メンタル不調の影響、年間4.8兆円の生産性損失に―GDPの1.1%に相当と試算

横浜市立大学大学院国際マネジメント研究科の原 広司准教授(COI-NEXT拠点Minds1020Lab研究開発課題6リーダー)と、産業医科大学産業生態科学研究所の永田 智久准教授との共同研究によって、働く人が「気分が沈む」「眠れない」といった心身の不調を抱えながら仕事を続けることで、日本全体では年間およそ4.8兆円の経済的な損失が生じていることが明らかになりました(図1)。

この損失額は日本のGDPの1.1%に相当し、精神疾患の医療費の7倍にも上ります。本研究は、全国2万7千人超の調査データをもとに、目に見えにくいメンタル不調の影響を金額で可視化したもので、企業や自治体が進める働く人の健康支援や今後の研究の発展にも大きな示唆を与えると期待されます。

本研究成果は、「Journal of Occupational and Environmental Medicine」に掲載されました(2025年5月28日)。

研究成果のポイント

●メンタル不調による損失額(4.8兆円)は精神疾患の医療費の7倍以上。

●「気分が沈む」「眠れない」などのメンタル不調がGDPの1.1%に相当する経済的損失を生んでいる。

●企業や行政に早期介入と支援体制の強化が求められる。

研究背景

近年、労働者のメンタルヘルスに起因する生産性の低下が、経済・社会に及ぼす影響として注目されています。中でも、出勤はしているものの心身の不調により本来のパフォーマンスが発揮できないプレゼンティーズム*1は、欠勤(アブセンティーズム*2)以上に企業・組織に大きな損失をもたらすことが指摘されています。しかし、こうした「隠れた損失(Hidden Cost)」は、医療費などと異なり統計的に可視化されにくく、政策決定や職場対策において十分に考慮されていません。

これまでの先行研究では、特定の企業や業種に限定したプレゼンティーズム損失の定量的評価や、うつ病など特定の診断名に基づいた分析が多く、全国規模かつ多様なメンタルヘルス症状を含めた網羅的な経済損失の推計は限られていました。また、精神的な不調を自覚しながらも医療機関を受診していない層の影響は、従来の医療ベースの研究では捉えきれていませんでした。

本研究では、メンタルヘルスに関連する主観的な症状(例:「気分が沈む」「眠れない」など)を有する労働者のプレゼンティーズムおよびアブセンティーズムを対象とし、それらがもたらす社会経済的損失を全国レベルで金額換算し、初めて包括的に明らかにすることを目的としました。

研究内容

本研究では、全国の労働者27,507名を対象に、性別・年齢・地域を層化抽出したインターネット調査を2022年に実施しました。調査では、メンタルヘルスに関連する主観的な症状(例:「気分が沈む」「眠れない」など)や、これらの症状による仕事のパフォーマンスへの影響(プレゼンティーズム)、および過去1年間の病気による欠勤日数(アブセンティーズム)を自己記入式で収集しました。

プレゼンティーズムの評価には、症状がある期間における仕事の「量」と「質」の低下を11段階で評価するQuantity and Quality method*3を用い、症状の発現日数と掛け合わせることで年間の損失日数を算出しました。アブセンティーズムは、欠勤日数のカテゴリを中間値に変換し、同様に年間損失日数を推定しました。

得られたプレゼンティーズムおよびアブセンティーズムの年間損失日数に対し、性別・年齢別の労働参加率と平均日収(厚生労働省統計)を掛け合わせることで、経済的損失を金額換算しました。推計にはモンテカルロ法による確率感度分析*4を適用し、95%信頼区間を算出しています。

その結果、プレゼンティーズムによる損失額は約4.67兆円、アブセンティーズムによる損失は約0.19兆円であり、合計は約4.8兆円に達しました。これは日本の国内総生産(GDP)の約1.1%に相当します。また、精神疾患にかかる医療費(約0.7兆円)と比較しても、損失額は7倍以上にのぼることが明らかとなりました。さらに、20〜30代の女性において有症状の報告割合が特に高く、対策の必要性が示唆されました。

今後の展開

本研究により、出勤しながら不調を抱える労働者が多く存在し、その影響が社会全体の生産性に甚大な損失をもたらしていることが、初めて全国レベルで金額換算されました。この成果は、メンタルヘルス対策が単なる個人支援や医療の問題ではなく、経済政策や労働施策における重要な課題であることを強く示唆しています。

本研究の成果は、一人ひとりがメンタルヘルスを整えることの重要性を再認識する契機となるとともに、行政や企業による一層の支援や対策の必要性を示しています。そのうえで、メンタル不調を早期に発見する取り組みや、不調を改善するための支援策に対する科学的な有効性検証が求められます。研究チームでは、こうした介入の評価を継続的に行い、心の健康を支える社会づくりに貢献していくことを目指しています。

研究費

本研究は、AMED(JP23rea522102)、JST共創の場形成支援プログラム(JPMJPF2203)、厚生労働省(210401-01、20JA1005)、日本学術振興会(JP22K10543、JP19K19471)、DAIDO生命保険株式会社、およびコラボヘルス研究会の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル:The Impact of Productivity Loss From Presenteeism and Absenteeism on Mental Health in Japan

著者:Koji Hara, Tomohisa Nagata, Masaaki Matoba, Tomoyuki Miyazaki

掲載雑誌:Journal of Occupational and Environmental Medicine

DOI:10.1097/JOM.0000000000003431

用語説明

*1 プレゼンティーズム(Presenteeism):出勤しているにもかかわらず、心身の不調により通常のパフォーマンスを発揮できない状態。見た目には出勤して業務をこなしているように見えるため、企業や社会における損失として認識されにくいという特徴がある。

*2 アブセンティーズム(Absenteeism):病気やメンタル不調などにより仕事を欠勤する状態。欠勤による直接的な業務停滞や人員不足などが企業に損失をもたらす。

*3 Quantity and Quality method:プレゼンティーズムを測定する手法の一つで、症状があるときの仕事の「量(Quantity)」と「質(Quality)」の自己評価を用いて損失の大きさを推計。

*4 確率感度分析(Probabilistic Sensitivity Analysis, PSA):推計に用いる変数にばらつきがあることを考慮し、モンテカルロ法などを用いて数千回の試行を行い、結果の信頼区間を得る統計的手法。

横浜市立大学COI-NEXT拠点Minds1020Labについて

国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」は大学等が中心となって未来のあるべき社会像(拠点ビジョン)を策定し、その実現に向けた研究開発を推進するとともに、持続的に成果を創出する自立した産学官共創拠点の形成を目指す産学連携プログラムです。

横浜市立大学では、拠点名を「Minds1020Lab(マインズテントゥエンティラボ)」とし、横浜市立大学研究・産学連携推進センター 宮﨑智之教授がプロジェクトリーダーを務める横浜市立大学 COI-NEXT拠点にて、生きづらさを感じる若者の心の課題を包括的に研究する新たな学術領域を立ち上げ、得られる知見を基に心理的レジリエンスの獲得を促すコンテンツを提供するインタラクティブプラットフォームを構築しています。

公式ページ:https://minds1020lab.yokohama/

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会社概要

URL
https://minds1020lab.yokohama/
業種
官公庁・地方自治体
本社所在地
神奈川県横浜市西区みなとみらい オーシャンゲートみなとみらい 8F
電話番号
-
代表者名
宮﨑智之
上場
未上場
資本金
-
設立
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