ヘルスケア領域のイノベーション創出に向けた課題と共創の可能性とは 中外製薬と各界のリーダーが熱く議論
オンラインカンファレンスCHUGAI INNOVATION DAY 2022開催レポート
当日は、ヘルスケア領域のイノベーション、DXに関心のある社会人・学生を中心にのべ3,300名にご参加いただきました。Day 1は「R&D Innovation」をテーマに、異業種連携による高度な個別化医療の実現、多様化する創薬モダリティによる新薬創出、日本発のヘルスケアエコシステムの共創など、新たなヘルスケアビジネスに向けた可能性やオープンイノベーションの促進について議論しました。Day 2は「Digital Innovation」をテーマに、AI/ロボティクス/ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)、メタバース/Web3.0 等のテクノロジーを活用した企業やアカデミアによる取り組みを紹介し、医療DX の実現に向けたリアルワールドデータ(RWD)利活用の課題解決について議論するなど、両日で22名のリーダーによる示唆に富む講演と白熱したディスカッションを展開されました。
Day 1 「R&D Innovation」
①異業種連携による個別化医療の未来
- 「皮脂RNAを活用した美容分野のパーソナライゼーション」
大矢 直樹(花王株式会社 生物科学研究所 グループリーダー)
花王は、皮脂中にヒト由来のmRNAが存在することを発見し、採取した微量なRNAを網羅的に発現解析する技術を開発しました。RNAは、生涯不変なDNAと異なり、日々発現が変動する適時性を持つ一方、非常に分解されやすい不安定な物質ですが、本技術により簡便・非侵襲に採取し、約10,000種に及ぶ遺伝子の発現解析が可能となりました。我々はこの独自技術を、美容はもちろん、健康や医療の分野において、採取の自由度が高いモニタリングに活用し、様々な分野でパーソナライズ化を促進できるよう、引続き研究開発に取り組んでまいります。- 「腸管メタゲノミクス〜DXから橋渡し研究、そして全分野への応用〜」
植松 智(大阪公立大学大学院医学研究科・医学部 ゲノム免疫学/東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターメタゲノム医学分野 教授/特任教授)
腸内細菌叢の解析は、次世代シークエンサーの開発を契機に培養法からゲノムベースの解析へと研究手法のDXが実現しました。しかし、汎用されている16S rRNA解析では、腸内細菌叢の構成は分かるが、病態機構や創薬標的を見つけにくいという課題があります。我々は全メタゲノム解析を実践し、遺伝子の網羅的な解析によって非自己の細胞の合胞体としての腸内細菌叢の臓器機能を可視化しました。さらに腸内細菌に特異的に感染するファージゲノムのデータベース構築によって、疾患の直接原因となるpathobiontを制御できる次世代ファージ療法の開発も可能となりました。これらの解析基盤は、医療だけでなく微生物が関連する様々な産業領域への応用が期待されます。- 「人の内面を識る 感情センシング技術とそのビジネス展望」
村下 君孝(株式会社デンソーテン 新事業推進本部イノベーション創出センター プロジェクトリーダー)
IoTやAIの発展は、さまざまな新しいサービスを提供し、人の生活を豊かにしてくれる、大きな期待を抱かせてくれます。その一方で、一人ひとりに寄り添ったサービスの提供には、その人のそのときの状態や感情に沿ったものであるべきだと考えています。人の内面をリアルタイムに理解し、その人の感情を見える化する感情センシングは、これに必須の技術と考えています。デンソーテンでは、クルマ関係だけでなく、さまざまな分野でこの技術を実用化し、皆さまの「いま」に寄り添ったサービスの提供を実現していきます。- モデレーター
②革新的な新薬の創出へ、多様化する創薬モダリティ
- 「モデルナのmRNAパイプライン:数百万人が罹患する疾患から、数十人が苦しむ希少疾患、そして各個人に向けてパーソナライズされた医薬品まで」
鈴木 蘭美 (モデルナ・ジャパン株式会社 代表取締役社長)
「mRNAベースの薬剤が細胞の中に入り特定のタンパク質の合成をする指示を出す」これは、従来の医薬品の研究開発とは全く違う創薬のアプローチです。ですから私たちは、現在未解決の疾患に向けた治療や予防を開発し、人類の健康を改善し、世界中の人々の命に貢献してまいります。モデルナ・ジャパン株式会社は、日本においてもmRNAの新薬を迅速に開発することを使命としております。この使命を実現するために、またその過程において、私達は日本の優れた研究者や医療従事者の方々と、共に勢いよく前進することを願っています。- 「ゲノム編集の最前線」
森田 晴彦(Modalis Therapeutics President and CEO)
遺伝子治療はアデノ随伴ウィルス(AAV)ベクターの開発を背景に2010年代に華開き、現状では3,000件のアクティブIND(新薬臨床試験開始申請)が存在するまでになっています。また同時期にゲノム編集などの新技術が開発され、アプリケーションは拡大の一途となっています。一方で、眼などへの局所投与で治療可能な領域から始まった対象疾患が、筋肉疾患など全身投与を必要とする疾患に広がると、毒性が高まる報告があるように、課題も明らかになっています。こういった環境を背景にモダリスが取り組むのは、7,000を数えるといわれる遺伝疾患の治療薬開発です。当社はCRISPRを用いた独自の遺伝子制御技術に基づき、新しい知見や技術をインテグレートして画期的な治療薬を開発しています。- 「中外製薬におけるモダリティ技術を活用した創薬」
従来は低分子および抗体・タンパク質のモダリティが中心であった創薬において、近年、遺伝子や細胞等の新しいモダリティの実用化が進み、モダリティの多様化が急激に進展しています。さらにそれぞれのモダリティにおける技術の進化が早いスピードで進んでいます。中外製薬では、抗体医薬や中分子医薬を中心に独自のモダリティ技術を開発することでアンメットメディカルニーズ解決への可能性を高め、それまでは不可能であった創薬を実現してきました。本セッションでは、中外製薬がどのようなモダリティ技術を確立し、どのような創薬を実現してきたかを具体的な事例を示しながらご紹介しました。
③日本発のヘルスケアエコシステム、持続的な共創に向けて
- モデレーター
高橋 俊一 (一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)事務局長)
イノベーションの創出とその社会実装には「機能するエコシステム」が必要です。これは、単にプレイヤーが集積するだけでなく、多様なプレイヤーが研究・起業・投資・支援・インキュベーション・事業開発・導入など、それぞれの役割を果たすコミュニティーであることを意味します。そして、それぞれの国や地域に適したエコシステムであることも重要です。LINK-Jは、ライフサイエンス分野におけるイノベーション創出のための機能するエコシステム構築に中心的な役割を果たしていきます。- 「SPARKが実現するTranslational Scientists Without Borders」
小栁 智義(京都大学医学部附属病院 先端医療研究開発機構ビジネスディベロップメント室 室長/特定教授)
医薬品開発にかかるコスト増を受け、製薬企業はその研究開発体制を大きく変えました。アカデミアもトランスレーショナルリサーチを加速するために、スタンフォード大学のSPARKプログラムを始めとする応用研究とスタートアップ育成の基盤を構築してきました。日本のトランスレーショナルリサーチの環境は、助成金の枠に合わせた研究企画と研究基盤の整備に留まっており、実際に産業利用するための事業評価、リスク評価の仕組みが未整備です。京都大学は民間企業との連携で医療情報やバイオバンク利活用の事業会社を設立し、初期開発プログラムの評価と投資リスク判定への応用が可能となりました。今後はリアルワールドエビデンスを活用するスタートアップや、Venture Creationのような企画型の事業創出のシステムづくりが必要と考えています。- 「海外VCとのコラボレーションによる日本のヘルスケアエコシステム活性化に向けた取り組み」
吉川 真由 (AN Ventures Founding Partner)
AN Venturesは日本に眠る有望な科学技術をグローバルに羽ばたかせるべく、米国ARCH Venture Partnersとの連携のもと生まれたバイオテックVCです。AN Venturesは、技術等の起源は日本にフォーカスしつつも、価値の最大化は、日本国内だけにとどまらず、初期から米国の豊かな人材や資金、マーケットをフルに活用していく方針です。このようにグローバルスタンダードで展開することこそが、国内のシーズやスタートアップの価値を最大化させると信じており、今後日本国内のアカデミアと密にコミュニケーションを取りながら、カンパニークリエーションに進んでいく計画です。- 「シンガポールサイエンスエコシステムからの創薬」
Chugai Pharmabody Research Pte. Ltd.は、シンガポールにおいて初期創薬研究を行う研究組織として、中外製薬グループにおける抗体医薬品創製の中心的役割を果たしています。シンガポール政府は、バイオメディカルのエコシステムを、経済の中心的な柱に発展させようと取り組んでおり、政府の支援により開発された当社が位置するバイオポリスは、公的研究機関・民間企業間の協力関係の土壌の上で、研究開発を行うことができる非常に魅力的なロケーションです。シンガポールのサイエンスエコシステムではダイバーシティが実現しており、優秀な人財が集まっていることから、今後はさらにシンガポールサイエンスエコシステムとの協働を通して、シンガポールにおける独自の創薬研究のスタイルの確立をめざします。
Day2「Digital Innovation」
①AI/ロボティクス/BMI 「ヘルスケア×デジタル」の最前線
- 「ブレイン・マシン・インターフェースが拓く医療とヘルスケア」
牛場 潤一(慶應義塾大学理工学部生命情報学科 教授、株式会社LIFESCAPES 代表取締役社長)
脳と機械をつなぎ、連携連動させる技術である「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」は、テレパシーやサイボーグのようなSF技術としてだけでなく、脳の回路を組み替えて病気や事故で失った脳機能を復元する医療機器としての可能性が広がっています。将来は、組織修復技術である再生医療と融合して、中枢神経系領域の革新的な医療が生まれるかもしれません。あるいは、非侵襲性、ワイヤレス、ウェアラブルというBMIの技術特性を活かして、ユーザーが日常生活のなかで手軽に利用するヘルスケア・プロダクトとして普及していくかもしれません。事故や病気、体調の不良などからくる悩みがBMIによって緩和され、ひとりひとりが穏やかで豊かな暮らしを送れる時代が来ることを願っています。- 「人と機械の融和の時代におけるロボット・AI・センシングテクノロジー」
諏訪 正樹(オムロン サイニックエックス 代表取締役社長)
人と機械の関係性が「代替」から「協働」そして「融和」へと移り行く中で、特に人と機械の融和においては、機械が人の潜在能力を引き出し人の成長を加速させる未来に向かって進化していくものと考えています。その過程において、人の五感や身体性とのインターフェースとしてのセンシングやロボティクスあるいはAIなどのテクノロジーの進化が鍵を握ります。OMRON SINIC Xは、オムロンの創業者立石一真の提唱する未来論「SINIC」における自律社会の未来を科学起点で先取り社会実装するHuman-centric Technology 研究所として、引き続き技術革新の創出に貢献していきます。- 「人の心を豊かにするアザラシ型ロボット『パロ』 世界の医療・福祉分野での活躍」
柴田 崇徳(国立研究開発法人 産業技術総合研究所 上級主任研究員)
アザラシ型ロボット「パロ」は、日本では「ペット」用と「福祉用具」ですが、欧米等では10件以上のランダム化比較試験等の臨床試験や治験、それらのメタアナリシスの結果等より「治療効果」と「費用対効果」のメリットが認められ、複数の国で「医療機器」として医療福祉制度に組込まれています。例えば米国では、認知症、ガン、PTSD、脳損傷等の患者の不安、痛み、抑うつ、不眠、興奮(暴力、暴言、徘徊等)等の診断後の「パロを用いるバイオフィードバック治療」は、公的医療保険等により保険償還されます。最近ではウクライナ避難民のトラウマ、不安、ストレス等の改善にも活用されています。パロが今後ますます、世界の医療・福祉分野で活躍することを期待します。- モデレーター
②医療ビッグデータ活用で目指す、四方良しの医療DX
- 「健康医療産業はデータヘルスで持続可能な長寿社会に貢献する」
古井 祐司(東京大学未来ビジョン研究センター データヘルス研究ユニット 特任教授)
長寿国・日本で持続可能な循環型社会を実現するには、国民皆保険制度自体の「成長と分配」が必要です。健康寿命の延伸を図る新たな仕組みとして2015年から導入された「データヘルス」はそれを実現するためのプラットフォームでもあります。政府は骨太方針2020により、データヘルスの標準化を掲げ、地域および職場による健康格差の是正を図るための標準予防の実現を目指しています。データヘルスの標準化は、同時に民間ソリューションの社会適用および検証を促すことから、健康医療産業の成長につながることが期待されます。- 「政府が見すえる医療DX ~次世代医療基盤法による医療ビッグデータの活用~」
西村 秀隆(内閣府健康・医療戦略推進事務局 次長)
医療DXは、医療分野でのDXを通じたサービスの効率化や質の向上により国民の保健医療の向上が図られるなど、我が国の医療の将来を大きく切り拓いていくものであり、政府としてもその実現に全力を挙げています。特に、医療機関等に蓄積された膨大な医療情報の的確な研究分野での活用は、将来の保健医療の発展に大きく資するものとして期待されています。政府としては、このための環境整備の一環として、次世代医療基盤法の下、医療機関等に存在する医療情報について、個人情報の保護を図りつつビックデータ化し研究現場に提供する仕組みを設けています。今後も、世の中の変化や課題を踏まえ、不断の見直しを行いながら、健康な社会づくりを進めて行きます。- 「医療DXにおけるデータプロバイダーの役割と将来像」
山元 雄太(株式会社JMDC 取締役副社長兼CFO)
弊社(JMDC)は、カルテはもちろんレセプトも電子化されていなかった20年前に生まれ、日本におけるヘルスケアデータプロバイダーのパイオニアとして、データを集積し、データベース構築やデータ利活用のノウハウを蓄積してまいりました。当社が提供するデータの価値はデータそのものではなく用途にあると考えております。したがって、データプロバイダーの役割は、ヘルスケアデータの集積と提供にとどまりません。学術界/産業界の皆さまのパートナーとして、社会を一歩進めるためのデータの用途開発をご一緒させていただくことで、社会インフラとしてより大きな機能を果たせるようになると信じております。- 問題提起/モデレーター
③メタバース/Web3.0 ‐変革する医療・ヘルスケア
- 「Web3 メタバースの現在と未来」
馬渕 邦美(一般社団法人Metaverse Japan 代表理事)※発表者兼モデレーター
今後、Web3/メタバースは、どの様に世界に広がって行くのか、その構成要素、社会実装のタイムラインと、必要とされるテクノロジーの発展などWeb3メタバースの現在と未来を語りました。- 「医療でのXR、メタバース実践事例の紹介及び展望」
谷口 直嗣(Holoeyes株式会社 取締役CTO)
Holoeyesの起業までのストーリーを紹介しました。Holoeyesの手術支援サービスは、消化器外科、泌尿器科、歯科で導入され、XR技術が活用されています。Holoeyesのメタバースサービスの事例としては、肝臓の解剖についての遠隔ディスカッションや、5G回線を用いたメタバース空間内での歯科インプラントの指導があります。Holoeyesの教育サービスの事例としては、国立看護大学校でのスマートフォンアプリを用いた解剖教育もあります。さらに、ブロックチェーン技術の医療応用として、病院DAOのアイデア、仮想通貨でのヘルスケアサービスの支払いの可能性が広がっています。医療でのメタバース活用の際には、自己表現としてのアバターの可能性も課題となるでしょう。- 「VRセラピストと人で創る新しい精神科医療の未来」
蟹江 絢子(株式会社ジョリーグッド DTx事業部 上級医療統括顧問)
私は認知行動療法という心理プログラムを専門として精神科医として病院で働く一方で株式会社ジョリーグッドにて、うつ病や統合失調症向けのVRやアプリを活用したデジタル治療やデジタルツールの開発をしております。質の高いセラピーを社会実装できるという点で、VRに大きな可能性を感じています。精神疾患の患者や心理的なウェルビーイングを高めるために、バーチャルセラピストが役に立つ可能性があります。そして、400万人ほどに増加している精神疾患の患者に役立つデジタル治療開発することは意義深いことです。具体例としては、大塚製薬と連携し統合失調症向けにソーシャルスキルトレーニングプログラム、FACEDUOを開発しています。- 「ヘルスケア・製薬産業におけるWeb3.0/メタバース活用の可能性」
志済 聡子(中外製薬株式会社 上席執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長)
近年、ブロックチェーン技術を活用した新しいサービス・ツールが出現し、これらを総称した「Web3.0」と呼ばれる概念や「メタバース」といった場が世の中に広まりつつあります。これらはヘルスケア領域において「データ」、「組織・コミュニティー」、「価値創造の空間」の観点から、個人のデータ活用による最適な治療の提供、ステークホルダー間の新たな関係性構築によるインサイト抽出、高度なデジタルツインによるイノベーション創発といった新規価値を生み出すと考えています。一方でその実現のためには、その概念に対する社会的な合意形成、規制・法律の整備、新たな技術開発等様々な課題が存在しています。当社はそれらの解決に向けて先進的な取り組みをリードすると共に、各ステークホルダー・パートナーと連携を強化していきます。
【ご参考】
CHUGAI DIGITALウェブサイト(https://www.chugai-pharm.co.jp/profile/digital/)
CHUGAI DIGITAL公式note(https://note.chugai-pharm.co.jp/)
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