モニタリングサイト1000里地調査2005-2022年度 とりまとめ報告書 「チョウや鳥たちが急減、気候変動の影響も」
~深まる「普通種」の危機、農地の保全策が急務~
日本自然保護協会(NACS-J)と環境省は、「モニタリングサイト1000第4期とりまとめ報告書概要版及びモニタリングサイト1000里地調査2005-2022年度とりまとめ報告書」を公表しました。これに関し、NACS-Jが事務局を務めるモニタリングサイト1000里地調査のとりまとめについて解説いたします。
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モニタリングサイト1000里地調査2005-2022年度 とりまとめ報告書
日本自然保護協会が事務局を務める、全国の里山市民調査「重要生態系監視地域モニタリング推進事業(里地調査)(環境省事業。以下、モニタリングサイト1000里地調査」)」で、2005~2022年度の全国325か所の調査サイトから得られたデータから、日本の里山において、チョウやホタルなどの昆虫類、鳥類、植物相などの身近な生物種の多くが減少傾向にあることが示された。
チョウ類では評価対象種(103種)のうち約3分の1(34種)が、鳥類では評価対象種(106種)のうち約15%(16種)が、「10年あたり30%以上の減少率」であり、個体数が急減していることが確認された。これらの数値は、環境省の絶滅危惧種の判定基準を満たしうる値であった。この中には、チョウ類ではオオムラサキ・イチモンジセセリ・ヒカゲチョウ・アカタテハ、鳥類ではセグロセキレイ・ホトトギス・スズメなど、身近な場所でみられる「普通種」が多数含まれていた。今回減少傾向が示された多くの生物種は、最新の環境省レッドリストには掲載されていない「普通種」だった。
生息・生育環境別の解析では、農地や草原、湿地など開けた環境に生息・生育する種の減少傾向が目立ち、鳥類・チョウ類・植物の3分類群で共通していた。チョウ類や鳥類のほかに、良好な水辺環境の指標種(ホタル類、アカガエル類)や良好な草原環境の指標種(ノウサギ、カヤネズミ)の減少傾向も顕著であった。
このような里地調査サイトでの生物多様性の損失の多くは、すでに5年前の報告書で示されていたものだが、今回の調査で、その危機的状況がさらに深まっていることが明らかとなった。
現時点では個体数が比較的多い普通種が、10年で30%以上もの速さで個体数が減っているという傾向を見いだせたのは、18年間、全国の調査サイトにおいて、各地域の市民調査員が継続的に緻密なモニタリングをしてきた成果といえる。
これらの結果は、2024年10月1日発行の「2005-2022年度とりまとめ報告書(以下、とりまとめ報告書)」に盛り込まれている。
解析結果から分かったこと
▽ 気候変動の影響
2008~2022年の日本全国の年平均気温は上昇傾向にあった。この気温の上昇が、里山の生態系と生物多様性に影響を及ぼしていると考えられる変化がみられた。例えば、植物・チョウ類・鳥類では、気温の上昇が大きい調査サイトほど草原性の種の記録種数が減少する傾向が確認された。また、南方系チョウ類(主に熱帯・亜熱帯まで生息する種)の個体数が年々増加傾向にあること、生息する気温帯が限られる鳥類ほど個体数の減少率が大きいこと、アカガエル類の初産卵日が冬期の気温と関係して変化し、10年あたり5日から10日程度早まっていたことなどが明らかとなった。
▽ 生物多様性の急減、世界の傾向とも一致
世界自然保護基金などによるLiving Planet Report 2022において「世界全体で、過去48年間で野生生物の個体数が69 %減少」していることが報告されている。国際機関「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)」は、「100万種が絶滅の危機」にあり、その主な原因は、土地と海の利用の変化、生物の直接採取(漁獲、狩猟含む)、気候変動、人間活動に起因する汚染・外来種の侵入などであると報告している(IPBES, 2019)。また、世界中で昆虫が急速に減少していること(グールソン, 2022)や、欧州・北米では、農地・草地に生息する鳥類が最も顕著に減少していることが報告されている(BirdLife International, 2022)。今回の調査結果によって、これらの世界的な生物多様性の危機が、日本の里地里山においても例外ではないことが改めて示された。
▽ 農地など「開けた環境」に生息する生物種の急減
今回の解析結果から、日本の里地里山の中でも、農地・草地・湿地など開けた環境の植物・鳥類・チョウ類・カエル類・ホタル類が急速に減少していることが分かった。これらの場所での生物多様性の損失の多くもすでに5年前の報告書で示されていたものだが、その危機的状況がさらに悪化していることが明らかとなった。
▽ 里地里山の管理放棄の進行と、外来種・大型哺乳類の分布拡大
全国の調査サイトに対して実施したアンケート調査の結果から、調査地の中では「管理放棄された里地里山」が大半を占めることがわかり、特に二次林(回答のあった調査サイトのうち約9割に含まれていた。以下同じ)、人工林・溜池・水田(約6~7割)における管理放棄が顕著であった。管理放棄の生物種への影響を解析した結果、繁殖期に森林と開けた環境の両方を利用する鳥類では、統計的に有意な差は認められなかったものの、管理放棄地を含むサイトの方が個体数の減少率がやや大きい傾向にあった。今後より詳細なデータを取得し、さらなる解析を進めていく必要がある。
また、里山生態系への影響が懸念されるアライグマ・ガビチョウ類などの外来種や、大型哺乳類のイノシシ・ニホンジカは記録される個体数の増加や分布の拡大が確認された。
▽ 市民による保全活動が進む
全国の調査サイトでは、市民によるデータ活用と里山保全活動が活発に行われ、そうした活動事例数は年々増加し、2022年度には約6割の調査サイトで里地調査の成果が活用されていた。約4割の調査サイトで、ボランティアによる水田・二次林・草原などの管理が行われていた他、調査活動以外の保全活動や普及教育活動など、モニタリングだけではない多様な活動が実施されていた。このような里地調査の成果活用によって、生物多様性の改善に繋がったと報告したサイトが10.7%(18か所)あり、この中にはニホンジカや外来種の防除によって希少種等を保全した事例や、開発計画の変更を導き、ホタルの生息地を保全した事例等、市民が主体となった活動が多数含まれていた。このような市民による自主的な保全活動が、それぞれの調査サイトの生物多様性の改善につながっている実態が明らかとなった。
また、里山の生物多様性保全に貢献する有効な保全対策を検証した結果、草原性の植物・鳥類・チョウ類各種の種数を維持するためには、外部資金の獲得または獲得可能な体制が整っていることが重要であることが示唆された。一方で、保全活動の基盤となる年間の活動資金は10万円未満という回答が66%と高い一方で、生物多様性保全活動を支援する交付金・助成金を受給しているという回答は2022年度アンケート時で1割未満と、調査開始期の2012年度時の半減となるなど、保全のための資金が広く不足している状況が明らかとなった。
▽ 成果の活用が進む
モニタリングサイト1000の調査結果は、生物多様性条約に基づく「生物多様性国家戦略2023-2030」の重点施策として位置づけられ、「生物多様性及び生態系サービスの総合評価2021(JBO3)」において里地調査のデータが根拠資料として活用された。地域レベルでは、生物多様性地域戦略の策定・レッドリスト作成等において、里地調査データが根拠や基礎資料として活用され、里地調査サイトが重要地域に位置付けられるなど保全に貢献している。2005~2017年度とりまとめ報告書の効果的な発信により、主要な新聞、ニュース番組などを含む約150件のメディアに掲載され、里地里山生態系の危機を広く社会へ訴えかけた。発信を行った2019年以降、調査データのダウンロード数や学術論文の引用件数ともに大幅に増加し、2022年時点でダウンロード数は2,179件数、引用論文は124本に達し、学術研究分野でのデータ活用が拡大している。
今後の課題と提言
全国の里地里山のなかでも市民による活発な保全活動が実施されている里地調査サイトにおいても、生物多様性の損失が止まっていないことが明らかとなった。このことは、日本の里地里山全体においては、生物多様性の損失はもっと深刻である可能性を示唆している。その中でも農地や草地など開けた環境に生息する植物・鳥類・チョウ類・カエル類・ホタル類が急速に減少し、これらの環境保全が急務であることが明らかとなった。これらとりまとめ報告書の結果をうけ、里地里山の生物多様性を回復させていくために、以下を提言する。
提言1:市民によるモニタリングと保全活動を長期的に継続するため、調査体制を強化する
とりまとめ報告書は、18年にわたる長期モニタリングに基づき、把握が困難とされてきた普通種を含め、里山に生息する様々な生物種の増減傾向を明らかにした。これらの調査結果は、全国325か所の調査サイトの5,700名以上もの市民調査員の協力によって得られた大きな成果である。またそれらの市民調査員が、現場の保全活動に大きく貢献していることも明らかとなった。一方で、調査員の高齢化や後継者不足など調査体制の継続、得られたデータの活用が課題となっている。
市民調査員による調査活動と保全活動を長期的に継続するためには、調査員の意欲向上や育成、優良事例の周知などが重要となる。そのために、全国の調査員の交流促進・調査技術を向上させる機会の提供・データ活用や保全活動の優良事例の発信と共有・調査主体と行政や企業、研究機関など多様な主体との連携促進などの取組みをさらに加速させ、調査体制を強化することが求められている。
提言2:生物多様性保全に資する調査研究をさらに進め、施策や現場の保全活動に活かす
とりまとめ報告書の解析の結果、森林より農地など開けた環境の種が減少する等、生息環境間で種の増減傾向が異なることや、気候変動の影響や保全活動の効果など生物多様性に影響を与える要因の一端が明らかとなった。日本の里地里山の生物多様性保全の取組みをより実効性あるものとしていくためには、引き続き多くの研究者の協力のもと、どこでどのような種が増加・減少しているのか解明するともに、増減要因や保全策との因果関係を明らかにし、有効な保全策を検討する必要がある。そしてそれらの成果を効果的に発信・周知することによって、施策への反映や現場での保全策の実施に着実に繋げていくことが重要である。
提言3:生物多様性保全を効果的に進めるためモニタリング体制を整備し、証拠に基づく政策立案(EBPM)を推進する
生物多様性に影響を与える施策を効果的に実施するためには、生物多様性に関する客観的なデータを政策立案段階の目標設定とその進捗状況の評価のために活用し、証拠に基づく政策立案(Evidence Based Policy Making、以下EBPM)を推進していく必要がある。しかし、生物多様性保全に影響を与える施策が多数ある中で、生物多様性に関する客観的なデータを取得し、EBPMが実施されている施策は日本において、ほとんどないのが現状である。欧州では、長期モニタリングによって農地・草地性の鳥類の急速な減少が確認された(BirdLife International,2022)。これに対処するため、欧州各国政府が農地の環境保全に貢献する環境直接支払等の試みを進めるとともに(MacDonald, M. A. et al.,2019)、研究者や市民とともに大規模なモニタリングを実施し、その評価結果をこれらの制度の見直しに活用している(Batáry, P. et al.,2015)。
日本においても、保全策が急務とされる農地・草地など開けた環境の生物多様性に影響を与える施策について、生物多様性モニタリングの体制を強化し、客観的なデータに基づくEBPMを推進していく必要がある。またその際は、モニタリングサイト1000里地調査の結果の活用も検討することが望ましい。
提言4:農地・草地など開けた環境に対し有効な保全策を分野・主体横断で早急に整備し、実施する
とりまとめ報告書の解析結果から、農地や草地など開けた環境の保全が急務であることが明らかとなった。同時に、調査サイト内に管理放棄された環境を含んでいるサイトが大半を占めていることや、保全のために外部資金の獲得が有効であるにも関わらず、それらの資金獲得が不足している現状が明らかとなった。これらの環境の保全を進めるために、関連する機関や団体が連携し、保全に取り組んでいくことが重要である。
例えば行政においては、生物多様性国家戦略および生物多様性地域戦略に基づき、農地や草地など開けた環境での保全活動の推進を位置付けるとともに、これらの環境において自然共生サイトの認定、自然再生事業や生物多様性保全に貢献する河川整備、環境保全に貢献する農林業を推進する必要がある。また、草地などの環境保全を地域レベルで進めるために、保全活動団体の外部資金獲得が不十分という課題解決に向けて、従来の助成金など官民の支援の拡充が求められている。さらに、ESG投資やTNFDなどを通じて、各企業の事業の中で自然資源を活用し生物多様性保全にも貢献する事業を創出したり、人材や資金提供などを通じてこれらの環境保全活動を推進していく必要がある。
ネイチャーポジティブの実現に向け、あらゆる主体が協力して農地・草地など開けた環境で急速に損なわれている生物多様性を保全し、回復基調に導いていく必要がある。
参考情報
1.モニタリングサイト1000里地調査
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モニタリングサイト1000(重要生態系監視地域モニタリング推進事業)はわが国を代表する様々な生態系の変化状況を把握し、生物多様性保全施策への活用に資することを目的とした調査で、全国約1,000箇所のモニタリングサイトにおいて、平成15年度から長期継続的に実施している。
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里地調査は、里地里山生態系を対象として平成16年度から18箇所で調査を開始している。調査は、地元市民団体等の「市民」が主体となり、植物相、鳥類、哺乳類、チョウ類、水環境等の複数の総合的な項目について実施している。
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平成20年度からは、調査サイトを拡大して全国規模の調査を開始しており、令和4年度(2022年度)時点では、全国227箇所で調査を実施した。なお、調査の事務局は(公財)日本自然保護協会がつとめている。
2.とりまとめの方法
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モニタリングサイト1000は5年に1度を節目として、生態系毎にそれまでの調査成果をとりまとめることとしている。里地調査では、令和4年度(2022年度)に4回目のとりまとめを実施した。とりまとめにあたっては、生物多様性国家戦略・愛知目標の達成度評価、および生物多様性条約国別報告書等や、気候変動の影響への適応計画への貢献を目的に、これまでの調査成果や各調査サイトへのアンケート結果を整理した。
<参考>公益財団法人 日本自然保護協会について
自然保護と生物多様性保全を目的に、1951年に創立された日本で最も歴史のある自然保護団体のひとつ。ダム計画が進められていた尾瀬の自然保護を皮切りに、屋久島や小笠原、白神山地などでも活動を続けて世界自然遺産登録への礎を築き、今でも日本全国で壊れそうな自然を守るための様々な活動を続けています。「自然のちからで、明日をひらく。」という活動メッセージを掲げ、人と自然がともに生き、赤ちゃんから高齢者までが美しく豊かな自然に囲まれ、笑顔で生活できる社会を目指して活動しているNGOです。山から海まで、日本全国で自然を調べ、守り、活かす活動を続けています。
引用文献
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Batáry, P., Dicks, L. V., Kleijn, D., & Sutherland, W. J. (2015) The role of agri-environment schemes in conservation and environmental management. Conservation Biology, 29(4), 1006–1016.
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BirdLife International (2022) State of the World’s Birds 2022: Insights and solutions for the biodiversity crisis. Cambridge, UK: BirdLife International.
https://www.birdlife.org/wp-content/uploads/2022/09/SOWB2022_EN_compressed.pdf -
IPBES (2019) Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services.
https://www.ipbes.net/global-assessment (参照2024年9月30日)MacDonald, M. A., Angell, R., Dines, T. D., Dodd, S., Haysom, K. A., Hobson, R., Johnstone, I. G., Matthews, V., Morris, A. J., Parry, R., Shellswell, C. H., Skates, J., Tordoff, G. M., & Wilberforce, E. M. (2019) Have Welsh agri-environment schemes delivered for focal species? Results from a comprehensive monitoring programme. Journal of Applied Ecology, 56(4), 812–823
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グールソン(2022)サイレント・アース~昆虫たちの「沈黙の春」 (藤原多伽夫(訳)(ed.)). NHK出版.
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