自動車運転の習慣が視覚の注意能力を向上させることを実験で定量的に確認
─ ヒューマンエラーによる交通事故を減らす指針に ─
1. 発表のポイント
●運転の経験が視覚的注意(注1)に与える影響を,注意能力を推定する指標P300(注2)で評価
●注意意識の制御より運転経験の方がP300を大きく改善
●運転習慣を身に付けさせる警察の指導方法改善での利用に期待
2. 発表概要
ゴールデンウィークや年末年始には、久しぶりに運転する人のヒューマンエラーによる交通事故が多発している。ヒューマンエラーのほとんどは視覚認知ミスが原因と考えられ、交通事故は運転経験で視覚的な注意力を向上させれば減少すると期待される。しかしこれを裏付ける定量的な実験データは無かった。運転経験と交通事故との関係をある程度数値で示すことができれば、事故をできるだけ未然に防ぐ方法を考えることができる。
中部大学大学院工学研究科ロボット理工学専攻大学院生の山本昂汰氏(研究当時)と同大学理工学部AIロボティクス学科の稲垣圭一郎准教授らは、東邦大学理学部情報科学科の我妻伸彦講師、千葉工業大学情報変革科学部情報工学科の信川創教授らと共同で、運転時の認知における視覚的注意の能力を、注意を反映する脳波の1種である事象関連電位P300を運転初心者と経験者で計測して比較し、視覚的注意に関する脳情報処理速度をP300の応答潜時(刺激を与えてから反応するまでの時間)から評価できることを発見した。
実験は19歳から25歳の学生16人の協力を得て実施された。16人は運転免許取得から3年以上で1週間に5回以上運転の経験者群8人と、免許取得から3年未満で運転は週1回未満の初心者群8人からなる。実験の結果、経験者群は初心者群と比べてP300の応答潜時を速めていることが数値に現れた(図)。こうした結果から注意に関する脳情報処理の有意な向上に運転経験が重要な要因となることを明らかにした。また、こうした注意に関する脳情報処理の改善が認知反応の向上につながることも確認した。研究成果は交通心理と行動に関する国際学術誌Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behaviourに発表した。
今回の実験結果は、視覚認知ミスによる事故を低減させるために日々の運転で視覚経験を培うことが重要であることを示している。今後、運転免許の更新時やペーパードライバー講習などでP300応答潜時をドライバーの認知処理能力評価システムに応用することが期待される。
図: 経験と注意意識の制御が、運転環境認知における視覚的注意を反映するP300に与える影響(左)、認知対象への反応速度(右)。注意制御とは、認知対象の場所や色などの情報を教示することで、認知すべき対象物への注意を絞ることを指す。*と**はウィルコクソンの順位和検定(Holm法による補正あり)により評価した有意差でFWER<0.05およびFWER<0.01を示す。
3.原著論文情報
雑誌名: Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behaviour (公開日: 5月15日)
論文題目: Assessment of the effect of attentional control and experience on event-related potential P300 in visual perception during vehicle driving
著者: Kota Yamamoto, Nobuhiko Wagatsuma, Sou Nobukawa, Keiichiro Inagaki
DOI: 10.1016/j.trf.2024.05.004
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1369847824001037
■研究経費
本研究は,日本学術振興会 科研費 基盤研究C (研究課題/領域番号) (JP17K12781, JP22K12138, 稲垣圭一郎)の支援を受けたものです。
4.用語説明
注1 視覚的注意
多様な情報が渦巻くような視野環境において、重要な情報を選択し、それに注意を向ける
脳機能。生体はこの視覚的注意に基づいて視線が移動し、対象の認知(ターゲッティング)
が行われる
注2 事象関連電位P300
脳波による注意能力を推定する手法の1つで、認知目標の出現後約300ミリ〜650ミリ秒に現れる陽性の脳波。P300は認知対象への注意を反映すると考えられており、特にその潜時(対象刺激に対する応答開始時間)から、注意に関する脳情報処理の速さを知ることができると考えられている
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