【徳島大学】室温・光駆動で生み出したスピンの偏りをがん代謝MRI診断薬分子「ピルビン酸」へリレーすることに成功~分子が数秒で組み上がる現象を利用し、次世代高感度MRI の実現へ前進~

国立大学法人徳島大学

令和8年7月28日

国立大学法人徳島大学

https://www.tokushima-u.ac.jp/

■ポイント

・NMR(核磁気共鳴)※1)やMRI(磁気共鳴イメージング)※2)の感度を飛躍的に高める技術として、核スピンの向きを揃える動的核偏極(DNP)※3)が注目されています。しかし、従来法では高価な装置や液体ヘリウムなどの寒剤が必要となる場合が多く、広く社会に普及する上で課題がありました。

・ピルビン酸は、がん細胞の代謝状態を調べるための重要な診断薬分子であり、超高感度MRIによるがん診断や治療効果判定への応用が期待されています。本研究では、寒剤を使わず室温でスピンの向きを揃えることができるトリプレットDNP※4)に注目し、共結晶化※5)を利用して、室温で生み出したスピンの偏りをピルビン酸へ受け渡す「偏極リレー※6)」に成功しました。

・本成果は、トリプレットDNP を直接適用しにくい分子にも偏極を届ける新しい分子設計指針を示すものです。将来的に、次世代高感度NMR や、がん代謝を可視化するMRI 診断薬分子※7)開発への応用拡大が期待されます。

■概要

 NMR(核磁気共鳴)やMRI(磁気共鳴イメージング)の感度は、核スピンの向きの揃い具合、すなわち偏極率に大きく依存します。この偏極率を高める技術として動的核偏極(DNP)が注目されていますが、従来法では極低温環境や高価な装置が必要となる場合が多く、広く利用する上で課題がありました。

 徳島大学大学院社会産業理工学研究部理工学域自然科学系物理科学分野の犬飼宗弘准教授、中村浩一教授、同大学大学院創成科学研究科博士後期課程3年の佐藤晴紀大学院生(研究当時)、大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)の根来誠教授、同大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)/量子情報・量子生命研究センター(QIQB)兼任の香川晃徳特任准教授(常勤)、金沢大学理工研究域物質化学系の栗原拓也助教、京都大学アイセムス(高等研究院 物質―細胞統合システム拠点:WPI-iCeMS)の大竹研一特定拠点准教授らからなる研究チームは、寒剤を使わず室温で動作するトリプレットDNP に注目しました。しかし、室温でトリプレットDNP を直接適用できる分子は限られており、がん代謝の可視化に重要な診断薬分子であるピルビン酸へ、どのように偏極を届けるかが課題でした。

 本研究では、室温・光駆動で動作するトリプレットDNP により、仲介分子であるピコリンアミドにスピンの偏りを生み出しました。さらに、このピコリンアミドをピルビン酸とすばやく混合し、分子が数秒で組み上がる共結晶化を利用することで、スピンの偏りをピルビン酸へリレーすることに成功しました。実際に、ピルビン酸に由来するNMR 信号の増大を、固体状態及び溶液状態の両方で観測しました。本成果は、トリプレットDNP を直接適用しにくい分子にも偏極を届ける新しい手法を示すものです。今後、寒剤を使わない次世代の高感度NMR 分析や、MRI 診断薬分子開発への応用が期待されます。

 本成果は、令和8年7月1日に英国王立化学会の学術誌Chemical Science オンライン版にAdvance Article として公開されました。

■研究の背景と経緯

 NMR(核磁気共鳴)法は、分子や材料の構造、運動状態を調べる分析法として、化学、材料科学、生

命科学などの幅広い分野で利用されています。また、MRI(磁気共鳴イメージング)は、体内の水分子

などに含まれる核スピンを画像化することで、病気の診断に広く用いられています。これらの手法の感

度は、核スピンの向きの揃い具合、すなわち偏極率に大きく依存します。しかし、通常の環境では核ス

ピンの向きはほとんど揃っておらず、NMR やMRI の感度は非常に低くなっています。この課題を解決する方法として、動的核偏極(DNP)が注目されています。DNP は、電子スピンの高い偏極を核スピンへ移すことで、NMR やMRI の信号を大幅に増強する技術です。特に、がん細胞の代謝を調べるための重要な診断薬分子であるピルビン酸を高感度化できれば、がん診断や治療効果判定への応用が期待さ

れます。実際に、ピルビン酸を用いた超高感度MRI は、がん代謝を可視化する技術として世界的に研

究が進められています。

 一方で、従来のDNP では、極低温環境や高価な装置が必要となる場合が多く、広く社会に普及する

上で課題がありました。そこで本研究グループは、寒剤を使わず室温で核スピンの向きを揃えることが

できるトリプレットDNP に注目してきました。トリプレットDNP は、光を照射して生じる分子の電子スピンの偏りを利用するため、室温・低磁場で動作できる可能性があります。しかし、室温でトリプレットDNPを直接適用できる分子は限られており、ピルビン酸のような重要分子へどのように偏極を届けるかが大きな課題でした。 

■研究の内容と成果

 本研究グループは、室温・光駆動で生み出したスピンの偏りを目的分子へリレーする新しい方法として、共結晶化を利用した「偏極リレー」技術を開発しました。今回の研究では、がん代謝の可視化に重要な診断薬分子であるピルビン酸を目的分子としました。まず、偏極を生み出して受け渡す仲介分子であるピコリンアミドに、偏極源となるペンタセンを少量添加しました。この固体試料に室温で光とマイクロ波を照射することで、ピコリンアミド中の核スピンの向きを揃えました。次に、この偏極したピコリンアミドをピルビン酸とすばやく混合することで、ピルビン酸とピコリンアミドからなる共結晶を形成させました。その結果、ピコリンアミド中で生み出されたスピンの偏りが、共結晶化を介してピルビン酸へ受け渡されることを確認しました(図1)。実際に、ピルビン酸に由来するNMR 信号の増大を、固体状態及び溶液状態の両方で観測しました。これは、室温で生み出した偏極を、直接偏極しにくい目的分子へ共結晶化によって届けられることを示す原理実証です。

 さらに本研究では、偏極がどの過程で失われやすいかを調べました。その結果、現在の実験条件で

は、ピルビン酸とピコリンアミドが共結晶化する途中で、偏極の多くが失われていることが分かりました。この結果から、今後、より高い偏極率を得るためには、共結晶化の途中でスピンの偏りを失いにくくすることや、より速く共結晶化する分子の組合せを設計することが重要であると考えられます。

図1. 共結晶化を利用した偏極リレーの概念図                                                                                                          室温トリプレットDNPにより、仲介分子であるピコリンアミド中にスピンの偏りを生み出し、目的分子であるピルビン酸とすばやく共結晶化させることで、スピンの偏りをピルビン酸へリレーする。

■今後の展開

 今後は、共結晶化の途中でスピンの偏りが失われにくい分子の組合せを探し、偏極率の向上を目指します。また、ピルビン酸以外の分子にも本技術を広げることで、これまでトリプレットDNP を直接適用しにくかった多様な分子へ偏極を届けられる可能性があります。将来的には、本研究で実証した偏

極リレー技術の効率を高め、対象分子を広げることで、寒剤を使わない次世代の高感度NMR 分析や、

がん代謝を可視化するMRI 診断薬分子開発への応用が期待されます。

■用語解説

※1)NMR(核磁気共鳴、NMR:Nuclear Magnetic Resonance):

 原子核が持つ核スピンの性質を利用して、分子の構造や運動状態を調べる分析法です。磁場中の試料に電磁波を与えると、分子中の原子核からNMR 信号が得られます。この信号を解析することで、物質の構造や分子の動きを調べることができます。NMR 信号は一般に弱いため、感度を高める技術が重要です。

※2)MRI(磁気共鳴イメージング、 MRI:Magnetic Resonance Imaging):

 NMR の原理を利用して、人体内部の水分子などから得られる信号を画像化する方法です。MRI では、場所によって磁場の強さを少しずつ変えることで、体のどの位置から信号が出ているかを区別します。けがや病気の診断、脳機能の研究などに広く用いられている重要な技術です。

※3)動的核偏極(DNP:Dynamic Nuclear Polarization):

 核スピンの向きが揃っているほど、NMR やMRI の信号は強くなります。DNP は、核スピンよりも向きが揃いやすい電子スピンの偏りを核スピンへ移すことで、信号を大きく増強する技術です。従来のDNP では、高い偏極率を得るために極低温環境や高価な装置が必要となる場合が多く、広く利用する上で課題がありました。

※4)トリプレットDNP(Triplet-DNP:Triplet Dynamic Nuclear Polarization):

 DNP の一種で、光を当てた分子に一時的に生じる「三重項」と呼ばれる電子スピンの偏りを利用して、核スピンの向きを揃える方法です。通常のDNP とは異なり、極低温環境を使わずに室温で核スピンを偏極できる可能性があるため、寒剤を使わない高感度NMR・MRI 技術として期待されています。

※5)共結晶化:

 複数種類の分子が、水素結合やπ–π相互作用などによって規則正しく組み上がった結晶を共結晶といいます。共結晶化とは、そのような共結晶が形成される過程を指します。本研究では、ピルビン酸とピコリンアミドがすばやく共結晶を形成する性質を利用して、スピンの偏りを目的分子へリレーしました。

※6)偏極リレー:

 ある分子で生み出したスピンの偏りを、別の目的分子へ受け渡す方法です。本研究では、室温トリプレットDNP によりピコリンアミド中でスピンの偏りを生み出し、共結晶化を利用してその偏りをピルビン酸へリレーしました。

※7)MRI 診断薬分子:

 生体内の環境や反応を調べるために用いられる分子です。代謝反応や酵素反応などに応じてNMR またはMRI 信号が変化するため、体内で起きている分子レベルの変化を調べる手がかりになります。本研究で用いたピルビン酸は、がん細胞の代謝状態を調べるための代表的な分子の一つです。

■研究プロジェクトについて

 本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(MEXT Q-LEAP、グラント番号:JPMXS0120330644)、日本学術振興会科学研究費助成事業(グラント番号:24K01514)、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(グラント番号:JPMJSP2113)、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「先進的量子技術基盤の社会課題への応用促進」(量子科学技術研究開発機構)、徳島大学産業院ものづくり未来共創機構及び文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI「ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)」の支援を受けて実施されました。

■論文情報

掲載誌:Chemical Science

論文名:Room-temperature hyperpolarization via polarization relay through rapid 

            cocrystallization

著者:

・佐藤 晴紀(徳島大学大学院創成科学研究科 博士後期課程3 年(研究当時))筆頭著者

・根来 誠   (大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB) 副センター長/教授、

                   同大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe) 教授、

                   量子科学技術研究開発機構量子生命科学研究所 上席研究員(CA)兼任)

・香川 晃徳(大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe) 特任准教授(常勤)、

                   同大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB) 特任准教授(常勤))

・栗原 拓也(金沢大学理工研究域物質化学系 助教)

・大竹 研一(京都大学アイセムス(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点:WPI-iCeMS)

                   特定拠点准教授)

・中村 浩一(徳島大学大学院社会産業理工学研究部理工学域自然科学系物理科学分野 教授)

・犬飼 宗弘(徳島大学大学院社会産業理工学研究部理工学域自然科学系物理科学分野 

                   准教授)責任著者

DOI 番号: 10.1039/D6SC03071H

■関連リンク

・徳島大学×J-PEAKS

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業種
教育・学習支援業
本社所在地
徳島県徳島市新蔵町2丁目24番地
電話番号
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代表者名
河村 保彦
上場
未上場
資本金
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設立
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