光で生まれた「熱い」電荷を冷める前に取り出す光電変換を実証
~ホットキャリアのサブピコ秒抽出で超高速・高効率光検出器へ道~
発表のポイント:
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黒リンを用いた光検出器で、光を吸収した直後のエネルギーの高い電荷(ホットキャリア)を、熱としてエネルギーを失う前に電極へすばやく取り出す新しい光電変換を実証しました。室温・ゼロバイアスで260 GHzという非常に高速な応答を確認しました。
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NTT独自の超高速電流計測技術を用いて、ホットキャリアによる光電流を直接観測しました。さらに、従来の光起電力とは異なり、ホットキャリアが生み出す超拡散によって光電流が生じることを示しました。
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本成果は、従来は熱として失われていた光のエネルギーを電気信号として活用するための新たな設計指針を示すものです。今後、高速光通信や、高効率光検出、イメージング・センシングへの応用が期待されます。
NTT株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、黒リン(※1)において、光励起直後の高エネルギー状態にあるホットキャリア(※2)を、冷却前に電極へ直接取り出す新しい光電変換を実証しました。独自のオンチップTHzエレクトロニクス(※3)により、室温・ゼロバイアス(※4)で発生する超高速光電流を直接観測し、260GHzの動作帯域を確認しました。ゲート電圧を変えた実験から、この光電流がホットキャリアの極めて速い拡散「超拡散」(※5)によって生じることを示しました。本成果は、これまで熱として失われていた光エネルギーを電気信号として利用するための新たな設計指針を提供するものであり、高速光通信、光検出の効率化、センシングへの応用が期待されます。本研究成果は、2026年5月13日に英国科学誌 Nature Communications にオンラインで掲載されました。また、2026年11月18日~25日に開催されるNTT R&D FORUM 2026 (※6)に展示予定です。

黒リンに光を照射して生成したホットキャリアが、エネルギーを失う前に超拡散によって金電極へ到達し、光電流として直接取り出される様子
1.研究の背景
光信号を電気信号に変換する光検出器は、情報通信、イメージング、各種センサーを支える重要なデバイスです。一般的な半導体では、光を吸収して生成された電子と正孔は、エネルギーの一部を熱として失い、エネルギー的に安定な状態へ緩和した後に電極へ取り出されます。このため、入射光が持つエネルギーの一部は電気信号として利用されません。
一方、光励起直後の高エネルギー状態にあるホットキャリアを、冷却される前に電極から取り出すことができれば、従来の光電変換が持つ効率限界を超える可能性があります。また、その短い寿命を反映した高速応答も期待できます。しかし、ホットキャリアは数百フェムト秒から数ピコ秒で冷却されるため、その電流を計測することは困難でした。ホットキャリアの存在自体は超高速光分光を用いて明らかにされてきましたが、デバイス動作の本質である電極への移動と電流としての取り出しを直接測定できませんでした。
黒リンは、約0.3eVの狭いバンドギャップ、高いキャリア移動度を示す二次元半導体です。これらの特徴からホットキャリアを利用した光検出に適した材料と考えられてきましたが、実際にホットキャリアが電流として取り出せるかは明らかになっていませんでした。
2.研究の成果
独自のオンチップTHzエレクトロニクスを黒リン光検出器に組み込み、室温・ゼロバイアスで電極から取り出される光電流の時間波形をサブピコ秒の時間分解能で測定しました。さらに、ゲート電圧を変えた測定により、ホットキャリアを直接取り出す新しい成分と、冷却後のキャリアによる従来の光起電力成分を切り分けました。
2.1 本成果で製作した黒リン光検出器と測定技術
厚さ15~25nmの黒リン薄片をサファイア基板上に配置し、金属電極とチップ上の伝送線路を介して低温成長GaAs(LT-GaAs)光伝導スイッチへ接続しました(図2a)。黒リンの電極付近に波長517nm、パルス幅280 fsのポンプ光を照射すると光電流が発生し、伝送線路を伝わります。時間差をつけたプローブ光で光伝導スイッチを作動させ、その時間差を掃引することで光電流の波形を取得します。この方法により、約0.5psという高い時間分解能を実現し、ホットキャリアの超高速応答を直接計測することが可能になりました。
また、黒リンをアルミナ(Al2O3)絶縁膜で覆い、その上に酸化亜鉛(ZnO)ゲートを形成した試料を用いました。ZnOゲートは、高周波電流に対するRC遅延を抑えながら、黒リンのキャリア極性と密度を連続的に制御できます(図2b)。

(a)ポンプ光で黒リンを励起し、伝送線路を伝わる光電流を検出用LT-GaAs光伝導スイッチで検出。 (b)黒リン部分の拡大図。ゲート電圧(VGate)により黒リンのキャリア極性と密度を制御できる。
2.2 緩和前のホットキャリアを光電流として直接観測
電極付近を光励起すると、ソース・ドレイン間に電圧を印加しないゼロバイアス条件でも、鋭い光電流パルスが現れました(図3a)。電流パルスの半値全幅は約1.7psで、測定系の応答を取り除いて解析した黒リン内部の光電流減衰時間は410±30fsでした。これは、黒リンで報告されているコールドキャリアの応答より3桁短く、光励起直後のホットキャリアが直接電極へ取り出されていることを示します。また、測定した時間波形から260GHzの動作帯域(※7)が得られました(図3b)。これは、ホットキャリアを取り出す新しい光電変換が高い時間応答性も併せ持つことを示します。
2.3 超拡散を利用した新原理の光電変換
高速光電流の起源を調べるため、ZnOゲートで黒リンを正孔伝導(p型)から電子伝導(n型)まで変化させ、光電流の向きを比較しました(図4a)。
その結果、高速成分はキャリア極性にかかわらず同じ向きに流れる一方、低速成分はゲート電圧によって向きが反転しました(図4b)。低速成分は、冷却後のキャリアが金属・黒リン界面に生じる電場で分離される従来の光起電力効果で説明できます(図5a)。
これに対し、高速成分はホットキャリアの超拡散によって最も整合的に説明されます(図5b)。光励起直後のキャリアは高いエネルギーを持ち、コールドキャリアより最大約1000倍大きな拡散係数で急速に広がることが超高速光分光により明らかにされています。黒リンでは電子より正孔の移動度が高く、光励起された正孔が優先的に電極へ到達することでp型かn型かにかかわらず正の光電流が生じると考えられます。

(a)超高速光電流の実時間波形。挿入図に示したフィッティングにより減衰時間が410±30fsであることが判明。 (b)光電流のフーリエスペクトル。動作帯域が260GHzに達していることがわかる。

(a)光電流のゲート電圧依存性。早いホットキャリア由来の成分と遅いコールドキャリア由来の成分が観測された。 (b)ホットキャリア及びコールドキャリア成分のゲート電圧依存性

(a)冷却後のキャリアが、金属・黒リン界面の内蔵電場で取り出される従来の光起電力成分
(b)光励起直後の高エネルギー正孔が、冷却前に超拡散によって金電極へ到達する新しい成分
3.技術のポイント
オンチップTHz光電流測定:黒リンから発生した光電流をチップ上の伝送線路で光伝導スイッチへ導き、フェムト秒レーザーパルスで時間サンプリングしました。これにより、一般的な電子計測では観測できないサブピコ秒の電流波形を直接取得しました。
ゲート制御による光電変換機構の分離:高周波に対して実質的に絶縁性を示すZnO薄膜をゲートに用いることで、電流波形への影響を抑えながら、黒リンのキャリア極性を制御しました。これにより、ホットキャリアの直接取り出しと冷却後のキャリアによる従来の光起電力を明確に分離しました。
4.本成果の意義と今後の展開
本研究は、光励起によって生成されたホットキャリアを、冷却される前に光電流として直接取り出せることを実証したものです。超拡散そのものは金属、半導体、ペロブスカイト、二次元物質などで観測されていましたが、これを光電変換の原理として利用できることを示した点に新規性があります。
一般的な光電変換では、光励起キャリアの余分なエネルギーは熱として失われます。本成果は、そのエネルギーを失う前にキャリアを取り出す方法を示したものであり、光電変換効率の向上につながる新たな設計指針となります。また、ホットキャリアによる高速成分と冷却後のキャリアによる低速成分が共存するため、デバイス構造を工夫することで両者を活用できる可能性があります。
今後は、積層構造や電極材料の探索、導波路・金属ナノ構造などによる光吸収の増強を通じ、冷却前に電極へ到達するホットキャリアの割合を高めます。これにより、高速光通信、高効率光検出、イメージング・センシングへの応用をめざします。
論文掲載情報
掲載誌:Nature Communications 17, 6193 (2026)
掲載日:2026年5月13日(オンライン)
論文タイトル:“Sub-picosecond extraction of hot carriers in black phosphorus”
著者:Katsumasa Yoshioka, Taro Wakamura, Takuya Okamoto, and Norio Kumada
DOI:10.1038/s41467-026-72892-w
関連する過去の報道発表
[1] 2022年9月12日 「世界最速、グラフェン光検出器のゼロバイアス動作220 GHzの実現と光-電気変換プロセスの解明~広帯域高速光検出器材料としてのグラフェンの有望性を実証~| ニュースリリース | NTT」( https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/09/12/220912a.html )
[2] 2024年7月22日 「世界最短グラフェンプラズモン波束の電気的発生・伝搬制御・計測に成功
~テラヘルツ周波数の超高速信号処理の実現に貢献~| ニュースリリース | NTT」
( https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/07/22/240722a.html )
<用語解説>
※1 黒リン:リン原子からなる層状半導体です。層を剥離して薄膜化でき、約0.3eVの狭いバンドギャップ、高いキャリア移動度、結晶方向に依存する光学・電気特性を持つため、赤外光検出器や高速光デバイスへの応用が研究されています。
※2 ホットキャリア/コールドキャリア:半導体が光を吸収した直後に生じる、格子温度より高い有効温度と大きな運動エネルギーを持つ電子・正孔をホットキャリアと呼びます。格子へエネルギーを渡してバンド端まで冷却した電子・正孔を、本研究ではコールドキャリアと呼びます。
※3 オンチップTHzエレクトロニクス:フェムト秒レーザーで作動する光伝導スイッチを用いて、チップ上の伝送線路を進むテラヘルツ周波数の電気信号を発生・検出する技術です。原子層・二次元物質を回路に組み込むことで、その電気応答を時間領域でサブピコ秒まで測定できます。
※4 ゼロバイアス:光検出器のソース・ドレイン電極間に外部電圧を印加しない動作条件です。暗電流と消費電力を抑えられるため、低雑音・低消費電力動作に有利です。
※5 超拡散:光励起直後の高エネルギーキャリアが、通常の熱平衡状態の拡散より著しく速く空間的に広がる現象です。本研究では、この超拡散により正孔が冷却前に金属電極へ到達し、光電流として直接取り出されると考えられます。
※6 NTT R&D FORUM 2026 https://www.rd.ntt/forum/2026/

※7 動作帯域:光検出器が高速に変化する光信号へどの程度追従できるかを示す性能指標です。本研究では、高速フォトディテクタ分野で一般的に用いられる評価法に基づいて動作帯域を評価しています。値が大きいほど、より短い光信号を電気信号へ変換できます。
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