祝祭の象徴・アドバルーンが問いかける、母の日のもうひとつの景色
「死んだ母の日展 2026」関連作品として東京藝術大学大学院・中澤希公が新作・「晴れでもあり、雨でもある」を渋谷にて発表
株式会社むじょう(本社:東京都目黒区、代表取締役:前田陽汰)は、母の日にあわせて開催する「死んだ母の日展 2026」の関連作品として、東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻 修士1年・中澤希公による新作アドバルーン作品「晴れでもあり、雨でもある。」を発表します。
本作品は、2026年5月8日(金)から5月10日(日)までの3日間、渋谷区の上空に掲揚予定のパブリックアート作品です。※雨や強風の場合は掲揚されません。
祝祭の象徴として街に現れてきたアドバルーンを用いながら、母の日の起源にある「亡き母を偲ぶ日」という側面と、現代における商業的な広がりの双方に光を当て、母の日をめぐる複数の風景を立ち上げます。
母の日が街にあふれるなかで、その日を祝う人だけでなく、母を亡くした人、母の日を複雑な気持ちで迎える人の感情もまた、この社会の中に確かに存在しています。今回のアドバルーン作品は、そうした見えにくい感情を都市の空にそっと掲げる試みです。

母の日を「同じ景色ではない一日」として見つめ直す作品
「死んだ母の日展」は、亡き母へ宛てた手紙を匿名で投稿・公開できるオンライン展示です。2021年の開始以来、これまでに2,000通を超える手紙が寄せられており、2026年も開催されます。

本展は、母を亡くした人にとって母の日を過ごすための新たな選択肢を提案するとともに、祝福の陰にある痛みや不在にも想像力が及ぶ一日へと、母の日の風景そのものを少しずつひらいていくことを目指しています。
今回の新作バルーン作品は、その思想をオンライン上にとどめず、街の公共空間へと接続する試みとして位置づけられます。同じ母の日でも、ある人には感謝を伝える明るい日として映り、ある人には不在や喪失を強く感じる日として立ち上がる。本作は、そうした見え方の違いを誰かを傷つけるかたちではなく、静かに可視化することを目指すものです。
祝祭の象徴として街に現れてきたアドバルーンというメディアを用いながら、本作では、にぎやかな広告表現とは異なるかたちで、祝福の陰にある感情や不在の気配を社会へとひらきます。そして、母の日という一日に複数の景色が存在していることに気づくきっかけをつくります。
作品名は「晴れでもあり、雨でもある。」

本作のタイトルは「晴れでもあり、雨でもある。」です。
祝福とも喪失とも簡単に言い切れない、母の日という一日に立ち上がる曖昧な感情のゆらぎを、ひとつの像として空へ掲げます。見る人によって、それは涙にも、雨にも、雲にも見えるかもしれません。意味を一つに固定しないまま、見る人それぞれの経験と結びつく作品です。
アーティスト・コメント
足取りが重い日も軽い日も、急ぎ足の日も、同じ道を歩んできた。
渋谷で育ってきた私にとってこの街は、違いを許すような顔をしながら、ズドンとこちらを待ち構え、扉のない四角い広告たちが、通せんぼをしてくる場所だった。
そんな街に、大きなバルーンをひとつ浮かばせる。それは雲と重なって銅像のように見えたり、誕生日のろうそくのようでふっと吹きたくなったり。あるいは恵みの雨のように思えて、水たまりを探したくなったりする。
途中まで見えていなかったはずの道から、ふと視界が開けるように現れる。
この浮かぶ存在を見つけられる人がいても、見つけられない人がいてもいい。あの頃の私なら、もしかしたら地面の石ころと会話をしていて、見つけられなかったかもしれないから。
あっち側から見ている人は、どんなふうにこの景色を見ているのだろうと考える。同じ場所に立っていても、視線の高さや、その日の空気によって、風景の切り取り方はさまざまだ。
私の風景と、あなたの風景。そのあいだに漂うまだ名前のない風景をそっと重ね合わせたとき、この見慣れた街に、少しだけ優しい道がひらけないだろうか。
アーティストプロフィール

東京藝術大学大学院・中澤希公(なかざわ きく)
2002年、岩手県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻に進学。現在、修士1年生。令和7年度文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業、世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズに選出。
14歳の時に母親を亡くした経験から、死別の喪失体験をコンセプトとした作品やプロジェクトを発表。これまでに200人以上の死別経験者にインタビューを実施し、その経験をもとに企画した「死んだ母の日展」や「葬想式」で、2022年および2023年の「GOOD DESIGN NEW HOPE AWARD」にて優秀賞を受賞。
「死んだ母の日展」では、2,000通を超える天国の母親への手紙をオンライン上に集め、朝日新聞やLINE NEWSのトップにも掲載されるなど、社会的な注目を集めました。2024年9月より、ロンドン芸術大学 Central Saint Martins の4D FINE ARTコースに1年間留学。主な展示に、個展「昨日、巡り合おうとしなくても」(青森県立美術館、2026年)、個展「死んだ母の日展―すって、はいて、たしかに、そこに」(アフロードクリニック、代官山、2026年)、「死んだけどあのね展」(渋谷スクランブルスクエア、2021年)、個展「Wait for me, see you again」(Grove Gallery[ロンドン]、2024年)などがある。
作品発表に先立って

株式会社むじょう 代表取締役・前田陽汰(まえだ ひなた)
母の日に掲げられるこのアドバルーンは、街に晴れやかな出来事を告知し、高揚を喚起してきた広告的フォーマットを、意味の安定から逸脱させる。そこに浮かぶ像は、涙でも雨でも雲でもありうるが、決して一義的には確定されない。それは見る主体によって志向されつつも、なお過剰な残余を保ちつづけ、見る者の経験を宙吊りにする。
そこには、一度失われたものが不意に立ち現れながらも、けっして現在のうちに回収されきらないという、不穏な気配が宿っている。像は不在のものを呼び寄せるが、その不在を埋めも、哀悼を完結させもしない。喪の作業は終わらず、母という記憶は現在の空のなかで不断に揺れつづける。ゆえに本作は、母の日をめぐる感情を祝福/喪失へと二分するのではなく、それらが未分化に触れあう「あいだ」を露出させる。そこでは、生と死、現在と不在が、互いを排除することなく重なり合っている。
さらに、渋谷の上空という公共圏に置かれることで、ここに生じた感情の揺らぎは私的な内奥にとどまらず、弱い紐帯の水準で他者へと波及する。そこに立ち上がるのは、何かを同じく所有する共同性ではなく、互いの傷つきやすさにさらされあうことでかろうじて生まれる、ひらかれた共在の感覚である。見知らぬ誰かの痛みや不在の感覚が、都市の空を媒介にして、ひとつの社会的気配として共有される。そのとき、バルーンは説明しきれず、しかし無視することもできない他者の現れとして、空に浮かぶのである。
開催概要
作品名
晴れでもあり、雨でもある。
日時
2026年5月8日(金)〜5月10日(日)各日 9:00〜17:00
※強い風や雨が降った場合は掲揚しません。
場所
渋谷区の上空
主催・企画
株式会社むじょう
制作
中澤希公
協賛
三和物産株式会社
制作協力
有限会社OFFICE21
取材・掲載に関するお問い合わせ先
株式会社むじょう
担当:中澤
電話番号:050-3138-3737
メールアドレス:info@mujo.page
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