トルコ南東部の1万年前の集落構造を地中探査で明らかに
—“石の丘群”新石器時代遺跡の多様性を解明—
<発表のポイント>
・ トルコ南東部シャンルウルファ県には、“石の丘群”と呼ばれる、先土器新石器時代の遺跡が多数分布しています。世界遺産ギョベクリテペ遺跡に代表されるこれらの遺跡は、狩猟採集民によって築かれた世界最古の大規模建築遺跡群であると考えられています。
・ “石の丘群”遺跡の一つであるハルベトスワン・テペシ遺跡において、ドローンを用いた地形測量と、磁気探査・レーダー探査を組み合わせた地中探査を実施し、地中に埋没した多数の建築物の検出に成功しました。
・ 地中探査により明らかになった集落の構造は、ギョベクリテペやカラハンテペなど同地域の大規模な新石器時代遺跡の構造とは異なっており、“石の丘群”遺跡の多様性が明らかとなりました。
<概要>
トルコ南東部シャンルウルファ県には、世界遺産ギョベクリテペに代表される先土器新石器時代(およそ1万2千年前から9千年前)の遺跡が多数分布しています。これらの遺跡は、石灰岩の巨石を用いた特徴的な建築様式をもつことから“石の丘群(タシュ・テペレル)”とも呼ばれ、狩猟採集民によって築かれた世界最古の大規模建築遺跡群であると考えられています。千葉工業大学地球学研究センター、東京大学総合研究博物館、シャンルウルファ考古学博物館による日本・トルコ共同調査隊は、“石の丘群”遺跡の一つであるハルベトスワン・テペシで地中探査を実施し、地中に埋没した多数の建築物の検出に成功しました。
ドローンを用いた地形測量と、地中磁気探査・地中レーダー探査を組み合わせた調査によって明らかになった集落の構造は、ギョベクリテペなど同地域の大規模な新石器時代遺跡の構造とは異なっており、“石の丘群”遺跡の多様性が明らかとなりました。このことは、同地域の新石器時代集落の間に階層性があった可能性を示唆し、当時の地域社会の構造の理解に貢献する成果です。
この研究成果は、アメリカのワイリー社が発行する考古学専門誌「Archaeological Prospection」に2026年2月20日付で掲載されました。
<背景>
トルコ南東部シャンルウルファ県はユーフラテス川上流域に位置し、世界遺産ギョベクリテペ(*1)に代表される、先土器新石器時代(*2)(およそ1万2千年前から9千年前)の遺跡が多数分布しています(図1)。石灰岩の巨石を用いた特徴的な建築様式から“石の丘群(タシュ・テペレル)”とも呼ばれるこれらの遺跡は、農耕牧畜の始まりよりも古く、農耕社会の成立が社会の複雑化や大規模建築の出現をもたらしたとする従来の見方に再考を促す発見として近年世界的な注目を集めています。なぜこの時代のこの地域に巨石文化が誕生したのか、どのような社会構造だったのか、どのように発展し、衰退したのかなど、いまだ多くの謎が残されています。
千葉工業大学地球学研究センター、東京大学総合研究博物館、シャンルウルファ考古学博物館による日本・トルコ共同調査隊は、2022年から“石の丘群”遺跡の一つであるハルベトスワン・テペシ遺跡の調査を進めてきました(図2)。


遺跡の大きさと集落の構造は、遺跡内の社会構造や地域社会との関係を反映していると考えられるため、遺跡の調査における重要なトピックです。しかしながら、考古学的な発掘調査は多大な時間と労力を必要とし、遺跡内の広範囲を発掘して集落の構造を確認することは容易ではありません。また、遺跡保護の観点からも、遺跡全面を発掘するような調査は通常行われません。
遺跡の大きさと構造を非破壊かつ迅速に調査する手法として、地中の磁気特性の違いやレーダー反射を利用した地中探査手法があります。しかしながら、“石の丘群”遺跡について、遺跡全面で地中探査を実施した報告例は非常に限られていました。
<研究内容>
そこで本研究では、ハルベトスワン・テペシ遺跡において、ドローンを用いた地形測量と、地中磁気探査・地中レーダー探査を組み合わせた調査を実施し、地中に埋没した集落の構造を明らかにしました。特にこの地域における先土器新石器時代B前期(およそ1万8百年前から1万3百年前)の遺跡の地中探査は本研究が初めてです。
地形測量は、ドローンを用いた空中写真測量によって行われました。ハルベトスワン・テペシ遺跡は、およそ5,900 m²(94 m × 75 m)の面積を持ち、高さおよそ2.4 mの丘状の形をしています(図3)。90,000 m²に及ぶギョベクリテペ遺跡や100,000 m²の面積を持つカラハンテペ遺跡(*3)に比べると、小規模な遺跡であるといえます。

地中磁気探査と地中レーダー探査の結果から、遺跡の中央付近に長方形の建築物が、互いに壁を共有するようにして密集して分布していること、巨大な公共建築物や広場のような構造が見られないことが分かりました(図4、5)。
ギョベクリテペ遺跡やカラハンテペ遺跡などの同地域の大規模新石器時代遺跡では、発掘調査によって、巨大な公共建築物と小規模な住居が混在していたことが分かっています。これらの大規模遺跡は、巨大な公共建築物があることなどから、宗教的な儀式の場や公共活動の場として機能した可能性が議論されてきました。
対して、今回明らかとなったハルベトスワン・テペシ遺跡の構造は、これらの大規模遺跡の構造とは異なるものです。巨大な公共建築物は見られず、より住居としての側面が強かったと考えられます。この結果は、“石の丘群”遺跡の集落の多様性を示しているとともに、異なる機能を持った集落が存在し、複雑な地域社会を形成していた可能性を示唆するものであり、1万年前の社会構造の理解に貢献する重要な成果です。


<用語の説明>
*1 ギョベクリテペ遺跡:トルコ南東部に位置する新石器時代初頭の大規模遺跡。巨大なT字形石柱を楕円形に配置した巨石建造物が特徴で、石柱には人間や動物の浮彫が施されている。農耕開始以前の狩猟採集社会によって建設されたと考えられ、農耕社会の成立が社会の複雑化や大規模建築の出現をもたらしたとする従来の見方に再考を促す発見として注目されている。2018年にユネスコ世界遺産に登録された。
*2 先土器新石器時代:西アジアを中心にみられる新石器時代初期の段階で、土器がまだ使用されていない時期を指す。おおよそ1万2千年前から9千年前に相当し、定住化の進展や穀物栽培・動物の家畜化が始まった、人類史における重要な転換期である。主に出土する石器の型式の違いに基づいて、A期とB期に区分される。ハルベトスワン・テペシ遺跡は、出土遺物の特徴から、主な居住期間が先土器
新石器時代
B前期(およそ1万8百年前から1万3百年前)だと考えられる。
*3 カラハンテペ遺跡:トルコ南東部に位置する先土器新石器時代の大規模遺跡で、ギョベクリテペ遺跡と同時期・同文化圏に属するとされる。T字形石柱や人像彫刻を伴う建造物群が確認されており、儀礼的機能を有した可能性が高いと考えられている。
<論文情報>
掲載雑誌: Archaeological Prospection (公開日: 2026年 2月20日)
論文題目: The Layout and Size of an Early Pre‐Pottery Neolithic B Small Settlement Revealed by Geophysical Prospection at Harbetsuvan Tepesi in Southeastern Anatolia
著者: Toshihiro Tada, Ryota Moriwaki, Kazuya Shimogama, Kenta Suzuki, Wataru Satake, Nurcan Küçükarslan, Celal Uludağ, Yoshihiro Nishiaki
URL: https://doi.org/10.1002/arp.70037
<謝辞>
現地調査の実施に当たり、トルコ共和国文化観光省、シャンルウルファ考古学博物館M. Çiçek副館長、A. Ergin氏、N. Cıkay氏、O. Yıldırım氏、(公財)中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所(JIAA)、および故大村幸弘博士から多大なご支援を賜りました。記して感謝申し上げます。また、JIAA師田清子氏、東京大学新井才二博士、宮井しづか氏、筑波大学池山史華博士をはじめ、ハルベトスワン・テペシ発掘調査隊員の皆様に感謝申し上げます。
<発表者>
・ 多田賢弘 (千葉工業大学 地球学研究センター 研究員)
・ 森脇涼太 (千葉工業大学 地球学研究センター 研究員)
・ 下釜和也 (千葉工業大学 地球学研究センター 研究員)
・ 鈴木健太 (千葉工業大学 地球学研究センター 研究員、研究実施当時)
・ 佐竹渉 (千葉工業大学 地球学研究センター 研究員)
・ Nurcan Küçükarslan (千葉工業大学 地球学研究センター 研究員)
・ Celal Uludağ (シャンルウルファ考古学博物館 館長)
・ 西秋良宏 (東京大学総合研究博物館 館長)
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