【研究成果】3ヶ月のダンスで高齢者の脳活動が変化
―もの忘れ進行が気になる人での検証―
概要
京都大学野生動物研究センター 積山薫特任教授(研究当時、現:ZEN大学知能情報社会学部教授)、島根大学人間科学部 豊島彩講師、福井大学子どものこころの発達研究センター 山下雅俊特任助教らのグループは、もの忘れの自覚をもつ高齢者(平均年齢74歳)が3ヶ月間ダンスの練習をすると、しない群に比べ、「幸せホルモン」とされるオキシトシンの分泌が増大し、安静時の自発的脳活動が活性化されることを見出しました。
高齢期にダンスが趣味の人は他の趣味の人より認知症の発症率が低いという報告があり、近年は介入研究の手法でダンスの効果を確かめる研究が盛んになっています。特に、認知症の予備群とされる「軽度認知障害」(注1)の人を対象にして、ダンス介入による認知機能検査の得点向上が多くの研究で報告されています。今回の研究は、軽度認知障害の前段階とされる「主観的認知機能低下」(注2)(=客観的低下はないが「もの忘れ」進行の自覚がある)の人を対象にした初めての研究で、ダンスの効果は、行動に現れなくても神経内分泌指標や脳活動指標で確認できることがわかりました。
本成果は、2026年1月2日に米国の国際学術誌「Innovation in Aging」にオンライン掲載されました。

背景
高齢期にダンスをしている人は、他のどの趣味の人より5年後の認知症発症率が低いという報告があり(Verghese et al., 2003)、近年は介入研究の手法でダンスの効果を確かめる研究が盛んになっています。特に、認知症の予備群とされる「軽度認知障害」(Mild Cognitive Impairment: MCI)の人を対象にして、ダンス介入による認知機能検査の得点向上が多くの研究で報告されていました(Bisbe et al., 2020; Doi et al., 2017; Qi et al., 2019など)。しかし、認知症予防の観点からは、軽度認知障害のさらに前段階とされる「主観的認知機能低下」(=客観的に問題となる低下はないが「もの忘れ」進行の自覚がある)の高齢者にもダンスが有効かを調べることが、より重要と考えられます。今回の研究は、主観的認知機能低下のある高齢者を対象とした最初の研究でした。
出典
Verghese, J., Lipton, R. B., Katz, M. J., Hall, C. B., Derby, C. A., Kuslansky, G., ... & Buschke, H. (2003). Leisure activities and the risk of dementia in the elderly. New England Journal of Medicine, 348(25), 2508-2516.
Bisbe, M., Fuente-Vidal, A., López, E., Moreno, M., Naya, M., De Benetti, C., ... & Alegret, M. (2020). Comparative cognitive effects of choreographed exercise and multimodal physical therapy in older adults with amnestic mild cognitive impairment: randomized clinical trial. Journal of Alzheimer’s Disease, 73(2), 769-783.
Doi, T., Verghese, J., Makizako, H., Tsutsumimoto, K., Hotta, R., Nakakubo, S., ... & Shimada, H. (2017). Effects of cognitive leisure activity on cognition in mild cognitive impairment: results of a randomized controlled trial. Journal of the American Medical Directors Association, 18(8), 686-691.
Qi, M., Zhu, Y. I., Zhang, L., Wu, T., & Wang, J. I. E. (2019). The effect of aerobic dance intervention on brain spontaneous activity in older adults with mild cognitive impairment: a resting-state functional MRI study. Experimental and therapeutic medicine, 17(1), 715-722.
研究手法・成果
本研究では、記憶検査を含む行動的な認知機能検査だけでなく、「幸せホルモン」といわれるオキシトシン濃度の測定や、機能的磁気共鳴画像化法(functional Magnetic Resonance Imaging: fMRI)を用いた脳活動の計測を取り入れました。研究対象者は、主観的認知機能低下、すなわち認知機能検査では正常だが「もの忘れ」が進行している自覚がある高齢者としました。これらの研究参加者が、普段していないダンスの練習に取り組むことで、認知機能検査の得点、オキシトシン濃度、脳活動などに変化がみられるかどうかを、次のようなランダム化比較試験の枠組みで検討しました。平均年齢74歳の68人の研究参加者をランダムに2群に分け、まず各種検査で認知機能に両群で差がないことを確認した後、一方にはダンスのグループレッスンを週1回1時間、3ヶ月間受けてもらい(介入群)、もう一方にはその期間にこれまで通りの生活をしてもらい(統制群)、3ヶ月後に両群間にどのような違いが生じるかを調べました。うち、研究参加を完了しデータが有効だったのは、44人でした(介入群22人、統制群22人)。
実験の結果、オキシトシン濃度については介入の効果が見られ、3ヶ月後に介入群だけで濃度が上昇していました。また、fMRIで計測した安静時の自発的な脳活動でも介入効果が見られた脳部位があり、左半球の内側眼窩前頭皮質という部位の自発的活動は、介入群で増大する方向へ、統制群では減少する方向へ変化していました。さらに、この左内側眼窩前頭皮質と同期して活動する脳部位との間の同期性の強さ、すなわち「機能的結合」について変化を調べると、介入効果がみられた機能的結合は、「左内側眼窩前頭皮質―左楔前部」の間で見つかりました。この2つの脳部位は、デフォルトモード・ネットワーク(注3)と呼ばれる脳の最も基本的なネットワークの主要な構成要素で、内側眼窩前頭皮質はその前部、楔前部は後部にあたります。このネットワークの「前部―後部」の機能的結合は加齢によって低下することが知られており、それが認知機能低下と関連していることが指摘されています。今回のダンス介入では、介入群ではそれとは逆にこの機能的結合が上昇方向へ変化しており、脳活動に与える影響を検出できたと言えます。
なお、認知機能検査や一部のメンタルヘルス指標では、介入群と対照群の変化量に明確な差は確認されませんでした。一方、アパシー(意欲の低下)については、経時変化のパターンが両群で異なる可能性が示されましたが、各群内の前後差は明確ではなく、今後さらなる検証が必要です。
これらの結果から、主観的認知機能低下のある高齢者へのダンスの効果は、オキシトシンなどの神経内分泌指標やfMRIでの脳活動指標で確認できることがわかりました。
波及効果、今後の予定
今回の研究では、主観的認知機能低下のある高齢者へのダンスの効果を神経内分泌指標と脳活動指標で確認できました。しかし、軽度認知障害のある高齢者で報告されていたような認知機能検査の得点向上は検出できませんでした。これは、用いた認知機能検査で参加者の得点がもともと高く、それ以上には上がりにくかった可能性もありますが、ダンスの認知的負荷や強度、頻度や継続期間の長さも影響していたかもしれません。こうした点を考慮して、主観的認知機能低下のある高齢者への効果のさらなる検討が望まれます。
研究プロジェクトについて
本研究は、科学研究費補助金基盤研究(A)(21H04422,代表:積山薫)、京都大学人と社会の未来研究院人文社会科学・文理融合的研究プロジェクト、academistクラウドファンディング(https://academist-cf.com/projects/329/progresses?lang=ja)の助成を受けて実施されました。また、論文執筆・投稿にあたり、ZEN大学教員研究費、福井大学「英文校正支援費」及び「論文投稿に係る経費支援」の助成を受けました。脳画像の撮影には、京都大学人と社会の未来研究院のMRI装置を使用しました。
研究グループの構成員一覧:福井大学子どものこころの発達研究センター 山下雅俊 特命助教、島根大学人間科学部 豊島彩 講師、京都大学大学院文学研究科 岩嵜唱子 研究員、愛知学院大学総合政策学部 高松礼奈 講師、大阪公立大学大学院現代システム科学研究科 武藤拓之 准教授、京都大学人と社会の未来研究院 阿部修士 教授、京都府立医科大学大学院医学研究科 成本迅 教授、京都大学野生動物研究センター 積山薫 特任教授(研究当時、現:ZEN大学知能情報社会学部 教授、京都大学名誉教授)
用語解説
注1:軽度認知障害
認知症の前段階とされる。日常生活に大きな支障はないが、認知機能検査で記憶や注意力などに年齢相応よりも低下が見られ、本人または家族などの周囲が「もの忘れ」に気づいている状態。認知症になる確率が正常な人より高いが、介入によって正常な範囲に回復する可能性も知られている。
注2:主観的認知機能低下
軽度認知障害の前段階とされる。認知機能検査では正常範囲であるが、「もの忘れ」が進行している自覚がある状態。
注3:デフォルトモード・ネットワーク
脳には、同期して活動する部位から構成されるいくつかの「機能的ネットワーク」があり、最重要の3つをあげると、デフォルトモード・ネットワーク(DMN)、中央実行系ネットワーク(CEN)、顕著性ネットワーク(SN)がある。このうち、DMNは内省的になり特に何もせずぼーっとしている時に活動し、CENはその逆で外部に注意を向けて課題を実行している時に活動、そしてSNは両者の活動の切替えをおこなうとされている。DMNを構成するコアの脳部位は、内側前頭前野と後帯状皮質/楔前部で、その他に周辺部位として記憶に重要な海馬なども含まれる。これらのネットワークのうち、DMNについては、加齢によってネットワークのコア内部の同期性(機能的結合)が低下し、それが認知機能低下と関連することが知られている。
研究者のコメント
コロナ禍の影響が残る2022年春に始めた本研究は、必要な参加者数を確保するのに苦戦し、5期に分けて実施する長期戦となりました。ダンス介入研究としてはオキシトシンの変化を測った初めての研究になりますが、それと同じくらいに、脳のデフォルトモード・ネットワークへのダンス効果が主観的認知機能低下の人を対象に明瞭にとらえられたことは、非常に重要ではないかと思っています。
論文タイトルと著者
タイトル:Effects of dance training on oxytocin secretion and neural activity in older adults with subjective cognitive decline(ダンス訓練が主観的認知機能低下のある高齢者へのオキシトシン分泌と脳神経活動に及ぼす影響)
著者:Yamashita, M., Toyoshima, A., Iwasaki, S., Takamatsu, R., Muto, H., Abe, N., Narumoto, J., & Sekiyama, K.
掲 載 誌:Innovation in Aging
DOI:10.1093/geroni/igaf129
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