世界初、原子1層からなる半導体の性質を容易にコントロール ~万能性基幹分子の実現に一歩前進~
千葉大学の青木伸之准教授は,SUNYバッファロー大のJ.P. Bird教授,Rice大のR. Vajtai教授らと共同で,原子層物質(注1)の一種である二硫化モリブデン(MoS2)に,走査電子顕微鏡で電子線を照射するだけで,半導体として重要なバンドギャップ(注2)が大きくなる現象を世界で初めて発見しました。
- 研究の背景 ~原子層物質への期待~
- 成果の概要 ~半導体の性質をカスタマイズ~
千葉大学青木研究室では,光や電子線を照射することで,一つの物質から様々な異なる性質の材料を作り出すことができる「万能性基幹分子(注3)」の研究を進めてきました。その研究の中で,青木研の大学院生の松永正広らは,1層のMoS2単結晶で作られたトランジスターの中に,性質の異なる部分があることを発見しました。走査プローブ顕微鏡(注4)を複合的に用いて解析を進めていくと,その部分はバンドギャップが広くなっていて,その境界がトランジスターとしての動作を担っていることがわかりました。さらに検証を進め,その変化の原因は,試料の作製プロセスに使っていた電子線リソグラフィ(注5)で使用する電子線照射によるものであることを突き止めました。この研究により,原子層物質では,一般によく使われている走査型電子顕微鏡(SEM)といった簡易な装置で電子線を照射するだけで,バンドギャップを容易にコントロールできることがわかり,万能性基幹分子としての応用に一歩前進しました。
- 研究の詳細
1層の単結晶MoS2でできた電界効果トランジスターを作製し,走査ゲート顕微法(注6)という方法でトランジスターの上を観察すると,片方の電極の近くのMoS2結晶内に連続した線状の応答が観測されました。これは,トランジスターとしての動作がその線の位置で強く生じていることを示しており,我々の想定外の結果でした。その原因を追及していくと, MoS2結晶に電極を取り付ける工程で使用している電子線リソグラフィーによって生じていることがわかりました。フォトルミネッセンスという方法を用いて観察すると,電子線を照射した部分では照射していない部分に比べてバンドギャップが最大で45 meV大きくなっていることがわかりました。また,計算機シミュレーションを行った結果,このバンドギャップの変化は,照射した部分ではMoS2結晶の原子間隔が縮んでいることによることもわかりました。このようなマイルドな条件での電子線照射によるバンドギャップの変化はこれまでに報告された例はなく,走査ゲート顕微法といった最先端の顕微技術を複合的に用いることで初めて得られた成果といえます。
- 今後の展開
- 用語解説
注2) バンドギャップ 伝導帯と価電子帯の間のエネルギー差であり,半導体の性質を決める最も重要な値の一つ。エネルギーギャップや禁制帯幅などとも呼ばれる。
注3) 万能性基幹分子 一種類の物質からその分子間の結合状態の違いによって金属・半導体・絶縁体といった性質に変化することが可能な材料の総称。
注4) 走査プローブ顕微鏡 探針を試料表面に接触させて表面形状を観察する顕微鏡の総称。
注5) 電子線リソグラフィ 走査電子顕微鏡の電子線を使用してレジストを感光させることでパターニングする微細加工法の一種。
注6) 走査ゲート顕微法 走査プローブ顕微鏡の探針を局所的で可動なゲート電極として使用し,トランジスターの動作の状態を視覚化する方法。
- 論文タイトル
本研究の成果は,2016年10月6日にアメリカ化学会系学術誌ACS Nanoのオンライン版で発行されました。
論文タイトル:Nanoscale-Barrier Formation Induced by Low-Dose Electron-Beam Exposure in Ultrathin MoS2 Transistors
本研究は,JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「分子技術と新機能創出」の 一環として行われました。
- 研究に関するお問い合わせ
青木伸之(アオキ ノブユキ)
千葉大学大学院融合科学研究科ナノサイエンス専攻 准教授
TEL: 043-290-3430
FAX: 043-290-3427
メール:n-aoki@faculty.chiba-u.jp
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