「1次元では起きない」常識を覆す相転移を数学的に解明

-非局所微分モデルでBKT転移型のトポロジカルな変化を解析-

高知工科大学

 高知工科大学の遠藤 瞳さん(大学院修士課程2年)と小林 未知数教授(理工学群)は、主に2次元物質の現象として知られる「BKT転移(*1)」(2016年ノーベル物理学賞の受賞につながった重要な理論)と同様のトポロジカルな相関現象が、1次元の数理モデルにおいても現れ得ることを、数理解析と大規模な数値シミュレーションによって明らかにしました。

 一般に、1次元の系では熱の影響が強く、磁化の向きなどが長い距離にわたって揃う相転移(*2)は起こりにくいと考えられています(マーミン・ワグナーの定理)。本研究では、通常の微分を一般化した「分数階微分(*3)」を導入することで、離れた場所どうしが影響し合う「非局所相互作用(*4)」を1次元モデルに組み込みました。その結果、低温領域では相関が距離とともにゆっくりと、べき乗(*5)で減衰し、BKT転移に見られるトポロジカルな変化と整合する振る舞いが確認されました。

 一方で、通常の2次元BKT転移を特徴づける「位相ツイスト応答(*6)」は、本研究の1次元モデルでは同じ形では現れませんでした。すなわち、今回観測された現象は2次元BKT転移とよく似た相関の性質を持つ一方で、熱力学的な振る舞いには明確な違いがあります。
  本成果は、空間次元だけでなく「微分の階数(相互作用の空間的広がり)」が物質の相転移現象に大きな影響を及ぼすことを示す重要な知見であり、低次元の冷却原子気体や超流動薄膜などの基礎物理を数学的に読み解く、新たな道を拓くものです。
 論文は、数学分野で国際的に高い影響力を持つ学術誌Mathematicsにオープンアクセスで掲載されました。

【研究のポイント】

  • 1次元系における相転移の発見:通常は2次元の超伝導薄膜や超流動などで観測される「BKT転移」に酷似した準長距離秩序が、1次元の数理モデルでも発現することを突き止めました

  • 「分数階微分」によるブレークスルー:分数階ラプラシアンを導入し、遠く離れた場所どうしが影響し合う「非局所相互作用」を定式化しました

  • 2次元BKT転移との決定的な違いを特定:相関関数はBKT転移特有のべき乗減衰を示す一方、2次元BKT転移の代名詞である「位相ツイスト応答の普遍的な跳び」は存在しないという、1次元非局所系ならではの特異な熱力学的性質を明らかにしました

  • 大学院生が筆頭著者:修士課程の大学院生が理論解析から大規模数値シミュレーションまでを主導し、幅広い数学分野を扱う国際学術誌Mathematicsに掲載されました

【研究内容と成果】

 物質は温度の変化によって、固体、液体、気体、磁石、超伝導など、異なる状態へと変化します。このように物質の性質が大きく変わる現象を「相転移」と呼びます。通常の相転移では、物質を構成する原子や分子の状態が同じ状態に揃うことで秩序が形成されます。しかし、空間の次元が低くなるほど熱の影響が強くなり、特に局所相互作用を持つ1次元や2次元の系では、連続的に変化しうる秩序を保つことが難しくなります。

 その例外として知られているのが、2次元の超伝導や薄膜磁性体などに現れるBKT転移です。BKT転移では、通常の意味で完全な秩序は生じません。その代わり、低温では物質内部の状態の相関が長距離にわたってゆっくりと減衰する「準長距離秩序(*7)」が現れます。一方、高温では一般的に渦と呼ばれる「トポロジカル欠陥(*8)」が自由に動き回り、秩序を破壊します。この現象は系の「トポロジカルな変化」として知られています。

 本研究では、「2次元で現れるBKT転移型のトポロジカルな変化を、1次元系で実現するにはどのような数学的構造が必要か」という問題に着目しました。研究グループは、秩序を複素数で表す1次元のGinzburg–Landauモデル(*9)に、分数階微分を導入しました。通常の2次元モデルでは、秩序の空間変化を1階微分によって表します。これに対し、本研究の1次元モデルでは、秩序の空間変化を1/2階微分として表現しました。この数学的変更により、近くの場所だけでなく、遠く離れた場所どうしも影響し合う非局所相互作用が導入されます。平衡状態の性質を調べるため、研究グループは確率的Gross–Pitaevskii方程式(*10)を用いた数値シミュレーションを実施しました。秩序の相関や揺らぎ、複素数の位相をねじったときの自由エネルギー変化などを測定しました。

 その結果、低温領域では、秩序の相関がべき乗則に従ってゆっくりと減衰することが分かりました。さらに、解析を進めたところ、相関がBKT転移に特徴的な振る舞いとよく整合しました。一方、高温領域でも、相関は完全には消えず、遠方で弱いべき乗則の「尾」を持つことが示されました。これは秩序が残っているためではなく、分数階微分によって導入された非局所相互作用そのものに由来します。したがって今回の現象は、単純に「高温では無秩序、低温ではべき乗相関」と分けられるものではなく、低温で、背景の非局所相互作用よりもさらにゆっくりと減衰する相関が現れる現象として理解できます。

 また、通常の2次元BKT転移では、系全体の位相をねじったときの抵抗力に相当する位相ツイスト応答が低温で有限の値を持ち、転移温度で不連続な変化を示します。しかし本研究の1次元分数階モデルでは、分数階微分に適した位相ツイスト応答があらゆる温度において系を大きくするとともにゼロに収束することが示されました。これにより、今回の1次元モデルは、秩序の相関という点では2次元BKT転移によく似ているものの、位相ツイスト応答という熱力学的性質は異なることが明らかになりました。

 この成果は、相転移を決めるのは空間の次元だけではなく、相互作用の届く範囲や微分演算子の性質も重要であることを示しています。また、数学的に異なるモデルが、どの性質を共有し、どの性質で異なるのかを明らかにした点にも意義があります。

【今後の展開】

 今回の研究では、有限サイズのシミュレーションおよびそれに基づく数学的解析を用いて、BKT転移型の相関が観測されました。一方で、サイズが無限の極限において真の相転移が数学的に存在するのかを実証するには、さらに高度な理論解析が必要です。

 今後は、分数階微分と位相の性質を正しく取り入れたモデルに対して、「繰り込み群(*11)」と呼ばれる体系的な解析を行い、今回観測されたBKT転移型のトポロジカルな変化の数学的起源を明らかにすることが課題となります。また、今回は1/2という微分階数に焦点を当てましたが、今後は分数階微分の階数を連続的に変化させることで、真の長距離秩序、BKT転移型の準長距離秩序、無秩序状態がどのように切り替わるかを調べることが期待されます。

 さらに、非局所相互作用を持つ超流動体、冷却原子気体、光・励起子凝縮体などとの関係を検討することで、分数階微分を用いた非局所モデルが実際の物理系にどのように対応するかを明らかにすることも今後の重要な課題です。

【用語解説】

*1)BKT転移
Berezinskii–Kosterlitz–Thouless転移の略。通常の相転移のように粒子の状態が完全に同じ状態へ揃うのではなく、渦や反渦と呼ばれるトポロジカル欠陥の結合・解離によって起こる相転移。2次元の超流動薄膜、超伝導薄膜、磁性体などで現れる。

*2) 相転移
温度や圧力などの変化によって、物質の性質が大きく変わる現象。氷が水へ溶ける現象、磁石が磁性を失う現象、金属や絶縁体が超伝導になる現象などが含まれる。

*3)分数階微分
通常の1階微分、2階微分を、1/2階や3/2階など整数でない階数へ一般化した数学的概念。通常の微分が主に近くの場所の変化を表すのに対し、分数階微分は遠く離れた場所の情報も取り込むことができる。本研究では、2次元系における1階微分の役割に対応させて、1次元系で1/2階微分を用いた。

4)非局所相互作用
ある場所の状態が、そのすぐ近くだけでなく、離れた場所の状態からも直接影響を受ける相互作用。重力や電磁気力のような長距離力も非局所的な性質を持つ。本研究では、分数階微分によって距離とともにべき乗で弱くなる非局所相互作用を表現した。

5) べき乗(べき乗減衰)
ある量が「距離の2乗(r2)に反比例する」「rηで割られる」というように、変数の何乗かに比例・反比例して変化すること。物理学において、影響が「指数関数的」に急激にゼロへ落ち込む通常の減衰に比べ、べき乗で弱まる現象(べき乗減衰)は「遠く離れた場所まで影響がジワジワと長く届き続ける」という特別な性質を持つ。

*6) 位相ツイスト応答
物質内部の位相と呼ばれる連続的な状態量を少しずつねじったときに、元へ戻ろうとする「硬さ」を表す量。磁石や超伝導の強さなどとも深く関係し、通常の2次元BKT転移では転移点で不連続な変化を示す。

*7) 準長距離秩序
完全な秩序は形成されないものの、離れた場所どうしの相関が非常にゆっくりと減衰する状態。BKT転移の低温側では、相関が距離のべき乗に従ってゆっくりと減衰する。

*8) トポロジカル欠陥
場の向きや位相が空間中で連続的に変化するときに生じる、通常の変形だけでは取り除けない構造。2次元BKT転移では、位相が中心のまわりを一周すると360°回転する「渦」が代表例となる。今回の概念図では2次元側の白丸で渦の位置を示している。

*9) Ginzburg–Landauモデル
物質の秩序を連続的な量として表し、その空間変化と相互作用から、相転移を記述する数理モデル。超伝導、超流動、磁性体、液晶など多くの物理系の解析に用いられる。

*10) 確率的Gross–Pitaevskii方程式
複素数で表される関数の時間変化に、摩擦と熱揺らぎを加えた方程式。本研究では与えられた温度での平衡状態を解析するために使用した。確率的非線形シュレディンガー方程式とも呼ばれる。

*11) 繰り込み群
大きさの異なるスケールで物理法則がどのように変化するかを調べる数学的・物理学的手法。原子や欠陥の細かな構造を少しずつ消去してゆくことで、相転移点付近に現れる普遍的な性質を明らかにする。

【研究資金】

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(科研費番号:23K22492, 24K00593, 26K07020)の支援を受けて実施されました。

【論文情報】

タイトル:BKT-like Correlation Scaling and Twist Responses in a One-Dimensional Fractional U(1) Ginzburg–Landau Model
著者:
Hitomi Endo and Michikazu Kobayashi
掲載誌:Mathematics 14(20), 3647 (2026)

公開日:2026年10月9日

DOI:10.3390/math14203647

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上場
未上場
資本金
-
設立
1997年04月