【提言】2035年の国際情勢シナリオと日本の針路
信頼を実行に転換し「連携の結節点」へ
株式会社三菱総合研究所(代表取締役 社長執行役員:籔田健二、以下 MRI)は、2035年を視野に国際秩序の構造変化を整理し、3つの国際情勢シナリオと貿易分断の経済影響を分析しました。その結果を踏まえ、2035年の「覇権国なき国際秩序」の世界において日本が目指すべき姿とその実現に向けた政策・企業経営上の具体的な方策を提言します。
1. 背景
第二次世界大戦後の国際秩序を主導してきた米国は、近年、自国の利益に応じて対外関与を選択する方向へと転換しています。一方、中国は経済力・技術力を背景に影響力を高めていますが、米国がこれまで担ってきた、自由な通商や安全保障などの国際公共財を提供する役割を全面的に代替する状況には至っていません。こうしたなか、技術、資源・エネルギー、安全保障、通商をめぐる国家間競争が相互に連鎖し、国際秩序では「力の論理」が従来以上に強く作用しつつあります。
MRIは、2035年に向けて、いずれの大国も単独では国際秩序全体を支えきれず、多様な主体が地域・分野ごとに秩序の維持と形成を分担する「覇権国なき国際秩序」へ移行する可能性があるとみています。企業経営にとって重要なのは、単一の将来像を予測することではなく、複数のシナリオに共通して有効な備えと、状況に応じて切り替えられる選択肢を持つことです。
2. 提言の概要
(1)国際秩序を揺るがす5つの潮流
「覇権国なき国際秩序」への移行を促すのが、①リベラル国際主義の揺らぎ、②AI覇権競争の激化、③資源・エネルギーの自律性追求、④安全保障環境の不安定化、⑤経済的威圧の常態化、という5つの潮流です(図表1)。これらは独立した変化ではなく、技術競争が資源確保を促し、地政学対立が安全保障と経済の双方に波及するなど、相互に増幅し合っています。その結果、各国は、国家安全保障上重要な分野を中心とする戦略分野では調達先の多様化等を通じて自律性と強靱性を高める一方、非戦略分野では国際連携を維持・拡大する方向へ動いています。
図表1 国際情勢の5つの潮流

(2)3つのシナリオに備える
2035年の具体的な世界像を左右する分岐点は2つあります。1つめは米中対立が一定のルールの下で抑制されるか否か、2つめは対立が先鋭化した場合に米中が第三国をそれぞれの陣営に束ねられるか否かです。これにより、3つの国際情勢シナリオが想定されます。具体的には、戦略分野の自律性と相互依存が併存する「デリスキング」、米中二陣営への分断が進む「デカップリング」、複数の勢力圏へ再編される「多極・ブロック化」です(図表2)。3つのシナリオは段階的に進む一本道として捉えるものではなく、状況は非連続的に変わり得るため、複線的な備えが必要です。
図表2 5つの潮流を踏まえた3つの国際情勢シナリオ(2035年ターゲット)

(3)「守りのデリスキング」と「攻めの経済連携」を両立
国際貿易や通商政策の変更が各国・地域の経済に及ぼす影響をGTAPモデルで試算したところ、対象や地理的範囲が広がるほど、貿易分断による経済損失が大きくなることが示されました。一方、戦略分野でデリスキングを進めつつ、それ以外の分野では経済連携を深めることで、負の影響を緩和できる可能性があります。日本の実質GDP水準への影響は、デリスキングのみではベースライン比▲0.32%ですが、本分析で設定したインド太平洋の主要国・地域におけるFTA深化(+0.36%)を組み合わせると+0.04%となりました(図表3)。また、経済連携の便益は、日本よりもASEAN、インドなどの相手国・地域に対して、より大きく及ぶとの試算結果が得られています。
図表3 デリスキングと経済連携深化を組み合わせた場合の実質GDP水準への影響(ベースライン比)

注1: 標準GTAP v7比較静学モデルを使用。労働・資本は国内のセクター間で完全移動的、国境を越える要素移動はなく、要素賦存量は固定(完全雇用)とした。求解はEuler法(自動精度制御、基準12分割)による。
注2: ここでの「ベースライン」とは、GTAP11b2の2017年基準データに追加ショックを与えない基準均衡を指す。
注3: 今回の試算におけるFTA深化の対象国・地域は日本、韓国、台湾、インド、ASEAN、オーストラリア、ニュージーランドとした。
出所: GTAP 11 Data Baseによる推計結果を基に三菱総合研究所作成
(4)日本は信頼を実行に転換し「連携の結節点」へ
日本が目指すべきは、これまで国際社会で培ってきた信頼を具体的な実行力へと転換し、多様な国・地域の連携を支える存在となることです。ASEAN有識者サーベイにも示されている通り、日本は国際社会において適切な行動をとる国として高い信頼を得ています(図表4左図)。しかし、信頼はそれだけで日本の力になるわけではなく、今後は相手国から寄せられる期待に応え、供給の継続や協力の履行を具体的な行動として示していく必要があります。そのための具体的な方策として、MRIは政府による「三位一体の経済戦略」と、企業によるサプライチェーン・ポートフォリオ運営を提言します。
図表4 信頼を実行に転換し「連携の結節点」へ

注: 「世界の平和・安全・繁栄・統治に貢献するために『正しい行動をとる』と、どの程度信頼していますか?」という質問に対する5段階評価による回答結果。ノーコメントは除外。
出所:ISEAS, “The State of Southeast Asia 2026 Survey Report”を基に三菱総合研究所作成
政府には、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)を基盤に、平時の市場統合、有事の供給継続、パートナー国との能力共創を一体で進め、企業の市場・調達・供給継続の選択肢を広げることが求められます。企業には、経済安全保障を経営課題として位置づけ、サプライチェーンの可視化・診断、リスク調整後の収益性に基づく経営判断、事業・品目ポートフォリオの見直しを継続的に回すことが必要です。
分断が拡大することを前提にするのではなく、自由で開かれた経済秩序の維持、能力共創、危機時の供給継続を通じて、信頼を実行へ転換していくことが、日本の自律性と不可欠性を同時に高める道筋です。
3. 今後に向けて
MRIは今後も総合的・科学的・客観的なデータに基づいて、混とんとする国際情勢の分析を行います。また、日本の企業・政策当局による中長期の意思決定を支援するため、国際情勢・経済安全保障分野における情勢分析と実行可能な選択肢を提示します。
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