「妊娠中の痛みが産後うつを予測する可能性」

子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」における研究成果

高知大学医学部

 国立大学法人高知大学麻酔科学・集中治療医学講座(本研究担当者:重松ロカテッリ万里恵)とエコチル調査高知ユニットセンター(センター長:菅沼成文 環境医学講座)の研究チームは、環境省の「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参加している母親約10万人を対象に、妊娠中の体の痛みと産後1ヶ月の産後うつの症状についての関連を解析しました。その結果、妊娠中の痛みと産後うつの症状に関連があることが明らかになりました。また、妊娠中の痛みが強い、あるいは、痛みが続く場合は、産後うつの症状との関連がさらに強くなることもわかりました。このことから、妊娠中の痛みは産後うつを予測する重要なサインのひとつであり、産後うつの対策として、妊娠中の痛みへの対応の重要性が示唆されました。
 本研究はJournal of Affective Disordersに2022年1月14日付でオンライン掲載されました。

※本研究の内容は全て著者の意見であり環境省および国立環境研究所の見解ではありません。
ポイント
  • 出産後1年までの産婦の9〜13%程度に発症すると言われる産後うつは、妊産婦の自殺との密接な関連が指摘されており、大きな社会問題となっています。一方、妊娠中にお母さんは体のいろいろな部位に痛みを感じます。そこで、世界でも有数の大規模な追跡調査(エコチル調査)のデータを用い、妊娠中の体の痛みと産後1ヶ月における産後うつの症状との関連について解析しました。
  • その結果、妊娠中の体の痛みは産後1ヶ月の産後うつ症状との関連があることが明らかになり、痛みがより強く、持続的な場合は産後うつの症状との関連がより強くなることがわかりました。
  • 本研究は、大規模疫学調査を用いて妊娠中の痛みと産後うつの関係を検討した日本で初めての調査です。
  • 妊娠中の痛みは産後うつを予測する重要なサインのひとつであり、今後妊娠中の痛みを治療することで産後うつが減るかについて調べていく必要があります。
     

1. 本研究の背景 〜妊娠中の痛みと産後うつの大規模な研究は本研究がはじめて〜
 産後うつは産後1年までの産婦に発生します。痛みとうつが関連していることは広く知られており、分娩時および産後の痛みが産後うつに影響を与えることはこれまでの研究で明らかになっていますが、妊娠中の痛みと産後うつの関連を調べた大規模な研究は未だなく、産後うつの危険因子のすべてが明らかになっているわけではありませんでした。そこで、大規模な追跡調査であるエコチル調査のデータを用い、妊娠中に感じる体の痛みと産後1ヶ月の産後うつ症状との関連について解析しました。

2. 研究内容と成果
(1) 研究方法 〜エコチル調査参加の母親8万4,801人を対象に〜
 本研究では、エコチル調査に参加登録された104,605人中の死産・流産・多胎・もともとうつ病のある妊婦さんを除いた84,801人の母親を対象としました。
妊娠中の体の痛みについては、妊娠初期、中期〜後期の2回、SF-8質問票の8項目の質問のうちのひとつ「過去1カ月間に、体の痛みはどのくらいありましたか?」という質問を使いました。「ぜんぜんなかった」「かすかな痛み」「軽い痛み」「中くらいの痛み」「強い痛み・非常に激しい痛み」に区分された項目にチェックされた回答を使用しました。産後1カ月の産後うつの症状については、エジンバラ産後うつ自己評価票(EPDS)を使い、30点満点(=最も症状が重い)中9点以上をスクリーニング陽性とし、「産後うつ」としました。
 以上のデータを使用し、「妊娠初期および中期〜後期の痛み」と「産後1カ月の産後うつ」について、修正ポワソン回帰分析※1を行いました。痛みと産後うつの関連を調べる上で、産後うつに関連する可能性のある他の要因として、年齢、出産回数、未婚、離婚、パートナーのサポートとDV、出産様式、出産時の合併症、出産時の子どもの健康状態、子どもの性別、授乳(母乳・人工乳)、喫煙習慣、アルコール摂取習慣、精神疾患、身内の死などストレスがかかるようなイベント、社会的サポート、教育、世帯収入を考慮しました。さらに、妊娠初期と中期〜後期の2回質問した痛みについて、「全く痛みがない」、「妊娠初期のみ痛みがある」、「中期〜後期のみ痛みがある」、「初期も中期〜後期も痛みがある」の4つのグループについて、全く痛みがないグループに比べて残りの3つのグループの産後うつとの関連について、同じく修正ポワソン解析にて分析を行いました。

(2) 研究結果 
〜妊娠中の痛みが最も強いグループは「痛みなし」のグループと比べ初期で1.54倍、中期〜後期で1.70倍に〜

 84,801人の研究対象のうち、11,535人(13.6%)が産後うつ陽性としてスクリーニングされました。また、妊娠初期で69.6%、中期〜後期で84.0%の妊婦さんが何らかの痛みを感じていることがわかりました。初期の痛み、また中期〜後期の痛みについて、それぞれの時期の痛みと産後うつとの間に正の相関(=痛みがあると産後うつの症状もあらわれやすいという関係)が見られ、さらに、痛みの重症度でグループ分けすると、統計学的に有意な用量依存性の関連(=痛みが強くなるほど産後うつのリスクが上昇する)が見られました(図1・図2)。

〜初期、中期〜後期とも痛みがあるグループは「痛みなし」と比べ1.95倍に〜
 また、初期、中期〜後期の両時点とも痛みのないグループを基準とすると、どちらにも痛みがあったグループは、産後うつ症状が出る倍率が最も高くなり、妊娠中の痛みのある期間が長いほど産後うつ症状が出る可能性が高くなることが示唆されました(図3)。

 本研究の限界は、①痛みの場所や種類は特定できなかったこと、②分娩時痛や産後の痛みについては評価できていないことが挙げられます。
 

3. 今後の展開 〜妊娠中から予兆を見つけ、産後うつのさらなる予防を〜
 本研究において、痛みの強さが大きく、また期間が長くなると産後うつのリスクが上がることがわかりました。産後うつの予兆を早期に見つけ対応するためには、妊娠中の痛みが手がかりのひとつとなる可能性があります。また、すでに重要性が認識されている出産・分娩・産後の痛みのコントロールに加え、妊娠中の痛みについても早期発見・早期対応をすることで、産後うつの予防につながる可能性が考えられます。

4. 用語解説
※1 修正ポワソン回帰分析:ある一つの現象を複数の要因によって説明しようとする重回帰分析の手法のひとつ。本研究では、産後うつのスクリーニング陽性となる確率を、妊娠中の体の痛みから予測しました。その際、産後うつに影響する他の要因を考慮し、これらの要因の影響も考慮した上で、妊娠中の体の痛みと産後うつの関連を解析しました。
※2 有意差:統計学的に誤差でない、意味のある差。95%信頼区間※3が1(=基準とするグループ)をまたいでいない場合に、統計学的に有意差があると判断し、本研究では妊娠中の痛みが産後うつに関連があると解釈しました。
※3 95%信頼区間:調査の精度を示す指標。95%信頼区間の範囲が広ければ精度は低く、狭ければ精度は高くなります。


5. 発表論文

題名:Maternal pain during pregnancy dose-dependently predicts postpartum depression: The Japan Environment and Children's Study
著者名:Marie Shigematsu-Locatelli (1), Takeshi Kawano (1), Kahoko Yasumitsu-Lovell (2)(3), Fabricio Miguel Locatelli (1), Masamitsu Eitoku (2), Narufumi Suganuma(2), and the Japan Environment and Children’s Study Group (4)
(1) 重松ロカテッリ万里恵、河野崇、Fabricio Miguel Locatelli:高知大学医学部 麻酔科学・集中治療医学講座
(2) 安光ラヴェル香保子、栄徳勝光、菅沼成文:高知大学医学部環境医学教室
(3) 安光ラヴェル香保子:Gillberg Neuropsychiatry Centre, Institute of Neuroscience and Physiology, University of Gothenburg
(4) グループ:エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各 ユニットセンターから構成

掲載誌: Journal of Affective Disorders
DOI: 10.1016/j.jad.2022.01.039
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0165032722000416?via%3Dihub

6. 問い合わせ先
【取材に関する問い合わせ】
〒783-8505
高知県南国市岡豊町小蓮
高知大学医学部内エコチル調査高知ユニットセンター
特任助教 安光ラヴェル 香保子
メール:kahoko.yasumitsu-lovell@kochi-u.ac.jp

【広報・報道に関する問い合わせ】
高知大学医学部・病院事務部 総務企画課 広報係
メール:kms-info@kochi-u.ac.jp
電話:088-880-2723
ファックス:088-880-2227

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筆頭筆者 
高知大学
医学部麻酔科学・集中治療医学講座
助教 重松ロカテッリ万里恵






<関係者コメント>

高知大学
医学部麻酔科学・集中治療医学講座
教授 河野 崇

 産後うつは出産直後のお母さんが陥りやすいこころの病気です。新型コロナウイルスによる孤独な子育て環境は、産後うつをより一層深刻な社会課題としました。産後うつの初期はあきらかな症状がない場合もあり、発症していることに気付かず、治療が遅れるケースも少なくありません。
 一方、妊娠中はからだの変化によりさまざまな痛みが現れることがあります。しかし、これまで妊娠中の痛みは妊娠のため仕方のないものとしてあまり注目されてきませんでした。しかし、本研究では、妊娠中の痛みが強ければ強いほど、長引けば長引くほど、産後うつの発症と関連することが明らかとなりました。最近の脳科学研究の進歩により、痛みが治りにくくなる原因とうつ病が発症する原因には共通の脳内メカニズムがかかわっていることが示されています。そのため、妊娠中の痛みを「妊娠中だから...」ですますのではなく、その痛みに寄り添い、ともに対処することで、産後うつを予防できるかもしれません。 
 膨⼤なエコチルデータからまとめられたこの論⽂は、私たち医療従事者のみならず、妊娠中のお母さんやサポートする家族、友人に妊娠中の痛みの重要性を気づき、考えるきっかけを与えた貴重な知⾒であり、⼤変、喜ばしく思います。
 

高知大学医学部環境医学教室 
教授 菅沼 成文

(エコチル調査高知ユニットセンターセンター長)
 エコチル調査が開始して12年目、北海道から沖縄まで全国で生まれた10万人のエコチルキッズたちが小学2年生〜5年生となりました。妊娠中からずっと続いてきた毎年2回の質問票調査など、参加してくださっている親子のみなさまのご協力のもと、貴重なデータが積み重ねられ、多くの研究者の手を経て、分析結果がみなさまにお届けできるようになってきました。そして、この世界でも有数の出生コホート調査について、追跡期間の延長についても検討が進められています。
 産後うつはお母さんご自身と生まれたばかりのお子さんだけでなく、ご家族全員に影響を与えます。その原因には未解明な点もあり、分娩後に見られる急激なホルモン(エストロゲン・プロゲステロン・甲状腺ホルモンなど)の低下のほか、様々な要因が関与しているといわれています。本研究では、痛みを感じやすい妊婦さんを早い段階からサポートをすることの重要性が示唆されました。今後さらに研究が進み、未来の子どもたちにより健やかな環境を提供できることを期待しています。

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本社所在地
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菅沼成文
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