日本鉄鋼連盟が推進する低排出鋼材、世界基準と乖離:国内外の市民団体が反対声明

SteelWatch Stichting

(ハーグ、2025年6月6日)鉄鋼の脱炭素化を進める上で一つの課題となる「グリーン鋼材」の定義に影響を及ぼす国際基準改訂をめぐる議論が進む中、市民社会団体30団体は、政府、基準設定機関、鉄鋼の買い手企業に対し、石炭を使用した鋼材を低排出またはゼロエミッションとして認める提案を拒否するよう求める公開書簡[1]を発表した。署名団体は欧州、アジア、北米等と広域に渡り、この手法は買い手の誤解を生み、気候変動への説明責任を弱め、鉄鋼業界における実質的な脱炭素化を推進するために必要な市場インセンティブを損なう恐れがあると警告している。

本書簡は、主に日本鉄鋼連盟が提唱する、いわゆる「マスバランス方式」を問題視している。この方式では、鉄鋼メーカーが事業の一部で削減した排出量を証書として付加し、関連のない鉄鋼製品に割り当てることができる。これにより、排出量の多い石炭を利用した鋼材を低排出またはゼロエミッションとして販売し、グリーン・プレミアムを得ることが可能になる[2]。

この「マスバランス方式」を正当化しようとする提案が、主に日本国内の鉄鋼メーカーと業界団体により提案されようとしている。科学的根拠に基づく目標イニシアティブ(SBTi)は先日スコープ3排出量に関するパブコメを終了し、世界鉄鋼協会ではCoC(チェーンオブカストディ)の手法に関する協議が年内に進められる。署名団体は、これらの機関に対し、誤解を招く「低排出」製品表示が、削減排出量と製品に物理的なつながりがある脱炭素製品と混同されないよう、明確な線引きを求めている。

国内の鉄鋼業界によるロビー活動の背景として、今年初頭のグリーン購入法基本方針の改定で、日本鉄鋼連盟が定義する「マスバランス方式」による鋼材が優先調達の対象となったことがある。自動車分野においても補助金(CEV補助金)等を通じた需要形成が進んでいる。こうした国内制度の正当性を国際的にも確保しようと、日本製鉄などは、この「マスバランス方式」を国際標準として定着させたい意向だ。政府の支援を追い風に、「排出量の見え方」そのものを国際的に再定義しようとするこれらの動きは、企業が生産方法を抜本的に変えることなく気候変動への貢献を主張できる抜け道をもたらす。さらには、国際社会が目指す気候目標の信頼性や実効性を根本から揺るがしかねない。

グリーン水素を利用した直接還元製鉄(H2-DRI)などの革新的技術は、2020年代後半には商業化される見込みだ[3]。高いコストとリスクに直面するこれら先行企業のより公平な競争条件を確保するため、市民社会団体は、グリーン・プレミアムのように、真の低排出鋼材とグリーンウォッシュによるものを明確に区別する[4]ことが、強固な市場メカニズムづくりに必要だと訴える。

署名団体は、国際標準化機構(ISO)、SBTi、世界鉄鋼業界などの機関に対し、マスバランス方式による「証書上での低排出鋼材」を各基準に組み込むことに反対を示し、排出削減の実態が伴う鋼材と明確に区別するよう強く求めている。鉄鋼購入者に対しては、ニアゼロエミッションに対応した技術を導入し、追跡可能な低排出サプライチェーンを実施する生産者からの調達を呼びかけている。

署名団体からの声明:

スティールウォッチ エグゼクティブ・ディレクター キャロライン・アシュレイ

「石炭への依存度が高い鉄鋼メーカーは、自らの影響力を使って炭素の算定方法を都合よく変更することで、抜け道を作ろうとしている。それは自らの脱炭素に向けた変革が遅いためだ。証書上での仮想的な削減を理由に、石炭を主原料とする排出量の多い鋼材を『グリーンスチール』として販売することを許容すれば、気候変動目標を台無しにし、市場の信用を失墜させることに繋がりかねない。ニアゼロエミッションの鋼材は、帳簿上で主張するものではなく、実際に製造されてこそ意味がある」

韓国の気候団体SFOC (Solutions for Our Climate) グリーンスチール担当 ヘザー・リー氏

「POSCO社による「マスバランス方式」を採用した低排出製品『Greenate』は、グリーンウォッシュだという公の批判を受け、環境庁からの指導を受けた。それを受け、この製品の宣伝は積極的にされなくなった。Greenateには実際の排出量を算定するための明確で透明性のある基準が存在しない。鉄鋼メーカーが、石炭を使用する高炉を稼働し続けながら低排出製品を謳い販売することは、その製品の実態と根本的に矛盾しており、容認されてはならない」

国際環境NGOマイティ・アース 重工業シニア・ディレクター マシュー・グロック氏

「自動車メーカーなどが『偽りの低排出鋼材』を購入することは、実際の排出を削減することなく『グリーン』を装うための安易な言い訳だ。こうした鋼材を使用しても、自社製品の製造時に排出される汚染を実際に減らしていると主張できない。宣伝文句に隠れた真実は『この鋼材は石炭で作られたが、製造元の企業は別の場所で無関係な排出削減に取り組んでいる』というものだ。それはグリーンウォッシュでしかない」

以上

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石井三紀子 スティールウォッチ キャンペーン担当(日本)

mikiko@steelwatch.org  (+81 90 8381 4328)

参考:

  1. 公開書簡「『マスバランス方式』による石炭を利用した鋼材のグリーンウォッシュに対する反対声明」へのリンク(英語)
    https://steelwatch.org/wp-content/uploads/2025/06/CSO-open-letter-on-mass-balance-greenwashing-20250605-1.pdf

  2. 日本鉄鋼連盟や、国内大手日本製鉄が推進する手法では、企業の事業活動全体から得られる温室効果ガス(GHG)削減量をプールし、生産過程での排出量に関係なく、任意の鉄鋼製品に割り当てられることになる。こうした「削減」は仮定上の水準に基づいて算出され、製品との物理的なつながりは必要とされない。よって、排出量の多い石炭を利用した鋼材がゼロエミッションとして扱われてしまう可能性がある。
    例:日本製鉄のマスバランス製品「NSCarbolex Neutral」

    日本製鉄の瀬戸内製鉄所広畑地区では、SMP製法(スクラップ鉄を使用した改良型の 転炉)を電炉に切り替えたことで、2022年10月〜2023年3月の間に4万7145トンの CO2排出削減が実現された。同社の方法論に基づくと、この排出削減分を実際の排出 とは関係のない他の製鉄所、たとえば石炭由来の高排出な高炉-転炉法で生産された鋼材にも割り当てることが可能となる。

    ・日本鉄鋼連盟ガイドライン https://www.jisf.or.jp/business/ondanka/kouken/greensteel

    ・日本製鉄ウェブサイト https://www.nipponsteel.com/product/nscarbolex/

  3. Stegra社(スウェーデン)はボーデンにおいてH2-DRIプラントの建設を進めている。thyssenkrupp社(ドイツ)Salzgitter(ドイツ)も水素へ柔軟に移行できるDRIプラントの最終投資決定(FID)を行い、商業化に向けて準備を進めている。

  4. 製品カーボンフットプリント(PCF)や環境製品宣言(EPD)のような製品算定の枠組みに、追跡が困難な排出削減量を割り当てることが許容されれば、石炭を原料とした製品と真に低排出な製品を同列に扱う誤った等価性が生まれ、購入者は製品の実際のカーボン・フットプリントの確認手段を失うこととなる。これは、買い手や金融機関からの誤解を招くだけでなく、気候変動関連基準の信頼性を損ない、グリーンウォッシュを可能にし、真の脱炭素化への投資の価値を下げることになる。

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未上場
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設立
2023年06月