不健康な食生活がもたらす「隠れたコスト」は世界で年間8兆ドル、FAO世界食料農業白書
その約7割は非感染性疾患に関連した健康への影響によるもので、より工業化が進んだ農業・食料システムで顕著と指摘
2024/11/22
国際連合食糧農業機関(FAO)が156カ国を対象に実施した詳細な調査・分析によると、世界の農業・食料システムにおける隠れたコストは年間約12兆米ドルに上ることが明らかになった。この金額のうち約70%(8.1兆米ドル)は、不健康な食生活が原因となっており、心臓病、脳卒中、糖尿病などの憂慮すべき非感染性疾患(non-communicable diseases, NCDs)に関連している。
2024年版「世界食料農業白書(The State of Food and Agriculture, SOFA)」は、2023年版の白書をもとに、さらに踏み込んだ詳細な分析を行っている。市場価格に反映されない、いわゆる「隠れたコストと便益」を含む、食料の生産、流通、消費に関連するあらゆるコストと便益を明らかにするため、真のコスト計算(true cost accounting)を活用している。本報告書は、これらのコストの推定値を更新し農業・食料システムを分類するとともに、システムをどのように変革するかという道筋を描いている。
この調査・分析によると、世界の隠れたコストを増やしているのは、主に、高中所得国や高所得国のより工業化が進んだ農業・食料システムにおける健康面の隠れたコスト、次いで環境面での隠れたコストである。
本報告書は、健康への影響を分析するにあたり、13の食事リスク要因を指摘した。全粒穀物・果物・野菜の摂取不足、ナトリウムの過剰摂取、赤身肉や加工肉の多量摂取などが含まれるが、その一方で、農業・食料システムは多様であり、システムによりリスク要因が大きく異なるとも指摘する。
隠れたコストは農業・食料システムのタイプによって異なる
歴史的に見て、農業・食料システムは伝統的なものから工業的なものへと変遷してきており、それぞれの段階において多様な結果や隠れたコストをもたらしている。本報告書では、世界のさまざまなタイプの農業・食料システムにおいて、隠れたコストがどのように顕在化しているかを検証している。
分析を容易にするため、この調査では、類型論を採用し、農業・食料システムを6つのグループ(「危機長期化システム」、「伝統的システム」、「拡大システム」、「多様化システム」、「形式化システム」、「工業化システム」)に分類している。この枠組みを用いることにより、各システムに固有の課題と機会を、的を絞って理解することができ、それぞれに合った政策や対応策を策定することが可能となる。
例えば、ほとんどの農業・食料システムのタイプにおいて、全粒穀物の摂取量が少ない食生活は主要な食事リスク要因である。一方、「危機長期化システム」(紛争が長引いていたり、政情や経済が不安定であったり、広範囲にわたり食料不安に直面しているようなシステム)や「伝統的システム」(生産性が低く、技術導入が限定的で、バリューチェーンが短いことが特徴)においては、一番の課題は、果物や野菜の摂取量が少ないことである。
ナトリウムの摂取量が多いことも重大な問題である。農業・食料システムが「伝統的システム」から「形式化システム」へと移行するにつれてナトリウム摂取量は増加傾向を示し、「形式化システム」でピークに達し、「工業化システム」になると減少する。一方、加工肉や赤身肉の大量摂取は、「伝統的システム」から「工業化システム」への変遷を通じて着実に増加し、「工業化システム」では食事リスクの上位3位内に入っている。
食事リスクだけでなく、持続可能ではない農法が環境に与える影響も、隠れたコストを増大させている。 温室効果ガスの排出、窒素の流出、土地利用の変化、水質汚染に関連するコストは、「多様化システム」の国々では急速な経済成長と進化する消費・生産パターンが相まり、そのコストは特に高く、推定7,200億米ドルに達する。「形式化システム」及び「工業化システム」もまた、大きな環境コストに直面している。しかし、「危機長期化システム」の国々は、各国のGDP の 20%に相当する、相対的に最も高い環境コストを負担している。
貧困や栄養不足などの社会的コストは、「伝統的システム」と長期化する危機による影響を受ける「危機長期化システム」において最も顕著である。社会的コストは、「伝統的システム」と「危機長期化システム」のGDPの8%と18%にそれぞれ相当し、生計の改善と、統合的な人道支援・開発・平和構築の取り組みが早急に必要であることを示している。
世界食料農業白書2024は、現地の状況に適応し、利害関係者の優先的課題を把握することが重要であることを強調している。この点に関し、本報告書では、多様な国及び農業・食料システムの中から、オーストラリア、ブラジル、コロンビア、エチオピア、インド、英国など代表的な事例を示している。
集団的行動に向けた呼びかけ
本報告書は、総じて、農業・食料システムをより持続可能で、強靭で、包摂的で、効率的なものにするために、価値主導型の変革を呼びかけている。そのためには、GDPのような従来使用されてきた経済的尺度ではなく、隠れたコストを認識する真のコスト会計を活用する必要がある。この手法により、意思決定者は、食料安全保障、栄養、生物多様性の保全、そして文化的アイデンティティが農業・食料システムにおいて果たす重要な役割を認識することとなり、農業・食料システムの社会的価値を高めるようなインフォームド・チョイス(十分な説明を受けたうえでの選択)を行うことができる。この変革を達成するためには、分野間の隔たりを埋め、健康・農業・環境にまたがる政策を調整し、すべての利害関係者の間で便益とコストが公平に分配されるようにすることも必要である。
FAOの屈冬玉事務局長は、「私たちが今、どのような選択をし、何を優先課題とし、どのような解決策を採るかが、私たちが今後共にする未来を決めます。真の変化は、目的を実現させるための政策と的を絞った投資に支えられた、個々の行動と取り組みから始まります。世界の農業・食料システムの変革は、SDGsを達成し、すべての人のための豊かな未来を確保するための基礎となります」と指摘した。
この変革には、生産者、農業関連企業、政府、金融機関、国際機関、そして消費者を巻き込んだ集団的行動が必要であると、本報告書は強調している。隠れたコストに対処する場合、利害関係者、国、また対処に要する時間にまたがり、影響にむらがある。その一方で、隠れたコストを低減するための政策や規制は、持続可能な取組の早期導入を促し、社会的に脆弱な人々を保護することにつながり、特に小規模な生産者や農業関連企業に対しても、与える混乱を最小限に抑えることにつながる。
本報告書の主な提言:
・食料サプライチェーン上の持続可能な取組の採用を促し、農業・食料システムの利害関係者間の力の不均衡を抑制するために、財政面及び規制面での刺激策を与える。
・栄養価の高い食品をより手頃な価格で入手しやすくし、健康関連の隠れたコストを削減する政策を制定することにより、より健康的な食生活を促進する。
・食品表示や認証、自主規格、業界全体のデュー・ディリジェンスの取り組みを通じ、温室効果ガスや窒素の排出、有害となる土地の利用、生物多様性の損失の削減を促す。
・食の選択が環境、社会、健康に与える影響について、明確で利用しやすい情報を消費者に提供することで、消費者をエンパワーするとともに、社会的に脆弱な家庭も変化の恩恵を受けられるようにする。
・大規模な組織の食料調達力を活用し、食料サプライチェーンを再構築し、食環境を改善するとともに、食及び栄養に関する包括的な教育も併せて実施する。
・農業・食料システムの移行期において、特定の歴史的パターンを踏襲せず、環境、社会、健康の隠れたコストの増加を回避する形で、包摂的な農村の変革を確実にする。
・持続可能で公平な農業・食料システムに向けたイノベーションを加速するための環境を作るため、ガバナンスと市民社会を強化する。
世界食料農業白書について
世界食料農業白書は、FAOに負託された任務(マンデート)に関連する題材を包括的にまとめた年次報告書。農業・食料システムや農業におけるデジタル技術など、新たな開発分野に重点を置いている。
2年連続で同じテーマを取り上げるのは今回が初めてであり、持続可能な未来を確保するためには、農業・食料システムの変革が急務であることを強く示している。
関連リンク
原文プレスリリース(2024年11月8日 ローマ) Unhealthy dietary patterns drive $8 trillion in annual hidden costs of global agrifood systems
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