現代美術家 松山智一、トム・ウェッセルマンが晩年まで制作したNYのスタジオにて、トム・ ウェッセルマン財団主催の展覧会「Wesselmann x MATSUYAMA」が開催
ウェッセルマン本人以外の作品を展示する初の展覧会として、ウェッセルマンと松山の作品が響き合い、時代を越えた対話を提示

2026年9月19日(土)から9月27日(日)まで、トム・ウェッセルマンのニューヨークのスタジオにて、ウェッセルマンとニューヨークを拠点に活動する現代美術家・松山智一の作品を紹介する展覧会《Wesselmann x MATSUYAMA》が開催されます。
本展の会場となるのは、ポップ・アートを代表するアーティスト、トム・ウェッセルマン(1931–2004)が1994年から2004年に逝去するまで制作を続けたニューヨークのスタジオで、現在はEstate of Tom Wesselmannが管理しています。ウェッセルマンが最晩年まで制作を続けたこの場所において、本人以外の作家による作品が展示されるのは、本展が初めてとなります。
本展ではウェッセルマンの後期作品の多くが生み出されたこの特別な空間に、ウェッセルマンの絵画と松山智一の作品を並置します。生きた時代や文化的背景の異なる二人が、見慣れたものを新しい視点で捉え直してきた点に光を当て、二人の作品がどのように響き合うのかを体験できる貴重な機会です。


二人の対話が国際的な場で初めて形になったのは、2024年、Fondation Louis Vuittonで開催されたグループ展《Pop Forever, Tom Wesselmann & ...》です。松山は同展のために新作制作を依頼された現代作家の一人として参加し、新作を発表しました。扱うモチーフの近さだけでなく、人物や室内、ポピュラーカルチャーなど、見慣れた要素を独自の構成へと組み替える姿勢にも、ウェッセルマンの作品との興味深い響き合いが見られました。
《Wesselmann x MATSUYAMA》では、その出会いをウェッセルマンの旧スタジオへと移し、彼の後期作品が生まれた空間で、両者の共鳴をあらためて提示します。
ウェッセルマンは、自身の制作を「スーパー・リアリティ」の追求と表現しました。それは、日常的なものが新たな視覚的強度をもって現れる、研ぎ澄まされた知覚の状態です。彼は、こうした日常の物について「それらは、切り離され、そのスーパー・リアリティの可能性が予見されるまでは、とりわけ重要なものではなかった」と記しています。日常的な経験から切り離され、絵画の中で再構想されたとき、それらは何であるかを認識するための物ではなく、見ることそのものを促す対象へと変わります。ウェッセルマンが目指したのは、アメリカの消費文化を批評することではなく、絵画の中でその強度を高め、日常生活の物質世界を、並外れた視覚的即時性をもつ世界へと変容させることでした。飽和した色彩、記念碑的なスケール、印刷イメージ、実際に作動する家電製品、シェイプト・キャンバスは、すべてその一つの目的に向けられていました。
松山が向き合うのは、異なる文化や歴史に由来するモチーフや表現が、日常の中で混在する現代の視覚環境です。彼の作品は、それらを「グローバル化」の象徴として一括りにするのではなく、それぞれが持つ背景や意味を残したまま、一つの画面の中で新たな関係に組み替えていきます。異なるものを一つに融合するのではなく、それぞれの差異を残したまま同じ画面に共存させることで、現代社会の複雑さを描き出しています。ウェッセルマンが戦後アメリカの視覚言語を自身の文化の内側から捉え直したのに対し、松山は複数の文化や歴史に由来するモチーフを再構築し、それぞれの背景を保ちながら新しい関係をつくり出します。


二人の親和性は、室内空間の扱いにも表れています。ウェッセルマンの《Bedroom Painting》シリーズは、ヌードと静物を組み合わせ、断片化された身体や大きく描かれた花、日用品によって室内を再構成します。アメリカで、人々が住空間をより外に開いて見せることに触れた経験は、松山に強い印象を残しました。その感覚は、松山が室内を描く際の一つの視点として作品に繰り返し現れています。
松山の絵画では、人物や物、文様、建築的な要素のどれかを主役と決めるのではなく、それぞれを同じ画面の中に置き、その関係から空間をつくり上げていきます。室内は単なる背景ではなく、色彩や装飾も含めたさまざまな要素が互いに作用する場です。
そこに記憶や文化的背景、現代の生活感覚が重なり、室内空間に対する二人の異なるアプローチが、時代を越えて響き合います。さらに両者は、シェイプト・キャンバスによって、キャンバスそのものの形も作品の一部として扱います。絵画は四角い枠を越え、空間へと広がっていきます。
本展の中核をなす組み合わせの一つが、ウェッセルマンの《Still Life #35》(1963年)と松山の《We The People》(2025年)です。《Still Life #35》は、4枚のキャンバスからなるビルボード規模の静物画で、Royal Crown Cola、Made-Riteのパン、Libby’s Beef Stewの缶が置かれたテーブルを描いています。
テーブル上には、実際に使われたRoyal Crown Colaのビルボードの巨大な断片が立ち上がります。広告を伝統的な静物画に単に挿入するのではなく、ウェッセルマンは静物画自体をビルボードのスケールへと拡大し、両者を同一の絵画世界の中に置きます。見慣れた商業イメージは、絵画の造形構造に不可欠な一部となり、ウェッセルマンの「スーパー・リアリティ」という考えを体現します。


その作品と向かい合うように展示されるのが、18か月をかけて制作された《We The People》です。明るく照らされたアメリカのスーパーマーケットを舞台に、日常の消費財と美術史上のモチーフが同じ画面に重なります。中央には、西洋美術を代表する一作、ジャック=ルイ・ダヴィッドの《The Death of Socrates》(1787年)に描かれた人物群が、スーパーマーケットの通路へと再配置されています 。周囲のシリアルや医薬品のパッケージも、色彩や形、文字の配置といった造形要素として画面を構成し、奥行きのある空間をつくり出します。見慣れた商品は、単に認識される対象ではなく、鑑賞者の視線を導く画面構成の一部として機能します。そこに美術史上の人物が重なることで、それぞれの見え方や意味にも新たな関係が生まれます。
松山は、既知のモチーフを単に引用するのではなく、新しい関係へと組み替えることで、美術史、広告、日常生活が交差する一つの絵画空間を構成しています 。そこから生まれるのは、造形的なものにとどまりません。私たちが日々目にするものと、歴史の中で受け継がれてきたものが、現代社会の中でどのように交差し、新たな関係を結ぶのかを問いかけます。


生きた時代も文化的背景も異なるウェッセルマンと松山ですが、身近なものを絵画によって捉え直す姿勢には、確かな共鳴があります。二人の作品は、見慣れたものにもう一度目を向けさせ、そこに新しい発見を生み出します。ウェッセルマンが多くの作品を生み出したこのスタジオで両者を並べることで、時代を越えた対話がより鮮明に浮かび上がります。見慣れたものを新たな視点で捉え直すという絵画の力が、本展における二人の対話をつないでいます。
展覧会情報
展覧会名:Wesselmann x MATSUYAMA
会期:2026年9月19日(土)〜9月27日(日)
トム・ウェッセルマン財団主催、Almine Rechの多大なる協力のもと開催されます。
アーティストプロフィール
松山智一 MATSUYAMA Tomokazu
現代美術家。1976年岐⾩県⽣まれ、ブルックリン在住。絵画を中⼼に、彫刻やインスタレーションを発表。東洋と西洋、古代と現代、具象と抽象といった両極の要素を有機的に結びつけて再構築し、異⽂化間での⾃⾝の経験や情報化の中で移ろう現代社会の姿を反映した作品を制作する。
タイムズスクエアでのパブリックアートプロジェクト「Midnight Moment」
(ニューヨーク、2026年)、バワリーミューラル(ニューヨーク、2019年/2023年)や、JR新宿東口駅前広場(東京、2020年)、明治神宮(東京、2020年)
など、⼤規模なパブリックアートプロジェクトも⼿がけている。
近年の主な展覧会に、「Tomokazu Matsuyama: Morning Sun」(エドワード・ホッパー・ハウス美術館/ニューヨーク州、2025年)、「Liberation Back Home」(SCADミュージアム・オブ・アート/ジョージア州、2025年)、「松山智一展 FIRST LAST」(麻布台ヒルズ ギャラリー/東京、2025年)がある。

トム・ウェッセルマン財団について
トム・ウェッセルマン財団は、トム・ウェッセルマンの芸術に関する知識・評価・展示の発展に取り組んでいます。展覧会、研究、作家アーカイブの保存を通じて、戦後アメリカ美術におけるウェッセルマンの持続的な貢献への理解を深めることを目指しています。
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