【立命館大学】過去の医療・福祉記録、86.8%が保存を支持
~旧優生保護法などの歴史的資料、保存と研究利用に関する全国調査~
立命館大学大学院先端総合学術研究科の後藤基行准教授、松原洋子特任教授、立命館大学産業社会学部の鈴木裕貴講師らの研究グループは、東京大学医科学研究所の渡部沙織特任助教、九州大学大学文書館の赤司友徳准教授らと共同で、旧優生保護法をはじめとする過去の医療・福祉の記録について、全国の20~69歳を対象にオンライン調査を実施しました。その結果、1,143人から有効回答を得て、回答者の86.8%が記録の保存を支持する一方、研究利用の受け入れやすさは利用目的や記録に含まれる情報によって異なることを明らかにしました。
本件のポイント
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診療録、施設のケース記録、行政文書など、過去の医療・福祉の実践の中で作られた記録の保存と研究利用について、全国の20~69歳を対象としたオンライン調査を実施した。
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回答者の86.8%が記録の保存を支持した一方、研究利用の受け入れやすさは利用目的によって大きく異なり、本人または存命の家族の情報を含む記録で最も慎重な回答が見られた。
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本人から改めて同意を得ることが難しい歴史的資料では、「記録を保存すること」と「誰にどの範囲まで利用を認めるか」を分けて考える必要があることを示した。
<研究成果の概要>
過去の医療・福祉の実践や政策を検証し、旧優生保護法(※1)のような重大な倫理的事象の実相を明らかにするためには、一次記録の保存と研究利用が欠かせません。こうした検証は、過ぎ去った出来事を確かめるだけのものではなく、現在の研究倫理や健康・医療データの扱い、疾病や障害をめぐる政策、被害救済や再発防止のあり方を考える基盤にもなり得ます。しかし、過去の医療・福祉に関する記録には、疾患や障害、生殖、入院・入所歴、家族関係、社会経済的状況など、極めてセンシティブな情報が含まれます。利用の仕方によっては、本人や家族、子孫にプライバシー侵害、差別、心理的苦痛などの新たな被害をもたらす恐れがあります。また、記録された本人がすでに亡くなっているなど、研究利用について改めて同意を得ることが難しい場合も少なくありません。
本研究グループは、こうした医療・福祉の歴史的資料(※2)の保存と研究利用について、一般市民が何を重視し、どのような場合に受け入れやすいと考えるのかを調べました。全国の20~69歳1,143人を対象にした調査では、86.8%が資料の保存を支持しました。ただし、保存に反対した人が多く挙げたのは、将来の利用目的が分からないことと、プライバシーへの懸念でした。記録を研究などに利用する場合の受け入れやすさは目的によって異なり、医学研究は比較的広く受け入れられた一方、人文・社会科学研究、市民による調査、報道を目的とする利用は、受け入れられる割合が低くなりました。また、本人または存命の家族の情報を含む記録では、個人情報を含まない記録や祖先に関する記録よりも慎重な回答が見られました。
これらの結果から、市民は「記録を残すこと」自体には広く賛成しながらも、「誰が、何のために、どのような手続きで使うのか」を重視していることが分かります。研究グループは、この結果を踏まえ、歴史的価値や研究上の価値だけで保存・利用が正当化されるわけではないと考えています。保存と利用を分けて考え、目的に応じた審査やアクセス制限、家族・子孫に対する影響への配慮、継続的な説明責任を備えた「責任ある管理体制(スチュワードシップ)(※3)」を整えることが課題となります。

<研究の背景>
旧優生保護法のもとでは、本人の同意によらない優生手術(不妊手術)が16,475件記録されており、そのうち11,312件は女性に対するものでした。2024年7月、最高裁判所は同法を憲法違反と判断し、国の賠償責任を認めました。被害の実態を明らかにし、救済や再発防止につなげる上で、当時の診療録、手術記録、行政文書などは重要な資料です。
しかし、関連資料の多くが保存期間の満了などを理由に廃棄されてきました。2023年の国会の調査では、16,475件のうち自治体等に現存する記録から確認できたのは4,878件(29.6%)に留まり、現存する資料も各地に分散しています。
旧優生保護法に限らず、公衆衛生や感染症の施策、ハンセン病政策、精神医療、難病・障害者政策など、過去の医療・福祉のあり方や倫理的課題を検証するために記録が必要な領域は少なくありません。一方、これらの記録には、本人だけでなく家族や子孫にも関わるセンシティブな情報が含まれます。資料が廃棄・散逸すれば過去の検証が困難になりますが、利用の仕方によっては新たな倫理的問題が生じる可能性があります。
現代の研究倫理では、本人への説明と同意(インフォームド・コンセント)(※4)が重要な原則です。しかし、過去の資料の場合、記録された本人がすでに亡くなっている、所在を確認できない、記録が作成された時点で同意する機会そのものがなかった、といった場合が多くあります。そのため、同意の有無だけでは、保存や利用の妥当性を十分に判断できません。
そこで本研究では、医療・福祉の歴史的資料の保存と研究利用について、一般市民がどのような条件を重視しているのかを調査しました。歴史的資料をどのような仕組みで保存・利用すれば社会的な信頼を得られるのかを検討するための基礎資料とすることを目的としています。
<研究の内容>
l調査の方法
2024年11月、調査会社のオンラインパネルを用い、全国の20~69歳を対象とする横断調査を実施しました。性別、年齢層、居住都道府県の構成が全国分布に近づくように10,950人へ回答を依頼し、1,143人から有効回答を得ました(回答率10.4%)。調査では、過去の医療・福祉に関わる歴史的資料を保存すべきか、どの機関が保管するのが望ましいか、どのような目的であれば研究利用を受け入れられるか、利用にはどのような利点とリスクがあるかを尋ねました。
研究利用については、記録に含まれる情報が本人や家族にどのように関わるかを踏まえ、次の三つの条件を設定しました。①個人情報を含まない記録、②回答者本人または存命の家族に関する記録、③祖先に関する記録。各条件について、医学研究、社会福祉研究、人文・社会科学研究、市民による調査、報道、教育の六つの目的のいずれかを受け入れられるかを尋ねました(複数回答)。
なお、本研究は匿名のオンライン調査であり、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(文部科学省・厚生労働省・経済産業省、2021年)に照らして、倫理審査委員会の承認を要しない研究に該当します。調査は日本社会学会倫理綱領および日本マーケティング・リサーチ協会のマーケティング・リサーチ綱領に則り、回答の任意性、秘密保持、データ保護に配慮して実施しました。回答者の個人を特定できる情報を研究者が取得することはありません。
主な結果
1.記録の保存には広い支持があったが、無条件の支持ではなかった
回答者の86.8%が、歴史的資料を「保存すべき」または「どちらかといえば保存すべき」と回答しました(図1A)。保存に反対した151人に理由を尋ねたところ、「将来の利用目的が不確かだから」が47.7%で最も多く、「プライバシーが守られるか心配だから」が43.7%で続きました(図1B)。保存そのものへの否定よりも、保存後の利用や管理に対する懸念が多く挙げられました。
2.研究利用への受け止めは、利用目的によって大きく異なった
個人情報を含まない記録を研究などに利用する場合、受け入れられる目的として選ばれた割合は、医学研究77.4%、社会福祉研究54.2%、人文・社会科学研究33.9%、教育24.2%、市民による調査15.8%、報道12.2%でした(複数回答)。市民は歴史的資料の利用を一括して判断するのではなく、利用目的ごとの公益とリスクを区別して評価していることが分かります。
3.本人や存命の家族に関わる記録で、受け入れられる割合が最も低かった
記録を研究に利用することについて、「受け入れられる」または「どちらかといえば受け入れられる」と回答した割合は、個人情報を含まない記録で85.1%、祖先に関する記録で78.8%、本人または存命の家族に関する記録で71.7%でした。この違いには、回答者との関係の近さに加えて、記録の対象者が存命かどうかや、現在生きている人への影響が生じ得るかどうかも関係している可能性があります。
4.保管先としては作成元の医療機関や福祉施設が最も多く選ばれた
望ましい保管主体としては、作成元の医療機関や福祉施設が36.1%で最も多く、国の公文書館が30.7%、地方自治体の文書館や資料館が13.4%で続きました(図1C)。ただし、記録を作成した機関が過去の事象の検証対象である場合もあり、実際に保存に適した体制を有しているとは限りません。また、この市民の選好が医療機関への信頼を示すのか、単に身近で分かりやすい選択肢であったためなのかは、本調査から判断できません。本調査では「アーカイブズ」という言葉を「知っていた」と答えた人は18.1%にとどまり、45.4%は「知らなかった」と回答しています。公文書館やアーカイブズの役割に関する認知度の低さが、回答に影響した可能性があります。
5.資料の価値とリスクの双方が認識されていた
資料を研究に用いる利点として最も多く選ばれたのは、「研究を通じて過去の教訓を社会全体で共有できる」の55.7%でした。次いで、「医療・福祉機関が自ら公表しにくい歴史的事実を明らかにできる」40.7%、「患者や家族にとって、より安全で公正な政策につながる」36.6%でした(図2A)。リスク・欠点として最も多かったのは、「プライバシー侵害や個人情報の漏えい」の52.5%でした。「不利益や責任を避けるために情報を隠したり廃棄したりするおそれ」も36.6%に上りました(図2B)。
リスクの捉え方には性別による違いもみられました。とくに、「記録の利用によってつらい経験を思い出す可能性」への懸念は女性で強く(女性28.4%、男性17.7%)、複数の項目を比較したことを考慮して統計学的な補正を行った後も、この差はみられました。ただし差の大きさは小さく、性別によって受け止めが明確に二分されていることを示すものではありません。

<社会的な意義>
本研究が明らかにしたのは、保存と利用に単純に賛成・反対するのではない、市民の条件付きの判断です。多くの人が記録を残す意義を認めながら、利用目的、記録が本人や家族にどう関わるか、保管を担う機関に応じて、受け入れ方を変えていました。
これらの結果を踏まえ、研究グループは、医療・福祉の歴史的資料を管理する上で、少なくとも次の点が重要だと考えています。
・ 記録を保存するかどうかと、誰にどの範囲まで利用を認めるかを分けて考えること。
・ 医学研究、人文・社会科学研究、教育、ジャーナリズムなど、利用目的ごとに必要性と公益を明確にし、審査する体制を整えること。
・ 本人だけでなく、家族、子孫、関係するコミュニティへの影響を考慮すること(関係的プライバシー)(※5)。
・ 独立性と説明責任を備え、継続的に利用を審査できる管理体制を設けること。
・ 被害を受けた当事者や家族、障害当事者団体など、記録の利用によって直接影響を受ける人びとが、運営や審査の意思決定に参画できるようにすること。
本研究には明確な限界があります。本調査は20~69歳のオンライン調査パネルを対象とした横断調査であり、回答率は10.4%でした。オンラインパネルは、デジタル環境を持たない人を構造的に含みにくく、結果が日本の一般市民全体の意見をそのまま代表するとは限りません(なお、回答者の教育構成を全国の分布に合わせて再計算しても、主要な数値の変化は約1ポイント以内でした)。
さらに、一般市民の意識だけで、保存や利用の倫理的な可否が決まるわけではありません。とりわけ、過去の被害を経験した当事者や家族、当事者コミュニティの意見には、一般市民の回答では代替できない固有の重みがあります。本研究はこの前提に立ち、社会全体の理解と信頼を得るために、どのような説明や対話が必要になるのかを検討するための基礎的な知見を示すものです。
この課題は日本に限られません。障害のある人びとを対象とした優生政策、先住民族や人種的マイノリティに対する強制不妊手術、精神科施設や障害者施設での長期収容、感染症を理由とする隔離政策など、医療・福祉に関わる過去の人権侵害を記録した資料をどう扱うかは、多くの国に共通する問題です。本研究は、こうした歴史的な医療・福祉記録を長期保存し、責任をもって利用するための制度を検討する基礎資料になることが期待されます。
<研究者のコメント>
過去の医療や福祉の記録は、いったん失われれば取り返しがつきません。一方で、そこには本人や家族の人生に深く関わる情報が記されています。今回の調査で見えてきたのは、回答者が「残すべきか否か」という二者択一で考えているのではなく、誰がどのような手続きで利用するのかを見て判断しているということでした。記録を守る責任と、記録によって新たな傷を生まない責任の両方を果たす仕組みを、これから具体的に考えていきたいと思います。
<研究助成>
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター(JST-RISTEX)(課題番号:JPMJRS22J3)、および日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:25H00390、25K24683、26H01968)の支援を受けて実施されました。
<論文情報>
論文名 :Governing healthcare records of past medical injustice beyond consent-based research ethics: a cross-sectional survey of public attitudes toward purpose, proximity, and stewardship in Japan
(和訳:同意に基づく研究倫理を超えた、医療をめぐる過去の不正義に関わる記録のガバナンス:利用目的、本人・家族との近接性、スチュワードシップに関する日本の一般市民の横断調査)
著者 :Saori Watanabe, Motoyuki Goto, Tomonori Akashi, Yuki Suzuki, Yoko Matsubara
発表雑誌 :BMC Medical Ethics
掲載日 :2026年8月12日(水)
DOI :10.1186/s12910-026-01571-8
URL :https://link.springer.com/article/10.1186/s12910-026-01571-8
<用語説明>
※1 旧優生保護法:1948年に制定され、1996年に母体保護法へ改正された法律。遺伝性とされた疾患や障害などを理由に、本人の同意によらない優生手術(不妊手術)を認めていた。2024年7月、最
高裁判所は同法を憲法違反と判断した。
※2 医療・福祉の歴史的資料:本プレスリリースでは、医療機関、福祉施設、関係する公的機関で作成・保管されてきた記録を総称している。診療録、施設のケース記録、行政文書、その他の記録などが
含まれる。
※3 スチュワードシップ:資料を単に保有するのではなく、長期保存、利用申請の審査、アクセス管理、情報公開などについて、継続的に責任を負うという考え方。本プレスリリースでは、「責任ある管理」と言い換えている。
※4 インフォームド・コンセント:医療や研究の目的、方法、利益、リスクなどについて説明を受け、本人が自由な意思に基づいて同意すること。現代の医療・研究倫理の重要な原則だが、本人がすでに亡くなっている歴史的資料などの場合、改めて同意を得ることが難しい場合がある。
※5 関係的プライバシー:プライバシーへの影響を、記録された本人だけの問題ではなく、家族、子孫、コミュニティとの関係の中で捉える考え方。
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