オートファジーの重要ステップ「膜分解」のメカニズムを解明
30年間進展していなかった分解のメカニズムを解明
本研究は、籠橋研究員が東京工業大学 大隅良典特任教授の研究室に派遣在籍中、同 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの、メイ・アレキサンダー助教、川俣朋子助教、大隅良典特任教授らとの研究チームにて行ったものです。研究成果の一部は、2021年、オートファジーの専門学会であるオートファジー研究会の「若手の会」にて優秀発表賞を受賞しています。
本研究のポイント
オートファジーによる膜脂質の分解を担う酵素の実体が、リン脂質を加水分解するリパーゼ「Atg15」であることを発見。
リン脂質の分解を評価できる生化学的な手法を確立し、さらにオートファジー発見以来の謎であった膜脂質の分解メカニズムを解明。
オートファジーによる脂質代謝の理解を飛躍的に高め、今後様々な代謝性疾患や老化の研究発展に役立つものと期待。
研究成果の概要
オートファジーとは、細胞のもつ大規模な分解・リサイクルシステムのひとつで、細胞内の主要な脂質分解系でもあります。生体膜(※)は脂質から構成されていますが、オートファジーによる生体膜分解のメカニズム解明はこれまでどの生物でも全く進展がありませんでした。
本研究では、酵母を用いて、リン脂質分解酵素(ホスホリパーゼ)であるAtg15が、タンパク質分解酵素により活性化し生体膜を分解することを突き止め、酵母でのオートファジーの発見以来30年間停滞していた脂質分解メカニズムへの理解を飛躍的に進めました。これによりオートファジーが関わる疾患や老化の対応策の検討にも役立つと期待されます。
※ 主にリン脂質で構成されている。オートファジーの過程で、分解対象を包んでいる「オートファジックボディ」も生体膜の一種。
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大隅良典特任教授からのコメント
「近年、投稿した論文がアクセプトされるまでに要求されることが格段に多くなってきて、一人の若い研究者が、研究者として最も大切な自分の成果を楽しむことが難しくなっています。籠橋さんは確実に一つのハードルを超えたので、この間の経験を活かして新しい仕事に心機一転、チャレンジするに違いないと思っています。
私自身にとっても、最初で最後の大学人としての挑戦でしたが、ポーラ化成工業から派遣在籍していた研究員の努力は、私としても誇らしく思っています。最後にこのような貴重な機会をつくって頂いたポーラ化成工業のご協力に心より感謝申し上げます。 大隅 良典」
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大隅良典特任教授が2016年にオートファジー研究でノーベル生理学・医学賞を受賞された後、当社が以前よりオートファジー研究をしていたご縁で、大隅研究室にて研究員2名の派遣を受け入れていただきました。大隅特任教授のご指導の下で継続していた基礎研究が今回の成果につながりました。今後の研究成果にもご期待ください。
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研究者のコメント
筆頭著者: 籠橋 葉子
ポーラ化成工業エビデンスセンター 副主任研究員
/ 本研究実施当時: 東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
「30年間ほとんど進展がなかった研究だけに非常に難解でしたが、大隅研究室の先生方をはじめ、さまざまな先生方と何度も議論を重ねながら進めることで、ようやく論文化に至りました。その分、本成果は細胞内の脂質代謝への理解や代謝性疾患の研究を飛躍的に発展させるものと考えています。本研究の試行錯誤の過程で得られた知見や技術を活かして、今後もいっそう皮膚科学の研究に邁進していきます。」
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論文情報および研究の背景・意義
論文名: The mechanism of Atg15-mediated membrane disruption in autophagy
(オートファジーにおけるAtg15を介した膜分解メカニズム)
著者: Yoko Kagohashi, Michiko Sasaki, Alexander I May, Tomoko Kawamata, and Yoshinori Ohsumi
掲載誌: Journal of Cell Biology
掲載日: 2023年11月2日
DOI: 10.1083/jcb.202306120
<研究の背景>
オートファジーは真核生物に広く保存された主要な自己分解システムの一つです。オートファジーが誘導されると、細胞質成分を取り込んだ脂質二重膜構造体がリソソーム/液胞と融合し、その内膜構造がリソソーム/液胞内に放出されます。その後、その膜が分解され、中の細胞質成分が液胞内のさまざまな酵素によって分解されます。
オートファジーはタンパク質の分解・再利用システムとして広く認知されていますが、一方、それ以外の成分、例えば膜小胞や生体膜などを構成する脂質の分解については、未解明の点が多く残されています。これまでの研究では、オートファジーの膜脂質分解にはリパーゼ(脂質分解酵素)が関与するとされていましたが、分解のメカニズムはどの細胞でも明らかにされてきませんでした。
酵母においては30年も前に、液胞内の膜分解に関与する因子として、リン脂質を加水分解するリパーゼAtg15とタンパク質分解酵素が同定されていました。しかし、これらがどのように関わって膜分解を引き起こすのかは長きに渡って不明のままでした。大きな理由の1つとして、Atg15は特に精製が難しく、生化学的な解析が困難だったことが挙げられます。
<研究の内容>
本研究では、液胞の脂質分解活性が評価できる試験管内評価系を初めて構築しました。さらに、液胞に含まれるAtg15を精製することにも成功しました。
これらを元に研究を進めることで、液胞内のタンパク質分解酵素によってAtg15が活性化されること、そして、活性化したAtg15は、それ単独で人工膜小胞や生体膜を分解できることを実証しました。さらに、Atg15の脂質分解に関する性質を解析した結果、Atg15がさまざまなリン脂質を分解できるホスホリパーゼBタイプのリパーゼであり、脂質膜分解を担う酵素として非常に合理的な性質を持つことを明らかにしました。
<社会的な意義>
オートファジーは、細胞内の恒常性を維持する上で重要な細胞内リサイクルシステムであり、酵母から哺乳類細胞まで高度に保存されています。オートファジーが破綻すると、さまざまな疾患や寿命低下につながることも知られています。本研究は、オートファジーと脂質代謝の研究を大きく進展させる足がかりになると期待できます。
◆本論文に関する東京工業大学からのプレスリリース:
https://www.titech.ac.jp/news/2023/067732
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