母乳中に含まれる主要なヒトミルクオリゴ糖ラクト-N-テトラオースの酵素合成に成功
明治大学、東京大学を中心とする共同研究グループ
<研究成果のポイント>
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明治大学農学部農芸化学科発酵食品学研究室の山田千早准教授と東京大学大学院農学生命研究科応用生命工学専攻酵素学研究室の伏信進矢教授を中心とする研究グループは、母乳中に含まれる主要なヒトミルクオリゴ糖の一つである ラクト-N-テトラオース(LNT) を、二つの酵素を使ったカスケード・ワンポット反応により合成することに成功しました。
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本研究では、乳児のビフィズス菌から発見された二つの酵素、GNB/LNBホスホリラーゼと、糖質加水分解酵素であるラクト-N-ビオシダーゼLnbX の変異体を組み合わせました。GNB/LNBホスホリラーゼにより糖供与体を生成し、LnbX変異体によりその糖鎖をラクトースへ転移することで、LNTを合成しました。
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LnbXの求核触媒残基であるアスパラギン酸をセリンに置換した変異体が、分解活性を200倍以上低下させ、糖転移活性を維持した変異体であることを突き止め、糖鎖を合成するグライコシンターゼとして機能することを見いだしました。
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反応条件の検討により、LNTを 49.1%の収率で得ることに成功しました。
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本成果は、ヒトミルクオリゴ糖の酵素合成、乳児栄養、腸内細菌研究、プレバイオティクス素材開発、糖鎖標準品の調製などへの応用が期待されます。
1.概要
明治大学農学部農芸化学科の山田千早准教授らの研究グループは、母乳中に含まれるヒトミルクオリゴ糖注1の主要なコア構造であるラクト-N-テトラオース(以下、LNTと省略) 注2を、酵素反応により合成することに成功しました。ヒトミルクオリゴ糖は、母乳に含まれる重要な糖鎖成分であり、乳児の腸内環境の形成やビフィズス菌の増殖促進などに関わることが知られています。LNTは、ヒトミルクオリゴ糖の主要なコア構造の一つであり、乳児の腸内にすむビフィズス菌によって利用される重要な糖鎖です。一方で、糖鎖は構造が複雑であるため、目的の構造を効率よく合成する技術の開発が求められてきました。ヒトミルクオリゴ糖はヒトの母乳に特徴的に多く含まれ、他の哺乳動物の乳中では少ない糖鎖構造を多く含むことから、ヒト乳児と腸内細菌との関係を理解するうえで重要な研究対象となっています。
本研究では、まず GNB/LNBホスホリラーゼ注3により、原料となる供与体LNB-F を生成し、つづいて、LNT分解酵素の分解活性を低下させて、糖転移活性を維持させて改変した LnbX D418Sグライコシンターゼによって、LNB-Fをラクトースへ転移させることでLNTを合成しました。それぞれの反応特性と、二つの酵素反応が互いに干渉しにくい性質を活用し、2糖LNBを作る酵素と、その原料を2糖ラクトースに結合させる酵素を自ら作り、組み合わせた、2糖+2糖を結合させる新しい二酵素ワンポット合成法注6です。その結果、ラクトース濃度を200 mMに高めた条件で、LNTを9.62 mM生成し、Gal-1P初期量を基準とする見かけ収率として 49.1% を達成しました。生成物は、HPAEC-PAD、LC-MS、NMR解析によりLNTであることが確認されました。
酵素法は、酵素が持つ高い基質特異性、位置選択性、立体選択性により、目的とする結合を選択的に形成できることが特徴です。また、水系溶媒中で温和な条件下に反応を進められる場合が多く、必要な原料のみを添加して反応を進められるため、環境負荷の低いホワイトバイオテクノロジーとして期待されています。本成果は、LNTを収容するポケットをもつ分解酵素を酵素エンジニアリングにより、LNTを合成する酵素へと改変できることを示すものです。ヒトミルクオリゴ糖の効率的な合成に向けた新たな基盤技術となることが期待されます。本成果は、2026年7月10日にGlycobiologyに掲載されました。
2. 研究の背景
ヒトミルクオリゴ糖(以下HMOs)は、母乳中に含まれる多様なオリゴ糖の総称であり、乳児の腸内細菌叢の形成、病原体防御、ビフィズス菌の増殖促進などに関与する重要な成分として注目されています。HMOsは200種類を超える多様な糖鎖の混合物であり、その中でもラクト-N-ビオースI(LNB)構造を含むtype-I型HMOは全体の大きな割合を占めます。LNTは、こうしたHMOsの主要なコア構造の一つです。
一方で、HMOのような糖鎖は、構成糖の種類、結合位置、立体配置が複雑であり、目的の糖鎖構造だけを効率よく合成することは容易ではありません。これまでLNTの酵素合成には、ラクトースに単糖を順に付加していく方法や、あらかじめ作製したLNB誘導体をラクトースに結合させる方法が検討されてきました。
糖質加水分解酵素は本来、糖鎖を加水分解する酵素ですが、触媒活性に関わるアミノ酸残基を変えることで、糖鎖を分解するのではなく転移によって合成するグライコシンターゼとして利用できます。本研究では、LNTをLNBとラクトースへと分解する、ビフィズス菌由来のラクト-N-ビオシダーゼLnbX注4に着目しました。分解に関わるアミノ酸を変えることで、LNTの合成に使えるグライコシンターゼ注5へと改変することを目指しました。
3. 研究の内容と成果
研究グループは、Bifidobacterium longum subsp. longum 由来の糖質加水分解酵素ファミリー136のラクト-N-ビオシダーゼ LnbX を対象に、触媒求核残基である418番目のアスパラギン酸を他のアミノ酸に変えた変異体を3種類作製しました。アラニン、グリシン、セリン変異体はいずれも、野生型LnbXと比べて加水分解活性が大きく低下していました。
次に、これらの変異体が糖鎖合成に利用できるかを調べました。その結果、アラニンおよびグリシン変異体ではLNT生成が確認されなかった一方で、セリン変異体のみがLNTを生成しました。
本研究の反応は、二つの酵素反応から構成されます。第一段階では、ビフィズス菌が菌体内でATPを節約しながら代謝する酵素、GNB/LNBホスホリラーゼを使用しました。ガラクトース1リン酸Gal-1Pと化学合成で得られたGlcNAc-FからLNB-Fを生成しました。第二段階では、LnbX のセリン変異体(LnbXグライコシンターゼ)がLNB-Fを供与体、ラクトースを受容体として糖転移反応によって目的生成物であるLNTの合成に成功しました。
生成物の同定では、HPAEC-PAD解析において標準品LNTと一致する保持時間のピークが確認され、さらにLC-MSによりLNTに相当する分子イオンが検出されました。また、精製した生成物の¹H-NMRスペクトルも標準品LNTと一致し、目的物がLNTであることが確認されました。さらに、ラクトース濃度を高めることでLNT生成量が増加することが示されました。200 mMのラクトースを用いた条件では、LNT濃度は9.62 mMに達し、最初の原料となるGal-1P初期量を基準とする見かけ収率は49.1%となりました。
加えて、本研究ではLnbX D418SとLNBの複合体構造をX線結晶構造解析により明らかにし、Ser418のヒドロキシ基がフルオリド脱離を助ける位置にあることを示しました。この構造情報は、D418S変異体がグライコシンターゼとして働く仕組みを理解する手がかりとなります。
論文では、LnbX D418SがGH136ファミリーから作製された初のグライコシンターゼとして位置づけられること、また、LNB-FとラクトースからLNTを合成する初のグライコシンターゼ反応であることが示されました。
4.本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究で構築した二酵素ワンポット反応は、LNTをはじめとするtype-I型ヒトミルクオリゴ糖関連糖鎖の合成に向けた基盤技術となる可能性があります。今後、反応条件の最適化、酵素変異体の改良、基質適用範囲の拡大を進めることで、より効率的で実用的なHMO関連糖鎖合成プロセスへの発展が期待されます。また、LNTを安定して調製できる技術は、乳児栄養、腸内細菌、ビフィズス菌によるHMO利用機構、プレバイオティクス、糖鎖標準品、糖鎖機能解析などの研究に役立つと考えられます。
5.用語説明
注1 ヒトミルクオリゴ糖(Human Milk Oligosaccharides: HMOs)
母乳中に含まれる多様なオリゴ糖の総称。乳児の腸内細菌叢の形成、病原体防御、ビフィズス菌の増殖促進などに関わる重要な成分として注目されています。
注2 ラクト-N-テトラオース(lacto-N-tetraose: LNT)
Galβ1-3GlcNAcβ1-3Galβ1-4Glcという構造をもつ四糖。ヒトミルクオリゴ糖の主要なコア構造の一つであり、HMO研究や腸内細菌研究で重要な糖鎖です。
注3 GNB/LNBホスホリラーゼ(GLNBP)
ガラクト-N-ビオース(GNB)やラクト-N-ビオースI(LNB)に作用する酵素。本研究では、Gal-1PとGlcNAc-FからLNB-Fを生成する第一段階の反応に利用しました。
注4 LnbX
ビフィズス菌由来のラクト-N-ビオシダーゼ。通常はLNTなどの糖鎖を分解する酵素ですが、本研究では触媒残基を変えることで、糖鎖合成に利用可能なグライコシンターゼへと変換しました。
注5 グライコシンターゼ
糖質加水分解酵素の触媒残基を改変し、加水分解活性を抑えながら糖鎖合成反応を進められるようにした酵素。本研究では、LnbXのD418S変異体をグライコシンターゼとして利用しました。
注6 ワンポット合成法
複数の反応を、反応容器を移し替えずに連続的に行う方法。本研究では、LNB-Fを生成する反応と、それをラクトースに結合させる反応を連続的に行いました。
6. 参考図と説明





7.特記事項
掲載誌:[Glycobiology]
論文タイトル:One-pot synthesis of lacto-N-tetraose using a glycosynthase engineered from GH136 lacto-N-biosidase LnbX
著者名:Noriki Fujio, Ryota Umekage, Ami Ishikawa, Yuji Honda, Yuta Sugiyama, Motomitsu Kitaoka, Takane Katayama, Shinya Fushinobu, Chihaya Yamada
所属:明治大学、東京大学、石川県立大学、群馬大学、新潟大学、京都大学、東京大学微生物科学イノベーション連携研究機構
DOI番号:[10.1093/glycob/cwag054]
URL:[https://doi.org/10.1093/glycob/cwag054]
掲載日:2026年7月10日
助成:本研究は、JST ACT-X「環境とバイオテクノロジー」(JPMJAX21BN)、三島海雲記念財団、加藤記念バイオサイエンス振興財団の助成を受けて実施されました。
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