【コロナ後遺症の研究成果】最新の空間トランスクリプトーム解析によってコロナ後遺症に有効な治療法の分子メカニズムを解明
コロナウイルスの感染及びその後遺症が世界的に大きな課題となっていますが、そのメカニズムを空間トランスクリプトーム解析によって解析した研究成果を発表しました。
株式会社CyberomiX(サイバーオミックス、京都市)は、日本におけるシングルセル解析の影響力のある科学者(Key Opinion Leader)の一人である渡辺亮が最先端のゲノミクス研究を社会に実装するために創業したスタートアップです。この度、病理とゲノミクスを融合した空間トランスクリプトーム解析の最新のプラットフォームを用いた研究成果を学術論文として出版する運びになりましたので報告します。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)から回復した後も、長期間にわたり症状が持続する「long COVID」は世界的な課題となっています。上咽頭はSARS-CoV-2の主要な感染部位であり、long COVIDにおける持続的な炎症の温床となる可能性が指摘されてきましたが、その炎症遷延のメカニズムの詳細は未解明でした。今回、このメカニズムを分子レベルで解明するために、long-COVID患者より得られた上咽頭に対して、2µm四方の解像度をもつVisium HD(10x Genomics)を用いて、空間トランスクリプトーム解析を実施しました。その結果、SARS-CoV-2が上咽頭において免疫応答に影響を与えているシグナルパスウェイを同定し、これらの分子機序が慢性上咽頭炎がlong-COVIDの原因であることが示唆されました。また、日本発祥の治療法である上咽頭擦過療法(Epipharyngeal Abrasive Therapy,EAT)がlong-COVIDの持続的な症状を軽減する治療法として有効である可能性を提示しました。なお、本実験で行われたVisium HDは世界のファーストロットで、このプラットフォームを用いたCOVID-19の研究はこれが初めてとなります。

■研究の概要と主な成果
Long COVIDに罹患した患者3名、およびCOVID-19の罹患歴のない健常者2名より得られた
上咽頭を対象にほぼ1細胞レベル解像度をもつVisium HD(10x Genomics社)を用いて空間トラ
ンスクリプトーム解を実施しました。この解析から、以下の重要な知見が得られました。
(1) long COVID患者の上咽頭ではSARS-CoV-2由来RNAが持続し、慢性的な免疫活性化が生じるSARS-CoV-2のスパイクRNAが上咽頭に残存しており、ウイルス感染後も長期間にわたり炎症を持続させる要因となっていることを確認しました。上皮細胞や免疫細胞においてSARS-CoV-2シグナル伝達経路が活性化し、複数の免疫経路が過剰に刺激されていることが分かりました。これにより、上咽頭において慢性的な炎症が続き、long COVIDの症状に寄与している可能性が示唆されました。
(2) EATによる治療がウイルス残存を減少させ、炎症の改善に寄与するEAT施行後、SARS-CoV-2 RNAが消失または大幅に減少し、過剰に活性化していたT細胞受容体(TCR)シグナル伝達経路やサイトカイン(IL-6、TNF-α)の発現、抗体産生が抑制されました。また、機能が障害された上咽頭の上皮が除去され、炎症が鎮静化することを組織学的・遺伝子学的に明らかにしました。
■当社からのコメント
以前のバージョンでも同じサンプルで実施しておりましたが、より高い解像度をもつVisium HDに上市される前からVisium HDにご興味を持って頂き、世界初の実施となりました。西先生
の高い学究心が社会的課題であるCOVIDの理解を大きく前進させたと感じており、この瞬
間に立ち会わせて頂き、大変光栄です。
■用語の説明
【long COVID】
long COVID(コロナ後遺症)とは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染後に長期
間にわたり症状が持続する状態を指し、WHOは「感染から通常3か月以内に発症し、少な
くとも2か月以上続く、他の病気では説明できない症状」と定義しています。国内の最新
の調査1)では、long COVIDの発症率は約11.8%と報告されており、主な症状として咳嗽
(せき)、集中力の低下、疲労などが挙げられます。原因として、ウイルスのRNAやタン
パク質が体内に残存し炎症を引き起こす「慢性炎症説」や、免疫システムが過剰に活性化
し自身の組織を攻撃する「自己免疫説」などが提唱されています。
1)Iba A, Hosozawa M, Hori M, et al. Prevalence of and Risk Factors for Post‒COVID-19
Condition during Omicron BA.5‒Dominant Wave, Japan. Emerging Infectious Diseases.
2024;30(7):1380-1389. doi:10.3201/eid3007.231723.
【上咽頭擦過療法(EAT:Epipharyngeal Abrasive Therapy)】
慢性上咽頭炎の治療法で、0.5%~1%塩化亜鉛溶液を染みこませた綿棒を用いて、鼻や喉か
ら上咽頭に薬液を擦りつけます。従来は、「B スポット治療」と言われており、1960 年代か
ら日本において主に耳鼻咽喉科で行われている治療です。日本耳鼻咽喉科学会の関連学会である日
本口腔咽頭科学会に設置されている『上咽頭擦過療法検討委員会』を中心に臨床・基礎研究が行わ
れています。
【空間トランスクリプトーム解析(Spatial Transcriptome Analysis)】
H&E染色による病理情報とともに遺伝子発現情報を取得する解析手法です。従来の病理診
断は細胞や組織の形態情報を利用してきましたが、空間トランスクリプトーム解析は、細
胞の性質を決める遺伝子発現に基づいているため、細胞の状態をより詳細に解析すること
が可能となっています。Visium HDは2024年4月に10x Genomics社より発売され、約
18,000種類(ヒトの場合)の遺伝子の発現をほぼ一細胞レベルの解像度(2µm四方単位)で
解析できる最新の解析プラットフォームです。
■論文
【掲載誌】Scientific Reports
【タイトル】Spatial Transcriptomics of the Epipharynx in Long COVID Identifies
SARS-CoV-2 Signaling Pathways and the Therapeutic Potential of Epipharyngeal
Abrasive Therapy
【著者】Kensuke Nishi*, Shohei Yoshimoto, Takayuki Tanaka, Shoichi Kimura,
Toshiyuki Tsunoda, Akira Watanabe*, Kaori Teranaka, Yo Oguma, Hanako Ogawa,
Takumi Kumai, and Takafumi Yamano, (*Corresponding Author)
・筆頭著者:西憲祐(福岡歯科大学)、吉本尚平(福岡歯科大学)
・責任著者:西憲祐(福岡歯科大学)、渡辺亮(株式会社CyberomiX)
福岡歯科大学 口腔医学研究センター:西憲祐
同大学 耳鼻咽喉科学分野:山野貴史、西憲祐、田中隆行、木村 翔一
同大学 病態構造学分野:吉本尚平
福岡大学 細胞生物学教室:角田俊之
旭川医科大学 耳鼻咽喉科・頭頚部外科学教室:熊井琢美
株式会社CyberomiX:寺中香(病理、ゲノミクス実験)、小熊陽(データ解析)、小川花菜子(データ解析)、渡辺亮(空間トランスクリプトーム解析の実験およびデータ解析の統括)
【論文リンク】https://www.nature.com/articles/s41598-025-92908-7
■報道に関する問い合わせ先■
森本・安田(株式会社CyberomiX ブランディング&マーケティングユニット)
Mail: marketing@cyberomix.com
Tel: 070-9090-0794
― 株式会社CyberomiX(サイバーオミックス) ―
先端ゲノミクスにおけるキーオピニオンリーダーの一人で、京都大学大学院医学研究科やiPS細胞研究所の教員だった研究者(渡辺 亮:地域の起業家アワード優秀賞2025年受賞)が立ち上げた会社で、世界初のヒトiPS細胞由来細胞の移植における細胞特性の評価 (New England Journal of Medicine, 2017)の他、腫瘍学や再生医学をはじめ幅広い分野で学術論文(100報以上)を出してきた経験やノウハウを基盤としております。
「Beyond Academia」「学びながら働く、働きながら学ぶ」を社是とし、従来のアカデミアの枠組みを超えた活動を行っております。シングルセル遺伝子発現や空間トランスクリプトーム解析をはじめとする最先端研究をワンストップで行う医薬品開発受託サービスの提供を行っているほか、ヘルスケア領域のキーオピニオンリーダーや若手研究者に提供する共同研究を積極的に行っております。医学、生
物学、遺伝学、バイオインフォマティオクスと専門が多岐にわたる40名以上の社員(博士号取得者7名)が在籍しています。
歴史ある京都西陣において、地域力を活かした「地働地産」の活動も行っています。
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