平衡では存在できない「不安定な状態」を熱の流れにより実現

- 非平衡熱力学の新理論を支持するシミュレーションに成功 -

高知工科大学

 高知工科大学の遠藤 瞳さん(大学院修士課程2年)と、小林 未知数教授(理工学群)は、熱が流れ続ける「非平衡定常状態*1)」における相転移*2)現象を、独自に開発した「1次元の計算モデル」によって解析し、異なる状態が共存する境界(界面)の温度が、従来の常識である「平衡状態の転移温度」からずれることを明らかにしました。
 この成果は、近年提案された新しい熱力学理論「大域熱力学*3)(Global Thermodynamics)」の普遍性を強く支持する重要な結果であり、通常は不安定ですぐに消えてしまう状態を熱の流れによって、安定してコントロールできる可能性を示しました。さらに本来は大規模な計算を必要とする解析に、高校数学の微分を拡張したモデル(分数階微分*4))を導入し、高精度なシミュレーションに必要な計算コストを大幅に削減したことも、高く評価されました。
 本研究は、2026年6月2日、アメリカ物理学会が発行する権威ある国際学術誌「Physical Review E」に掲載されました。   

【研究成果のポイント】

  •  熱の流れがあると「相転移の常識」が変わることを発見

  • 平衡では「不安定な状態」を安定に実現できる可能性を示した

  • 非平衡熱力学の新しい理論「大域熱力学」の普遍性を支持

  • 「分数階微分*4)」という数学的手法で大規模シミュレーションの難問を解決

【研究の内容と成果】

 物質は温度によって固体・液体・気体など異なる状態をとり、その境界となる温度は「相転移温度」と呼ばれます。例えば、水は平衡状態では0℃で氷と水が共存し、100℃で水と水蒸気が共存します。このような相転移*2)は平衡熱力学*5)によって理解されていますが、熱が流れ続ける非平衡状態における相転移については未解明な点が多く残されています。

 本研究では、熱流が存在する非平衡定常状態*1)において、二つの相を分ける界面の温度を数値シミュレーションによって調べました。その結果、界面温度が平衡状態での相転移温度から有意にずれることを明らかにしました。これは、平衡状態では不安定で長時間存在できない準安定状態が、熱の流れによって安定化されることを意味しています。

 さらに、この結果は近年提案された非平衡定常状態の熱力学理論である「大域熱力学*3)」の予測とよく一致することを確認しました。本研究は、非平衡状態において広く仮定されている局所平衡仮説が相共存界面で破れることを示すとともに、大域熱力学の有効性を支持する重要な結果となります。

 また本研究の大きな特徴として、通常は非常に大規模な計算を必要とし、再計算や追試が困難になりがちな相転移現象を効率よく解析するため、高校で学ぶ微分を拡張した「分数階微分*4)」と呼ばれる数学的手法を導入しました。この手法により非平衡相共存状態の高精度シミュレーションに必要な計算コストを大幅に削減することに成功しました。

【今後の展開】

 本研究で確認された現象は、特定のモデルや空間次元に依存しない普遍的な現象である可能性があります。今後は気液転移*6)や固液転移*7)、液晶のネマティック転移*8)など実験系での検証を進めるとともに、非平衡定常状態の統計力学的記述との関係を理論的に明らかにすることが期待されます。
 また、本研究で用いた分数階微分による数値解析手法は、従来は計算コストの大きさから困難であった非平衡相転移の研究を大きく前進させる手法として、幅広い応用が期待されます。

【用語解説】

*1)非平衡定常状態
常にエネルギーや物質が外部から流れ込み、外へ出ていっているにもかかわらず、全体としては状態が変わらず安定していることを指す。「平衡状態」が、完全に動きが止まった「静止した安定」であるのに対し、非平衡定常状態は「動き続けているのに安定」しているのが特徴。例えば、熱い場所から冷たい場所へ熱が流れ続けている金属棒の温度分布が一定に保たれている状態などがこれにあたる。細胞の活動やエンジンの燃焼、交通流など、自然界や生命現象の多くはこの状態にあり、現代物理学において最も解明が待たれている重要なテーマの一つである。

 

*2)相転移(そうてんい)
物質が固体・液体・気体など異なる状態へ変化する現象。

*3)大域熱力学(Global Thermodynamics)
システムの一部(局所)の変化を積み上げるのではなく、システム全体(大域)を一つのまとまりとして捉え、そのエネルギーや物質の振る舞いを記述する新しい理論体系。たとえ内部で激しいエネルギーの流れ(非平衡)があっても、システム全体として貫かれる「普遍的な法則」を明らかにしようとする試みで、これまで個別に研究されていた複雑な現象を、一つの大きなルールで一貫して説明することが可能となる。次世代のエネルギー管理技術やナノテクノロジーの指針としても期待されている。

*4) 分数階微分(ぶんすうかいびぶん)
高校で学ぶ微分を一般化した数学的概念。通常の微分が近くの情報のみを用いるのに対し、分数階微分は遠く離れた場所の影響も取り込むことができる。本研究ではこの性質を利用し、通常は大規模シミュレーションでしか得られない相転移現象を、低計算コストのシミュレーションで再現した。

*5) 平衡熱力学

物質の状態やエネルギーの変化を扱う物理学の一分野で、コップの中の水が周囲と同じ温度になり、蒸発も結露もせず落ち着いている状態(平衡状態)のように、「外部とのエネルギーのやり取りが止まり、安定した状態」にある物質の性質を解き明かすための学問。19世紀に蒸気機関の効率化を目的として発展し、現在の物理学や化学、材料工学の基礎となっている。一方で、生命活動や気象現象のように、常にエネルギーが流れ込み変化し続ける「非平衡」な現象を理解するための重要な基準としても用いられる。

*6) 気液転移(きえきてんい)
物質の状態が「液体」から「気体」へ、あるいは「気体」から「液体」へと変化する現象。例えば、水を加熱していくと100℃で沸騰して水蒸気に変わるが、このとき物質の密度や性質が「連続的ではなく、ある一点を境にガラリと変わる(相転移)」のが大きな特徴である。

*7) 固液転移(こえきてんい)
物質の状態が「固体」から「液体」へ(融解)、あるいは「液体」から「固体」へ(凝固)と変化する現象。氷が溶けて水になる日常的な現象がこれにあたる。

*8) ネマティック転移
物質の状態が、バラバラな方向を向いた「液体(等方相)」から、分子の向きが一定方向に揃った「液晶(ネマティック相)」へと変化する現象。この「向きの揃い具合」を熱や電気でコントロールすることで光の通り方を変えられるのが、液晶ディスプレイの基本的な原理。液晶テレビだけでなく、スマートフォンの画面、さらには次世代の光スイッチやセンサーなど、光を操るあらゆるデバイスの根幹にある現象である。

【研究資金】

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(科研費番号:23K22492, 24K00593, 26K07020)の支援を受けて実施されました。

【論文情報】

  • タイトル:Violation of local equilibrium thermodynamics in one-dimensional

    Hamiltonian-Potts model

  • 著者:Hitomi Endo and Michikazu Kobayashi

  • 掲載誌:Physical Review E 113, 064109 (2026)

  • 公開日:2026年6月2日

  • DOI10.1103/rz4l-krv6

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会社概要

URL
https://www.kochi-tech.ac.jp/
業種
教育・学習支援業
本社所在地
香美市土佐山田町宮ノ口185
電話番号
0887-53-1111
代表者名
蝶野 成臣
上場
未上場
資本金
-
設立
1997年04月