象牙とマンモス牙の高精度識別法を確立 ―I型コラーゲン由来マーカーペプチドを用いた準非破壊分析―
株式会社ニッピ(代表取締役社長:伊藤裕子、本社:東京都足立区)は、I型コラーゲン由来マーカーペプチドを用いて、外観を損なうことなく象牙とマンモス牙を高精度に識別する新しい分析手法を開発しました。なお、本研究成果は、分析化学分野の国際学術誌「Talanta」(2026年4月2日オンライン公開)に掲載されています。
【論文情報】
Species identification of elephant and mammoth ivory products by LC–MS analysis of type I collagen marker peptides with a microsampling technique.
Kumazawa Y, Mizuno K, Taga Y.
Talanta. 306:129763 (2026) doi: 10.1016/j.talanta.2026.129763
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0039914026004194
【研究の背景】
象牙はその優れた加工性と優美な質感から、印鑑や楽器、美術工芸品などの素材として古くから重宝されてきました。しかし現在は、絶滅の恐れがある野生動植物を保護するワシントン条約により、その取引が厳しく制限されています。一方で、近年の地球温暖化に伴う永久凍土の融解により発掘量が増加しているマンモスは絶滅種であり、同条約の規制対象外であるため、その牙は合法的に取引することが可能です。そのため国際的に問題となっているのが、象牙をマンモス牙と偽って流通させる偽装取引であり、象の密猟を助長する一因であると指摘されています。
従来、牙の由来種を見分けるためには、断面に見られる「シュレーゲル線」と呼ばれる特有の模様を観察する手法が用いられてきましたが、加工された製品では判別が困難となります。また、高精度なDNA分析であっても、製品加工や経年劣化によりDNAが損傷している場合には判定できません。そのため、試料の状態に左右されず安定して実施できる識別法が求められていました。
そこで当社では、牙の主要なタンパク質であるI型コラーゲンに着目した新たな識別法の研究に取り組みました。I型コラーゲンは、数万年前の古生物試料やさまざまな工程を経た加工品であっても、その構造が安定して保持される特性があります。当社はこれまで、同じくI型コラーゲンを主成分とする皮革や膠(にかわ)を対象に、消化酵素トリプシンにより生成するI型コラーゲン由来のペプチドを質量分析装置(※1)で検出し、種間でのアミノ酸配列の違いに基づいて動物種を特定する判定法を確立してきました(※2~5)。今回の研究ではこの分析技術を応用し、さらにサンドペーパーによる微量サンプリングを行うことで、外観を損なうことなく高精度に象とマンモスを識別する新たな分析手法を開発しました。
【研究成果】
現在、世界にはアフリカゾウ(サバンナゾウおよびマルミミゾウ)とアジアゾウが生息しています。本研究では、これら現生の象とマンモスを高精度に識別するため、それぞれのサンプルをトリプシン消化し、生成したI型コラーゲン由来のペプチド断片を質量分析装置により網羅的に解析することで、鑑定の決め手となる4種類の判定用ペプチド(マーカーペプチドP1〜P4)を選定しました(表1)。P1とP2、P3とP4はそれぞれコラーゲン配列上の同一位置に対応していますが、1か所ずつアミノ酸が異なっています。このわずかなアミノ酸配列の差異により、アフリカゾウ、アジアゾウ、マンモスで各ペプチドの検出パターンが明確に異なるため、これら3種を高精度に判別することが可能となりました。

表1:I型コラーゲン由来マーカーペプチドの検出パターン
さらに本研究では、サンドペーパーで対象の表面をわずかに擦り取る「マイクロサンプリング技術」を導入しました。高感度な質量分析装置では、目に見えないほど微細な粉末からでも分析が可能であるため、両者を組み合わせることで、外観を損なわない「準非破壊分析」を実現しました(図1)。実際に、市販の印鑑17点(象牙製およびマンモス牙製)を用いて本手法の検証を行った結果、すべての検体で由来種を明確に特定することに成功し、いずれも表示どおりの由来種であることが確認されました。なお、「象牙」とのみ表示されていた印鑑は、すべてアフリカゾウ由来であることが明らかとなりました。

図1:象牙・マンモス牙の識別フロー
今回確立した技術は、印鑑などの加工製品に限らず、未加工の牙から歴史的な美術品まで、さまざまな形態の鑑定に幅広く応用可能です。鑑定対象の価値を維持したまま科学的根拠が得られる本判別法は、象牙の不正取引に対する抑止力となり、絶滅の危機に瀕する野生動物の保護に貢献することが期待されます。
※1:測定対象をイオン化し、その「重さ」を精密に測ることで、目に見えない成分も高感度かつ高精度に検出することのできる装置
※2:Kumazawa et al., J Agric Food Chem, 64, 6051-6057, 2016
※3:Kumazawa et al., Herit Sci, 6, 43, 2018
※4:Kumazawa et al., Anal Chem, 91, 1796-1800, 2019
※5:当社ウェブサイト「コラーゲン由来ペプチドをマーカーとした革・膠の由来動物種判定法」
https://www.nippi-inc.co.jp/rd/report.html?itemid=492&dispmid=877
【お問い合わせ先】
本記事および製品に関するお問い合わせ … https://www.nippi-inc.co.jp/tabid/140/Default.aspx
すべての画像
