「東京2020パラリンピック」から5年。1400件超の声から見えてきたもの レガシーは「残す」から「育てる」へ!~「あの夏の感動は、日常の中で生き続けています」~

2021年夏、無観客の会場で繰り広げられた「東京2020パラリンピック」。パラアスリートたちの挑戦に、画面越しに感動や勇気をもらった人も多かったのではないでしょうか。あれから5年。東京都が皆さまから募集したメッセージには、1400件を超える声が寄せられました。そこから浮かび上がってきたのは、「感動」が「行動」へ、そして「日常」へと姿を変えていった軌跡です。人々の意識と行動の中で育ち続ける「レガシー」の姿をお伝えします。
■メッセージ募集の概要
募集期間:2026年5月28日(木)~8月19日(水)
募集内容:東京2020パラリンピックから5年。当時感じた勇気や感動、大会開催後の5年間で生じた気づきや変化についてのエピソード・メッセージ
応募件数:1400件超
詳細:https://www.sports-tokyo-info.metro.tokyo.lg.jp/5yearsanniversary/para5jigyou/message/
※ 本記事は世論調査ではありません。「東京2020パラリンピック5周年記念事業」に寄せられた皆さまのメッセージを分類・整理したものであり、東京都民のみの意見を反映したものではありません。
※ 皆さまの声は読みやすさのため、一部を抜粋したり表記を整えたりして掲載しています。
※「見える化エンジン」(株式会社プラスアルファ・コンサルティング提供)にて分析
目次
1 8つのテーマで見る皆さまの声
2 暮らしに根づいたレガシーの3つの変化
① 街の変化 ② 意識の変化 ③ パラスポーツへの関わり方の変化
3 「感動」が「行動」に!日常生活の大きな変化につながったエピソードの紹介
4 レガシーは「残すもの」から「育てるもの」へ
付録 世代別に見るメッセージの傾向


① 街の変化
誰かにやさしい街は、みんなにやさしい街
大会を契機に、駅のホームドアやエレベーター、スロープ、段差の解消、点字ブロックなど、「施設や交通機関のバリアフリー化が進んだ」と実感する声が数多く寄せられました。
特徴的なのは、その変化を実感しているのが、障害のある方だけではないことです。ベビーカーを押す方や高齢の方など、さまざまな年代や立場の方が「自分にとっても暮らしやすくなった」と感じています。誰かのための整備が、誰にとっても暮らしやすい街につながっていることがうかがえます。
「パラリンピックの開催が決まって、近所の駅のバリアフリー化が進んで、生活しやすくなりました。私たちもバリアフリー化によって生活しやすくなることを身をもって知り、もっと障がいのことにも興味を持って生活したいと感じました」
「子育てをする中での気づきですが、昔と比べ電車の優先席付近にフリースペースがある車両がかなり増え、車いすやベビーカーが利用しやすくなったと感じます。駅のホームドアも増え安心して利用できています。パラリンピックをきっかけに、少しずつ助け合いの輪が広がっているなと実感しています」
「パラリンピックでも会場になった東京アクアティクスセンターや東京海の森水上競技場を利用するたび、“バリアフリー対応”に感心しつつ、感謝しています。自分自身が下肢障がいがあり、より安全に快適に使用させていただいています。パラアスリートや障がいがありながらスポーツを愛する人たちが、TOKYO2020のレガシーを活用できることが素晴らしい」


情報の伝え方にも工夫が広がる
こうした変化は、設備だけでなく情報の伝え方にも広がっています。例えば、駅などでは、パラリンピックのレガシーを受け継ぎ、デフリンピック*の開催を契機に音声を文字や多言語に変えて表示する案内も広がり、聞こえにくい方や海外から訪れる方にも、情報が届きやすくなってきました。
*聴覚障害のあるアスリートのための国際総合スポーツ大会。国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)が主催し、4年に一度開催される。2025年11月には100周年を記念する第25回夏季大会が東京で開かれ、日本初開催となった。

パラリンピックをきっかけに、「障害のある方に情報が届いているかを気にかけるようになった」という声もありました。
「毎日の生活の中で、『耳が不自由な人はこの案内聞こえてないと思うけど、大丈夫かな?』とか『今日から駅の通路変わっているけど、目の不自由な人に誰か声かけているかな?』とふと思うようになりました。1人の力はわずかだけど、みんながそう思えば、もっと優しい世界になるはずですよね」
② 意識の変化
障害への理解が深まり、違いを認め合う気持ちが広がる
設備や情報の面だけではなく、人々の意識の面でもさまざまな変化が見られました。困っている人への声かけや助け合いなど、「心のバリアフリー」の広がりを感じているという声も寄せられています。また、障害のある方を特別な存在として見るのではなく、同じ社会で暮らす一員として自然に接するようになったなどの声も見られました。「東京2020パラリンピック」での経験が、障害への固定観念を解きほぐし、日々の配慮や行動を変えるきっかけになっていることがうかがえます。
「パラリンピックの競技や選手を知ることを通して、それぞれの特性により生じる日常生活での不便さ、どのように声掛けや協力することができると良いのかを知ることができました。誰もが自分らしく生きられるように、みんなで協力し合える、やさしさで溢れた世界にしていきたいですね」
「パラリンピックが開催されたことで、私は障がいへの意識が大きく変わった。最初は障がいのある人に対して『怖い』というイメージを持っていたが、パラリンピックで選手たちが努力し、自分らしく活躍する姿を見て、その考えは間違っていたことに気付いた。障がいがあるかどうかではなく、一人の人としてそれぞれの個性や力をもっていることを知り、もっと理解したいと思うようになった」


新たな気づきを得て、価値観が変化する
世界の舞台で活躍するアスリートのパフォーマンスや努力、パラスポーツを通じて得た学びや気づきを自らの人生に重ね合わせ、価値観や物事への向き合い方まで変わったという声をご紹介します。
「パラアスリートの皆さんの活躍ぶりを拝見して、『壁』に対する捉え方や、仕事や日常生活で壁にぶつかった時に『自分には無理だ!』と諦める前に、『どう工夫すればできるか?』『誰の助けを借りれば乗り越えられるだろうか?』と考える姿勢など、身近な悩みや挑戦に向き合うための処方箋をいただいたように思います」
「『東京2020パラリンピック』の頃、私は原因不明の体調不良により、歩くこともままなりませんでした。外出も難しく、ベッドの上でテレビを観る日々…。そんな私に、限界を超えて挑戦し続けるパラリンピックアスリートの皆さんからの魂のメッセージが、画面を通してでもジワジワ届き始めました。諦めて投げやりになっていた心が少しずつポジティブな方向へと。あのタイミングで勇気をいただけたことは、今でも奇跡のようです」
「私は右眼に持病があり、日々の生活に制約があるのですが、見た目には表れないものなので隠しながら生活してきました。様々なコンディションを抱えながら困難にうちかつパラアスリートの方々に勇気をいただき、自分の持病も前向きに受け入れられるようになりました。いつも勇気をありがとう!」


③ パラスポーツへの関わり方の変化
「興味」から「する・観る」へ
単に「感動した」「応援したい」という感想にとどまらず、テレビなどで見た競技に心を動かされて現地での観戦に足を運んだり、さまざまなパラスポーツを日常的に実施するようになったりと、パラスポーツとの関わりを深めていった人々がいます。また、東京2020パラリンピックをきっかけに、障害のある方もスポーツ大会に参加しやすくなったと感じている声も多数寄せられました。
「東京パラリンピックで面白さを知り、それまでは全く観戦してこなかったパラスポーツを観るようになりました。『障がい者スポーツに対する理解』という視点ではなく、サッカーや野球と同じようにスポーツ競技の1つとして観戦するようになったのが、大会をきっかけに大きく変わった点です」
「私は、10年前から車椅子です。パラリンピックの車椅子バスケをTVでみていて、躍動感に感激し、いろんな、スポーツに挑戦したいと思い、それまではバドミントンを主にやっていましたが、テニス、バスケ、卓球などにも挑戦しています」
「息子が自閉症です。2020年に東京でパラリンピックを開催してくださったおかげで、障がい者もマラソン大会などに参加しやすくなりました!自閉症は見た目では分かりづらく、理解していただくのに時間がかかりますが、アスリートの皆さんが頑張っている姿に励まされています。これからのご活躍も応援しています」


アスリートからもらった勇気や感動が、前を向く力になる
選手の力強い姿や懸命な挑戦から、勇気・感動・元気を受け取り、パラスポーツを継続的に観戦・応援するといった具体的な行動につながった人もいます。
「『東京2020パラリンピック』でパラスポーツに興味を持ち、それからいろいろな競技の試合を観戦するようになりました。2024年のパラリンピックは1人でパリまで車いすラグビー、パラ卓球、ブラインドサッカーを応援しに行きました!楽しさだけではなく、私に行動力を与えてくれたパラスポーツに感謝です!!」
また、東京2020パラリンピックでのパラアスリートの活躍をきっかけに、選手を目指すようになったとの声もありました。
「東京パラを見る前はそもそも興味がなく、スポーツを主体に人生を過ごしていくなんて考えてもいませんでした。車いすバスケは最初のうちはリハビリの一環としてやっていたし、それしかないと思っていました。しかし画面越しで見た東京パラは、無観客という静寂があったからこそ、個々のスキルが引き立っていつの間にか画面に釘付けになっていました。東京パラは自分の心を大きく動かし、人生に影響を与えてくれた大会でした」

ボランティア経験が生きがいや学びに
ボランティアに参加した方の声からは、その経験が一過性の思い出ではなく、「生きがい」や「学び」へと変わっていった様子がうかがえます。「社会の役に立ちたい」「誰かの力になりたい」という思いから始めた活動が、新たな仲間との出会いや自分自身の成長につながり、指導者の資格取得や地域での継続的な活動へと広がっています。手助けする側とされる側と分けるのではなく、共に参加し、互いに力をもらい合う関係として受け止める意識が芽生えていることも、こうした声からうかがえます。
「2020オリパラを機会に本格的にボランティア活動を始めました。今では、20ぐらいの団体に所属して、健常者と障害者の両方の活動に力を入れています。社会貢献や自分自身のスキルアップは勿論ですが、沢山のボランティア仲間も出来、人生の幅が大きく広がったのも実感として感じています」
「オリパラを機会にボランティア活動を本格的に始めて、今では年間を通じて300日程活動しています。…パラスポーツ指導者の資格を取得して障がい者スポーツの普及に力を入れています。社会の役に立ちたい、障がい者の方の力になりたいと思って始めたボランティアでしたが、日々新たな学びがあって、自分自身のスキルアップにつながっています」
「何気なく見た車いす競技で、選手の方々の姿がとにかくかっこよく、強く心に残りました。その後、その思いはさらに大きくなり、車いす競技のボランティア活動をしてみたい、実際に車いす競技を体験してみたいという気持ちにつながっていきました。現在は、地域のみなさんと一緒にスポーツを推進するボランティア活動をしています」


「感動」が「行動」に!
日常生活の大きな変化につながったエピソードの紹介
ここまで紹介してきた声には、「見る・知る」をきっかけに、観戦や競技参加、継続的なボランティア活動、街での声かけやバリアフリーへの意識の高まりなど、その先の一歩を踏み出したエピソードが数多く見られました。ここではその中でも、「東京2020パラリンピック」をきっかけに、日常生活が変化した、人生が大きく変わった方々の声に注目してご紹介します。
行動① 観戦・応援を続けるようになった
「コロナ禍で無気力になりつつある時に、パラリンピック視聴観戦で車いすバスケットに出合いました。その後、2年後に念願の天皇杯を現地観戦しました。そして縁あって今は、銀メダリストが所属する車いすバスケットボールチームの一員として写真を撮影しています。東京パラリンピックのおかげで私の日々は大きく変化しました」
行動② 自分で体験・練習するようになった
「『東京2020パラリンピック』でボランティア活動をして以来、夏季冬季パラ競技を観るようになりました。ボッチャは友達とチームを組んで、県内の大会に出場するようになりました。パラリンピックのおかげで、人生がより明るく楽しくなっています」
行動③ ボランティア・普及活動に参加するようになった
「オリパラをきっかけに私のボランティアが歩み始めました。仕事だけからの人生が一変しました。活動を通して新たなお仲間もできスポーツボランティアをメインにアスリートの方や出場される方に熱い応援を送る事が何よりの喜びとなっています。ボランティアが私の生活の一部となって人生の定年まで楽しみたいと考えています」
行動④ 障害のある方への声かけ・サポートを実践するようになった
「『東京2020パラリンピック』で初めてボランティアに参加をしました。それまでは困っていそうな人にどうやって声をかけたらいいのか、どのようなお手伝いができるか、動く前にいろいろ考えていましたが、まずは声をかけてみて行動できるようになりました。私を変えてくれた貴重な経験となりました」
行動⑤ 日常の中で、バリアフリーや多様性を意識して行動するようになった
「最寄り駅前の床が崩れていて、車いすやベビーカーを押しているお母さん、毎日すれ違う白杖の子が引っかかって転ばないか、ケガをしないかといつも心配でした。誰もが安心して日常が送れるよう、少しでも力になりたいと思い、勇気を出して市役所へ連絡しました。すぐに動いてくださり、きれいに補修されました。些細なことでしたが、声をあげて良かったと思います。すべての方が安全で安心できる世の中になってほしいです」
行動⑥ 前向きな気持ちで、新たな一歩を踏み出すようになった
「パラリンピック開会式に、電動車いすの障がい者キャストとして出演させていただきました。当時は難病を発症して2年ほどで人生に不安や諦めを感じていましたが、他のキャストやスタッフと関わったことと『片翼の小さな飛行機』のナレーションを担当したことで気持ちが変わりました。今の私でもできることがある。あれから5年の今、私は一般企業でお客様向けにマイクでお話しするお仕事をしています。ありがとう、東京2020!」
意識の変化にとどまらず、観戦へ、競技へ、ボランティアへ、そして日々の小さな気づかいへ。一人ひとりの声から、レガシーが今も暮らしの中で生き続けていることが伝わってきます。
レガシーは「残すもの」から「育てるもの」へ
5年がたった今も、多くの方が「東京2020パラリンピック」を「あの夏の思い出」としてだけでなく、自分の暮らしや行動の変化として語ってくれました。あらためて、寄せられた声からは、街のバリアフリー化が進んだという実感、障害や多様性に対する意識の変化、そしてパラスポーツへの関わりの広がりという、3つの変化が読み取れます。その変化は気持ちの上だけにとどまらず、観戦やボランティアを続ける、困っている人に声をかける、身近な不便に気づき声をあげるといった、具体的な行動にもつながっています。大会で生まれた感動は、一人ひとりの暮らしの中で、確かな変化として根づきつつあります。
誰もが生きやすくなる共生社会の実現へ
寄せられた声の中には、これからの社会への願いを込めたメッセージもありました。
「パラアスリートが各々の障がいと向き合いパフォーマンスを発揮する物語を聞く度に、生きていく上で大切なヒントをもらえます。多様な生き方があって、各々の工夫で輝くことができる、この考え方がアスリートだけでなく一般の人々にも根付いてきていることこそが、パラリンピック最大のレガシーだと思います。正直まだ世の中に差別や偏見は残っていますが、対話を忘れず当事者の声に耳を傾け、より生きやすい社会になっていってほしい」
「バリアフリー化された建物や施設が増えてはきていますが、まだ通路やスペースが狭かったり、トイレやエレベーターの数が少なかったりと感じることもあります。障がい者、高齢者、子ども連れの方々がもっと快適に暮らせる街になることを心より願います」
「パラリンピックの時はまだまだステイホームの時間が長くて、当時小学1年生の息子とテレビで競技を見ていました。まだパラスポーツについて理解が出来ていない息子でしたが、車いすバスケを夢中で見て応援していました。車いすで行う競技に疑問を持たず、ひとつのスポーツとして観戦している幼い息子を見て、これから時代はどんどん変わって、偏見や差別のない世界がこれから広がっていく明るい未来が見えた気がしました」
「東京2020パラリンピック」のレガシーは、この5年間、一人ひとりの行動や共生への意識の中で育まれてきました。ただ、バリアフリー環境の整備や、多様性を尊重する社会の実現に向けては、これからも歩みを進めていく必要があります。レガシーは、5年で終わるものではありません。次の世代へと引き継ぎ、さらに育てていくことで、誰にとってもやさしい街、そして誰もが個性や能力を発揮し、それぞれの形で活躍できる共生社会の実現へとつながっていきます。

2026年8月、パラリンピックから5年後の東京を訪れた国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長は、「東京は、大会を開催した当時よりも、今日さらにインクルーシブ*な都市となっています」と語りました。あの夏の感動は、日常の景色の中で、今も少しずつ育ち続けています。
*年齢・性別・障害・国籍・文化・性的指向などの違いにかかわらず、誰も排除せずに受け入れ、参加できるようにするという考え方




■ 関連資料
寄せられたメッセージは、下記の特設サイトでご覧いただけます。
https://www.sports-tokyo-info.metro.tokyo.lg.jp/5yearsanniversary/para5jigyou/message/list.html
エピソード・メッセージの紹介動画は下記からご覧いただけます。
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