ろう・難聴者のメディア描写:『季刊福祉労働』にて展開される考察とガイドライン
メディアは社会や文化に、大きな影響を及ぼします。しかし、長い間、メディアは、ろう・難聴コミュニティの持つ言語、文化、価値観を適切に表現してなかったのは、事実です。この度、伊藤 芳浩 IGB理事長・高山 亨太・富田 望は、『季刊福祉労働』第175号(現代書館刊行)に「論考:メディアにおけるろう・難聴者の描かれ方に関する問題提起とガイドライン」を寄稿し、この重要なテーマに関する考察を共有いたします。
最近のドラマに見られる偏見の再生産は、メディアがどのように社会的ステレオタイプを助長しているかを示す例です。アメリカの調査によると、聴覚障害者は「無口で傷つきやすく、治療や支援が必要」というステレオタイプで描かれがちです。メディア制作において、ろう・難聴者の視点や経験を取り入れることは、全ての視聴者にメリットをもたらします。NHKドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」は、このアプローチを具現化した優れた例です。ろう・難聴者のメディアにおける表象に関する研究と実践は、ステレオタイプを打破するだけでなく、インクルーシブな社会を実現するための重要なステップです。
IGBは、この問題に対する社会全体の意識を高め、より良いメディア制作への貢献を目指しています。
書籍情報
『季刊福祉労働』175号 現代書館 福祉労働編集委員会 編 2024年1月上旬発売 *全国書店や、ジュンク堂書店、紀伊国屋書店のウェブストア、 Amazon他のオンライン書店などでお買い求めいただけます。 |
目次
芥川賞受賞記念対談 市川沙央×荒井裕樹 『ハンチバック』が文学界に問いかけたこと
●特集1 障害の社会モデルから人権モデルへ
川島聡 二つの「障害のモデル」をめぐって
油田優衣 治療の選択をめぐる障害当事者の葛藤 ――人権モデルで「治療」を考える
元気のないおさむ 就労移行支援やめるマンガ ――訓練すべきは社会のほうでしょ!
【インタビュー】吉野靫さん トランスジェンダーが社会生活で抱えるコスト
上川多実 「差別されない権利」の背景にある部落出身者の尊厳について
●特集2 グループホームの大規模化と地域移行
島﨑由宇 グループホームが目指していたものとは何か ――大規模化・集約化する現状から
【講演録】エミリー・ムティエン スウェーデンの脱施設の歴史と現状について(訳・松永洋子)
白崎朝子 重度訪問介護ヘルパーの労働裁判 ――岐路に立つ自立生活運動
連載 長瀬修 障害学の世界から 第92回 思い出の立岩真也
論考 メディアにおけるろう・難聴者の描かれ方に関する問題提起とガイドライン
伊藤芳浩、高山亨太、富田望(メディアにおけるろう・難聴者の描写に関するガイドライン日本語翻訳チーム)
*「メディアにおけるろう・難聴者の描かれ方に関する問題提起とガイドライン」の掲載ページは121頁です。
著者プロフィール・コメント
伊藤 芳浩(いとう・よしひろ)
岐阜県出身で、日本手話を第一言語とするろう者。ITメーカーにてデジタルマーケティングなどを担当する傍ら、有志たちと共にコミュニケーションバリアフリーを推進するNPO法人インフォメーションギャップバスター(IGB)を設立。電話リレーサービス法制化や、オリンピック・パラリンピック開閉会式放映での手話通訳導入などに尽力し、障害者の生きづらさがある人に関する取り組みなどで活躍する団体に授与される第6回糸賀一雄記念未来賞を2020年11月に団体として受賞。認定NPO法人DPI日本会議特別常任委員、ビジネスと人権市民社会プラットフォーム 幹事なども担当し、障害者分野のビジネスと人権を専門とする。著書に「マイノリティ・マーケティング」(筑摩書房)。
【執筆者コメント】
メディア業界において、ろう・難聴者の実態をより正確かつ自然に反映させるためには、当事者である彼ら自身との建設的な対話が欠かせません。これにより、彼らの日常生活、直面している課題、そして社会における役割や願望についての深い理解が得られるでしょう。メディアがこれらの情報を正確に報道することで、誤解や偏見を避け、社会全体の意識向上につなげることができます。
本ガイドラインが日本において適切に実施されることを切に願います。ろう・難聴者の声が適切にメディアに反映されることは、彼らの社会的包摂を促進し、より公平な社会を形成する上で重要です。私たちIGBも、この目的を達成するために、様々なメディアチャネルを通じて関係者との建設的な対話を進め、ろう・難聴者の実際の声を社会に届ける努力を続けてまいります。
高山 亨太(たかやま・こうた)
神奈川県出身。ギャローデット大学大学院准教授。元障害学会理事。筑波大学大学院博士一貫課程単位取得満期退学、ギャローデット大学大学院修士課程修了、日本社会事業大学博士後期課程修了。博士(社会福祉学)。専門は、精神保健、ろう者学、障害学。これまで、聴覚障害者情報提供施設やろう学校などにて、ろう・難聴児・者の精神保健に関わってきた。現在は、ギャローデット大学大学院にて博士号取得を目指す博士課程学生やソーシャルワーカー・心理士を目指す学生の養成教育に従事している。著書に「ろう者学とソーシャルワーク」(生活書院)。
【執筆者コメント】
地球上で最も権力や社会的影響を持っているのは、政府でもなく、司法でもなく、メディアだと言われています。メディアが報道や記事の中で「ろう」を扱うときの違和感の正体について、ろう者だけではなく、メディア関係者を巻き込んでオープンに議論することは重要なことです。これまで、メディアと対等に対話をする機運に恵まれた時期があったでしょうか?私たちは、政治だけではなく、メディアをチェックし、適切にフィードバックすることが、結果的に、メディアにおけるろう者に対するスティグマを軽減することにつながります。メディアを通して、私たちろう・難聴者の生活や文化の様子が社会の中で肯定的に物語られることが当たり前になることを願っています。
富田 望(とみた・のぞみ)
大阪府出身、米国在住。佛教大学卒業。ギャローデット大学で博士号を取得。マサチューセッツ州のフレーミングハム州立大学で3年間助教を務めた後、現在、ハーバード大学で博士研究員として研究に従事。専門は手話言語学のメタファー、多義語、形態論。
【執筆者コメント】
日本のメディアで聴覚障害者が取り上げられる場面は、大まかに二通りあります。一つ目は障害者が犯罪事件に関与したり、被害に巻き込まれたとき。そしてもう一つはドラマや映画などの作品において、ろう者の役が出たときです。しかし注目すべきは、ろう者の役を当事者がやることはつい最近までありませんでした。ろう者の役は当事者に、というお願いは以前からありましたが、認められず、また不可能なこととして「大きな壁」と形容されてきました。
特に日本手話は日本語とは異なる独自の言語として認識されています。しかし、そのことについて認識し、理解する人は少ないのです。ろう役者が長い間差別されてきたこれまでの背景を知らない多数派の信念や偏見を破るために、この寄稿が未来のろう者、難聴者、中途失聴者、人工内耳装用者、聴覚障害者コミュニティーに属する様々な人たちが、より良い社会で輝ける一助となることを願っています。
問い合わせ先
特定非営利活動法人 インフォメーションギャップバスター
staff@infogapbuster.org
050-3605-9721(電話リレーサービス専用電話)
※電話リレーサービスは、通訳オペレーターを介した通話となります。
(担当:伊藤 芳浩)
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