【第46回世界遺産委員会レポート】『佐渡島の金山』の登録とその他の注目ポイントを世界遺産アカデミー研究員が解説
『佐渡島の金山』を含め、新たに24件の世界遺産が誕生し、世界遺産の総数は1,223件に
2024年7月21日~31日にかけて、インドのニューデリーでユネスコの第46回世界遺産委員会が開催されました。日本から推薦された『佐渡島の金山』を含め、新たに24件の世界遺産が誕生し、世界遺産の総数は1,223件となりました。新規遺産以外では、危機遺産に関して議論が紛糾する場面も見られました。今年の委員会の注目ポイントを、NPO法人世界遺産アカデミーの宮澤光主任研究員が解説します。
なお、新規登録の遺産と和訳の一覧は以下ページをご参照ください。
https://www.sekaken.jp/pdf/202407_new.pdf
NPO法人 世界遺産アカデミー 宮澤光 主任研究員
北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。早稲田大学、跡見学園女子大学非常勤講師。世界遺産アカデミーの研究員として世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、これまで全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。
NPO法人 世界遺産アカデミー
ユネスコの理念を広め、多文化理解を進めることで、世界遺産の保全活動の輪を広げ、社会に貢献することを目的に設立。2006年より、世界遺産条約の理念や世界遺産の価値を学ぶ「世界遺産検定」を開催。受検料の一部はユネスコの信託基金「世界遺産基金」に寄付され、世界遺産の保護・保全に役立てている。また、世界遺産の専門家による講演会の開催、自治体・教育機関への講師派遣、各国大使館での文化体験イベントの開催、世界遺産の保全活動を体験するクリーンツーリズムイベントの開催、世界遺産の建築見学ツアーなど、様々な取り組みを行っている。
【世界遺産アカデミー公式HP】https://wha.or.jp/
世界遺産検定
ユネスコの理念を知り世界遺産活動の輪を広げることを目的に、世界遺産アカデミーが主催する文部科学省後援の検定。2006年の第1回検定以来、35万⼈以上が受検、20万⼈以上が認定されている。年4回、全国の主要都市で開催しており、4級、3級、2級、1級、最上級のマイスターのほか、2024年7月第56回検定からは準1級も新設されて全6級構成となった。20代を中⼼に⼦どもからシニアまで幅広い受検者を集め、メディアからの注⽬も⾼い。⼤学等⼊試優遇や学校での授業にも組み込まれている他、世界遺産に関連する施設・催事などでの認定者向けの優待特典もある。受検者からは「世界遺産を勉強したら、旅がもっと楽しくなった」との声も多く、趣味・教養を深める検定としても⼈気を博している。
【世界遺産検定公式HP】https://www.sekaken.jp/
※以下、宮澤研究員による解説
1)世界遺産は1,223件に
2)『佐渡島の金山』が世界遺産に登録!
3)そのほかに注目した新規遺産
4)危機遺産に関する議論
5)第47回世界遺産委員会
1)世界遺産は1,223件に
今回の第46回世界遺産委員会では、文化遺産19件、自然遺産4件、複合遺産1件の合計24件が世界遺産リストに新たに記載され、総数は1,223件になりました。また登録範囲の拡大も2件ありました。一方、危機遺産リストからは1件脱することができましたが、パレスチナの『聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル』が世界遺産リスト記載と同時に危機遺産リストにも記載されたため、総数としては変わらず56件です。
新規登録された24件の遺産のうち、諮問機関から「登録」勧告が出されていたのは19件(*1)で、残りの5件のうち、日本の『佐渡島の金山』を含む3件は「情報照会」勧告からの「登録」決議、イランの『ハグマターナ』の1件が「登録延期」勧告から2段階アップの「登録」決議、最後の1件の『聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル』は緊急的登録推薦で推薦されたため、検討する期間が不十分であるとしてICOMOSから勧告が出されていませんでした。
こうしてみると、「情報照会」勧告が「情報照会」決議になったのは1件だけで、それ以外の「情報照会」勧告は全て登録されたことになります。近年指摘され続けていることではありますが、諮問機関による「情報照会」勧告に意味があるのか、その意義について考え直す必要がある気がします。「情報照会」勧告が不要ということではなく、その勧告を真摯に受け止めるべきではないかという意味です。
2)『佐渡島の金山』が世界遺産に登録!
あっさりと登録が決議
『佐渡島の金山』は、ICOMOSから「情報照会」勧告が出されていただけでなく、韓国との間に強制労働に関する問題があるなど、本会議でも紛糾するのではないかと少し心配していました。当日の審議順も後回しに変更になり、同じく後回しになった2015年の「明治日本の産業革命遺産」の時と同じような気配もありましたが、韓国との間に合意ができているという直前の報道の通り、大きな議論もなくブルガリアが提出した登録決議を求める修正案に16ヵ国(*2)が賛成し、あっさりと登録が決議されました。ICOMOSからの修正項目について世界遺産委員会開催前には対応ができていたこと、韓国政府との間でしっかりと話し合いができていたこと、朝鮮半島出身者が過酷な労働を行っていたことを示す展示の一部がすでに出されていることなどがあり、「情報照会」勧告からの1段階アップの決議につながりました。
かつての『佐渡島の金山』での労働は過酷であり、中でも朝鮮半島出身者がより危険な労働に従事していたことや、今回の遺産価値(OUV)には含まれない国家総動員法の下での労働環境などにも踏み込んだ歴史背景について、登録決議後に日本政府代表がコメントし、それを受けて韓国政府代表が、朝鮮半島出身者が危険な労働に動員されたことや全ての歴史には「正の面と負の面」があること、日韓両国の未来志向の関係性を目指し今後も展示内容で連携していくことなどのコメントをしました。
『佐渡島の金山』の価値
『佐渡島の金山』は、世界で機械を使った採掘が導入され始めた17世紀初頭から19世紀半ばに、「西三川砂金山」と「相川鶴子金銀山」において手作業による独自の採鉱と精錬が続けられた点が他に類をみないものとして評価されました。登録基準(iii)と(iv)で推薦されましたが、決議では登録基準(iv)のみが認められました。登録基準(iv)は「建築技術・科学技術」を評価するものです。
佐渡島で採れる金によって17世紀の日本が世界最大級の金の生産地となったとの記述もありますが、この遺産の価値はそこではありません。「西三川砂金山」と「相川鶴子金銀山」では、鉱床の入り方が異なっており、それぞれの鉱山において異なる最適化された技術で採掘と精錬を行ったという鉱山関連技術が、世界遺産の価値として評価されました。
鉱床が山に対して横向きに入っている「堆積砂金鉱床」の西三川砂金山では、山を削って水の勢いで採掘する「大流し」という手法が採られ、鉱床が山に対して縦に入っている「鉱脈鉱床」の相川鶴子金銀山では露頭掘りや坑道掘りが行われ排水坑道なども整備されました。相川鶴子金銀山にある「道遊の割戸」を見ていると、鉱床をよく研究して自然の山を変形させてしまう程の人間の執念のようなものすら感じます。
江戸幕府を支えた「佐渡島の金山」で過酷な労働が行われていたことは史料が残されており、世界遺産がどうこう以前から展示説明がされていますし、学校でも学びます。世界遺産というと、その遺産の「光が当たる面」ばかりが強調され、美化されすぎているように感じることもありますが、光の面と影の面があって初めて遺産のことが立体的に見えてきますので、ぜひその両面に注目していただきたいなと思います。
今回の『佐渡島の金山』の登録は、「明治日本の産業革命遺産」の時とは日本国内の政治状況や体制、日韓関係などが異なっていますが、日韓両国が共に歩み寄りを見せて登録につながったことはとても素晴らしかったと思いました。
3)そのほかに注目した新規遺産
今回も興味深く魅力的な遺産が多く登録されたのですが、注目の遺産の1つ目は、緊急的登録推薦で登録されたパレスチナの『聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル』です。
この遺産は、現在イスラエルが攻撃を続けるパレスチナのガザ地区にあります。文化交流を示す美しいモザイクタイルなどが残る遺跡ですが、イスラエルの攻撃や保護体制の不備などにより重大な危機に直面しています。本会議では、ベルギーが「登録することは条約の理念に沿うものだ」として登録決議を求める修正案を提出し、19ヵ国の賛同をもって登録が決議されました。決議文の中で、イスラエルによる攻撃については言及されませんでしたが、決議後にパレスチナからガザの悲劇的な状況と世界遺産として保護することの必要性が訴えられ、カタールやレバノンなどから危機遺産に登録し保護することの重要性が述べられました。OUVの言明は第47回の世界遺産委員会で採択される予定です。この遺産については、イスラエルの名前を決議文に出さなかったことが、登録決議のハードルを下げたように思います。
次に注目した遺産は、前回の第45回世界遺産委員会から登録が始まった「記憶の場」に関する2つの遺産、南アフリカの『人権と自由、和解:ネルソン・マンデラの遺産』とルーマニアの『トゥルグジウにあるブランクーシの彫刻作品群』です。「記憶の場」は新しい概念として今後も登録が増えてゆくと思います(トゥルグジウについては最終的に「記憶の場」の概念が認められませんでした)。
『人権と自由、和解:ネルソン・マンデラの遺産』は、関連性の低い構成資産が含まれることや一部の構成資産の保護が不十分であること、有名人の名前を遺産名に入れることへの懸念などから「情報照会」勧告が出されていましたが、南アフリカにとっての遺産の重要性などから「登録」決議となりました。『トゥルグジウにあるブランクーシの彫刻作品群』は登録基準(i)(ii)(iv)(vi)で推薦されていましたが、ICOMOSからは登録基準(iv)(vi)は認められないとした上で、ブランクーシの作品は第一次世界大戦の犠牲者追悼という当初の目的を超越した芸術的・象徴的な意義や価値をもつとして「記憶の場」は当てはまらないとの勧告が出されており、そのまま決議されました。
4)危機遺産に関する議論
危機遺産の保全状況報告では、ウクライナの危機遺産「キーウ」と「リヴィウ」、「オデーサ」で議論が紛糾しました。これはかなり政治的な駆け引きがあり、ロシアによるウクライナ侵攻によってウクライナの遺産が被害を受けていることを決議文に入れようとすると、カザフスタンがロシアの記述を削除する修正案を出し、最終的には秘密投票によってロシアによる侵攻が被害を与えていることが決議文に記載されました。先ほどの『聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル』とは異なり、ロシアを非難する内容が決議文に含まれたことで、政治的な対立の方向に話が向かってしまいました。実際、ロシアによる侵攻が危機の原因なので仕方がないのですが、国際会議の難しさを垣間見ることができました。
決議後ウクライナ政府代表が、今朝インドでは激しいスコールのために美しい景観が見られなかったけれどウクライナでは激しいミサイルのせいで美しい景観を見ることができないのです、と言っていたのが印象に残りました。
危機遺産リスト記載に関する議論では、『ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群』がハイウェイのトンネル建設による懸念で審議されましたが、当面の対策が採られており危機遺産リストに記載するのではなく対話を通じて解決策を模索すべきという意見が出され、危機遺産リストには記載されませんでした。『仏陀の生誕地ルンビニー』は都市開発や水害などの懸念から審議され、レバノンは最後まで「危機遺産リスト入りは国際的な協力を得るための重要な手段である」として危機遺産リストへの記載を求めましたが、インドや日本などの反対により危機遺産リストには記載されませんでした。レバノンも最終的には委員国の決定を尊重するとコメントしましたが、今回のレバノン政府代表の方は、自説をはっきりと述べる方でいろいろな場面で目立っていました。僕はあのように主張してもらった方が問題点がよくわかり興味深かったです。
自国の遺産が危機遺産リストに記載されることについては、やはりどの国もネガティヴに感じており、危機遺産リストの本来の意義があまり活かされていないように感じます。リスト入りをポジティヴに考えるのは難しいのかもしれませんが、国際的な協力の下に危機を取り除くのが危機遺産リストの目的であることを考えると、レバノン政府代表の方が言うように、もっとリストを活用してもよい気がします。危機への対処にも各国の考え方の違いや、政治的・財政的な問題も関わってくるので、そう簡単な話ではないのだと思いますが。
5)第47回世界遺産委員会
2025年の第47回世界遺産委員会は、ブルガリアのソフィアで7月6日~16日の日程で開催予定です。日本から新規登録の審議が予定されている遺産はありませんが、楽しみですね。
(*1)複合遺産として推薦され、文化遺産が「登録」勧告、自然遺産が「不登録」勧告で、文化遺産として登録されたエチオピアの「メルカ・クントゥレとバルチット」を含む
(*2)ブルガリア、ジャマイカ、ベルギー、カザフスタン、カタール、イタリア、ヴェトナム、ザンビア、セネガル、ケニア、ギリシャ、インド、ウクライナ、ルワンダ、メキシコ、セントヴィンセント・アンド・グレナディーン
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