだという印象づけをしようとしています。しかし、中には意図的に対象から外されている国もあります。また、価格競争を規制する契約条項もあるのです」と話す。
複数の最新のARVが法外な価格設定になっている。これは、インドで特許を認められ、安価なジェネリック版が製造できなくなったためだ。インドは2005年まで、ジェネリック薬メーカー間の自由競争につながる薬剤には特許を認めてこなかった。その結果、第1世代のARVは99%の値下がりとなった。2000年時点で患者1人当たり年間1万米ドル(約7万8000円)以上だった薬価は、現在では120米ドル(約9400円)ほどになっている。世界貿易機関(WTO)の規定に基づき、2005年に特許付与を開始したが、その一方で、厳格な特許法を設けた。すべての利害関係者が、特許申請に対し、承認前後に異議申し立てをすることも認めている。実際に、異議申し立ての結果、テノホビルやロピナビル/リトナビル配合剤など複数のARVの特許申請が却下されている。
対照的に、南アフリカ共和国の法律は特許付与に対して非常に寛容だ。2008年だけで442件の医薬特許が認められている。ブラジルなどは2003~2008年の5年間で278件に過ぎない。
チャイルズは「法外な価格設定の新薬でも、必要とする患者は増えています。各国は、特許権の濫用で深刻な結果に至ってしまわないように、自国の特許法を注意深く監視すべきです。各国が柔軟な制度の整備を進め、実践しつつありますが、そのことが流れを大きく変えていくでしょう」とみている。
MSFは現在、23ヵ国で22万人にHIV治療を提供している。
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「薬価引き下げの謎を解く(第15版)」概要:
•テノホビルに基づく治療法の費用は現在、特許の壁がないか自発的なライセンス提供でジェネリック薬として流通している国では、アジドチミジン(AZT)に基づく治療法とほぼ同じ(ネビラピンを併用する場合)か、それをやや下回る(エファビレンツを併用する場合)。
•1日1錠服用で服薬順守がしやすいメルク社/BMS社/ギリアド社製造のTDF/FTC/EFV3剤混合薬の薬価は、この5年間、低所得国で患者1人当たり年間613米ドル(約4万8000円)、低中所得国で1033米ドル(約8万円)となっている。多くの企業から値引き提供の対象外とされ、薬剤ごとに価格交渉をしている中所得国では、より高価になる場合もある。
•1日1回、2錠ずつを服用するTDF/3TC(ラミブジン)/EFVの価格は、前年比20%減の患者1人当たり年間113米ドル(約9000円)となり、世界保健機関(WHO)が推薦する第1選択療法の中でも最も安価だ。服薬が手軽な点も長所。
•現在、最も手ごろな第2選択療法はAZT/3TC + ATV/r(リトナビルでブーストされたアタザナビル)で、患者1人当たり年間399米ドル(約3万円)。2011年の最低額442米ドル(約3万4000円)からさらに低下している。しかし、それでも最も安価な第1選択療法の3倍にあたる。特許が障壁となっていたり、自発的なライセンス提供の地理上の対象範囲から除外されていたりして、ジェネリック版が使用できない国では、この価格は何倍にもなることがある。
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