今からでも遅くない!各産業のゲームチェンジャーとなりえる量子技術の導入・R&D投資は最新萌芽技術の選択が決め手⑦(全8回)~世界の研究開発動向と有望技術解説~
第7回 量子材料・量子派生技術が可能にする量子技術と異分野の融合
<目次> ・量子材料・量子科学理論・量子生命科学・量子派生技術による量子技術と異分野の融合とは ・領域における主要な国の研究開発費とロードマップ ・各国の研究投資動向 ―国別グラント推移 ―国別グラントランキング ―グラント流入機関ランキング(世界・日本) |
量子材料・量子科学理論・量子生命科学・量子派生技術による量子技術と異分野の融合とは
量子材料(Quantum materials)とは、量子状態を精密制御することで機能を発現する物性・材料であり、メタマテリアルも含む広義の「材料」を示す言葉として使われます。近年のナノテクノロジー技術の発展に伴い、1原子単位の制御が可能になってきたことや、位相幾何学(トポロジー)の数学的概念が導入され、新たな量子物質の探索や現象理解に関する研究が急速に進んできたことで、先進国を中心として国際競争が激化しています。次世代のデバイス開発や、今までにない新たな物性をもつ材料の創成など、様々な成長産業における「ものづくり」の高付加価値化につながる有望な技術領域として位置付けられます。
これまでのレポートで紹介した様に、量子コンピュータは現在、Google、IBM、Intel、Rigetti Computingの4社が開発を競っていますが、デバイス構造・量子ビット操作の方式は様々で、例えば先行するGoogle、IBMは極低温での超伝導回路を用い、Intelはシリコンを用いたデバイス、Microsoftはトポロジカル材料により生成する量子ビットを用い、さらには欠陥ダイヤモンドなどの新規材料に生成する量子ビットを用いた方式なども提案されています。現状では、どの材料系も一長一短であり、量子制御がより堅牢で容易な革新的量子材料が待ち望まれており、各国で基盤研究としての研究投資が進んでいます。特に最近では窒素空孔(N-Vセンタ)ダイヤモンド材料の技術は欠陥一つ一つのスピンを室温で安定的に操作・検出できることから、超高感度磁場センサー、量子メモリ、バイオマーカー等への応用も期待され、注目されています。この人工の欠陥ダイヤモンドの成長技術では、Element Six(米)などとともに、日本国内でも京都大学や産総研や住友電工などで高純度の欠陥ダイヤモンド材料を開発し量子センサー用途へ応用するなど、欠陥ダイヤモンド応用技術においては世界をリードする材料技術を有します。また、量子中継器や、量子メモリや、量子もつれ制御等の技術でも、大阪大学や NTT、NICT 等が原理実証で世界を先導しています。また、トポロジカル材料や超伝導材料の革新は、量子化学計算の高速化によるデータドリブン型の材料・合成化学・製薬の開発へのパラダイムシフトを起こす可能性があり、また高温伝導材料の開拓や電力輸送の超省エネ化や、スピントロ二クス材料の進展による長寿命・超小型ウェラブルデバイスの発展や、蓄電材料の進化による再生可能エネルギーの普及拡大など広くインパクトを当てえる可能性があります。
また、これら材料を応用した量子派生技術とは、量子基盤技術と既存の様々な技術とを融合・連携させ、これまでに紹介した重要領域および新たなまだ見ぬ領域へと応用を派生展開させた技術領域であり、例えば量子センサー・センシング用途としての応用例として、微小磁場検出センサーによる地下鉱脈/海底鉱脈の捜索や地殻変動の検出、GPSに代わる量子慣性センサー(重力センサー/ジャイロセンサー航空/微小磁場センサー)による、航空機や自動車などのモビリティの高精度姿勢制御/高精度位置情報測定の実現、動物の嗅覚レベルの匂いなど超高感度微量化学センサーによる爆薬・麻薬検知や、食品管理の高精度化と食品ロスの低減などが考えられます。また、医療分野などへの応用を想定した分野としては、超小型/ハンディMRIによる医療の進展や、新種の病原菌の細胞レベルの理解からガンの検出やワクチンの開発、病変/腫瘍/病気の前兆/細胞の状態を検知、細胞レベルの活動の理解による生命科学の深化などが挙げられ、この、量子技術と生命・医療等とを融合し、生命現象を細胞レベルで機能を解明して医療技術や環境技術の革新につなげることを目指した「量子生命技術」(Quantum Life Science)については、近年活発化し始めた領域ですが、世界をリードする日本の量子基盤技術・量子材料技術を活用し、異分野融合領域を牽引できる次世代の研究人材を育成することも重要です。
量子材料センサー科学理論・量子生命科学・量子派生技術領域における主要な国の研究開発費とロードマップ
この量子材料・量子科学理論・量子生命科学・量子派生技術領域への未来技術開発に対する投資額として国費からの支出である世界の研究費(グラント)の2009年以降の推移を示しました。材料およびデバイス領域の開発が中心であるこの領域は、量子コンピュータや量子ネットワークの投資が大きな国を中心に投資額としても大きいですが、計算科学やセンシングなど量子技術全般への波及効果が高い基礎技術である量子材料技術への研究投資を軸としながら、応用が比較的早いとされるセンサー・センシング領域には量子コンピュータや量子通信よりも大きな研究グラントの投資が進んでおり、量子材料の基盤技術での進展とともに、量子コンピュータ・量子通信の技術や、より高精度・高安定性の量子センサー開発が進展すると考えられます。また、量子派生技術の中でも、特に量子センサー・量子センシング分野については社会へ実装される応用面でも早期の実用化の可能性が高く、応用面を中心にした投資が今後も加速すると期待されます。
国別グラント額推移(2009-2018:USD換算)
量子材料・量子派生技術関連重大ニュース 2011:山形大学理学部の佐々木実教授が韓国・大邱大学など共同でビスマス系化合物の「トポロジカル絶縁体」を作製。大阪大学の安藤陽一教授らも銅とビスマス、セレンからなる新しいトポロジカル超電導体の開発に成功。 2015:NTT物性科学基礎研究所がピンクダイヤ(NV中心)で、生体分子など様々な物質の構造や磁気的性質が観察できる可能性を理論計算で求め発表 2016:「物質のトポロジカル相とトポロジカル相転移の理論的発見」でノーベル物理学賞を米ワシントン大学のデビット・サウレス氏など米国の3氏が受賞。 2017:米IBMは17個の「量子ビット」を備えたプロセッサーを試作したと発表。米マイクロソフトは「トポロジカル物質」をプロセッサーに使った量子コンピュータ技術を発表 |
各国の研究投資動向
世界における量子材料・量子科学理論・量子生命科学・量子派生関連技術に対する、グラントの国別推計では、世界全体で総額US$ 21.5 Bilが直近10年で国からの研究費として支出されており、量子技術全般で先行企業の多くを有する米国が最も多いが、一方で、中国や次代の中心産業創生を目指す英国、さらにはデバイス・材料面でも強みを持つ日本においても多くの研究投資を行っており、実用化も近いことから競争が過熱しています。また、スイスやフランスなどでも年々投資額が上昇しており、量子コンピュータ分野とは違い、技術革新が起きた時に量子コンピュータや量子センシングなど量子技術全般に波及効果の大きな基盤技術に対して各国が研究投資を行っており、人材面も含めて強みを持つ応用技術分野がある国においてはセンシングやビジュアライゼーションなどの派生技術へも注力し、ビジネスチャンスを狙っている状況にあります。日本は量子コンピュータや量子通信技術の研究開発の過程で、材料・デバイスの側面から量子センシング技術に対しても先行的に投資を行ってきた経緯があり、世界的にもリードした技術を保有していることから、今後も実用化に向けた継続的なグラントの投資が行われ、継続的な人材の育成と量子材料・量子派生技術の強みを維持していくと考えられます。
世界グラント推計ランキング
量子材料・量子科学理論・量子生命科学・量子派生技術の対象としては、欠陥ダイヤモンド(NV中心等)、トポロジカル量子物質、スピントロ二クス材料、フォトニクス材料など、量子コンピュータや量子センサーなどにもつながる基礎研究としての量子材料技術と、派生技術としての量子センシング、センシングやビジュアライゼーションを応用した量子生命科学、量子情報を保持する量子メモリ、半導体微粒子を用いた量子ドットレーザーとその加工技術など、多岐にわたります。量子材料の基礎技術については、量子コンピューティング、量子センシング、エレクトロニクス分野の革新などにおいてこれまでにないレベルでの機能の実現が期待されることから、先進国全般で進展しています。特に、ダイヤモンドの欠陥において室温でも安定して生成するスピン量子や、トポロジカル量子物質などはブレークスルーへの期待が高く、応用分野への波及効果が高いことから、人材育成や自由度の高い基礎研究環境づくりを含めて、各国で技術基盤整備が促進されつつあります。
米国では量子コンピュータや量子ネットワークの研究で比較的優位なMITに加え、UC群においてはトポロジカル材料、磁性体、スピン流、センシングなど、基礎から応用まで量子技術の幅広いテーマに渡って投資されています。他にも各領域で特色のある大学にも大型投資を行っており、フロリダ州立大での磁性センシングの応用研究などに大型投資が進められています。中国では中国科学技術大や复旦大を中心にスピントロ二クス材料を利用したイメージング応用技術開発や、上海交通大学においてトポロジカル量子材料や、フェムト秒・アト秒などの極短パルスを応用したイメージングなどへの大型研究投資が国家戦略として進められています。大規模な量子研究センターを特定の大学に設置する戦略をとる英国では、量子技術の中心的な立ち位置をとるオックスフォード大のみならず、バーミンガム大は量子センサー・測定技術、グラスゴー大は量子カメラや量子イメージングシステムといった可視化への量子応用技術研究ハブとして位置づけ、領域別での集中投資・産学連携研究が進められています。スイスでは、バーゼル大学においては基本的な量子コンピュータの情報ユニットとなる量子ビットの研究を行っているほか、スイス連邦工科大学チューリッヒ校においても、量子コンピューティングへの応用を視野に入れたトポロジカル絶縁体の研究に取り組んでおり、量子技術の中でも比較的基盤技術分野への投資が中心的です。
日本では、比較的高い研究費を量子基盤技術に投資しており、特に東京大、理研や、京都大などを中心に、量子ドット/スピントロ二クスの要素技術や、フェムト秒アト秒レーザー開発、トポロジカル絶縁体・超伝導体に関する基盤技術などに大きな投資を行っているほか、最近では窒素-空孔欠陥ダイヤモンドを用いたセンシング材料技術を中心に投資がなされており、量子コンピュータ・量子通信関連技術で先行する東京大、理研、大阪大、京都大、筑波大などへの基盤技術への投資が多い状況です。一方、量子センシングで注目される領域の生物や地球科学への応用に関連する研究投資があまり見られない状況にあります。
米国、欧州、中国においても研究開発が活発化する中、量子材料の技術領域においては、日本国内の大学・研究機関で質の高い研究がおこなわれており、人材層の厚みもあり、国際競争力を保持していると評価されています。こうした、日本の強みを持つ技術領域を基盤として、量子技術の中でも比較的実用化の早い技術とされている量子センシング領域や、センシング技術を応用した量子生命技術などへの応用まで先駆けて取り組み、高齢化の進展や医療費の高騰といった日本の社会問題の解決につなげていくことができれば、同様の社会課題をもつ他国に対してリードできる可能性があり、強みとなる基盤技術を軸とした投資と人材の育成が重要と考えられます。
「量子材料・量子科学理論・量子生命科学・量子派生技術」グラント資金流入額上位10機関(世界)
「量子材料・量子科学理論・量子生命科学・量子派生技術」グラント(科研費)資金流入額上位7機関(日本)
これらの上位研究機関は、既に研究資金とは別に特定の大型プロジェクトや企業との共同研究が展開されていることが世界的に多く、投資により技術と人材のネットワークハブを形成し、そこで生まれた技術や人のつながりが新たな投資を生むという技術開発の好循環を生み出す中心地として機能することから、このコミュニティの成熟が量子技術の発展において重要です。今後、量子材料・量子派生技術の日本の存在感をさらに高めるためには、これらの研究機関への集中的な投資と、企業-アカデミア間での人材交流を含めた量子材料・量子科学理論・量子生命科学・量子派生技術の活用を目指す横断的応用技術開発の中心を担う境界領域での人材育成が重要です。第8回では、同領域における技術詳細について解説いたします。
(アスタミューゼ㈱テクノロジーインテリジェンス部 川口伸明、米谷真人、*福永元)
【本件に対する問い合わせ】
アスタミューゼ株式会社 経営企画室 広報担当 E-Mail: press@astamuse.co.jp
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