ホタテ由来プラズマローゲン経口投与で記憶・学習能力が高まるメカニズムを解明
Frontiers in Cell and Developmental Biology掲載
◆ プラズマローゲンは、脂質(リン脂質)の一種で、脳や心臓、骨格筋、そして免疫細胞に非常に多い事が分かっています。また、ホタテ貝、鶏、ホヤなど多くの生物からプラズマローゲンを抽出する事が可能ですが、中でも、DHAを最も多く結合しているホタテ由来プラズマローゲンは、機能性が高いことが知られています。
◆ レオロジー機能食品研究所(藤野武彦代表、馬渡志郎所長、Shamim Hossain基礎研究部長)の研究グループは、ホタテ由来プラズマローゲンが記憶・学習能力を高める事とそのメカニズムを明らかにしました。
◆ 論文のハイライト
① 海馬のプラズマローゲン量を減らすと記憶に関連する遺伝子発現が減少するとともにマウスの記憶力が低下しました。
② ホタテ由来プラズマローゲンをマウスに経口投与すると海馬のプラズマローゲンが増加(図1)し、記憶力・学習能力が高まりました(図2・図3)。
*モリス水迷路(Morris water maze)
水を入れた円形プールの中にゴール台(退避用のプラットフォーム)を見えないように設置し、マウスを泳がせます。訓練試行を繰り返すと、マウスがゴールの位置を覚え、到着するまでの時間が短くなります。
*新奇物体認識テスト(NORT; novel object recognition test)
マウスは見たことのない新しい物体に興味を持つ性質があり、近づいて探索行動をとります。今回のテストでは、まず同じ物体2つをマウスに記憶させ、一定時間経過後に一つを違う物体に変えます。物体を記憶していれば、入れ替えた新しい物体の探索時間が長くなります。
③ ホタテ由来プラズマローゲンは、マウス海馬の新生ニューロンの数が増加(図4)することが分かりました(神経細胞の新生)。
④ホタテ由来プラズマローゲンは、神経細胞の生存・維持・分化に重要な働きをする脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を促進します。
ホタテ由来プラズマローゲンは記憶シグナル(ERKおよびAktタンパク質)を活性化(図5)し、その結果CREB転写因子が増強され、神経細胞および海馬におけるBDNF遺伝子の発現が増加しました。さらに神経細胞膜のリピッドラフトでTrkB(BDNFの受容体)タンパク質の発現が増加する事が分かりました。そして実際に、海馬のBDNFとTrkBの作用を抑制すると、記憶は低下することが確認できました。
ホタテ由来プラズマローゲンは海馬の神経細胞においてBDNF - TrkBシグナルを活性化することにより記憶を高めることが示唆されました。
◆ 総括
今回の研究成果は、脳内プラズマローゲンが海馬の神経細胞を活性化し、記憶力を高めることを示しています。プラズマローゲンは、アルツハイマー病患者の脳で減少していることが知られており、これまでヒト臨床試験で軽度認知障害(MCI)、軽度アルツハイマー病(AD)、中等度AD、重度AD患者でホタテ由来プラズマローゲンを摂取することで改善および現状維持が見られています。今回の論文はアルツハイマー病患者の脳におけるプラズマローゲンの減少は、記憶力低下の危険因子の一つであると考えられ、プラズマローゲンの摂取により記憶が改善する可能性がある事を裏付ける根拠となるものです。
◆ 今後の展望
現在アミロイドβ仮説によるアルツハイマー病の多数の新薬の開発が行われましたが成功していません。今回の論文でホタテ由来プラズマローゲンと記憶・学習力向上のメカニズムが明らかにされてきましたので、認知機能低下の新たな予防及び治療に向けた創薬への取り組みが期待されます。
◆ 論文情報
論 文 名:Plasmalogens, the Vinyl Ether-Linked Glycerophospholipids, Enhance Learning and Memory by Regulating Brain-Derived Neurotrophic Factor
掲 載 紙:Frontiers in Cell and Developmental Biology
著 者:Shamim Hossain, Shiro Mawatari and Takehiko Fujino
U R L: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcell.2022.828282/full
◆ 参考文献
1 Fujino T et al. 2017. Efficacy and Blood Plasmalogen Changes by Oral Administration of Plasmalogen in Patients with Mild Alzheimer's Disease and Mild Cognitive Impairment: A Multicenter, Randomized, Double-blind, Placebo-controlled Trial. EBioMedicine 17:199–205.
2 Fujino T et al. 2018. Effects of Plasmalogen on Patients with Mild Cognitive Impairment: A Randomized, Placebo-Controlled Trial in Japan. J Alzheimers Dis Parkinsonism 8:419.
3 Fujino T et al. 2019. Effects of Plasmalogen on Patients with Moderate-to-Severe Alzheimer’s Disease and Blood Plasmalogen Changes: A Multi-Center, Open-Label Study. J Alzheimers Dis Parkinsonism 9:474.
4 Fujino T, Hossain S and Mawatari S. 2020. Therapeutic efficacy of plasmalogens for Alzheimer’s disease, Mild Cognitive Impairment and Parkinson’s disease in conjunction with a new hypothesis for the etiology of Alzheimer’s disease. In: Lizard G (ed). Peroxisome Biology: Experimental Models, Peroxisomal Disorders and Neurological Diseases. Switzerland: Springer International Publishing, pp.195-212.
5 Hossain S, Mawatari S and Fujino T. 2020. Biological Functions of Plasmalogens. In: Lizard G (ed). Peroxisome Biology: Experimental Models, Peroxisomal Disorders and Neurological Diseases. Switzerland: Springer International Publishing, pp. 171-193.
6 Fujino M et al. 2022. Orally Administered Plasmalogens Alleviate Negative Mood States and Enhance Mental Concentration: A Randomized, Double-Blind, Placebo-Controlled Trial: Frontiers in Cell and Developmental Biology. Volume 10, Article 894734.
7 Hossain S, Mawatari S and Fujino T. 2022. Plasmalogens, the Vinyl Ether-Linked Glycerophospholipids, Enhance Learning and Memory by Regulating Brain-Derived Neurotrophic Factor. Frontiers in Cell and Developmental Biology. Volume 10, Article 828282.
◆ 参考情報
・レオロジー機能食品研究所
https://www.reoken.com/research/
・一般社団法人プラズマローゲン研究会
https://pls.jp/
◆ 本件お問い合わせ先
一般社団法人プラズマローゲン研究会
〒812-8582 福岡市東区馬出三丁目1番1号
(事務局)九州大学大学院医学研究院加齢病態修復学講座
TEL:092-273-2411
FAX:092-273-2421
Mail:info@pls.jp
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