東大院生として芥川賞を受賞し、その後「官能作家」に転身、巨匠として一世を風靡した宇能鴻一郎。謎めいた鬼才の「幻の傑作群」が、新潮文庫で甦ります!『姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集』(7月28日発売)

宇能鴻一郎といっても知らない人も多いかもしれません。ポルノ作家というイメージが強い人もいるでしょう。しかし、もともと東大文科二類から同大学院で国文学を専攻した芥川賞作家。受賞してから数多のポルノ小説を書くまでの間に発表された作品は、強烈な個性に満ちた傑作が多く、一部の作家や文芸評論家から密かに一目置かれてきました。
芥川賞史に爪痕を残したといってもいい「鯨神」をはじめ、いまも色褪せることのない作品ばかりを精選した新刊『姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集』(新潮文庫)です。

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■謎の作家、宇能鴻一郎

そもそも、宇能鴻一郎とはどういう作家なのでしょうか。経歴を簡単に記せば次のようになります。

1934(昭和9)年生れ。東京大学大学院在学中に発表した短編「光りの飢え」が芥川賞候補となり、翌’62年、「鯨神」で第46回芥川賞を受賞。精力的に執筆を続けながら、「東大新聞」に発表したエッセイで大論争を巻き起こしたり、「原稿料は日本一高い」と囁かれたりと、エピソードに事欠きません。

80代半ばを過ぎたいまも現役で作品を構想するという宇能さんですが、一方では、「文壇付き合いのない孤高の人」とか「洋館に住み、美女とダンス夜会を開くらしい」などの噂も。濃厚で異端的な作風ともあいまって、どこか怪人めいたイメージがつきまといます。要するに、謎に包まれているのです。

■宇能さん訪問記

編集者にも滅多に会わないらしいと聞いていた小社担当編集。しかし、企画を進めるためにはお会いしなければなりません。初めて宇能邸を訪ねたのは2020年秋のこと。京浜急行のK駅から遠くない高台に、その謎めいた洋館は建っていました。鉄製の門扉に施された飾りや、妖しげな門燈が人を寄せつけない気配を漂わせています。

重そうな玄関扉が開かれ、なかへ招き入れられると、ひんやりとした空気に包まれ、屈曲した暗い廊下が迷路のよう。すると、驚くほど広いホールに出た。木製の床は美しく磨かれ、大きなガラス窓が庭に面しています。歩くにつれ、靴音が高い天井に響きます。

西洋古典様式を思わせる柱には、金の凝った装飾が施され、上階へ続く階段のクラシカルな曲線も美しい。

迎える宇能さんは長身痩軀、燕尾服の正装でした。丁重な物腰と穏やかな口ぶりは、まさに紳士。「孤高」の近寄りがたさなどみじんもありません。

打ち合わせは順調に進み、外に夕闇が迫るころ、どこからともなく、華やかなドレス姿の女性たちが現れました。呆気にとられていると、宇能さんは物錆びた声で言ったのです。

「そろそろタクシーをお呼びしましょう」。

退出を促されホールを出ると、音楽が大きく鳴り、玄関の扉が背後で重く軋み、閉じられました。その瞬間、夢から醒めたような、いわく言い難い戦慄が走ったことは言うまでもありません。

 
■純文学もエンタメも超越した贅沢な6編

本書に収録された作品は、泣ける小説でもなければ、優しくもありません。むしろ、日常の薄っぺらさを文芸の力で根こそぎ反転させ、人間の原初の力を偏愛と歪さの果てに描きだす作品ばかりです。

人はなぜ物語を欲するのか。なぜ物語から力を得るのか。その原点に目を凝らし、怖れることなく生と死の深淵を抉る傑作群――。表題作「姫君を喰う話」は、煙と客が充満するモツ焼き屋で、隣席の男が語り出した典雅で奇怪な物語。芥川賞受賞作「鯨神」は、巨鯨と人間の命のやりとりを神話にまで高め、厳かな気高さが漂います。さらに、すらりとした小麦色の脚が意外な結末を呼ぶ「花魁小桜の足」、村に現れた女祈禱師の異様な事件「西洋祈りの女」。倒錯の哀しみが詩情を湛える「ズロース挽歌」、石汁地蔵の奇妙な物語「リソペディオンの呪い」……。知られざる至高の傑作が、令和の時代に降臨します!

解説は、中学三年生のときに衝撃的出会いを果したという作家、篠田節子さんです。

 

■著者紹介
1934(昭和9)年生れ。東京大学文学部国文学科卒業後、同大学院博士課程中退。在学中に発表した短編「光りの飢え」が芥川賞候補となり、翌’62年、「鯨神」で第46回芥川賞受賞。『逸楽』『血の聖壇』『痺楽』『べろべろの、母ちゃんは……』『むちむちぷりん』『夢十夜 双面神ヤヌスの谷崎・三島変化』等著書多数。他に名エッセイ『味な旅 舌の旅』がある。

【タイトル】『姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集』
【発売日】2021年7月28日
【造本】文庫(384ページ)
【定価】737円(税込)
【ISBN】978-4-10-103051-7
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