クワガタムシ科における「メス化遺伝子」transformer の多様化― 遺伝子重複と発現変化が未知の性決定機構の存在を示唆 ―

静岡大学理学部の後藤寛貴助教らの研究グループの研究成果が、国際雑誌「Zoological Science」に掲載されました.

国立大学法人 静岡大学

 静岡大学理学部の後藤寛貴助教らの研究グループは,「メス化遺伝子」として知られる transformer (tra)の数がクワガタムシ科において増えていることを発見し,さらに一部の種ではオスでも発現していることを明らかにしました.

【研究のポイント】

・昆虫のメス化遺伝子のtra がクワガタムシ科の一部の種で2つに増えていることを発見

・さらに,特定の種では本来traが発現しないオスでもtra が発現していることを発見

・これらの発見は,クワガタムシ科において未知の性決定機構が進化している可能性を示唆

 性を決めるメカニズムは,生物種間で共通している部分と,大きく多様化している部分の両方を含みます.昆虫の性決定では,最上流で性を決める遺伝子は分類群ごとに非常に多様である一方で,下流で性を決める遺伝子は分類群間で比較的共通しています.多くの昆虫において,メスがメスとして発生する(メス化)にはtraが必須です.これまでの研究では,traはゲノム中に1つのみ存在し,メスのみで機能すると考えられてきました.

 しかし,今回後藤らのグループは,クワガタムシ科の複数種において,tra が遺伝子重複(注1)により数が増えていることを発見しました.さらに,特定の種ではオスにおいても機能的なtra が発現していることを明らかにしました.これらのtraの数や発現の多様化は,クワガタムシ科において性決定機構に何らかの未知の変化が生じている可能性を示唆しており,昆虫類における性決定機構の多様化を明らかにする上で,重要な成果といえます.

 なお,本研究成果は2025年11月10日に日本動物学会が発行する国際雑誌「Zoological Science(オンライン版)」に掲載されました.

研究者コメント

静岡大学 理学部 助教 後藤寛貴

 クワガタムシはオスとメスの姿が大きく異なっています.この雌雄差が生じるメカニズムを研究する過程で,traの数も使われ方も一般的な昆虫類と異なることを発見しました.この予想外の発見が,未知の性決定機構の解明へと繋がっていきそうで今後の研究の進展が楽しみです.

【研究概要】

 静岡大学創造科学技術大学院の大津樹大学院生,理学部の千頭康彦特別研究員(日本学術振興会PD),グリーン科学技術研究所の道羅英夫教授,理学部の後藤寛貴助教らを中心とした研究グループは,昆虫の性決定機構において中心的役割を担う遺伝子の transformertra)に着目し,クワガタムシ科におけるtraのコピー数と発現様式を解析しました.

 従来,昆虫の性決定ではメスでのみ機能的Traタンパク質が産生されメス分化を誘導します.一方でオスでは不完全なTraタンパク質しか産生されないためオス分化が生じます.この性分化の基本枠組みは多くの完全変態昆虫(注2)で共通であり,さらにtraは通常ゲノム中に1コピーのみであることも共通していました.しかし本研究により,クワガタムシ科では例外的にtraが系統特異的な重複(コピー数の増加)を起こしていること,さらに複数種で雌雄が同一の機能的なTraタンパク質を発現するという,従来の性特異的発現様式からの逸脱が明らかとなりました.これらは,クワガタムシ科独自でtraのコピー数増加や発現様式の変化が進化したことを意味しています.

 本成果は,昆虫の性決定カスケードが一般的に考えられていたよりもはるかに可塑的であることを示しており,traを中心とした性決定機構の進化的変化を研究する上で重要な成果です.

図1. 本研究のまとめ  クワガタムシ科5種においてtraの発現パターンと数を調べたところ,「ゲノム中に1つのtra を有し,オスとメスで異なるtra アイソフォーム(注3)を発現する」という他の甲虫類(カブトムシやコクヌストモドキ)と同じく典型的な発現パターンを示す種類(チビクワガタ)に加え,発現パターンが異なる(マグソクワガタ),遺伝子数が異なる(コクワガタとノコギリクワガタ),発現パターンも遺伝子数も異なる(オキナワノコギリクワガタ)という様々なパターンが発見されました.

【研究背景】

 多くの動物では「性」つまりオスとメスを決めるためのメカニズムである「性決定機構」が存在します.昆虫における性決定は,主要遺伝子の“性特異的スプライシング(注3)”によって制御されており,特に traは,メスでのみ機能的タンパク質が産生され「メス化」に中心的役割を担います.一般に tra はゲノム中に1つのみ存在し,これまでハチ・アリなど膜翅目(ハチ目)の一部の系統に限られて遺伝子重複による遺伝子数の増加が報告されていました.一方で,鱗翅目(チョウ目)ではtra はゲノム中から消失しています.このように,traは性決定機構の重要な遺伝子でありながら,系統特異的な遺伝子数の増加や,遺伝子の消失もみられる点で,「性決定機構の多様化の鍵」と呼ばれる遺伝子です.

 これまでにクワガタムシにおいても,他の昆虫で従来知られている通り,「メスでのみ機能型が発現し」「メス化に必須」であることが,コクワガタを用いた当研究室の研究で明らかになっていました.

【研究の成果】

 本研究では,クワガタムシ科の複数種を対象に RNA-seq を用いて traのコピー数とスプライシングアイソフォームの解析を行いました.その結果,これまで膜翅目でのみ知られていた traの重複が,クワガタムシ科でも独立して生じていることを世界で初めて明らかにしました.

 また,一部のクワガタムシ種では雌雄で同一の tra アイソフォームが発現しており,これまで昆虫においてほぼ普遍的とされてきた「メス特異的な機能的Traタンパク質の発現」という図式が崩れていることが判明しました.特に完全変態昆虫において tra の重複と発現パターンの変化が確認されたのは本研究が初めてであり,性決定カスケードの進化的柔軟性を示す好例です.これらの結果は,昆虫における性分化機構が従来考えられていたよりも遥かに多様であることを示しており,性決定機構の多様化とその進化を研究する上で重要な成果といえます。

【今後の展望と波及効果】

 本研究によって,クワガタムシ科は従来の昆虫とは異なる独自の性決定機構を持ち得る可能性が示唆されました.特に本研究の発見から,「一部のクワガタ種ではメス化をもたらすtra がオスで発現しているのに,なぜオスはオスとして発生できるのか?」という謎が新たに生じました.従来モデルでは「メスのみでメス化機能する」ことが前提であった tra がオスでも同一アイソフォームを発現する理由や生理的意義を明らかにすることで,未知の性決定の仕組みが明らかになる可能性があります.また,遺伝子重複により増加したtra がどのような機能を有しているのかも今後明らかにしていきたいと考えています.

【論文情報】

掲載誌名: Zoological Science

論文タイトル: Lineage-specific Gene Expansion and Atypical Expression Pattern of Feminizing Gene transformer in Stag Beetles

著者: Itsuki Ohtsu, Hayato Kondo, Yasuhiko Chikami, Hideo Dohra,Hiroki Gotoh

DOI: doi.org/10.2108/zs250011

【研究助成】

科研費:基盤研究(C)21K05626 

「メス化遺伝子」 がオスで発現しても正常に「オス化」できる分子制御機構とは?

代表:後藤寛貴

Academist クラウドファンディング

クワガタムシの「カッコ良さ」の源を解明したい!

後藤寛貴

【用語説明】

注1:遺伝子重複

遺伝子がコピーされることで数が増える現象を「遺伝子重複」といい,重複した遺伝子は進化の過程で新たな機能を獲得したり,元の遺伝子の機能を分担したりする役割を担うことがあります.生物の新しい形質や機能の進化にとって重要なプロセスであり,今回の研究が示した tra の重複もその一例である可能性があります.

注2:完全変態昆虫(Holometabola)

幼虫から蛹を経て成虫になる昆虫のグループをいいます.

注3:アイソフォームとスプライシング

多くの遺伝子は,1つの遺伝子から複数種類の mRNA が作られる「選択的スプライシング」によって,多様なタンパク質を生み出すことができきます.このような同じ遺伝子由来で構造の一部が異なるタンパク質の種類を「アイソフォーム(isoform)」と呼びます.性決定に関わる遺伝子では,雌雄で異なるスプライシングが起こり,それぞれ異なる機能をもつアイソフォームが産生されることが多くなります.

【関連リンク】

後藤寛貴研究室(静岡大学 理学部)

静岡大学 理学部

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本社所在地
静岡県静岡市駿河区大谷836
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代表者名
日詰 一幸
上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月