関西大学、福井大学、名城大学、アークエッジ・スペースが電源温度管理の新手法など複数エネルギー技術を搭載した超小型衛星「DENDEN-01」を共同開発
今秋に国際宇宙ステーションから放出予定
■要旨
関西大学、福井大学、名城大学、アークエッジ・スペースが共同で開発した革新的エネルギー技術実証衛星「DENDEN-01」が完成し、JAXAへの引き渡しが完了
固-固相転移型潜熱蓄熱材を活用した超小型人工衛星の電源温度管理手法など今後の超小型衛星の高性能化に貢献するさまざまなエネルギー技術の軌道上実証を行う
今秋にアメリカより国際宇宙ステーションに向けて打ち上げ、その後宇宙空間へ放出
<DENDEN-01 外観写真>
超小型人工衛星は電力や質量、サイズの制限があり、また熱容量も小さいため、宇宙空間の急激な温度変化の影響を受けやすく、安定した電力供給に課題がありました。本衛星では、温度が変化すると物質の結晶状態が変化し、この過程で熱を吸収または放出することができる「固-固相転移型潜熱蓄熱材(SSPCM)」を活用した電源温度安定化装置はじめ、今後の超小型衛星開発に貢献する複数のエネルギー技術および高負荷ミッションの軌道上実証を行います。
■背景
人工衛星の中でも100 kg未満の衛星を超小型衛星と呼んでおり、その中でも1辺10 cmの立方体を基本構造 として規格化されたキューブサット(CubeSat)※1は、容易に入手できるキット化されたコンポーネントの普及によ って迅速な開発が可能であり、コスト効率が高いことから、その打ち上げ数は年々増加しています。従来の教育 や技術実証目的の開発のみならず、近年では民間での開発も活発に行われており、リモートセンシングや衛星通 信など宇宙ビジネスを担う重要な役割を果たすようになっています。 このように、キューブサットはその多様な用途と利便性から広く普及しつつありますが、さらなる技術的進化 が求められています。特に、商業利用の拡大に伴い、ミッションの複雑化と要求性能の向上が不可欠である一方 で、同時にキューブサットの高機能化と信頼性の向上が求められており、そのためにも衛星に搭載する各機器に 対して、高品質で安定した電力の供給技術が必要となります。 しかし、キューブサットは電力や質量、サイズの制限があり、熱容量も小さいため、宇宙空間の急激な温度変 化の影響を受けやすいという特徴があります。地球周回軌道で運用されているキューブサットの電源温度を解析 したところ、比較的低温に推移する傾向にあり、-15℃に達するケースも確認できています。このような低温環境 では、電源性能が急激に低下するため、衛星における様々なミッションの制限や、衛星自体の運用に重大なリス クが生じます。 この課題に対して、関西大学と名城大学は2020年からキューブサット搭載電源の温度管理手法を共同で検討 し、固-固相転移型潜熱蓄熱材 (SSPCM) ※2を活用することを検討してきました。
この成果を実際のキューブサットで実証することを目指し、福井大学および株式会社アークエッジ・スペース を加え、今後の超小型衛星の進化を支える革新的な電力供給・エネルギー技術を実現すべく、DENDEN-01 プロ ジェクト(プロジェクトマネージャー: 関西大学化学生命工学部 山縣雅紀 准教授)を進めてきました。2021 年度 末には国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)およびNPO法人大学宇宙工学コンソーシアム(UNISEC)に より公募された「学術利用及び人材育成を目的とした『きぼう』からの超小型衛星放出機会の提供プログラム(J CUBE)」の 2021 年度打ち上げ枠(国内先進ミッション枠)に採択され、2022 年度より衛星開発がスタートしまし た。
■研究手法と成果
衛星概要
DENDEN-01は1Uサイズのキューブサットであり、打上時のサイズは100 ´ 100 ´ 113.5 mm (1U)、軌道上における太陽電池パドル展開時のサイズは309 ´ 204.5 ´ 113.5 mm、質量1.32 kgです。(図1)
図1 DENDEN-01外観図 (太陽電池パドル展開時)
DENDEN-01の機能および軌道上試験内容
DENDEN-01では次に挙げる電源システムに関わる複数のエネルギー技術実証と、高品質で安定な電力を活かした高負荷ミッションに挑戦します。
① 固-固相転移型潜熱蓄熱材(SSPCM)を活用した電源温度安定化デバイスの軌道上実証
② 超小型衛星に適した民生リチウムイオン電池の採用と軌道上特性評価
③ 高精度電力状態推定方針及び推定則の実証/電力状態推定値を基準としたシステムシミュレータを用いた運用計画系の実証
④ キューブサットに最適化した宇宙用IMM3J太陽電池ガラスアレイシート※6の動作検証
⑤ 宇宙用ペロブスカイト太陽電池※7モジュールの軌道上デモンストレーション
⑥ 超小型S帯通信機の実証および送受信
⑦ 920MHz特定省電力送受信機※8を利用したよるストアー・アンド・フォワード(S&F)※9通信技術の実証
⑧ 超小型ハイパースペクトルカメラ※10による撮影およびオンボードでのデータ解析処理
本衛星の主ミッションである電源温度安定化デバイス(図2)には、関西大学と新日本電工株式会社が共同で開発した二酸化バナジウム(VO2)系SSPCMが採用されています。一般的な潜熱蓄熱材 (PCM) は液相 (高温相) と固相(低温相) 間の相変化に伴う「潜熱」によって温度を一定に保つことができます。しかし、液漏れや揮発を防ぐための専用容器が必要となり、質量、体積の制限が厳しい人工衛星には不向きとされています。本衛星では、固相間の相変化に伴って発生する潜熱を利用可能なVO2系SSPCMを電源ケースとして活用することで、電源の温度変化を緩和し、安定した電源性能を実現することが期待されます。
図2 SSPCMを利用した電源温度安定化デバイス (黒色ブロック部分)
※電源温度安定化デバイス内にリチウムイオン電池が内包されている
加えて、搭載電源状態を適切に推定・管理しながら安全かつ効率的に運用を遂行するための実験運用計画を自律 的に立案する仕組みを構築し、その効果についても実証します。
今後の宇宙利用を活性化させていくうえで、ミッション成功率の向上、システムの実施可能なミッションの最大化、コストの低減は必須事項となります。本衛星では、大規模コンステレーションなど一度に多数の衛星運用を実施していくことを見据え、安全性を保ちつつ、全体システムの効率化を実施可能とする自律的な運用計画の立案システムに関わる実験を実施します。安全性を保つためには、従来よりも高精度な状態推定則を機上で実現することを狙っています。この推定則については、温度安定化装置と組み合わせることにより、誤差をより低減できることを見込んでいます。また、効率的な運用計画の立案は、高精度な電源状態推定モデルを搭載したシステムシミュレータに対し、数理計画法を用いて実現し、その結果を反映した運用の実施を試みます。
本衛星の外装には、キューブサットに最適化された宇宙用IMM3J太陽電池ガラスアレイシート (シャープエネルギーソリューション株式会社製) が設置されています。JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」と同型の太陽電池セルが使われており、超小型衛星分野でこの太陽電池を採用するのは、JAXA開発衛星以外では本衛星が初めてとなります。さらに、衛星上面には、宇宙用に新規に開発されたペロブスカイト太陽電池モジュールを搭載しています。これは株式会社リコーが開発したペロブスカイト太陽電池モジュールをベースに、宇宙の極限環境でも動作するよう改良したものであり、その軌道上動作試験を関西大学、株式会社リコー、JAXAの共同研究として実施します。
通信についても2派の冗長システムを構築、状況に応じ安定した通信の実現を目指します。電源温度安定化デバイスによる安定した電力を背景に、1Uサイズキューブサットでは電力的に比較的難易度の高いS帯通信を試みます。S帯通信の相手となる地上局としては、アークエッジ・スペース社所有の静岡県牧之原にある3.9mパラボラアンテナと埼玉県鳩山町(東京電機大学)の3mアンテナを用いた運用を行います。また、920 MHz帯小型省無線通信によるバックアップ通信の機能検証および地上に設置した省電力無線通信機を用いたセンサデータを衛星経由で取得する実験(ストアー・アンド・フォワード技術)の検証をアークエッジ・スペース・関西大学・名城大学・福井大学により行います。さらに、高負荷ミッションとして福井大学が開発した超小型ハイパースペクトルカメラを搭載しており、撮影およびオンボードでのデータ解析処理に挑戦します。
図3(上左図)㈱アークエッジ・スペース所有3.9mパラボラアンテナ
(上右図)埼玉県鳩山町(東京電機大学)の3mアンテナ
(下左図)920 MHz帯小型省無線通信によるバックアップ通信固定局
(下右図)920 MHz帯小型省無線通信センサー取得可搬局
EDITを活用した衛星開発と教育プログラムについて
DENDEN-01は、福井大学産学官連携本部 青柳賢英 特命准教授とセーレン株式会社が共同開発した学習用超小型衛星「EDIT(Educational satellite for Idea and Technology)」(図4)※8をベースに開発されました。EDITは、新規に人工衛星開発・事業に参入する大学・企業に対して、実践的な人工衛星開発技術を習得してもらうために開発された「宇宙で動作する人工衛星教材」です。DENDEN-01では、EDITに展開型太陽電池パネルやS帯通信機を搭載する等の機能追加を行い、フライトモデル (FM) にアップデートしました。
また、本衛星の組立・試験は、福井大学と福井県、ふくい宇宙産業創出研究会※9等が進めているEDITを活用した宇宙教育プログラム「人工衛星設計基礎論 2022」※10にて実施されました(図5)。本教育プログラムには、関西大学や福井県内企業らが参加し、人工衛星の基礎から、キューブサットの組立、電気試験、機能試験、環境試験などについて学びました。さらに、DENDEN-01のエンジニアリングモデル (EM) やFMの開発と並行し、JAXAの安全審査で求められる数々の試験や通信試験など「実機」を活用した新たな教育プログラム「人工衛星設計基礎論 2022 フェーズ2」を実施し、人工衛星プロジェクトを推進していくための知識や技術、経験を身につけました。
本試みは、DENDEN-01開発期間の短縮とEDITの教材としての機能強化の両面の効果があり、実践的教育を発展させたキューブサットプラットフォームの開発に成功しました。本成果により、EDITの受講者が同教材を導入し、そのまま人工衛星プロジェクトを開始できるようになるため、更なる宇宙産業への参入増加が期待されます。
図4 学習用超小型衛星「EDIT(Educational satellite for Idea and Technology)」
図5 EDITを活用した宇宙教育プログラムの実習の様子
JAXAへの引き渡しと今後の予定
本衛星は、2024年6月4日にJAXAへの引き渡しを完了しました(図6) 。今後、JAXAにて輸送準備を整え、今秋に国際宇宙ステーション(ISS)に向けて打ち上げられ、その後、高度380〜420km程度 (放出時のISS高度による) の円軌道に投入される予定です。
図6 (左図) DENDEN-01と小型衛星放出機構J-SSOD、
(右図) 衛星引き渡しの様子 (右: 山縣雅紀プロジェクトマネージャー)
【今後の期待】
超小型衛星の性能も利用可能な電力に大きく依存しています。エネルギー技術は人工衛星の核心部であり、その信頼性の向上と小型化・軽量化は、今後の宇宙産業を担う超小型衛星の性能と信頼性を左右する重要な要素です。今後製造される超小型衛星のミッションは多様化・高度化が進み、電力への要求はこれまで以上に増加すると予想されます。本衛星プロジェクトで得られる成果は、高機能な超小型衛星の開発を加速し、日本の宇宙産業のさらなる発展に寄与することが期待されます。
【関連情報】
本リリース掲載写真一式
DENDEN-01プロジェクトウェブサイト
https://denden01.kansai-u.space/
超小型衛星放出機会の提供(J-CUBE)プログラム
https://unisec.jp/service/j-cube
関西大学 化学生命工学部 化学・物質工学科 極限環境化学研究室
https://kyokugen.kansai-u.space/
名城大学 理工学部 交通機械工学科 航空宇宙機システム研究室
https://www1.meijo-u.ac.jp/~kmiyata/asel/
福井大学 産学官連携本部
http://www.hisac.u-fukui.ac.jp/
株式会社アークエッジ・スペース
★関西大学と新日本電工との共同プレスリリース情報
https://www.nippondenko.co.jp/cms_source/data/info/2024/MMDD.html
★関西大学、株式会社リコーとの共同プレスリリース情報
https://jp.ricoh.com/release/2024/MMDD_1
【補足説明】
※1 キューブサット(CubeSat)
10 cm×10 cm×10 cmを1つのユニット(1U)とした、超小型衛星の規格の一つ。ここ10年ほど、世界的に宇宙の商業利用が進んだことで、キューブサット規格の地球観測衛星や通信衛星などが、安価に大量に打ち上げられている。
※2 固-固相転移型潜熱蓄熱材 (SSPCM)
熱エネルギーを蓄えるために化学変化を利用する固形の蓄熱材。一般的な潜熱蓄熱材は温度が変化すると固体から液体、または液体から固体へ変化し、この過程で熱を吸収または放出することができるが、SSPCMは、温度が変化すると物質がある結晶構造の固体から別の結晶構造の固体へと相変化するのが特徴。そのため液漏れや気化の危険性を排除することができる。
※3 宇宙用IMM3J太陽電池ガラスアレイシート
シャープエネルギーソリューション株式会社が世界に先駆けて実用化した逆積み格子不整合型3接合(Inverted Metamorphic 3-Junction, IMM3J)太陽電池セルを、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)シートとガラスで挟み封止したもの。IMM3Jセルは厚み約13 mmと薄く柔軟なうえ、約32%の高い初期効率を誇る。
※4 宇宙用ペロブスカイト太陽電池
ペロブスカイト構造を持つ材料を使用した太陽電池で、高い光吸収率と優れた電力変換効率を特徴とする。低コストで製造可能であり、将来的には宇宙分野での利用が期待されている。
※5 920 MHz帯特定省電力送受信機
消費電力を抑えた無線通信技術で、特にエネルギーが限られる環境(例えばリモートセンサーや小型衛星)での使用に適している。
※6 ストアー・アンド・フォワード (S&F)
海や地上に置かれた小型の送信機から衛星に向かって付属センサ等で取得したデータの送信を行い、地球を周回している衛星が、地上の送信機から送られるデータを収集していくシステム。
※7 ハイパースペクトルカメラ
2次元の画像情報と分光情報を同時に取得できるカメラであり、対象物の状態把握・分類が可能なため、農業・森林リモートセンシング等の実利用分野において有用な観測装置である。
※8 学習用超小型衛星「EDIT(Educational satellite for Idea and Technology)」
「宇宙で動く衛星教材」をコンセプトにした1Uキューブサット教材であり、TRICOM-1R (2018年打ち上げ) やRWASAT-1 (2019年打ち上げ) で軌道上実証された電源システム系、データ処理装置(ソフトウェア含む)、姿勢制御系を活用している。
(関係機関) セーレン株式会社: https://www.seiren.com
※9 ふくい宇宙産業創出研究会
福井県内企業に対して宇宙産業における最先端の産業情報の提供や高度技術者育成機会等を提供することで、企業の宇宙産業参入を支援する研究会。2024年3月時点で78機関が所属する。
(関連機関) ふくい宇宙産業創出研究会: https://www.fklab.fukui.fukui.jp/kougi/foip/sp/
※10 宇宙教育プログラム
福井大学が福井県から委託され、令和2年から「人工衛星設計基礎論」シリーズとして実施する教育プログラム。衛星製造・品質評価技術に関する研修により、製造・運用・評価試験に関する高度技術者を育成する。EDITを活用し、分解・組立、搭載デバイス特性、運用の基礎などを盛り込んだハンズオントレーニングを行う。自社ビジネスの経営資源を活用した宇宙産業進出を目指すふくい宇宙産業創出研究会の会員企業に利用されている。
(関連報道発表 ※いずれも福井県報道発表)
2022年12月16日「『人工衛星設計基礎論 2022 宇宙実践編』を開催します」
2023年3月7日「『人工衛星設計基礎論 2022 宇宙実践編』アンテナパターン試験現場実習の開催」
2023年7月14日「『人工衛星設計基礎論 2022 フェーズ2 フライトモデル製造編』を開催します」
【発表者】
関西大学化学生命工学部 山縣 雅紀 (ヤマガタ マサキ) 准教授
福井大学 産学官連携本部 青柳 賢英 (アオヤナギ ヨシヒデ) 特命准教授
名城大学 理工学部 宮田 喜久子 (ミヤタ キクコ) 准教授
株式会社アークエッジ・スペース 松本 健 (マツモト タケシ) 電波基盤部 部長
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