会話を資産にする音声AI、教育現場での現在地
「授業の見える化」約2,000回の授業と教師・保護者調査から見えた、記録・共有の可能性と現場定着への課題

営業、医療、会議など、さまざまな領域で「会話を記録し、次の行動に生かす」音声AIの活用が広がっています。営業では、商談内容から顧客のニーズや次のアクションを整理する。医療では、医師と患者の会話から診療記録の作成を支援する。会議では、決定事項や担当者、期限を自動で抽出する。
音声AIの役割は、「会話を文字にすること」から、「会話の中にある情報を整理し、業務や意思決定に活用すること」へ移りつつあります。人と人との会話は、その場限りで消えていくものではなく、継続的に参照・活用できる情報へと変わり始めています。
一方、教育における授業は、営業の商談や会議とは少し性質が異なります。商談であれば、顧客の要望や検討状況、次のアクションを整理できます。会議であれば、何が決まり、誰が何を担当するのかを抽出できます。しかし授業で重要なのは、必ずしも明確な「結論」だけではありません。生徒がどこでつまずいたのか。教師がその反応を受けて、どのように説明を変えたのか。どのようなやり取りを経て、生徒の理解が少しずつ深まったのか。
授業の価値の多くは、「何を教えたか」だけでなく、「どのように学びが進んだか」という、目に見えにくいプロセスの中にあります。この捉えにくい情報を音声AIによって記録し、その後の学びに生かすことはできるのでしょうか。
オンライン家庭教師マッチングプラットフォーム「マナリンク」を運営する株式会社NoSchoolは「授業の見える化」という取り組みを通じて、この問いに向き合っています。現在、約2,000回の授業で利用され、授業要約・確認テスト・おさらいまとめが生成されました。
今回、サービスの利用状況を分析するとともに、マナリンクの登録教師・保護者を対象としたアンケート(※)を実施しました。実際の教育現場で音声AIを運用して初めて見えてきた、授業を記録・共有する可能性と、その情報を日常的な指導や学習に生かす難しさを報告します。
「会話」は、企業や組織が活用する情報へ変わり始めている
生成AIの普及に伴い、AI議事録や音声解析ツールの利用が広がっています。これまでの音声AIは、会話を正確に文字へ変換することが主な役割でした。現在は文字起こしに加え、話者の識別、専門用語の認識、要約、決定事項やタスクの抽出までを一連で行うサービスが登場しています。
営業部門では、商談内容や顧客の反応、担当者の発話割合などを分析し、営業活動の振り返りや次の提案に活用する取り組みが進んでいます。医療分野では、診察中の会話をもとに診療記録の作成を支援し、医療従事者が患者との対話に集中できる環境を整える試みが始まっています。企業や行政の会議でも、議事録作成の負担を軽減し、決定事項や担当者、期限を速やかに共有するために、音声AIが利用されています。
こうした活用に共通しているのは、録音や文字起こしそのものを目的としていないことです。会話の中から必要な情報を取り出し、次の意思決定や行動につなげることに価値があります。これまで参加者の記憶や個人のメモに残っていた会話が、組織の中で参照・共有し、継続的に活用できる情報へ変わりつつあります。
ただし、「記録できること」と「活用されること」は同じではない
音声AIによって会話を記録・要約できるようになっても、現場の課題がすべて解消されるわけではありません。AIが生成した要約を誰も読まなければ、会話は保存されただけで終わります。生成内容に誤りや不足があり、人間が毎回多くの修正をしなければならない場合には、かえって現場の負担が増える可能性もあります。また、人間同士の会話には、発言として明確に表れた情報だけでなく、迷い、言いよどみ、理解の変化、相手との関係性など、文章だけでは捉えにくい要素が含まれています。
音声AIの次の課題は、単に会話を記録することではありません。会話の背景や目的に合わせて必要な情報を整理し、人間の判断や関係性を損なうことなく、次の行動につながる形で現場に届けられるかが問われています。営業や会議など、比較的ゴールや成果が明確な領域であっても、「記録」と「活用」の間には距離があります。教育は、この課題がより顕著に表れる領域の一つです。
教育で扱うのは、「結論」ではなく理解が深まるプロセス
営業の商談は、最終的には受注や失注、検討継続などの結果に集約できます。会議は、何が決定され、誰が何を担当するのかという結論に整理できます。
一方、授業は、一つの結果だけではその価値を捉えきれません。同じ説明を聞いても、どこで理解が進むかは生徒によって異なります。すぐに理解する生徒もいれば、一度間違えた後の説明で腑に落ちる生徒もいます。
教師も、あらかじめ用意した内容を一方的に伝えているわけではありません。生徒の回答、質問、反応、言葉の詰まり方などを受けて、説明の順番や例え、問題の難易度をその場で変えています。授業とは、教師が知識を伝えた記録ではなく、教師と生徒の対話を通じて理解が形づくられていくプロセスです。
これまでも、授業報告、生徒のノート、学習記録、保護者への説明など、授業に関する記録は存在してきました。しかし、教師と生徒の実際の対話から、理解が進んだ過程やつまずきの内容を継続的に整理し、教師・生徒・保護者が共有する仕組みは、まだ広く確立されていません。
教育における音声AI活用が難しい理由は、単に学校や教師のAI導入が遅れているからではなく、教育で本当に扱いたい情報が、正解や結論のように明確なものではなく、個人差が大きく、時間の経過とともに変化する「学びのプロセス」だからだと考えております。
教師にとっての変化――自分の授業を客観的に振り返る機会に
マナリンクの「見える化」機能を利用し、授業記録を複数回確認した教師のアンケート回答を見ると、AIによって整理された記録が、自分の授業や説明方法を振り返るきっかけになった事例が確認できました。
「自分の授業を客観視する機会はあまりないので新鮮でした。項目に分けられてまとめられているので、講師側が内容を確認するのにもとても良いと思います」
授業中には意識しきれなかった説明や、生徒のつまずきに後から気づいた教師もいました。
「重要なことを口頭で解説したけれど、板書しなかったことに気づきました。生徒の質問も残るので、どこで、どのようにつまずいたのかを把握できました」
自分が使用している言葉を振り返り、その後の説明方法を変えた事例もあります。
「ここが」「これが」などの言葉を使うことが多いことに気づきました。具体的な言葉を使えばもっと聞きやすいだろうと思い、なるべく数式などを読むようにしました」
このほか、授業報告や次回授業の準備に活用したという回答も寄せられています。
「授業内容と宿題の確認に役立ちました。授業前に前回の内容を確認できて便利です」
「会話メモが残るおかげで、連続して授業を行った際にも、最初の授業を思い出しやすくなりました」
確認テストについては、生徒と教師が前回の理解状況を確認するための共通材料として利用された事例がありました。
「確認テストの話題が増えました。できていた点、惜しかった点などを授業冒頭で目線合わせできるのも、授業の入りとしてとても良いです」
「確認テストを普段はやらない生徒が、取り組んでくれたことがあり、生徒の反応があったのが良かったです」
今回の回答からは、AIが教師に代わって授業を評価するのではなく、教師自身が説明や言葉の選び方、生徒とのやり取りを客観的に捉え直すための材料になり得ることが見えてきました。
AIは授業を整理できる。しかし、授業の「意味」までは判断できない
一方、教師からは、AIが生成した記録の誤認識や、音声だけでは捉えきれない情報についても具体的な回答が寄せられました。
複数の教師が挙げたのは、英語、数式、固有名詞などの誤認識です。
「Reluctantがrelax up、pop outがpop downなど、授業で話していたものとは違う言葉になっていました」
「名前の漢字や計算式の間違いが多いです。特に名前は、カタカナに統一するとよいと思います」
図やホワイトボードを使った説明など、音声だけでは判断できない情報についても指摘がありました。
「実際は生徒に図を見せながら説明しましたが、AIでは「写真を画面に出さず、その場で式を口頭で確認していました」と要約されたため、補足説明で訂正しました」
「ホワイトボードの重要箇所の色分けまでは伝わらないため、毎回ホワイトボードの写真を添付しています」
また、おとなしい生徒が表情やうなずきで反応している場合には、その様子が記録されず、教師が一方的に話しているような要約になることがあるという意見もありました。さらに重要なのは、AIが「何を話したか」は整理できても、「教師がなぜその説明を選んだのか」という教育的な意図までは判断しきれないという点です。ある教師は、次のように回答しています。
「講師は、ある時は動詞、ある時は構文を、意図を持って抜き出し、そのとき生徒に必要な何かを説明しようとしますが、そこをAIは拾わないという印象です」
別の教師からも、
「授業で重要ではないところを要約し、重点的に指導していたことを要約していないことがあります」
という指摘がありました。
これらの回答から見えてくるのは、単に「AIの精度が低い」という問題だけではありません。
AIは授業中に交わされた言葉や授業全体の流れを整理できます。しかし、「その生徒にとって何が重要だったのか」「教師がなぜその説明や問いかけをしたのか」までは、自動で判断しきれません。
だからこそ、教育における音声AI活用では、教師が自らの専門的な判断によって、記録を確認し、必要な情報を補い、その授業の意味を伝えることが必要です。
一方、その意味づけをすべて教師の追加作業に委ねれば、現場の負担は増えてしまいます。教師の判断を残しながら、確認・修正にかかる負担をどこまで減らせるかが、教育現場への定着に向けた私たちの課題です。
保護者にとっての変化――見えたことで、家庭での関わり方が具体的になった
アンケートに回答いただいた保護者の回答を見ると、授業の進度や教師と生徒のやり取りを具体的に把握できるようになった事例が確認できました。
「授業の流れがよく分かり、先生からの授業報告の内容を、より理解できるようになりました」
「授業の進捗状況や、先生と生徒のやり取りが分かりました」
お子さまがどこでつまずき、教師がどのように対応したのかを把握できたという回答もありました。
「本人が勘違いしていた経緯が分かりやすく書かれていました。そのときの先生の反応も書かれており、すぐに否定するのではなく、やり取りを重ねていることが分かって安心しました」
教師の問いかけや指導上の工夫が見えたことで、教師への理解や信頼が深まった事例もあります。
「先生が教えるだけではなく、子どもに考えさせて答えさせるという指導を繰り返し行い、力を伸ばそうとしている様子が分かりました」
「端的な言葉で指導されていることが分かり、息子に合っていると感じました。一つの問題に対して、どの程度理解できているかを確認してくれていることも分かりました」
特徴的だったのは、記録を読んで終わるのではなく、その後の親子の会話や復習、声かけなど、家庭での行動につながった事例があったことです。
「「こんなことを授業でやったのかな?」という声かけにつながりました」
「分からないことがはっきりすることで、親として復習の手助けなど、寄り添うことができるようになりました」
「高校生の子どもは、もともと何をやっているのかあまり話さないため、様子が分かり、不安が安心に近づきました。以前より見守るようになりました。中学生の子どもとは、話のきっかけになり、不安を聞くことができるようになりました」
「復習するべき内容が分かりやすく、注意すべき点をコピーしてマーカーを引いています」
1回閲覧した保護者からも、
「子どもと確認テストを見ながら復習しました。声かけや理解度確認の材料になりました」
という回答がありました。
「授業を録音する」ことに必要な、プライバシーへの配慮
授業という人と人との対話を記録する取り組みには、慎重な設計が必要です。
特に一対一の個別指導では、生徒の学習上の悩みや苦手意識、進路に関する相談など、個人的な情報が会話に含まれることがあります。
マナリンクでは、「授業の見える化」の運用にあたり、次の点を前提としています。
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録音・分析の対象は音声のみとし、生徒の顔や授業画面などの映像は記録しません
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授業に関係のない雑談や、指導と直接関係しないやり取りは、共有内容から取り除くよう設計しています
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機能の利用は任意であり、教師と家庭の双方が利用に同意した場合にのみ有効になります
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利用設定はいつでも解除できます
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保護者・生徒へ共有される内容は、授業や学習に関する情報に限定します
「会話を記録し、活用する」という取り組みでは、便利さや機能性だけでなく、どの情報を記録し、誰に共有し、どこまで残すのかという設計そのものが問われます。
マナリンクでは、現在の設計を完成形とは考えていません。今後も教師・生徒・保護者の声を踏まえながら、記録する範囲や共有方法、説明のあり方を継続的に見直していきます。
なぜ教育の音声AIは難しいのか――Vertical AIという視点
生成AI市場では現在、幅広い業務に利用できる汎用AIに加え、特定の業界や業務に合わせて設計された「Vertical AI(業界特化型AI)」の開発が進んでいます。
業界ごとに、専門用語、業務の流れ、判断基準、扱うデータの性質が異なるため、汎用的なAIを導入するだけでは、現場で十分に活用できない場合があるからです。
営業分野のAIであれば、顧客の課題、予算、競合、検討時期、次のアクションなどを整理する必要があります。医療分野のAIであれば、患者の症状、診断、服薬、治療方針などを、医療現場で利用できる形式に整理する必要があります。
では、教育分野に特化したAIは、何を扱うべきなのでしょうか。
問題の正解を示すこと、教材や小テストを作成すること、学習計画を作ることも、教育AIが担っている役割です。しかし、人間の教師と生徒が行う授業においては、それだけでは十分ではありません。
教育の現場で重要なのは、
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生徒がどの部分でつまずいたのか
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どの説明によって理解が進んだのか
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正解できても、理解が曖昧な部分はどこか
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次にどのような学習が必要なのか
教育分野のVertical AIが扱うべき対象の一つは、「理解が深まっていくプロセス」だとマナリンクは考えています。ただし、そのプロセスは、発言内容だけから簡単に判断できるものではありません。
今回、教師から寄せられた回答が示していたのは、AIは授業内容を整理できても、「その生徒にとって何が重要だったのか」「教師がなぜその説明や問いかけをしたのか」までは、自動で判断しきれないということでした。個人差が大きく、教師の専門的判断を必要とし、学習成果が表れるまでに時間がかかる。そのため、教育のVertical AIは、単に授業を録音して要約するだけでは成立しません。
AIが整理した情報を、教師がどのように確認するのか。生徒の学びにどう返すのか。保護者へ何を共有するのか。記録することへの不安や負担に、どのように配慮するのか。
技術、運用、教師との役割分担、プライバシーを一体として設計する必要があります。
今回の取り組みから見え始めているのは、教育に特化したAIとは、教師や生徒に代わって答えを出すAIだけではなく、人間同士の授業から生まれた学びを整理し、次の学習へつなげるAIでもあるという可能性です。
教育×音声AIで見えてきた可能性と「定着の難しさ」
今回の実証レポートで確認できたのは、約2,000回の授業で、授業中の会話を記録・整理して生徒・保護者へ共有する運用が始まったことです。
教師からは、自分の説明や言葉の選び方、生徒とのやり取りを客観的に振り返り、指導上の工夫を捉え直す機会になったという回答が寄せられました。保護者からは、授業の内容や子どもの理解過程が具体的に見えたことで、親子の会話、復習、声かけ、見守り方など、家庭での関わりにつながった事例が確認されました。
一方、AIによる誤認識、図や表情など音声だけでは捉えられない情報、授業の中で何が重要だったかを判断する難しさ、確認・修正にかかる教師の負担、授業を録音・分析することへの慎重な意見など、技術だけでは解決できない課題も見えてきました。
今回の自由記述からは、授業の振り返りや親子の会話、復習に活用された具体的な事例が確認できました。一方、これらは任意回答による個別事例であり、利用者全体で同様の変化が起きたことや、成績・理解度の向上につながったことを示すものではありません。
教育に音声AIを導入すれば、自動的に学びが改善されるわけではありません。
「記録できること」と「教育現場で意味のある形で活用されること」の間には、まだ距離があります。しかし、この距離があるからこそ、実際の現場で運用を重ね検証をしていく必要があります。
マナリンクは今後も、「授業の見える化」の利用状況や現場の声を検証し、教育における音声AI活用の可能性を追求していきたいと考えています。
調査アンケート(※)
調査期間:2026年8月4日~2026年8月6日
調査方法:インターネットによる任意・自由記述式アンケート
有効回答数:69件(教師42件、保護者27件)
※本調査は任意回答による定性調査であり、回答結果は利用者全体の割合や傾向を示すものではありません。
※本文で紹介する回答は、趣旨を変えない範囲で表記を整え、個人や特定の教師・生徒を識別できない形で掲載しています。
授業の見える化 利用実績
集計期間:2026年6月10日~2026年8月10日
対象授業数:約2,000授業
会社概要
社名:株式会社NoSchool
所在地:東京都千代田区外神田2丁目18-3 第2昭和ビル 5F
代表:徃西 聡
URL:https://corp.noschool.asia/
設立:2018年5月
お問い合わせ先:contact@noschool.asia
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