脳梗塞既往のある非弁膜症性心房細動患者で直接経口抗凝固薬(エドキサバン)併用カテーテルアブレーション治療の有効性と安全性を多施設共同で検証

(ポイント)
● 脳梗塞後の患者さんに対して、従来の抗凝固療法に加え、カテーテルアブレーション※ 1治療を行う意義を検証する前向き臨床試験を日本全国45施設の参加により実施した。
● 心房細動を持つ患者さんが脳梗塞を起こすと、抗凝固療法にもかかわらず、脳梗塞の再発リスクが極めて高い(年間7~10%)ことが報告されている。
本研究では、脳梗塞後の標準治療である抗凝固療法にカテーテルアブレーション治療を併用する影響についてのエビデンスを、世界で初めて創出した。
● 本研究では、抗凝固療法にカテーテルアブレーションを追加しても、脳梗塞の再発や死亡を有意に減らせるという結果にはならなかった。
(概要説明)
本研究は、主任研究者である熊本大学病院脳神経内科・脳卒中治療学寄付講座の木村和美特任教授を中心に、福井大学医学部脳神経内科学の西山康裕教授、新東京病院の清水渉副院長、日本医科大学循環器内科の岩﨑雄樹准教授をはじめ、全国45施設の脳神経外科・脳神経内科および循環器内科が参加した共同研究として実施されました。
心房細動は脳梗塞の主要な原因の一つであり、とくに脳梗塞の既往をもつ患者では再発リスクが極めて高いことが知られています。抗凝固療法は心房細動関連脳梗塞の再発予防の基盤ですが、適切な治療下でも一定の再発が生じるため、「いかに再発を減らすか」が臨床上の大きな課題となっています。
近年、心房細動に対するカテーテルアブレーションは、洞調律(正常な心拍リズム) 維持、心不全抑制、生命予後改善などの可能性が示されていますが、脳梗塞既往患者における有効性と安全性に関するエビデンスは限られており、前向きランダム化比較試験※ 2はこれまで行われていませんでした。
そこで本研究グループは、心房細動を有し、最近脳梗塞を発症した患者を対象に、標準治療( エドキサバンによる抗凝固療法)単独と、標準治療にカテーテルアブレーションを追加する治療を直接比較する、前向き・多施設・ランダム化比較試験(STABLED試験)を全国45施設で実施しました。
研究結果は令和8年3月2日(米国時間) に科学雑誌「JAMA Neurology」に掲載されました。本研究は第一三共株式会社の資金提供により実施されました。
(説明)
心房細動は臨床で最も頻度の高い不整脈であり、加齢とともに有病率が急速に上昇します。また、心房細動は心臓内に形成される血栓を介して脳梗塞を引き起こし、その重症度、死亡率、後遺症の点で他の脳梗塞と比較して著しく転帰不良であることが知られています。直接経口抗凝固薬(DOAC※ 3) の普及により心房細動関連脳梗塞の発症率は低下しているものの、依然として年間1~4%の患者が脳梗塞を発症し、とくに脳梗塞既往患者では再発リスクが7~ 10% と極めて高いことが問題となっています。この高い再発リスクをいかに低減するかは、脳卒中診療と循環器診療の双方における重要な課題です。
カテーテルアブレーションは、薬物療法で十分な効果が得られない場合や、症状の強い心房細動に対して確立した治療法であり、近年は早期のリズムコントロール※ 4戦略が心血管イベント抑制に寄与する可能性も報告されています。後ろ向き観察研究では、カテーテルアブレーション施行例で脳卒中や死亡が少ないとする報告が多数ありますが、一方で脳梗塞発症後早期の心房細動患者は高齢・虚弱・併存疾患を多く抱えており、侵襲的治療であるカテーテルアブレーションの安全性が懸念される面もあります。そのため、脳梗塞既往のある心房細動患者に対し、脳梗塞二次予防としてカテーテルアブレーションを積極的に行うべきかどうかについては、明確なエビデンスが不足していました。
STABLED試験は、この臨床的課題を解決することを目的に、脳梗塞発症後1~ 6か月の心房細動患者を対象として、抗凝固療法単独と抗凝固療法+ カテーテルアブレーションを直接比較する前向きランダム化比較試験として計画されました。目標症例数は各群125例の合計250例とし、2018年3月に登録を開
始、2021年7月には目標を上回る251例の登録を達成しました。登録後は最短3年以上の追跡期間を設け、観察期間は2024年3月に終了しました。
本研究には、20~85歳の非弁膜症性心房細動を有し、6か月以内に脳梗塞を発症した患者で、エドキサバンを使用中または使用予定、かつmRS※ 53以下の基準を満たす患者が登録されました。参加者は、標準的な薬物療法のみを受ける「標準薬物治療群」と、標準薬物治療に加えてカテーテルアブレーショ
ンを受ける「アブレーション群」に無作為に割り付けられました。解析対象となった249名のうち、75.1%が男性で、平均年齢は71.7歳でした。標準薬物治療群は124名、アブレーション群は125名で、両群とも追跡期間の中央値は3年以上でした。主要評価項目(脳梗塞の再発、全身性塞栓症の発症、総死亡、
心不全による入院の複合イベント)の発現率は、標準薬物治療群で4.9%/100人-年、アブレーション群で5.6%/100人-年であり、ハザード比は1.11( 95%信頼区間0.62~ 2.01)でした。死亡率は標準薬物治療群で1.0%/100人-年、アブレーション群で2.8%/100人-年でした。カテーテルアブレーション関連の有害事象として、心タンポナーデと脳梗塞が各1件(各0.8%) 認められました。
これらの結果から、非弁膜症性心房細動を有し最近脳梗塞を発症した患者において、標準薬物治療にカテーテルアブレーションを追加しても、主要複合評価項目のリスクを有意に低減する効果は確認されませんでした。
本研究成果は、脳梗塞後の治療選択において、アブレーションは一定の効果やメリットがある治療だが、必ずしも標準治療と併用することが有利とは言えないこと、また高リスク患者に対しては慎重な判断が必要であることを、世界で初めてエビデンスとして提示するものです。
[用語解説]
※1 カテーテルアブレーション(Cat heter Ablation)
カテーテルアブレーションとは、足の付け根の静脈から心臓の中に細い管(カテーテル) を挿入し、不整脈の原因となっている異常な電気信号の発生部位や伝導経路を、高周波エネルギーや冷却(冷凍)エネルギーを用いて焼灼・遮断する治療法です。
心房細動に対するカテーテルアブレーションでは、主に肺静脈周囲を電気的に隔離することで、不整脈の発生を抑制します。薬物療法で十分な効果が得られない場合や、症状の強い心房細動患者に対して、現在では標準的な治療法の一つとして広く行われています。近年の技術進歩により、治療成績と安全性は大きく向上しており、洞調律の維持、生活の質の改善、心不全の抑制などの効果が報告されています。
※2 ランダム化比較試験(Randomize d Controlled Trial: RCT)
ランダム化比較試験とは、治療や介入の効果を科学的に検証するための臨床研究手法の一つです。対象となる患者を、年齢や病状などに偏りが生じないよう無作為(ランダム)に複数の治療群に割り付け、それぞれの治療成績を比較します。この方法により、治療選択に伴う「選択バイアス」や交絡因子の影響を最小限に抑えることができ、因果関係を最も信頼性高く評価できる研究デザインとされています。そのため、ランダム化比較試験は「エビデンスの質が最も高い研究」として、診療ガイドラインや医療政策の基盤となります。
※3 DOAC(直接経口抗凝固薬:Direc t Oral Anticoagulants)
DOAC とは、心房細動患者における脳梗塞予防を目的として使用される新しいタイプの抗凝固薬です。血液を固まりにくくすることで、心臓内に血栓ができるのを防ぎ、脳梗塞や全身塞栓症の発症リスクを低減します。従来使用されてきたワルファリンに比べ、DOAC は効果が安定しており、食事や他の薬剤
の影響を受けにくく、定期的な血液検査が不要といった利点があります。そのため、現在では心房細動に伴う脳梗塞予防の第一選択薬として広く用いられています。
※4 リズムコントロール
リズムコントロールとは、心房細動という不整脈に対する治療の一つで、乱れた脈を正常なリズム(洞調律)に戻し、その状態を保つことを目指す方法です。心房細動になると、心臓がうまく血液を送り出せず、動悸や息切れ、疲れやすさが出たり、血のかたまりができて脳梗塞の原因になったりします。
リズムコントロールでは、薬を使って脈を整えたり、電気ショックで正常なリズムに戻したり、カテーテルアブレーション治療で不整脈の原因となる部分を焼いて治療したりします。最近の研究では、早い段階でリズムコントロールを行うことで、心不全や脳梗塞のリスクを減らし、長期的な健康にも良い影響があることが分かってきました。
※ 5 mRS( modifie d Rankin Scale: 改訂ランキンスケール)
mRS とは、脳卒中( 脳梗塞・脳出血など)のあとに「どれくらい日常生活に支障が残っているか」を、0〜6 の7 段階で表す、とてもシンプルな指標です。数字が小さくなるほど後遺症が少なく、mRS3 は一部の生活には介助が必要ですが、歩行は介助なしに行える、という状態をさします。脳卒中の後遺症の判定としては、歩行が介助なしに可能かが重要な基準となります。
※6 ITT populati on(意図した治療に基づく集団)
臨床試験で治療の効果を評価する際に用いられる解析方法の一つです。参加者が途中で薬の服用を中止したり、別の治療に変更したり、通院をやめたりした場合でも、最初に割り付けられた治療グループのままで結果を比較します。ITT 解析は、「実際に治療を行った場合の効果」を評価できる点が特徴であり、新しい薬や治療法の有効性を公平に評価する国際的な標準手法として広く用いられています。
(論文情報)
論文名: Catheter Ablation and Ora l Anticoagulation for SecondaryStroke Prevention in Atrial Fibrillation: The STABLED RandomizedClinical Trial
著者:Kazumi Kimura*#, Yasuhiro Nishiyama*, Yu-ki Iwasaki, Wataru Shimizu, Kazunori Toyoda, Yuki Sakamoto, Takehiro Katano, Teppei Yamamoto, Masataka Takeuchi, Kenta Kumagai, Kazuma Tsuto, Kaoru Sugi,Kengo Kusano, Masatoshi Koga, Seiji Okubo, Takahiro Sato, Hirotoshi
Hamaguchi, Akihiro Yoshida, Ayako Kuriki, Kaoru Tanno, Kazuo Kitagawa,Nobuhisa Hagiwara, Hiroyuki Daida, Yasuyuki Iguchi, Shigeru Fujimoto,Susumu Miyamoto, Masayuki Fukuzawa, Masako Sugimoto, Atsushi Takita,Toshiaki Otsuka, Ken Okumura
(*contributed equally, # corresponding author)
掲載誌:JAMA Neurology
【研究のお問い合わせ先】
熊本大学病院脳神経内科
担当:木村和美(特任教授)
電話:096-373-5159
Mail:k-kimura@nms.ac.jp
【報道に関するお問い合わせ先】
熊本大学 総務部総務課広報戦略室
TEL:096-342-3269
Mail:sos-koho@jimu.kumamoto-u.ac.jp
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