【3月8日は国際女性デー】ナイジェリアの性暴力 - 尊厳と自尊心を取り戻すまで
男は週に2度、ヤガナ(仮名)の体を金で買った。彼女が彼の子どもを妊娠するまで、その行為は続いた。
「妊娠がわかってから二度と彼に会うことはありませんでした。自分の子ではない、と言ったきり、何のサポートもしてくれませんでした」とヤガナは語る。
マイドゥグリに点在する避難民キャンプの1つに、小さな赤十字出張所がある。そこで私たちは36歳のヤガナに出会った。肩幅が広く、自信に満ちた雰囲気がにじみ出ている。
ヤガナの物語は、彼女が暮らしていたナイジェリア北東部の町を武装集団が襲撃した2015年に始まる。響き渡る銃声に、わが子たちを抱えるようにして駆け出した。
夫を殺されたヤガナは、1人で子どもたちを引き連れ荒野を抜けた。
「家から持ち出せたものは何一つありません。玄関に鍵を掛ける時間さえなかったわ」と彼女は語った。
ボルノ州の州都であるマイドゥグリ。道路標識や車のナンバープレートには、『ボルノ―平和のふるさと』という州のスローガンが目立つ。
しかし、10年もの長きにわたり、ナイジェリアのこのあたりで平和が感じられたことはない。ここで語られるのは平和の物語ではなく、命を失い、家を失い、尊厳を失った、喪失の物語である。
マイドゥグリ周辺には、暴力から逃れてくる人たち用に、キャンプが何十カ所も設置されている。この4年、ヤガナはそのうちの一つで生活を送ってきた。
「避難場所が見つかって、心から安心したわ。でも、次の瞬間には、食事はどうするの?どこに行けば子どもたちの分も手に入るの?ということが頭をよぎりました。」
ナイジェリア北東部では紛争により200万人近くが家を失い、マイドゥグリには25万を超える人々が流入。そのため、キャンプ内では食料が不足することが多い。
「とてもつらくて、でも子どもたちのために死にものぐるいだったわ。食料や服を手に入れるためには、言われるがままにやるしかなかった。ほかに方法はなかったんです」。ヤガナは、まるでキャンプ全体が聞き耳を立てていることを懸念するかのように、ひっそりと語った。
「私は、女性たちがお金のために男性と寝て、身ごもり、産まれた赤ちゃんを捨てていくのを見てきました」
「妊娠は想定外だったけれど、私は自分の赤ちゃんを捨てたくなかった。だから育てたの」
彼女の発した言葉が沈黙とともに突き刺さる。売春…望まぬ妊娠…捨てられた赤ん坊…失われた命たち…すべては、今を生き延びるためだった。
生き延びる、ということ
性暴力が横行するナイジェリア北東部。紛争と、それに端を発した住民の避難行動がリスクと被害を拡大させる。
性暴力の定義は、力や力の脅威、もしくは威圧することによって強要される性的な行為である。これには強姦、性奴隷、強制妊娠、強制売春などが含まれる。
しかし、発生件数や証拠、影響など、その問題の実態を測ることは難しい。性暴力の被害者は、社会から深刻な烙印を押されることを恐れて沈黙を守ろうとするため、犯罪が明るみに出てこないのだ。
「生き延びるための手段として、ここにいる女性たちは普通に売春していたわ」と語るのは、キャンプの別の住人、ファティマ(仮名)だ。
「生まれた赤ちゃんを捨ててしまう女性の話を、毎週のように耳にした。トイレに捨てる人もいれば、ゴミ捨て場に置いていく人もいたわ」
ファティマは一家の大黒柱で、夫も、10歳の息子も行方不明のままだ。
マイドゥグリでのキャンプ生活も、今年で5年目。ここに移ってすぐ、ファティマは家族を養うだけの食料を手に入れるのに苦労した。子どもたちはいつも外で物乞いをしていた。
彼女の身にその後何が起こったかを話す時、ファティマはヤガナ同様、声をひそめる。性交渉を求める男性がどう言い寄ってきたかや、女性がそれを受け入れざるをえないときの気持ちについて、記憶をたどりながら話す。
「手当たり次第に男たちの欲望を満たせばいいだけ。私は、どうしたら子どもたちを食べさせていけるのか、その方法を見つけるのに必死だった」
男性と一夜を共にすることで女性に入ってくるのは、200~500 ナイラ(約70~175円)である。
【性暴力に関するアニメーション】https://vimeo.com/395604951
「尊厳を取り戻した」
この世に新しく誕生した命を捨てる…。そうした行為に人を駆り立てるものとは、一体なんだろう?あまりにも理解しがたいが、経済的な事情というより、たいていは社会の厳しい目を意識してのことだ。
「複数の男性と性交渉を持った未婚女性は、社会から大変な汚名を着せられるんです」と話すのは、日本人職員の中島文子だ。中島は、マイドゥグリのキャンプで暮らす女性の保護と支援に取り組んでいる。
「その女性だけでなく、家族全体の恥となってしまうのです。社会から除け者扱いされて、婚外で産まれた子どもたちにまで汚名が着せられます」
キャンプの住民が直面する脅威を把握するため、マイドゥグリのICRCチームは、2017年に住民と対話の場を持った。議題の1つは、売春だ。
女性が売春に頼るのを防ぐために、ICRCは支援を必要とする女性を特定し、起業用の投資資金を与えた。
まず手始めに、2017/18年度中に100名の女性を試験的に支援した。現在ではさらに500名に拡大。大半は、売春に依存していた女性だ。
この試験的プロジェクトを評価した結果、現金給付を受けた女性のうち、収入を得るために再び売春を行った女性は皆無だったことが判明した。
ファティマとヤガナは、二人とも同プロジェクトの恩恵を受けた。ファティマは商人だった夫の経験をたどり、支給された現金で子ども用の服と靴を仕入れて売った。
「今は何にも頼らずに、私一人の力で稼いでいます」と語るファティマ。「女性としての尊厳と自尊心を取り戻すことができました。以前やっていたことは、もうしていません」
「周囲の人が私を敬ってくれるんです。誰の力も借りず、自立した人生を生きていける女性と仰いでくれます」
一方のヤガナは、給付金で市場から袋入りの豆を仕入れ、売っている。
利益は、週に約6,000ナイラ(約2,100円)。それを3等分して貯蓄、事業への再投資、家計に充てている。
「今の私は昔とは別人よ」と話すヤガナ。「強くなったし、自分の仕事で家族を養えるようになった。ほかの人たちにも、私と同じような支援を受けて欲しいわ」
「空腹を満たすために、彼と一緒にいるしかなかった。でももうお腹は空いていないし、今度彼を見かけたら追い払ってやるわ」
力の差
マイドゥグリのICRCチームの報告によると、買春を行う男性の中には、性的搾取という認識が必ずしもあるわけではなく、むしろ自分のことを女性の扶養者とみなす者がいる。
ICRCで性暴力に関する政策立案を担うサラ・コットンは、そうしたふるまいこそ異を唱えてしかるべきだ、と言う。
「こういったケースでは、性行為による取引を女性が選択しているように見えるかもしれません。しかし、それは自由な選択ではなく、明確な力の差が存在しているのです」
「彼女たちは、嫌と言えない、いわば高圧的な環境に身を置いていて、ことごとく非難され、隔離されます。女性と家族全員がコミュニティから村八分にされかねません」
ICRCは、紛争下における性暴力の被害者に対して、医療や心のケア、生活の自立など、あらゆる側面から支援している。しかし、重点を置くべきは、性暴力の発生防止である。
コットンは次のように付け加えた。「そもそも国や当局には、たとえば、生き延びるために売春に頼らざるをえないような状況に女性を追い込まないよう、性暴力の発生を防ぐ責任があります」
「紛争下の性暴力は国際人道法違反で、したがって、戦争犯罪です。広範囲に影響が及ぶ破壊的な犯罪なのです。何をおいても防ぐ必要があります」
【プレスリリース本文】http://jp.icrc.org/event/3-8/
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