順応を利用したVRバイクシミュレータ酔いの低減法: 1時間休んで、シミュレータ体験の記憶が脳に定着するのを待つ
静岡大学情報学部の宮崎真研究室(筆頭著者:加瀬川智皓・修士2年)は、ヤマハ発動機(三木将行)、慶應義塾大学(板口典弘准教授)との共同研究により、1時間の休憩を挟んで、もう一度シミュレータを体験すれば、シミュレータ酔いを低減できることを発見しました。
ドライブシミュレータを利用すると、しばしば酔いが生じます。この酔いは、シミュレータを繰り返し体験して慣れると低減します。この慣れのことを「順応」と呼びます。従来の研究報告では、シミュレータ体験間に1日以上の間隔を空けていました。
もし、より短い時間間隔で酔いを低減することができれば、手軽で効果的なシミュレータ酔いの低減手法として実用できることが期待されます。
以上の着想に基づき、VRバイクシミュレータを用いた実験を行った結果、シミュレータ体験間に1時間の休憩を取れば酔いを低減できることが明らかとなりました。
一方、6分間の休憩や酔いが無くなるまで休憩を取っただけでは、酔いは低減しませんでした。このことから、順応を利用して酔いを低減させるためには、VRシミュレータ体験の記憶が一定の時間をかけて脳に定着するのを待つ必要があることも示唆されました。
本成果は、VRシミュレータの利用に伴う酔いの問題の解決だけでなく、自動車や船舶といった乗り物酔い、ゲームや教育コンテンツなどの幅広いVRシステムの利用に伴う映像酔いの問題の解決にも応用できることが期待されます。
本研究成果は、英国のNature Publishing Groupの発行するオンライン科学ジャーナル「Scientific Reports」に2024年9月22日付(日本時間18時)に掲載されます。
【ポイント】
・順応(慣れ)により、シミュレータ酔いを低減させることができる
・従来の研究では、シミュレータ体験の間に1日以上の時間間隔を空けていた
・もし、1日以内の短い時間間隔で順応が生じれば、手軽で効果的な酔いの低減手法に繋がる
・本研究は、VRシミュレータ体験間に1時間の休憩を挟むことで、酔いを低減できることを実証
(6分の休憩では、酔いは低減せず、むしろ増大)
・酔いを低減させるには、主観的な酔いが回復しても一定以上の休憩をとる必要があることも確認
・順応を利用して酔いを低減させるためには、一定以上の時間をおいて、VRシミュレータ体験の記憶
が脳に定着するのを待つ必要があることを示唆
・本成果は、シミュレータ酔いの低減に留まらず、乗り物やVRの利用に関わる幅広い社会応用も期待
【研究背景】
ドライブシミュレータを利用することにより、搭乗者の安全を保ちながら、運転のトレーニングを
行ったり、開発機に搭乗した利用者の挙動を評価したりすることができます。しかしながら、しばしば、シミュレータ酔いが生じ、ドライブシミュレータの活用を妨げてきました。
シミュレータ酔いの対策の一つに、順応を利用した手法が考えられます。シミュレータを繰り返し体験して慣れると、シミュレータ酔いが低減することが報告されています (e.g., Domeyer et al. 2013)。このような慣れのことを “順応 (adaptation)” と呼びます。この順応による酔いの低減効果を利用すれば、シミュレータ酔い防止のためのトレーニングプログラムを考案することも可能です。しかしながら、従来の研究では、シミュレータ体験の間に1日以上の時間間隔を空けていました。これでは、搭乗者や開発者の負担も大きく、効率的な酔いの低減効果を期待できません。
もし、より短い時間間隔で順応が生じ、酔いを低減することができれば、より効率的なシミュレータ酔いの低減手法の提案に繋がります。そこで、本研究では、VRバイクシミュレータを用いて、数分~1時間の時間間隔で酔いを低減することができるかどうかを調べました。
【研究の方法と成果】
実験の参加者(60名)は、実験室内でバイク型筐体に乗った状態でヘッドマウントディスプレイを装着し [図1(A)]、バイクが左右に蛇行するシミュレータ映像 [図1(B)] を体験しました。各参加者、6分間のシミュレータを、休憩を挟んで2回体験しました。1回目と2回目のシミュレータを体験するあいだの休憩時間の長さが異なる次の3グループを設けました:①6分間(20名)、②酔いが回復するまで(20名)、③1時間(20名)。3グループともに、2回目のシミュレータ体験後に6分の休憩をとりました。参加者はシミュレータ映像を見ている最中と休憩中に、主観的な酔いの程度(FMS)を20段階で回答しました。
実験の結果、③1時間の休憩を取ったグループでは、1回目のシミュレータ体験時よりも2回目のシミュレータ体験時の酔いの程度が低くなりました [図1(C)]。つまり1時間の休憩によって、順応による酔いの低減効果が生じました。
その一方で、休憩が①6分間であったグループでは、酔いは低減せず、むしろ増大しました。これは、6分間の休憩では、酔いが十分に回復していなかったため (FMS > 0)、その酔いが2回目に持ち越されて重畳したためと考えられました。また、②酔いが回復するまでの休憩を取ったグループでは、酔いが増大はしなかったものの、低減もしませんでした。つまり、酔いを低減させるには、主観的な酔いが回復しても一定以上の休憩をとる必要があることが示されました。このことから、順応を利用して酔いを低減させるためには、VRシミュレータ体験の記憶が一定以上の時間をかけて脳に定着するのを待つ必要があることが示唆されました。
【研究成果の意義と今後の展望】
本研究では、1時間といった比較的短い時間の休憩をとれば、2回目のVRシミュレータ酔いを低減できることを実証しました。1日未満の時間間隔で順応を起こし、映像酔いを低減できることは、国際的にも前例のない新たな発見です。この成果は、1日以内のスケジュールでシミュレータ酔いを防止/緩和できるトレーニングプログラムの考案のための基礎知見となることが期待されます。
また、その手法が確立されれば、シミュレータに限らず、船酔いや車酔いといった乗り物酔いにも応用できることが期待されます。近年、急速に実用化が進んでいるVRでも、VR酔いの問題がその普及の妨げとなっており、本知見は、その解決にも寄与することが期待されます。
さらに、順応を利用してVRシミュレータ酔いを低減するためには、一定以上の休憩時間を取る必要があることも確認されました。これは、VRシミュレータのような新規の感覚環境が脳に記憶される過程を明らかにしていくための重要な基礎知見となります。
今後、次のような研究によって本成果を発展させていくことを展望しています。
▷ 酔いを低減するための休憩の最短時間は? (1時間より短い休憩で順応を起こせるのか?)
▷ 順応によりどこまで酔いの程度を低減できるのか?
▷ 酔いの低減に必要な休憩時間の個人差とその要因の検証
▷ 順応による酔いの低減効果は、異なるシミュレータや実機にも汎化するのか?/どのようにすれば
汎化するのか?
▷ VR体験への順応に関わる脳の部位や活動特性の特定
【論文情報】
掲載誌:
Scientific Reports
出版元:
Nature Publishing Group (英国)
論文タイトル:
Effects of within-day intervals on adaptation to visually induced motion
sickness in a virtual-reality motorcycling simulator
(VR自動二輪シミュレータにおける映像酔いへの日内順応の影響)
著者:
加瀬川智皓(静岡大学大学院)
板口典弘(慶應義塾大学)
山脇ユミ(静岡大学大学院・2024年3月修了)
三木将行(ヤマハ発動機)
林真光(静岡大学大学院・2022年3月修了)
宮崎真(静岡大学)
論文掲載URL:
https://doi.org/10.1038/s41598-024-71526-9
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