再構成型相転移を利用した巨大負熱膨張物質の開発
―鉛を含まない負熱膨張物質で最大の体積収縮―

【ポイント】
・温度上昇で体積が大きく減少する「巨大負熱膨張物質」を鉛なしで実現
・再構成型相転移により、非鉛の負熱膨張物質では最大の体積収縮を達成
・光通信や半導体分野で利用される熱膨張抑制材としての活用を期待
【概要】
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院の酒井雄樹特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所非常勤研究員、現 総合科学研究機構研究員)、西久保匠特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所常勤研究員)、東正樹教授らの研究グループは、ペロブスカイト型(用語1)酸化物コバルト酸ビスマス(BiCoO3)を母物質とした非鉛の巨大負熱膨張物質(用語2)を開発しました。
負熱膨張物質は、極めて高い精度が求められる半導体製造装置や光学機器で生じる、熱膨張による位置ずれや異種材料接合界面の剥離といった問題を解決する材料として期待されています。研究グループは以前、最大の体積収縮を示す負熱膨張物質を開発しましたが(プレスリリース 最⼤性能の巨⼤負熱膨張物質 https://www.titech.ac.jp/news/2023/065732)、この物質は有害な鉛を含むという問題がありました。
本研究では、母物質のBiCoO3のビスマスをランタノイド元素で置き換えた、鉛を含まない負熱膨張物質を開発し、化学結合の切断と再結合を伴う再構成型相転移(用語3)により、非鉛の負熱膨張物質では最大の6.1%の体積収縮を達成しました。再構成型相転移では20%を超えるような大きな体積変化も報告されているため、今後は同様の相転移機構を利用した超巨大負熱膨張物質の開発が期待されます。
本研究には、東京科学大学(Science Tokyo)物質理工学院 材料系の高橋一樹大学院生(研究当時)、若崎翔吾大学院生(研究当時)、三宅潤大学院生(研究当時)、小池剛大大学院生(研究当時)、長瀬鉄平大学院生(研究当時)、畑山華野大学院生、山本隆文特定教授(現 京都大学大学院理学研究科教授)、高輝度光科学研究センターの水牧仁一朗主幹研究員(現 熊本大学大学院先端科学研究部(理学系)教授)が参加しました。
本研究成果は、9月4日付(現地時間)の「Advanced Science」に掲載されます。
【背景】
物質の多くは、温度が上昇すると熱膨張によって長さや体積が増大します。日常生活では熱膨張の体積変化の影響は大きくありませんが、光通信や半導体製造など、精密な位置決めや部材の寸法管理が要求される局面では、わずかな熱膨張が機能や精度低下といった問題に結びつきます。例えばLSI(大規模集積回路)では、シリコン(Si)チップと基板、充填剤の熱膨張の違いが信頼性の低下につながります。そこで、温度が上昇すると収縮するという「負の熱膨張」を持つ物質によって、構造材の熱膨張を相殺(キャンセル)することが試みられています。
これまでで最大の体積収縮を示す物質は、本研究グループが発見した、バナジウム酸鉛(PbVO3)を母物質とするペロブスカイト型酸化物で、9.3%の体積減少が観測されていました。しかし、この負熱膨張物質は有害な鉛(Pb)を含んでいることが実用上の問題でした。
【研究成果】
今回の研究では、ビスマス(Bi)とコバルト(Co)、酸素(O)からなるペロブスカイト型酸化物BiCoO3を母物質とした、鉛を含まない(非鉛の)巨大負熱膨張物質を開発しました。母物質であるBiCoO3は、代表的な強誘電体(用語4)であるPbTiO3と同じ極性(用語5)の正方晶相を取りますが、圧力下では非極性の直方晶相へと相転移します。この正方晶相から直方晶相への相転移は、化学結合の切断と再結合を伴う再構成型の相転移であり、分極軸方向の大きな格子伸長の起源となっていたCoO5ピラミッド型5配位構造が崩壊し、CoO6八面体6配位構造へと変わることで、13%も体積が減少します(図1)。
このBiCoO3のBiサイトを、ランタノイド元素(Ln = ランタン(La)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu))に置き換えた、Bi1-xLnxCoO3を、高圧合成の手法を用いて作成しました。これら置換体の結晶構造の変化を、大型放射光施設SPring-8(用語6)のビームラインBL02B2及びBL13XUでの放射光X線回折実験(用語7)によって調べました。その結果、母物質のBiCoO3では高圧下で見られていた極性正方晶相から非極性直方晶相への相転移が、この置換体では常圧下での昇温によって生じ、最大で体積収縮率6.1%の負熱膨張が起こることが明らかになりました(図2)。この体積収縮率は、非鉛の負熱膨張物質では最大です。
【社会的インパクト】
負熱膨張材料は、半導体などの精密加工現場での位置決めのズレや、異種材料接合界面での剥離といった熱膨張問題の解決につながるため、世界的に研究が活発化しており、日本が強みを持つ材料です。
再構成型相転移は、配位構造の変化による大きな体積減少が期待される一方で、冷却しても元の相に戻らない不可逆的な相転移である場合も多いため、これまで負熱膨張物質の相転移機構としてはあまり注目されてきませんでした。今回見いだした、BiCoO3を母物質とした負熱膨張物質の再構成型相転移は、降温過程で高温相から低温相への逆転移が起こる、可逆的な相転移であり、一部の組成は完全な可逆性も示します。したがって本研究成果は、非鉛の負熱膨張物質では最大の体積収縮を示す物質を発見しただけではなく、再構成型相転移を負熱膨張に利用したという点でも、今後の新たな巨大負熱膨張物質の開発に大きく貢献するものです。
【今後の展開】
今回、非鉛の負熱膨張物質の中では最大の6.1%の体積収縮率を達成しましたが、正方晶相と直方晶相の体積差(14%)から考えると、BiCoO3を母物質とした負熱膨張物質には、体積収縮率にはまだ大幅な増加の可能性があります。相転移の進行は、極性正方晶相と非極性直方晶が作る複雑なドメイン組織(用語8)の影響を強く受けることから、今後の研究では、走査透過電子顕微鏡(用語9)やブラッグコヒーレントX線回折イメージング(用語10)等による材料組織観察により、相転移時のドメイン組織の変化を明らかにすることで、体積収縮率のさらなる増加へつなげます。
【付記】
本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:JP19H05625、JP24K08036、JP24K17509、JP24H00374)、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発(研究代表者:東正樹 東京科学大学教授、課題番号:JPMJCR22O1)」、公益財団法人住友財団・基礎科学研究助成(助成番号:190798)、地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所 実用化実証事業「次世代半導体用エコマテリアルグループ(東正樹グループリーダー)」、国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクト、東京科学大学総合研究院フロンティア材料研究所共同利用研究などの支援のもと実施されました。
【論文情報】
掲載誌:Advanced Science
論文タイトル:6.1% Volumetric Negative Thermal Expansion Induced by the Reversible Reconstructive Phase Transition in Pb-Free Bi1−xLnxCoO3 (Ln: Lanthanoid)
著者:Yuki Sakai, Kazuki Takahashi, Shogo Wakazaki, Takumi Nishikubo, Jun Miyake, Takehiro Koike, Teppei Nagase, Takafumi Yamamoto, Kano Hatayama, Masaichiro Mizumaki and Masaki Azuma
DOI:10.1002/advs.77022
【詳細】 プレスリリース(PDF1,380KB)
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