乳幼児アトピー性皮膚炎(AD)の予兆を生後1カ月の乳児の皮脂RNAに検出

-乳児期早期発症型ADを皮脂RNAモニタリング技術で捉える-

 花王株式会社(社長・長谷部佳宏)生物科学研究所と国立成育医療研究センター(理事長・五十嵐隆)アレルギーセンター大矢幸弘センター長、山本貴和子室長らの研究グループは、乳児の皮脂RNA*1を解析することで、生後早期(生後1カ月)に発症するアトピー性皮膚炎(以下、AD)*2の特徴を把握し、アトピー性皮膚炎の早期発見を目指す研究を共同で実施しました。
その結果、早期発症型ADの乳児の皮脂RNAは、健常皮膚の乳児(以下、健常児)と大きく異なり、皮膚バリアに関わる分子の発現が低いなど、ADの特徴を明確に有していることを明らかにしました。さらに、生後1カ月時点でざ瘡(ニキビ)の症状があり、生後2カ月目でADと診断された乳児では、ADを発症する1カ月前から既にADと類似する皮脂RNAの特徴を有することも見いだしました。
 これらの成果は、簡便かつ身体への負担を伴わずに採取可能な皮脂RNAを活用することで、乳幼児ADを早期発見し、早期治療につなげる可能性を示唆しています。
今回の研究成果は、Journal of the European Academy of Dermatology and Venereology(2023/3/10)にオンライン公開されました。

*1 皮脂腺から分泌され、水分の蒸発などを防ぐ役割のある皮脂をあぶらとりフィルムで採取し、そこから抽出したRNA:Skin Surface Lipids-RNA(SSL-RNA)
*2 国際的に最も利用されている、AD診断基準(The U.K. Working Party's Diagnostic Criteria)を用いて診断

背景

 乳幼児の肌には、AD、脂漏性湿疹、接触性皮膚炎、新生児ざ瘡などさまざまな湿疹が見られます。その中で、乳幼児期早期に発症する早期発症型ADは、アレルギーマーチ*3に関連することが知られており、早期発見と早期の治療介入が重要です。しかし、医師がADと診断するには、かゆみの確認やAD以外の湿疹との見極めが重要なポイントで、確定診断までに観察期間が長くなる傾向があること、そもそも確定診断が難しいことが課題としてあります。そのため、ADの早期発見、診断を可能にする客観的な指標の開発が求められていました。

 花王は、あぶらとりフィルムを用いて、肌を傷つけることなく皮脂を採取し、皮脂中のRNAを網羅的に解析する技術(皮脂RNAモニタリング)を確立しています*4。また、乳幼児において、顔の湿疹の状態により炎症や角化(表皮のターンオーバー)関連の遺伝子発現が変化すること、生後6カ月から5歳のADの子どもにおいてはADに特徴的な分子変化を捉えられる可能性を見いだしています*5。

*3 食物アレルギー、気管支喘息、アレルギー性鼻炎などさまざまなアレルギー疾患を次々と発症すること
*4 2019年6月4日 花王ニュースリリース 
皮脂中に人のRNAが存在することを発見  独自の解析技術「RNA Monitoring(RNAモニタリング)」を開発
https://www.kao.com/jp/corporate/news/rd/2019/20190604-001/
*5 2020年10月16日 花王ニュースリリース
乳幼児のアトピー性皮膚炎で皮脂RNA分子の変化を確認
https://www.kao.com/jp/corporate/news/rd/2020/20201016-001/

生後1カ月で発症するAD乳児の皮脂RNAでADの特徴が明らかに
 国立成育医療研究センターで2020年に出生した乳児に、生後1カ月から6カ月まで経時的に医師による皮膚観察と顔からの皮脂採取を行い、皮脂RNA解析ができた乳児90名を対象として研究を実施しました。今回は、生後1カ月時点でADを発症していた乳児(以下、AD乳児)11名、生後6カ月まで肌トラブルのない健常児6名について5,457種のRNA発現量を比較したところ、AD乳児では免疫応答(炎症)に関わる分子の発現が高く、皮膚バリアに関わる分子の発現が低いという、ADに特徴的なRNA変化が確認されました。これは、生後6カ月から5歳までの健常児とADの子どもを対象とした皮脂RNA解析*5と同様の結果を示しており、ADに特徴的なRNA変化があるという結果の再現性が生後1カ月時でも確認できました。本技術を用いることで、低月齢の乳児においても負担をかけずにADの状態を客観的に知ることができることが明らかになりました。

生後1カ月の乳児に頻発するざ瘡(ニキビ)と生後2カ月のADの皮脂RNAプロファイル特徴の検討
 生まれて間もない乳児にはさまざまな皮膚疾患が見られます。中でも、活発な皮脂分泌による新生児ざ瘡は多発する傾向にあり、今回の研究においても健常児を除いた湿疹を有する乳児の45%(84名中38名)が生後1カ月時点でざ瘡を発症していました。そこで、健常児、AD乳児、ざ瘡乳児、その他湿疹を有する乳児それぞれの皮脂RNA発現情報を用いた主成分分析*6を行い、皮脂RNAプロファイルの特徴を確認しました。
 その結果、生後1カ月ざ瘡乳児は、健常児(図1・青色)に近い皮脂RNAプロファイルを有する場合と、AD患児(図1・赤色)に近いRNAプロファイルを有する場合、どちらも存在することが明らかとなりました。そこで生後2カ月の肌状態を追跡した結果、生後2カ月でADと診断されたざ瘡乳児(図1・橙色)は、ADを発症しなかった乳児(図1・緑色)に比べ、生後1カ月時点ですでにAD乳児に近い皮脂RNAプロファイルを有していることがわかりました(図1)。

*6 膨大な変数で表される情報(高次元)を圧縮して、少数の合成変数(低次元)で表現する解析方法の1つ。今回の解析では、遺伝子発現量のばらつきの大きい上位500個の遺伝子情報を使用しました。

皮脂RNAにより、生後1カ月時点のざ瘡乳児からAD発症の兆候を検出

 ADに進展する、もしくは進展しないざ瘡乳児の間にどのような特徴の違いがあるのかを明らかにするために、生後2カ月でのざ瘡乳児の生後1カ月時の皮脂RNAプロファイルの特徴を解析しました。ADの発症にはバリア機能の低下が深く関与しています。そこで皮膚バリア機能に関連する遺伝子群(角化・脂質)を選抜し、GSVA(Gene Set Variation Analysis)*7解析を行いました。
 その結果、生後2カ月でADと診断されたざ瘡乳児(図2・橙色)は、そうでない乳児(図2・緑色)と比較して、生後1カ月時点の皮膚バリア機能関連分子群の発現レベルが有意に低く、AD(図2・赤色)と類似するパターンを示していました(図2)。

 この結果より、ADに進展するざ瘡(ニキビ)については、ADの診断がなされる前から皮膚バリア機能に関連する分子群の発現が減少していることが示されました。皮脂RNA情報を用いることで、AD発症の予兆を検出できる可能性があると考えられます。


*7 gene set variation analysis for microarray and RNA-Seq data スコアが高いほど、遺伝子群の発現レベルが高い。今回は皮膚バリア機能に深く関与する62遺伝子を解析に用いました。

まとめ
 今回の研究で、食物アレルギーなどのアレルギーマーチの発症リスクが高いとされている早期発症型ADに特徴的なRNA発現変化を明らかにしました。さらに、乳児期に多発する新生児ざ瘡からADに進展する可能性が高い乳児を早期に発見できる可能性も示しました。皮脂RNAモニタリング技術は、肌の機能が未熟な低月齢の乳幼児において、痛みや侵襲を伴わず身体に負担をかけることなく、早期発症型AD予備群を見つける有益な技術になると考えます。
 花王と国立成育医療研究センターは、今後、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)の支援のもと、「皮脂中RNAの発現パターン解析によるアトピー性皮膚炎(AD)診断のための医療機器の研究開発」*8を推進し、乳幼児アレルギーゼロ社会の実現に向け、AD早期発見につながる診断技術の開発を進めていきます。
*8 令和4年度官民による若手研究者発掘支援事業採択テーマ

◆関連情報
(0歳~15歳のお子さま対象)皮膚成分に関する研究への参加者募集のお知らせ
国立成育医療研究センター アレルギーセンターでは、0歳~15歳の小児を対象に、今後の医療機器プログラム開発のために「皮脂のモニタリング技術」でアトピー性皮膚炎の発症や治療効果を明らかにすることを目的とした研究を行っており、研究に参加いただける方を募集しています。
ウェブサイト:https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/allergy/news/20230220.html

【発表論文情報】
タイトル:mRNAs in skin surface lipids unveiled atopic dermatitis at one month
著者名:Kiwako Yamamoto-Hanada1), Mayako Saito-Abe1), Kyoko Shima2), Satoko Fukagawa2), Yuya Uehara2), Yui Ueda2), Maeko Iwamura2), Takatoshi Murase2), Tetsuya Kuwano2), Takayoshi Inoue2), Yukihiro Ohya1)
掲載誌:Journal of the European Academy of Dermatology and Venereology
所属:1)国立成育医療研究センター アレルギーセンター
2)花王 生物科学研究所
DOI:10.1111/jdv.19017.

 本研究は、花王と国立成育医療研究センターの共同研究およびAMEDの令和4年度 「官民による若手研究者発掘支援事業(社会実装目的型の医療機器創出支援プロジェクト)」皮脂中RNAの発現パターン解析によるアトピー性皮膚炎診断のための医療機器の研究開発の支援を受けて行いました。

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会社概要

花王株式会社

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URL
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業種
製造業
本社所在地
東京都中央区日本橋茅場町1-14-10
電話番号
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代表者名
長谷部佳宏
上場
東証1部
資本金
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設立
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