「プラス2℃」がもたらす2040年「食クライシス」、企業の経営戦略を提言

~食の生産基盤を育てる「川上共創」と、量・質の変動に対応する「適応設計」~

株式会社日本総合研究所

 株式会社日本総合研究所(本社:東京都品川区、代表取締役社長:内川淳、以下「日本総研」)は、気候変動が食料供給と企業経営に及ぼす影響を分析し、その結果を踏まえて企業に向けた提言を示したホワイトペーパー『「プラス2℃」がもたらす2040年「食クライシス」。企業に求められる適応戦略とは?』(以下「本ホワイトペーパー」)を作成しました。
 本ホワイトペーパーは、以下からご覧になれます。
 「プラス2℃」がもたらす2040年「食クライシス」。企業に求められる適応戦略とは?

 ~「川上共創戦略」と「適応設計戦略」による食事業の再設計~
 https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/pdf/company/release/2026/1020.pdf

■背景・目的
 気候変動の影響が特に大きい産業の一つが、自然条件に生産を左右される食農産業です。高温や豪雨、干ばつの頻発化・激甚化、そして海水温の上昇などが進む中、農畜水産物は収量の低下だけでなく、外観や食味などの品質も低下し、「採れても使えない」ものが増加しています。今後、世界各地で不作が同時に発生すれば、調達先の分散といった従来のリスク対策だけでは安定的な調達を維持できない可能性があります。
 こうした中、企業は調達先の分散にとどまらず、産地への投資、生産・加工拠点の移転、商品設計の変更など対応の幅を広げ始めています。制度面でも対応が進みはじめており、2026年7月には「気候変動等対応品種法」が成立し、高温耐性や多収性などを備えた品種の育成・普及を産官学の連携で加速する枠組みが設けられました。
 気候変動への「適応」は、今や必要性を議論する段階を越え、企業の経営判断に実装する段階へ移りつつあります。そこで日本総研は、国内外の事例を分析し、食の生産基盤を産地と共に育てる「川上共創戦略」と、農畜水産物の量や質の変動に調達側の企業が柔軟に対応する「適応設計戦略」の二つの適応戦略を提言します。

■2040年代、「プラス2℃」の世界で迫る「食クライシス」
 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が示す中位から高位の温室効果ガス排出シナリオによれば、2040~50年代にかけて世界の平均気温が産業革命前と比べてプラス2℃に達する可能性があります。平均気温がわずか2℃上昇するだけで極端な自然現象の頻度は大きく増え、かつて「100年に一度」とされた高温が、ほぼ毎年起こる状態に近づきます。日本総研は、こうした「プラス2℃」の世界が現実のものとなり、食料を「作る・買う・届ける」ための前提が同時に崩れ、食の安定供給が根底から脅かされる事態を「食クライシス」と定義し、そのリスクの調査と対策の提言に取り組んでいます。
 「作る」面では、高温や水不足によって農畜水産物の収量が減少するほか、着色不良、変形、食味の低下などが増え、収穫できても規格を満たさない「採れても使えない」農畜水産物が増加します。また、生産の適地が北や高地へ移った場合でも、選果場、加工場、冷蔵倉庫、物流網などのインフラや職人の技、地域ブランドなどをそれに合わせて移すことは容易ではありません。産地の移動は、単なる生産場所の変更ではなく、地域の加工・雇用・食文化までを含む産地システム全体の「作り直し」になってしまうからです。
 「買う」「届ける」面で課題となるのは、複数の主要産地で不作が同時に起きた場合、調達先の分散によって別の地域から補うという従来の対応が機能しにくくなることです。2026年夏には、欧州の記録的な熱波と米国の深刻な干ばつによって、それぞれの主要な穀倉地帯が打撃を受けており、国際的な調達競争が強まりつつあります。限られた供給をめぐる争奪戦の兆候はすでに価格上昇として表れており、円安によって購買力が低下する日本企業は、必要な原料をこれまでと同じ条件で確保できなくなるリスクに直面しています。
 また、豪雨や渇水で輸送路が止まり出荷できない、高温で鮮度が落ちて販売できる期間が短くなるなど、気候変動は河川、運河、港湾、コールドチェーンなど輸送・保管の基盤にも影響するため、供給不足と食品ロスが同時に進む可能性もあります。
 難しいのが、気候変動がもたらす品質低下による「使える原料の目減り」です。これは統計に表れにくく、供給の縮小は気づかれないまま進みます。その影響は、時間差を伴う値上げに加え、突然の「欠品」として売り場に表れます。特に需給が逼迫した局面では、「品薄らしい」という情報をきっかけに必要以上の買いだめを促進してしまうこともあります。この問題はすでに顕在化しており、企業には早急な対応が求められます。
 産地の集中、最小限の在庫、厳格な規格といった、効率で最適化された食料システムが、食クライシスの下では最大の脆弱性となります。企業には、調達の軸をコスト最小化から供給継続性に移し、ビジネスの構造を抜本的に見直すことが求められています。

■企業に求められる二つの適応戦略
 本ホワイトペーパーでは、食クライシスに備えて企業に求められる対応を、食の生産基盤を産地と共に「育てる」川上共創戦略と、農畜水産物の質や量の変動を調達側の事業の中で柔軟に「吸収する」適応設計戦略の二つに整理しました。前者は、農畜水産物を「どこで・何を・どう作るか」にまで踏み込み、中長期の供給力を確保する戦略、後者は、商品・調達・売り場の設計を見直し、足元の変動を受け止める戦略です。時間軸の異なる両輪を同時並行で進めることが肝要です。

1.食の生産基盤を産地と共に育てる「川上共創戦略」
 気候変動の負荷は、人手不足や低収益に直面する一次産業に集中します。しかし、産地が供給力を失えば、食品メーカー、商社、流通・小売、外食といった川中・川下の企業は調達先そのものを失います。川上への関与は社会貢献ではなく、自社の調達、事業継続のための投資として経営計画に位置付ける必要があります。
 川上共創戦略(図表1)では、農畜水産物の「作り方」を構成する三つの要素である「どこで作るか(産地)」「何を作るか(品種)」「どう作るか(生産方式)」に、川中・川下の企業が踏み込みます。いずれの要素でも、契約・支援、共同投資、自社参入と、関与の深さを選ぶことができます。

      (図表1)川上共創戦略の考え方: 「作り方」の3つの要素 × 関与の深さ

・産地(どこで作るか)
 調達の分散軸を「産地」から「気候」へ切り替え、既存産地を守りながら、異なる気候条件を持つ「次の適地」を川中・川下の企業が先回りして育てる必要があります。企業には、新産地での試験栽培や販路の確保といった契約・支援、生産法人立ち上げの共同出資、冷涼地への生産・加工拠点移転時の自社参入など、完成した原料を購入する「買い手」にとどまらず、産地形成を主導する役割まで担うことが求められます。新たな産地づくりは、遊休農地の活用や雇用の創出を通じて、地域の活性化にもつながります。
・品種(何を作るか)
 高温耐性品種などの開発には長い期間を要し、その普及には安定した販売先が必要です。企業には、完成した品種を「待つ」のではなく、加工適性の共同検証、複数年の引き取り、共同開発、自社参入などを通じて、必要な品種を「一緒につくる・自ら持つ」ことが求められます。2026年7月に成立した気候変動等対応品種法でも、実需者の意見を反映しながら、産官学の連携により重要品種の育成・普及を進める方針が示されています。
・生産方式(どう作るか)
 植物工場や陸上養殖など、環境を制御して気候変動の影響を受けにくくした生産方式を「次世代の産地」として供給源に組み込むことも有効です。ただし、エネルギーコストと販路が事業の成否を分けるため、契約・支援から自社参入まで、関与の深さを段階的に上げることが望ましいと考えられます。すでに小売事業者が植物工場を自ら導入し、店舗へ直結させる動きも出ています。

2.農畜水産物の量や質の変動を事業の中で吸収する「適応設計戦略」
 決まった農畜水産物が、決まった品質で、決まった時期に入るという前提を見直し、調達から売り場、食卓に至るまでのどこでそれらの変動を受け止めるかを設計する戦略です。本ホワイトペーパーでは、変動を受け止める手段を、次の四つのアプローチとして整理しました(図表2)。


      (図表2)適応設計戦略の考え方: 変動を受け止める四4つのアプローチ

①Flex(しなやかにする)
農畜水産物の量や質が変わっても、同じおいしさの商品を届け続けられるようにする
 農畜水産物の量・質・産地が変動することを前提に、商品および調達する農畜水産物の品質に「幅」を持たせます。複数の産地や品種で同じ味を実現できるレシピ、味や栄養に影響しない見た目や物流効率に由来する規格の再定義、海外の気象・作況変化を早期に捉え、原料の価格・調達量・品質への影響を先読みするなどの対応によって、原料の変化を事業の中で吸収します。「同じ原料を買う」ことから、「変わる原料から同じ価値を設計する」ことに、調達の方針を転換することになります。
②Replace(置き換える)
供給が不安定な農畜水産物を、別の素材や必要な成分に置き換えて補う
 供給リスクの高い農畜水産物を、別の素材に置き換える「代替」による調達戦略です。また、必要な成分だけを調達・補完することや、フードテックを活用して既存商品の品質を安定させることもこの戦略に含まれます。例えば、微生物を使って特定のたんぱく質、脂質、香料などを生産する「精密発酵」によって、高温で落ちた風味や成分を補うことも考えられます。
③Upcycle(使い切る)
規格外品や販売期限の迫った食品を生かし、限られた原料を最後まで使い切る
 高温障害などによって増加する規格外品や未利用部位を、加工食品や新たな原料として価値化します。また、気温上昇で可販時間が短くなる中、予冷・冷凍・温度履歴の可視化や需要予測、ダイナミックプライシングを活用して廃棄を減らし、「足りない」と「捨てる」が同時に起こることを防ぐ必要があります。
④Communicate(伝える)
変化の背景と価値を生活者に伝え、商品と価格への納得を得る
 新品種、新産地、規格外品、代替原料などは、その背景が伝わらなければ、従来品よりも劣る商品と受け取られる可能性があります。メーカーと小売事業者は連携して、生産者や企業の適応努力を可視化して価値に転換し、適応コストを「事業継続への投資」として理解を得ることが、価格への納得と投資回収の条件となります。

■「食クライシス」に備え、いま着手すべきこと
 産地との関係構築には年単位、品種の開発と普及には十年単位の時間を要します。食クライシスが顕在化してからでは、新たな供給基盤の構築は間に合いません。
 企業の中でも調達部門だけでなく、全社戦略として部門を横断して進める必要があります。気候変動の影響を受けやすい事業の根幹を支える原料は、企業ごとに異なります。まずは自社にとっての「重要原料」を見極め、原料ごとに「川上共創戦略」「適応設計戦略」を単独ではなく組み合わせて具体策まで策定することが重要です。これにより、産地・品種・生産方法への働きかけだけでは無くし切れないリスクに対し、商品設計や販売側でも変化を受け止めることで、供給網全体のレジリエンスを高めることができます。
 さらに、産地育成、物流インフラ、気象・生育データの整備など、一社では担いきれない領域については、競争領域と協調領域を切り分け、企業、生産者、小売事業者、行政、金融機関、研究機関が連携して取り組むことが求められます。
 また、生活者も「新品種や新産地の商品を試す」「味や安全性に問題のない色・形・サイズの違いを受け入れる」「適応に取り組む企業や生産者の商品を継続的に選ぶ」といった「応援消費」を通じて、市場を変える主体となります。企業にとっては、こうした需要を売り場で育てることが、川上共創への投資を成立させる条件となります。食クライシスは、効率一辺倒のモデルを見直し、しなやかで強靭な食料システムを築き直す機会でもあります。変化の中に機会を見いだし、事業の形を進化させられるかどうかが、2040年の食の姿を決めると考えられます。

◆日本総合研究所
 日本総合研究所は、生活者、民間企業、行政を含む多様なステークホルダーとの対話を深めながら、社会的価値の共創を目指しています。シンクタンク・コンサルティング事業では、パーパス「次世代起点でありたい未来をつくる。傾聴と対話で、多様な個をつなぎ、共にあらたな価値をつむいでいく。」を掲げ、次世代経済・政策を研究・提言する「リサーチ」、次世代経営・公共を構想・支援する「コンサルティング」、次世代社会・市場を創発・実装する「インキュベーション」を、個人間や組織間で掛け合わせることで、次世代へ向けた価値創造を強力に推進しています。

以上

■本件に関するお問い合わせ先
【報道関係者様】 広報部 山口  電話: 080-7154-5017
【一般のお客様】 リサーチ・コンサルティング部門 関  電話:080-2586-1182

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内川 淳
上場
未上場
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100億円
設立
1969年02月