【福岡大学】豪雨や災害の実態と備えー「正常性バイアス」と「同調」が避難を遅らせてしまうー
近年、各地で頻発する豪雨は、私たちの暮らしに大きな影響を及ぼしています。しかし、その仕組みや危険性を正しく理解する機会は多くありません。
そこで本企画では、専門分野の異なる5人の教員が、豪雨や災害等の実態とリスク、対応策等を本学の取り組みを通してお伝えします。「知ることは備えること」。一人一人の判断や行動を支える力になればと考えています。
今回は、福岡大学人文学部文化学科の縄田健悟准教授(専門:社会心理学、集団心理学)に話を聞きました。
<緊急時に起きる心の働き「正常性バイアス」>
想像してみてください。あなたの住む地域で警報級の大雨や河川の氾濫が予想されています。自治体はすでに避難所を開設しています。このような状況で、あなたは迷わず避難できますか?
こうした事態に直面したとき、人はまず「まさか自分が被害に遭うはずはない」「まだ大丈夫なレベルだ」と考えてしまいます。心理学では、これを「正常性バイアスが働いている状態」と言います。
「正常性バイアス」は、人の性格の問題ではなく、人間に共通する心の働きです。緊急時には誰にでも同じような心理状態が起こり得ます。
「正常性バイアス」が働くと、人間は危険な状況を過小評価して、普段どおりの行動を続けようとするため、これが緊急時の避難の遅れにつながる要因の一つと考えられています。
東日本大震災でも、切迫した状況下で警報が避難行動に十分につながらなかったケースがありました。その背景の一つに「正常性バイアス」が関わっていたことが指摘されています。

<周囲に合わせて自分の行動を決める「同調」>
「正常性バイアス」に加えて、避難時に起こりやすい心の働きが「同調」です。自分で状況を判断しにくい場面で周囲に合わせようとする心理のことで、日常でもよく見られます。「みんながそのメニューを選んでいるから私もそれにしよう」というのも「同調」です。
「同調」は、結果として合理的で正しい判断になることも多いですが、災害時には危険につながることもあります。
例えば、初めて行った建物で災害に巻き込まれてしまったとき、よく分からないまま皆が逃げている方向に逃げる行動は「同調」です。周囲の様子を手掛かりに自分の判断を下すため、周囲が間違った行動を取れば自分も間違います。周囲の人が連鎖するように引きずられ、誤った行動が雪崩のように広がっていくことも珍しくありません。
一方で、「周りの人が急いで避難しているから自分も逃げる」というように、良い方向に働く「同調」もあります。
「同調」は、良い方向にも悪い方向にも働くので、適切な避難行動へと人々が自然に「同調」する空気づくりが重要となります。こうした空気は集団行動を説明する基本的な概念の一つで、心理学では「規範」と呼ばれています。
<空振りが続くと起きやすい「オオカミ少年効果」>
豪雨のアラートは広い範囲に向けたものが多く、実際に被害が出ない場合も少なくありません。そのような“空振り”が繰り返されると、次第に「どうせ今回も違うだろう」と考えるようになり、避難が遅れるケースが報告されています。この心理状態は「オオカミ少年効果」と呼ばれ、避難行動の妨げになることがあります。
だからといって警報を出さないわけにはいきません。かつては住民の間にパニックが起きることを懸念して、避難勧告の発出には慎重な姿勢が取られていました。しかし、東日本大震災以降は、命を守ることが最優先とされ、強い表現で早めの避難を促すようになっています。
その背景には、「緊急時に人間はなかなか逃げない」という過去の災害経験が踏まえられたことがあります。


<「“空振り”で済んで良かったね」「よく避難したね」と褒められる社会へ>
私たちは、避難したけれど結果的に避難の必要が無かった、いわゆる“空振り”のときに「大げさ過ぎる」と考えがちです。“空振り”を恐れ、慎重に行動しようとします。
縄田先生は、「確率の低い危険から身を守るということは、実は“空振り”だらけなんです。例えば、車の事故が起こる確率は非常に高いわけではありませんが、シートベルトをすることで万が一の時に命を守ることができます。そのためのひと手間は、“空振り”でも必要なことなんです」と力を込めます。
「『緊急時には逃げるのが当たり前で結果的にはその方が良い』という価値観を社会全体として共有していくことが必要だと思います。『避難しなくて大丈夫だったじゃないか』ではなく、『何もなくて良かった』『“空振り”で済んで良かったね』という意識の変容や、社会的な規範作りが大切です。すぐに避難するということは、素晴らしいことができているねって、褒められるようなことなんです」。
<「正常性バイアス」と「同調」を知り、“空振り”を恐れない>
「正常性バイアス」は、緊急事態で起きるものです。緊急事態という「いざ」に備えるためにも、自分も「正常性バイアス」に陥る可能性があることを日常から認識しておくことが大切です。
「人間は、逃げるべき場面でさえ『逃げない』方を選びがちです。そういう心の働きがあるんだということを知っておくことが大事です。『あ、私、逃げないな』と自分を客観的に見ることができれば、『「同調」が起きているのかも』『「正常性バイアス」が働いているのかも』と気付けますし、『やっぱり逃げた方がいいかな』と考え直すきっかけになると思います」と縄田先生は話します。
「「同調」は良いものにも悪いものにも揺れ動くものだし、「正常性バイアス」は人間がもともと持っている当然の心理状態なんだ」と知っておくだけでも、災害時に落ち着いて行動できそうです。
予報や警報を受け取った時、私たちには、「正常性バイアス」が働き、「同調」が起きている可能性があります。同時に、「オオカミ少年効果」を疑い、“空振り”を恐れています。こうした心理状態は、特別なものではなく誰にでも起こり得るものです。だからこそ「避難するほどではない」と考えるのではなく、「少し早いかな」と思う段階で行動する。その意識こそが、自分や大切な人の命を守ることにつながるのです。
◎ミニ情報◎
心理学は、心から生まれる人の振る舞いを研究する学問です。人が何を考え、どのように行動するのかを理解しなければ、より良い社会づくりはできません。私たちが「何となくそう感じる」と思っていることの一部は、心理学によって科学的に整理することができます。
例えば、「日本人は空気を読み、協調性を重んじるため、同調圧力が強い」とよく言われます。しかし、「同調」はどの国や地域でも生じるものであり、「日本人だけが同調しやすいわけではない」ことを示す研究結果もあります。
だから、「日本人だから同調圧力に弱い」などと国民性だけで説明するのではなく、置かれた状況の違いや個人差に目を向けることが大事です。
【関連リンク】
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