“音楽”は表現者・夏木マリの原点 8年目のブルーノートで魅せた圧倒的な「日本型ブルース」

表現者・夏木マリの原点は“音楽”である。そう断言するのには理由がある。今や映画やテレビ、舞台、声優業など幅広い領域で活躍する夏木だが、歌うときは少女のような笑みと無邪気さ、人間の奥底に届く圧倒的な「日本型ブルース」の精神が感じられるからだ。そんな彼女のライフワークが、名門ジャズクラブ・ブルーノート東京でのライヴだ。2026年も"MARI de MODE 8" が5月15~17日に開催された。聴衆を熱狂させたライヴの模様をレポートする。
初夏にふさわしい気候となった5月15日、週末夜のブルーノート東京。黒いゴージャスなドレスで登場した夏木マリのライヴは「ハロー、ブルーノート!!」のかけ声とともに始まった。メンバーは夏木マリ(ヴォーカル)、村石雅行(ドラムス)、田中義人(ギター)、真船勝博(ベース)、井上薫(キーボード)、柴田敏孝(ピアノ、キーボード)、斉藤ノヴ(パーカッション)の7人。夫であり、夏木の音楽パートナーでもある斉藤をはじめ、各楽器に超実力派が顔をそろえる豪華布陣である。
1曲目は芸能生活50周年を記念し、2023年に笠置シヅ子の国民的楽曲を再構築して発表した「東京ブギウギ」。普段よりさらにジャジーなスタイルで全力疾走し、冒頭から観衆の心をわしづかみにした。
続く「お掃除おばちゃん」は、夏木のライヴにおける定番曲の一つ。東京ブギウギの流れをうまくこの曲にも乗せ、早くも会場は熱狂モードになった。長年日本のトップ俳優として活躍し続ける夏木だけに、「カッコいい~」「憧れる~」といった歓声が性別、年齢問わず幅広い層から飛んだ。
「8回目で~す。1年経つのは早いわね」と気さくに会場に呼び掛けるなど、夏木自身も絶好調。フランスのマリー・ローランサンの詩集「夜の手帖」の一篇をモチーフにつくられた「鎮静剤」は、苦しいことや辛いことがあってこそ人生という人生賛歌といえる。
夏木の歌はただの表面的なハスキーボイスではなく、喜怒哀楽の激しかった豊富な人生経験を糧にして、人生の機微を深く、そして抒情的に歌い上げる。だからこそ様々な人の心に響き、そこにいるだけで絶大な存在感がある。これは他の誰も真似ができない、歌手夏木マリの本質であろう。
「Musician」「二の腕」「私は私よ」と続いた楽曲は、夏木自身の人生観に基づく、暮らしに根ざした日本型のブルースといえる。情感の込め方に説得力があり、聴く側に自分事と感じさせて共感を呼ぶ。
そして、夏木マリの歌の真骨頂はセリフにあるといっても過言ではない。おそらく声優としてみせる存在感やある種のすごみも、身体全体から溢れ出る「日本のブルースフィーリング」に起因しているはずだ。
ブルーノートやファンから提供されたスペシャルドリンクで乾杯後は、伝説的ジャズピアニストの名前をとった「セロニアス・モンク」という楽曲について語った。「生き方が人と違う人と同じように、変なコードを出してくる人はカッコよく思えます。セロニアス・モンクはそんなミュージシャンで、私も大好き。彼は演奏中に立ち上がったりする変なところがある人です。そんなセロニアスに助けられた女の気持ちで歌います」。その言葉通り、夏木は演奏中も縦横無尽にステージを動き回り、途中ピアノを弾く柴田の隣に座ってピアノ連弾も披露するなど、演奏側にとっても聴衆側にとっても、音楽の楽しさを感じられたステージとなった。
夏木マリにふさわしい表現空間は数あれど、ブルーノートという空間は殊更特別であり、夏木マリという人間に極めてフィットするように思える。それは夏木が持つブルースフィーリングや価値観が、ブルーノートが長年創り上げてきたゴージャスさやクールさ、社交場的な親しみやすい雰囲気と相性がいいからだろう。
「アルコール」「私のすべて」は、歌手夏木マリのライヴをブルーノート東京で聴くことによって、そのすごさがより実感できた。ブルースというのは黒人由来の音楽と思われがちだが、ブルースの精神性は誰にでも、どこでも生まれうる。ブルースの普遍性を優しく体現するのが夏木マリなのだと。
曲の合間のMCで、「今宵のセットリストはオリジナル中心でまとめてみました。いかがでしょうか?」と夏木が聴衆に問うと、大きな拍手が沸き起こった。宮崎駿監督の子息で自身も監督を務める宮崎吾朗氏のNHKアニメ「山賊の娘ローニャ」のエンディングテーマで、斉藤和義作曲の「PLAYER」は、まさにオリジナルのよさがあらわれた1曲である。
ジャニス・ジョプリンの名曲をカバーした「Cry Baby」は、冒頭の絶唱から最高潮の盛り上がりをみせた。感情を爆発させて歌い上げるそのさまは、まさに夏木マリの魂そのもの。「自分らしく輝いていきましょう!」と呼び掛けたときに最大級の歓声が上がった。
最後の曲となった「60 Blues」は、夏木が60歳の時に完成させた名曲である。「私の人生笑ってやってください」と笑い飛ばしながら、ジェットコースターのごとく浮き沈みの激しかった自身の人生をユーモア交えて歌い上げた後、アンコール2曲を歌って気持ちよくライヴを締めくくった。
ブルーノートの会場内には、過去に夏木マリがブルーノートライヴで着た衣装がずらりと並んだ。普通であれば着るのをためらうような個性的な服も、すべてカッコよく着こなしてしまうのが夏木マリである。
夏木は74歳になった今でも国内はもとより、ロンドンや韓国での公演も成功に終わった舞台「千と千尋の神隠し」や映画、テレビドラマ出演など、多様な表現活動を続けている。歌手としての原点を再認識し、それを糧にまた1年間、表現のさらなる高みに向かって走り続ける。毎年のブルーノート公演は、夏木にとって重要な“儀式”のようなものなのだろうと強く実感した一夜だった。
(ジャーナリスト・文筆家 岩崎貴行)
(撮影 高橋慎一)




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