細菌は「省エネ」より「増殖」を選ぶ!
~シミュレーションで見えた、窒素不足を乗り切るアンモニウム輸送戦略~
国立大学法人九州工業大学大学院情報工学研究院の前田 和勲准教授・倉田 博之教授、英国ストラスクライド大学のArnaud Javelle講師、オランダ・アムステルダム自由大学のHans V. Westerhoff教授・Fred C. Boogerd助教らの国際共同研究グループは、大腸菌のアンモニウム輸送と代謝を再現するシミュレーションモデルを開発しました。その結果、輸送タンパク質AmtBによるアンモニウム輸送において、細胞膜の電位差がどのように作用するのかを明らかにしました。さらに、大腸菌はアンモニウムが乏しい環境では、エネルギー効率を犠牲にしてでもアンモニウムの取り込みを優先し、速い増殖を維持していることがわかりました。
ポイント
● 6種類の仮説をコンピュータ上で対決:
6種類の仮説に基づくシミュレーションモデルを構築し、実験データと比較することで、どの仮説が最も有力なのかを調べました。
● 窒素不足では「省エネ」より「増殖」:
輸送体AmtBと代謝酵素は、無駄なエネルギー消費を可能な限り抑えながら、速い増殖を維持できるように精密に制御されていることがわかりました。
● 有用物質生産への貢献:
この研究成果を応用することで、微生物を用いたアミノ酸生産などの効率化が期待されます。
■アンモニウムは、大腸菌にとって「窒素の入り口」
窒素は、タンパク質やDNAなどをつくるために欠かせない元素です。多くの微生物は、窒素源としてアンモニウム(NH4+)*1を利用します。環境中のアンモニウムが少なくなると、大腸菌は細胞膜にあるAmtBという輸送タンパク質を使ってアンモニウムを取り込み、細胞内に蓄える必要があります。したがって、アンモニウム輸送の仕組みを理解することは、大腸菌をはじめとする微生物が窒素不足の環境をどのように生き延びるのかを知るうえで非常に重要です。
■アンモニウム輸送をめぐる40年の論争
アンモニウム輸送の仕組みについては、約40年にわたって議論が続いてきました。研究グループは2019年に、輸送タンパク質AmtBによるアンモニウム輸送が能動輸送(エネルギーを使う輸送)であることをシミュレーションによって予測し、その後、その予測の正しさが別の研究グループによる実験で確認されました。一方で、「アンモニウムを具体的にどのような仕組みで輸送しているのか」については、謎が残されたままでした。
■見えない輸送を、6種類の仮説で競わせる
そこで今回、研究グループは、AmtBによる輸送と、その後のアンモニウム代謝を一体として表すシミュレーションモデルを構築しました。膜電位が「AmtBとアンモニウムの結合」に作用する3つのモデルと、「AmtBの構造変化」に作用する3つのモデルを用意し、大腸菌の増殖やアンモニウム取り込みに関する既報の実験データをどの程度説明できるかをコンピュータ上で比較しました。
■膜電位が効くのは、「動く」ときではなく「つかまえる」とき
モデル比較の結果、膜電位がAmtBとアンモニウムの結合に作用するモデル群は、AmtBの構造変化に作用するモデル群よりも28倍強く支持されました。なかでも、膜電位が細胞内側でのAmtBとアンモニウムの結合に影響するモデルが最も有力でした。この結果を既存の立体構造情報と組み合わせることで、AmtBの内部でアンモニアとプロトンの流れが時間的・空間的に連携する新しい輸送機構が示唆されました。
■厳しい環境では「省エネ」より「増殖」
さらにシミュレーションを進めた結果、AmtBによるアンモニウム輸送には多くのエネルギーが必要であることがわかりました。また、大腸菌はそのエネルギー消費を抑えるため、アンモニウム濃度がやや低い場合にはまず代謝を活性化して対応し、さらに濃度が低下した場合にのみAmtBによる輸送を活性化するという、段階的な制御を行っていることがわかりました(図1)。これは、通常はエネルギー効率を優先しながら、環境が厳しくなると増殖の維持を優先する戦略と考えられます。

■なぜ大腸菌は、エネルギーを「捨てる」のか
一見すると、多くのエネルギーを使う輸送は非効率です。しかし、生物にとって重要なのは、エネルギーを一切無駄にしないことではなく、環境が変化しても増殖を維持することです。本研究は、大腸菌が限られた窒素源を獲得するとき、エネルギー効率と環境変化への強さの間でどのような「選択」をしているのかを、シミュレーションによって定量的に説明しました。
今後、アンモニウム輸送機構の実験的な検証が進み、窒素代謝への理解がさらに深まることで、微生物を用いた有用物質生産の効率化につながることが期待されます。
なお、本研究成果は、国際学術誌「npj Systems Biology and Applications」に2026年7月24日付で掲載されました。
■用語解説
*1 アンモニウム(NH4+):アンモニア(NH3)とアンモニウムイオン(NH4+)は生体内で酸塩基平衡にあり、生理的 pH では主にアンモニウムイオン(NH4+)として存在する。
■発表雑誌
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タイトル |
Computer experimentation reveals mechanisms for signaling and coupled transport that trade efficiency for robust growth |
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著者名 |
Kazuhiro Maeda, Hiroyuki Kurata, Arnaud Javelle, Hans V. Westerhoff & Fred C. Boogerd |
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雑誌 |
npj Systems Biology and Applications |
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DOI |
10.1038/s41540-026-00793-1 |
※ 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究(C)(JP22K12247)および基盤研究(B)(JP23K24943)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR20K8)およびCREST(JPMJCR20S1)の助成を受けたものです。また、アムステルダム自由大学(VU)理学部システム生物学グループ、および公益財団法人天野工業技術研究所から研究支援を受けました。
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