大阪大学に設置した超伝導量子コンピュータ国産3号機のクラウドサービスを開始
国産部品やソフトウェアの検証・改善環境を構築し日本の量子コンピュータ開発を加速
・国産部品のテストベッドとして開発を進めてきた、大阪大学内に設置されている超伝導量子コンピュータ国産3号機を稼働しました
・本量子コンピュータのクラウドサービスを開始し、本共同研究グループのメンバーが開発してきた「トランスパイラ」、「クラウドソフトウェア」、「制御システムソフトウェア」、「アプリケーションソフトウェア」などの開発・改良・運用を進めていきます
・42機関が参画する「量子ソフトウェアコンソーシアム」におけるグループワークでの使用を開始し、量子コンピュータのユースケース探索を始め、ユーザのニーズや意見を反映しながらシステムを発展させていきます
【概要】
大阪大学(阪大)量子情報・量子生命研究センターの北川勝浩センター長(大学院基礎工学研究科 教授)、根来誠副センター長・准教授、理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センターの中村泰信センター長、産業技術総合研究所(産総研)先端半導体研究センター3D集積技術研究チームの菊地克弥研究チーム長、情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))超伝導ICT研究室の寺井弘高上席研究員、アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 スタートアップ事業本部シニアスタートアップ機械学習・量子ソリューションアーキテクト 針原佳貴氏、株式会社イーツリーズ・ジャパンの三好健文取締役、富士通株式会社量子研究所の佐藤信太郎所長、日本電信電話株式会社(NTT)コンピュータ&データサイエンス研究所の徳永裕己特別研究員、キュエル株式会社の伊藤陽介代表取締役、株式会社QunaSysの菅野恵太CTO、株式会社セックの内田諒主任らの共同研究グループは、2023年12月22日より国産3号機となる超伝導量子コンピュータのクラウドサービスを開始します。
量子コンピュータでは多くの問題を従来のコンピュータよりも大幅に短い時間で解けることが分かっています。今回、大阪大学を中心とする共同研究グループは量子コンピュータを超伝導量子ビット(注1)により構築し、クラウド経由で利用できるサービスとして公開しました。これにより、研究者が遠隔地から量子アルゴリズム(注2)を実行したり、ソフトウェアの改良・動作確認をしたり、ユースケースを探索したりすることができる環境を実現しました。
今回の超伝導量子コンピュータ国産3号機では、理研から提供された64量子ビットチップを用いています。これは2023年3月27日にクラウド公開された理研の超伝導量子コンピュータ初号機のチップと同じ設計で製造されたものです(参考:https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20230324_1)。当初、3号機には理研から提供された16量子ビットチップが装着されていましたが、11月3日に64量子ビットチップのインストールを行い、その作業状況を一般公開いたしました(図1、参考:https://www.osaka-u.ac.jp/ja/event/2023/11/10578)。また、3号機は、初号機で海外製の部品が使われていた箇所をできるだけ国産部品に置き換えており、「テストベッド」としての役割を果たしています。冷凍機以外の多くの部品を置き換えても十分高い量子ビット性能を引き出せることが確認されました。
また、今回公開する3号機では量子コンピュータの活用性を高めるため、制御装置やシステムを大きく改善しています。量子ビットを制御するためには、マイクロ波信号を送受信する「制御装置」が必要です。制御装置の設計・開発は、阪大とイーツリーズ・ジャパンが行いました。理研に設置されている初号機にも同設計の装置が用いられています。ユーザが作成したプログラムを実際の量子コンピュータで実行するには、量子ビットチップの制約などを考慮した変換処理を行って(トランスパイラ)から、計算を実行する必要があります。また、量子コンピュータをクラウドサービスとして公開し利用できるようにするには、ユーザ認証やジョブスケジューリング、実行結果を確認するインタフェースなども必要です。本共同研究グループは、量子コンピュータに必要な様々なレイヤのソフトウェアを開発し、量子コンピュータを研究室内部で利用する実験装置ではなく、システムとして外部へ提供できるようにしました。
今回のように、国産部品やソフトウェアを検証し、量子コンピュータの活用性を高めるために改善環境を構築したことは、今後の日本の量子コンピュータ開発の加速に大きく貢献するものであると期待しています。
【研究の背景】
量子コンピュータは従来のコンピュータでは計算困難な問題でも量子力学の原理を使うことで高速に解けると期待され、1980年代から理論的に研究されてきました。量子ビットと呼ばれる0と1の重ね合わせ状態(注3)を維持できるデバイスを並べ、量子ゲートと呼ばれる量子ビットに対する操作を行うことで、特定の問題群を従来に比べ少ない操作回数で高速に解くことができます(注4)。新材料開発、金融、創薬、機械学習などの様々な場面で計算の高速化ができる可能性があるため、国内外の産業界・学術界でユースケース探索が盛んに行われています。
近年、超伝導回路を量子ビットとして採用した量子コンピュータの実験が進展しており、量子ビット数の競争が激しく行われています。世界ではGoogle、IBM、中国科学技術大学、浙江大学、そしてアメリカのスタートアップであるRigettiが50量子ビット以上の制御を実現しています。その他、世界中の名だたる大学や研究機関が同規模の量子ビットの制御を目指していますが、まだ2023年12月現在で成功報告がほとんど増えていないことがこの難しさを物語っていると考えられます。
日本では、2023年3月に理研、富士通、阪大、NICT、NTT、産総研の共同開発チームが50量子ビット以上の制御を達成しました。理研、富士通、NICT、産総研らによって開発されたチップは、「2次元集積回路」と「垂直配線パッケージ」を用いており、容易に量子ビット数を増やすことを可能にする高い拡張性を備えたチップになっています。
理研に設置された初号機では一部、海外製の部品が用いられています。海外で開発された量子コンピュータも含め、量子コンピュータに多くの日本製の部品が用いられていますが、今後さらに日本製部品のプレゼンスを高めるうえで、より多くの国産部品が組み込まれても計算性能が落ちないかを調べる「テストベッド」が必要とされていました。
また、量子コンピュータをインターネット経由で実行するサービスが、IBMやアマゾン ウェブ サービス(AWS)により展開されています。実際の量子コンピュータで計算できるサービスは産業界・学術界から要望されており、このようなサービスの実現によって量子コンピュータ研究の加速が期待されます。量子コンピュータをサービスとして提供するためには、量子ビットチップの制約などを考慮した変換処理を行うトランスパイラや、ユーザや量子計算ジョブを管理するソフトウェアが必要になります。また、量子コンピュータシステムの運用に関する研究は黎明期にあります。サービスとして量子コンピュータを実際に運用し、その過程で得られる知見を蓄積し公開することは、量子コンピュータを実用化する上で不可欠です。
【研究の内容】
本研究では量子コンピュータを超伝導量子ビットにより構築し、クラウド・ネットワーク・サービスに接続し、研究者が遠隔地から量子アルゴリズムを実行したり、ソフトウェアを改良・動作確認をしたり、ユースケースを探索したりできる環境を提供することを実現しました。
初号機では海外製の部品で構成されていた低雑音電源、低温増幅器、磁気シールドなどをできるだけ国産部品に置き換えるテストベッドとしての役割を3号機は果たしており、冷凍機以外の多くの部品を置き換えても十分高い量子ビット性能をひきだすことができました。具体的には、16量子ビットのテストチップにおいて、80マイクロ秒のコヒーレンス時間(注5)、99.9%の1量子ビットゲート忠実度(注6)、98%の2量子ビットゲート忠実度、85%のドイッチュ・ジョサアルゴリズム(注7)正解率を達成しています(図2)。
3号機は当初、理研から提供された16量子ビットのテストチップのみが装着されていましたが、11月3日にチップの追加インストールを行いました。理研で製造された64量子ビットチップを3号機に輸送し、装着する作業は図1のように一般公開いたしました(参考:https://www.osaka-u.ac.jp/ja/event/2023/11/10578 )。当日は、中学生以下31名、高校生47名、阪大や阪大以外の大学・大学院に所属する大学生・大学院生144名、その他183名の方が実験室を見学されました。
その後、インストールしたチップに対する実験を行い、本チップが理研外でも問題なく稼働できることを実証しました。現在、冷凍機内に用意されている64量子ビット分のマイクロ波配線の一部は上記テストチップなどに接続して試験に用いているため、64量子ビットチップのうち48量子ビット分が接続されている状況です。そのうち37量子ビットが周波数衝突することなくコヒーレントに動作することを確認しています。
量子ビットを制御するためのマイクロ波信号を送受信する制御装置(コードネーム:QuBE)は阪大とイーツリーズ・ジャパンが設計・開発を行いました。理研に設置されている初号機は同設計の装置が用いられています。本技術は阪大発スタートアップであるキュエルへと技術移転をしており、このような大規模な量子ビットチップの制御を実現した大量製造・購入が可能な装置は世界で唯一となっています。
図3は、本研究で開発したクラウドサービスの全体図です。それぞれのコンポーネントがどの機関によって開発されているかを図中に記載しています。
本クラウドサービスは、大きく分けて次の3つの層で構成されています。
・ユーザのコンピュータでプログラミングを行うフロントエンド層
・ユーザ認証を行い、ユーザから量子計算ジョブを受け付けてジョブ管理などを行うクラウド層
・量子コンピュータやその制御を行うサーバ群からなるバックエンド層
クラウド層はAWSが管理するサーバ上で動作し、バックエンド層は阪大内に設置されたハードウェア上で動作します。
ユーザは、アプリケーションソフトウェアの一部であるQURI Parts(注8)というライブラリを利用して、量子コンピュータで実行する量子回路をプログラミングします。プログラミングには、データサイエンスの分野で利用されることが多いPython言語を利用します(図4)。
ユーザがプログラムを実行すると、OpenQASM(注9)という形式(図5)に変換され、量子計算ジョブをAWS上にある「クラウドサーバ」にアップロードします。クラウドサーバは量子計算ジョブを、データベースに保存します。
バックエンド層の「エッジサーバ」はクラウドサーバから量子計算ジョブを取得し、適切なタイミングで実行するようスケジューリングします。エッジサーバは柔軟なインタフェース設計により、トランスパイラやスケジューラを適宜切り替えることができます。
トランスパイラソフトウェアである「ouqu-tp」は量子ビットの物理的な接続性や利用可能なゲートを考慮し、量子回路を実際の超伝導量子コンピュータ実機の様々な制約下で実行できるプログラムに変換します。エッジサーバは制御システムソフトウェアの一部である「measurement tool」に変換後のプログラムを送信します。
measurement toolは通信機能を持たないソフトウェアライブラリであるため、「qmt server」を用いてアプリケーション化しています。qmt serverはエッジサーバからプログラムを受信し、measurement toolが処理できる形式に変換します。また、qmt serverは、ouqu-tp(トランスパイラ)で必要となる量子ビットチップの制約などの情報を保持しています。measurement toolは、まず事前に量子ビットを制御するパルス波形を最適化するキャリブレーションを行います。そして、クラウドサービスの運用中は量子回路のプログラムをマイクロ波信号を表現する独自の形式に変換し、制御装置に送信します。制御装置は量子チップに対してマイクロ波信号を送信し、量子計算を実行します。制御装置はマイクロ波信号を送受信して実行結果を読み出します。読み出した結果は、量子計算ジョブの実行と逆向きの経路でクラウドサーバに保存します。本機で利用されている制御装置であるQuBEとの低レイヤでのやりとりには、ソフトウェア「e7awg_sw」が利用されています。また、QuBEの独自機能を活用したより発展的なキャリブレーションを可能にするため、ソフトウェア「qube-calib」の開発も進めており、本件の評価に活用されています。qube-calibについてはソフトウェアがオープンソースとして公開されています(参考:https://github.com/qiqb-osaka/qube-calib)。
量子計算ジョブの実行結果は、ブラウザから確認することができます。ジョブのIDやステータス、OpenQASMの内容なども確認できます(図6)。また、QURI Partsのプログラムでも実行結果を確認することができます。
本量子コンピュータシステムは、現在42機関が参画する「量子ソフトウェアコンソーシアム」のグループワークに参加する受講者を対象に、12月22日よりサービスを開始します。本コンソーシアムは科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム「量子ソフトウェア研究拠点」の支援で創成されたものです。量子コンピュータのユースケース探索をはじめ、ユーザのニーズや意見を反映しながらシステムの開発・改良を続けていく予定です。まずは17~42マイクロ秒のコヒーレンス時間を持つ相互接続した8量子ビット分を使い、小規模な既存アルゴリズムの試験などから始めます。当面の間は、量子ソフトウェアコンソーシアム内での利用提供に限定しますが、順次、大規模かつ新規性を有する様々な産学連携プロジェクトの実験的研究へと進めていきたいと考えています。
【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
超伝導量子コンピュータ国産3号機を稼働し、インターネットを介したヘビーユースを始め、ソフトウェアなどのシステムの改良を進めていきます。量子コンピュータは新素材、新薬の発見、最適化問題など、環境負荷の低減に貢献するものであり、機械学習など、生活に役立つ量子アルゴリズムも提案されていますが、そのユースケース探索を活性化できるものであると期待しています。
【用語説明】
注1
超伝導量子ビット:
超伝導材料を用いた電子回路上で、ジョセフソン接合というトンネル接合素子を用いて量子ビットを実現する量子コンピュータの方式。量子ビットの「0と1」を表すエネルギー差のスケールが小さいため、希釈冷凍機の中で極低温(約-273℃)まで冷却して、熱雑音を抑える必要がある。
注2
量子アルゴリズム:
量子コンピュータが実行できるアルゴリズムのこと。量子ビットを次々に別の状態に変えたり、他の量子ビットと相互作用させる一連の流れで表される。
注3
重ね合わせ状態:
量子力学においては通常のコンピュータのビットが持つ0と1に加え、それらの「重ね合わせ状態」を実現し波のように干渉させることができる。たとえば、全く同じ実験をしても0が50%、1が50%の確率で観測される物理系を作ることができる。
注4
特定の問題群を従来に比べ少ない操作回数で高速に解くことができます:
従来のコンピュータ(古典コンピュータ)では計算に非現実的な時間を要するアルゴリズムしか知られていない問題が多数存在する。そのような問題のうちのいくつかについては、量子コンピュータを用いると現実的な時間で解けるアルゴリズムが発見されている。有名なものでは、素因数分解を解く「ショアのアルゴリズム」、探索問題を解く「グローバーのアルゴリズム」などがある。
注5
コヒーレンス時間:
量子的に重ね合わせられた2つの状態の間で干渉が続く時間のことである。
注6
ゲート忠実度:
作成したゲートを量子状態に適用した際に、理想的なゲートを適用した場合と比べて適用後の量子ビットの忠実度を示すものである。
注7
ドイッチュ・ジョサアルゴリズム:
デイビッド・ドイッチュとリチャード・ジョサによって提案された量子アルゴリズム。理論的には既存のどの決定論的古典アルゴリズムよりも指数関数的に速い量子アルゴリズムである。
注8
QURI Parts:
QunaSysが開発した量子計算のアプリケーションソフトウェア。オープンソースソフトウェアとして公開されている。 https://qunasys.com/news/posts/quri-parts/
注9
OpenQASM:
量子計算の中間表現。OpenQASMはオープンソースのフレームワークで、ゲートベースのデバイス用の量子プログラムの仕様に広く使われている。OpenQASMの将来の開発はOpenQASM 3.0 技術運営委員会によって管理されており、この委員会にはAWS、IBM、インスブルック大学等がメンバーとなっている。 https://openqasm.com/
【研究支援】
本研究は、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「超伝導量子コンピュータの研究開発(研究代表者:中村泰信) Grant No.JPMXS0118068682」、「知的量子設計による量子ソフトウェア研究開発と応用(研究代表者:藤井啓祐)Grant No.JPMXS0120319794」、科学技術振興機構(JST)ERATO「中村巨視的量子機械プロジェクト(研究総括:中村泰信)Grant No.JPMJER1601」 、同 共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「量子ソフトウェア研究拠点(研究代表者:北川勝浩)Grant No.JPMJPF2014」、同 ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6 「超伝導量子回路の集積化技術の開発(プロジェクトマネージャー:山本剛)Grant No.JPMJMS2067」、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期 「先進的量子技術基盤の社会課題への応用促進」(研究推進法人:QST)「国産量子コンピュータによるテストベッドの利用環境整備と運用(研究開発責任者:萬伸一)」による助成を受けて行われました。
【商標について】
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その他、記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。
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