新型コロナ医薬品の知財保護免除案:反対国は交渉をこれ以上引き延ばしてはならない
世界貿易機関(WTO)は7月27日、一般理事会において、新型コロナウイルス感染症の医薬品やワクチン、その他の医療技術(医療ツール)に関する知的財産権保護の免除について話し合う。医療ツール普及の著しい不公平を解消し、多くの命を守ることにつながるこの画期的な免除案は、昨年南アフリカ共和国とインドから提案され、その後100カ国あまりが賛成を表明しているが、一部の富裕国などが反発している。米国は今年5月に支持に転じたが、欧州連合(EU)、ノルウェー、英国、スイスが公式な交渉の進展を引き延ばし続けている。日本は賛否の立場を明らかにしていない。
国境なき医師団(MSF)は、反対する国々に対し、交渉の引き延ばしをやめ、合意促進に向けた公式な交渉に公に参加するよう要請する。新型コロナによる死者数が世界で400万人を超える中、提案を支持する国々と力を合わせて交渉を前進させることが求められる。
国境なき医師団(MSF)は、反対する国々に対し、交渉の引き延ばしをやめ、合意促進に向けた公式な交渉に公に参加するよう要請する。新型コロナによる死者数が世界で400万人を超える中、提案を支持する国々と力を合わせて交渉を前進させることが求められる。
- 1回の投与で約20万円──高い薬価が普及を阻む
世界保健機関(WHO)は最近、重篤・重度の新型コロナ患者の治療に、トシリズマブとサリルマブという薬を使った2つの新しい治療法を推奨した。しかし、特許の独占、供給不足、価格の高さに阻まれ、多くの低・中所得国の医療従事者と患者は、これら治療法の恩恵を受けられない。
知財保護免除案に反対する国々は、新型コロナ対策の医療ツール普及を促進する方法として、製薬企業の自発的行動に頼る策を主張する。だが、実際には、企業はこうした行動を取ることはなく、新型コロナ関連の医療ツールを独占し、法外な価格で販売するという「通常通りの営業」を続けている。
トシリズマブを生産するロシュ社は、高価格での販売を続ける一方で、先日、一部の国で二次特許を行使しないという決定を発表した。この薬の生産拡大と、価格の引き下げを実現するには、全ての国での特許行使を控え、技術を共有すべきで、この取り組みは中途半端と言わざるを得ない。一方、サリルマブは、リジェネロン・ファーマシューティカルズ社によってさらに広範な国々で特許の保護下に置かれており、少なくとも50の低・中所得国で本剤とその製剤の特許を申請し、認められている。この薬は、米国では1回の投与で1830ドル(約20万1904円)という途方もない高価格で販売されている。
さらに、新型コロナ治療の新たな可能性を秘めた2つの薬、カジビリマブとイムデビマブもリジェネロン・ファーマシューティカルズ社が特許を取得しており、混合薬として投与1回分の価格がインドでは820ドル(約9万471円)、ドイツでは2000ドル(約22万660円)、米国では2100ドル(約23万1693 円)で販売されている。こうした高い薬価と独占的な行動が全世界への普及を阻んでいる。
- 低・中所得国での医療ツール生産に向けて
新型コロナのワクチンについて、アフリカ諸国は生産の現地移転を求めており、6月にはWHOの支援でmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンの技術移転ハブが南アフリカで立ち上げられた。だが、WHO承認済みのmRNAワクチンを保有し、その製造に必要な多数の特許、企業秘密、その他の製造情報を持つファイザーとビオンテック社は、最近になって、南アフリカのワクチン生産社と機密性の高い製剤化の受託製造契約を直接結んでしまった。
WTOでの免除案が採用されれば、新型コロナのパンデミックにおける主要な知財権の障壁や法的リスクが取り払われ、各国は、生産・供給量の拡大と調達先の多様化を進めることができる。つまり、各国には、ワクチン、医薬品、診断ツール、その他の様々な医療技術に関わる知財権の障壁や、増産、対象拡大、承認、供給に伴うリスクに、迅速に対処することができる政策上の選択肢が与えられ、研究開発における連携も促進できることになる。
新しい危険な変異株で打撃を受けている多くの低・中所得国では、死者の増加、病床と酸素の不足に見舞われている。一方で、これらの国では、この病気への感染を防ぎ、重症化のリスクを減らすワクチンの普及率は極めて低いままである。知財保護免除案が採用され、法的不確実性の排除と製薬企業による技術移転があれば、低・中所得国のメーカーは新型コロナ医療ツールの生産・供給拡大に踏み切れる。
MSFの南アフリカ地域メディカル担当ディレクター、トム・エルマン医師は、「現在、アフリカの多くの国では、新規と既存の変異株のまん延による死亡が多数報告されています。これらの国々はワクチン、診断ツール、重症患者の命を救うための酸素や治療薬などを切実に必要としています。WTOでの免除案は、新型コロナ対策に欠かせない医療ツールの生産を複数のメーカーへ拡大するために、法的な障壁を取り除く重要な手段です。これを阻止しようとしている国々があることに憤りを感じます。とめどない感染拡大と新たな変異株の発生を抑え込むのは、時間との戦いです。このようなときに、製薬企業の通常営業のアプローチは許されません。有望な治療法も発見の途上にあるいま、反対国は知財保護免除の提案に対する妨害をやめて、ワクチンだけでなく、治療法や診断ツール、その他の医療技術も対象に含めることに賛同する必要があります」と訴える。
- EUの対案は疑わしく厄介
知財保護免除の長期的な公衆衛生上の利点は明らかであるにもかかわらず、一部の国はWTOでのこの画期的な提案の交渉を強引に先送りし続けている。6月、EUはWTOに対案を提出。多くの支持を得ている免除案の交渉を優先せず、対案の協議を直ちに始めるように働きかけた。
MSFのアクセス・キャンペーンの上席法律・政策顧問、ユアンチョン・フーは、「EUは、緊急性と世界的な連帯を示すことなく対案を提出し、各国が採用している公衆衛生上の重要なセーフガードの一部を制限しようとしています。EUの対案には、特に新しい内容も、現行のルールで対応しきれない問題を補う内容もなく、パンデミックの深刻化をくい止める効果は期待できません。パンデミック下で、より迅速な選択肢を求める世界的な合意の意欲が高まっているのにもかかわらず、EUがそれを阻止すべく、疑わしく厄介な策略を講じているのは明らかです。このウイルスが世界中で何百万人もの命を奪い続けているいま、これ以上貴重な時間を無駄にするわけにはいかないのです」と指摘する。
「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」の義務免除という画期的な提案は、まず2020年10月にインドと南アフリカが発議。現在、63カ国が公式に共同提案国となり、合計約100カ国の支持を得ている。また、何百もの市民社会団体、学者、科学者、医師会、労働組合、WHOや国連合同エイズ計画(UNAIDS)などの国連機関など、世界で幅広く支持を得ている。最近では、知財を専門とする法律家と学者100名以上が連名でこの提案を支持する書簡を発表した。
- 新型コロナウイルス感染症ワクチンの公平な普及を実現するために
MSFは、この知財保護免除案の支持に加えて、各国政府に対し、公衆衛生のセーフガードとしてすでに設けられているTRIPSの柔軟性を十分に活用することも含めて、あらゆる法的・政策的手段を用いて新型コロナウイルス用医療ツールの継続的な生産と供給の多様化を促進することを求めている。また、新型コロナワクチンを十分に確保している国々の政府に対しては、そのワクチンを直ちに「COVAXファシリティ」を通じて再分配するよう求めている。MSFは、ファイザー/ビオンテック社とモデルナ社が保有しているmRNAワクチンの技術とノウハウを、低・中所得国のメーカーと共有するよう働きかけることを、米国政府とドイツ政府に対し求める。また、WHOのmRNA技術移転ハブを財政的・政治的に支援するよう、全ての政府に求めている。
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