JAK阻害薬に機械的かゆみの即時的な治療効果があることを発見
― 機械的かゆみ抑制機序の一端が明らかに ―
順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所・順天堂かゆみ研究センターの豊澤優衣 大学院生、古宮栄利子 准教授(薬学部兼任)、髙森建二 特任教授らの研究グループは、かゆみを伴う疾患に共通した病態である「ドライスキン(*1)状態のマウスを用いて、アトピー性皮膚炎の治療薬であるヤヌスキナーゼ(JAK)阻害薬(*2)に機械的かゆみ過敏(*3)の即時的な治療効果があることを発見しました。また上記の治療効果が、2型サイトカイン(*4)かゆみ過敏誘発作用を標的としている可能性を示しました。本成果は、JAK阻害薬の迅速なかゆみ抑制機序の一端を明らかにするとともに、今後アトピー性皮膚炎を含めたドライスキン病態のかゆみ治療法のさらなる開発にも役立つ可能性があります。本論文はJournal of Dermatological Science誌のオンライン版に2024年10月22日付で公開されました。
本研究成果のポイント
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JAK阻害薬がドライスキンモデルマウスの機械的かゆみを即時的に抑制することを発見
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ドライスキンモデルマウスの皮膚において2型サイトカインが検出され、JAK阻害薬は2型サイトカインによる機械的かゆみにも即時的な効果を示した。
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JAK阻害薬のかゆみ抑制機序の一端が明らかに
背景
JAK阻害薬は、2020年以降に使用が開始された比較的新しいアトピー性皮膚炎の薬です。JAK阻害薬を服用した患者さんの中には、炎症にはまだ効果が見られないような服用初期において、かゆみが先に治まった例が多く報告されています。しかし動物モデルでは、JAK阻害薬はアトピー性皮膚炎の炎症とかゆみの両方に効果があるものの、一定期間連続的に投与した場合でしか効果が知られていませんでした。一方、アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患では発症初期から、健康な人が何も感じないような弱い機械刺激でかゆみが引き起こされる、「機械的かゆみ過敏」と呼ばれる現象が起こりやすく、これにより患部を掻き崩すことが、炎症やかゆみを悪化させる引き金となっているといわれています。そこで本研究では、アトピー性皮膚炎などのかゆみの形成に深い関与が知られる「ドライスキン」の病態マウスを用いて、この「機械的かゆみ過敏」に対するJAK阻害薬の治療効果とその機序を調べました。
内容
本研究では、アセトン‐エーテル混合溶液と水を1日2回, 6日間にわたって反復塗布することによりドライスキンモデルを作製し、7日目に械的かゆみ過敏が起きていることを確認しました。このマウスに、各種JAK阻害薬(JAK1/2阻害薬デルゴシチニブ、JAK1選択的阻害薬アブロシチニブ、JAK2選択的阻害薬AZ960)を飲ませたところ、上記全てのJAK阻害薬が、単回投与で投与30分後すぐに、目に見える炎症の変化を起こすことなく機械的かゆみ過敏を抑制しました。また、JAK1選択的阻害薬とJAK2選択的阻害薬の効果を比較したところ、JAK1阻害薬の方がより機械的かゆみ過敏を抑制することが分かりました。そこでこの結果を受け、最も効き目があったJAK1選択薬について、機械的かゆみ過敏を抑制する機序を調べました。JAK阻害薬の標的であるJAK(*5)は様々なサイトカイン(*6)が作用を発揮する際に重要な役割を担っています。このことから今回は、サイトカインの中でもかゆみを直接誘発することが報告されているインターロイキン (IL)-4, IL-13, TSLPといった2型サイトカインに着目し、さらなる解析を行ないました。低用量のIL-4, IL-13, TSLPを無処置マウスの皮膚に注射したところ、それぞれ目立った炎症をおこすことなく機械的かゆみ過敏を引き起しましたが、その全てがJAK1選択的阻害薬の単回投与によって抑制されることが分かりました。
さらにドライスキンモデルマウスの皮膚では、無処置や水のみを処置したマウスの皮膚と比べ、TSLPがはっきりと増加し、IL-4やIL-13についても増加傾向にあることが分かりました。また、ドライスキンモデルマウスの皮膚では、JAK1やJAK2といったJAKが、末梢神経に存在していることが示唆されました。
以上の実験結果から、各種JAK阻害剤は機械的かゆみ過敏の即時的な治療効果を有していることが明らかになったとともに、JAK1選択的阻害薬は、皮膚中の末梢神経に存在しているJAKに作用することで、IL-4、IL-13、TSLPといった2型サイトカインによるかゆみ過敏誘発作用を抑制することにより、ドライスキンモデルマウスの機械的かゆみ過敏を即時的に抑制している可能性が示されました(図1)。
今後の展開
今回研究グループは、アトピー性皮膚炎などの病態形成に重要なドライスキンのモデルマウスにおいて、各種JAK阻害薬が目立った炎症への変化を示さずに、単回投与で機械的かゆみ過敏を抑制することを発見したとともに、JAK1選択的阻害薬を用いて、その機械的かゆみ過敏抑制機序についても解明しました。さらなる解析が必要ですが、今回の結果からJAK阻害薬が炎症抑制作用とは別に、2型サイトカインの持つかゆみ過敏誘発作用を直接抑制している可能性が強まりました。また研究グループは、今回の結果と過去の報告から、ドライスキンの病態においてIL-4、IL-13、TSLPがどのようにJAKを介して機械的かゆみ過敏を誘発しているかについて、掻き崩しなどによってTSLPがケラチノサイト(*7)から分泌され、TSLPが2型自然リンパ球(ILC2)(*8)や2型ヘルパーT細胞(Th2)(*9)を活性化することで、これらの細胞がIL-4やIL-13を産生し、TSLP、IL-4、IL-13はそれぞれ末梢神経上の受容体(*10)に結合することでJAKを活性化してかゆみ過敏を誘発しているのではないか(図1)と考えており、今後この仮説の真偽をあきらかにしていく予定です。これらの解析を介して、アトピー性皮膚炎を含めたドライスキン病態のかゆみに対する、より有効な治療法の確立を目指します。
健常皮膚では炎症が起こっていないことから皮膚に常に存在している2型自然リンパ球(ILC2)からも2型サイトカインは殆ど分泌されず、機械的かゆみ過敏が起こりにくい。ところがドライスキンでは皮膚の乾燥の結果、掻き崩しによって表面が壊れ、TSLPが放出されることで、ILC2やヘルパーT2細胞(Th2)が活性化され、IL-4やIL-13の産生が促進される可能性があります。TSLP, IL-4, IL-13は末梢神経上に存在するそれぞれの受容体(IL-4R,IL-13R,TSLPR)から、JAK1を介して機械的かゆみを誘発していると考えらえます。よってJAK1選択的阻害薬(JAK1阻害薬)は、TSLP, IL-4, IL-13が引き起こす機械的かゆみ過敏を抑制することで、連続投与における炎症に対する作用とは別に、速やかにかゆみを抑制している可能性があります。
用語解説
*1 ドライスキン: 乾燥を呈する皮膚病態のこと。アトピー性皮膚炎などのかゆみを伴う疾患の多くで、共通して観察されることから、広くかゆみの誘発メカニズムや、抗かゆみ薬の治療効果の評価系として使用されている。
*2 JAK阻害薬: 2020年以降に使用が開始されたアトピー性皮膚炎治療薬。ヤヌスキナーゼ(JAK)を阻害することで治療効果を発揮する。JAK1とJAK2を阻害するJAK1/2阻害薬、JAK1のみを阻害するJAK1選択的阻害薬などがある。
*3 機械的かゆみ過敏: 通常ではかゆみを引き起こさない程度の弱い触刺激(機械刺激)でもかゆみが引き起こされる現象。機械的アロネーシスとも呼ばれている。
*4 2型サイトカイン: アレルギー性疾患等の2型炎症の発症に関与する生理活性物質(サイトカイン)の一種。代表的なものに、IL-4、IL-13、IL-31、TSLPなどが存在する。これらのサイトカインはJAK酵素ファミリーを介して炎症やかゆみを誘発することが知られている。
*5 ヤヌスキナーゼ(JAK): 細胞内でサイトカインや増殖因子といった体の働きに重要な因子を働かせる経路に広く存在する酵素群のこと。AK1、JAK2、JAK3、チロシンキナーゼ2(TYK2)の4種類がある。
*6 サイトカイン: 細胞から分泌されるタンパク質で、細胞間の情報伝達を担う生理活性物質の総称。炎症や免疫のほか、かゆみにも関与していることが知られている。
*7 ケラチノサイト: 皮膚の最も外側に位置する表皮を構成している細胞。
*8 2型自然リンパ球(ILC2): 2型サイトカインを産生する性質を持ち、皮膚などの組織に常在している免疫細胞。宿主防御、バリアの維持、恒常性の維持などに関わる。
*9 2型ヘルパーT細胞(Th2): ヘルパーT細胞と呼ばれる免疫細胞のうち、2型サイトカインを産生する性質を持つ細胞。アレルギー疾患などの病態形成に関わる。
*10 受容体: 細胞外からの生理活性物質などを選択的に認識して様々な応答を引き起こすタンパク質の総称。
原著論文
本研究はJournal of Dermatological Science誌のオンライン版に2024年10月22日付で公開されました。
タイトル: Type 2 cytokine-JAK1 signaling is involved in the development of dry skin-induced mechanical alloknesis
タイトル(日本語訳): タイプ2サイトカインJAK1シグナル伝達はドライスキン誘発性機械的かゆみ過敏の発症に関与している
著者: Yui Toyosawa, Eriko Komiya, Takahide Kaneko, Yasushi Suga, Mitsutoshi Tominaga, Kenji Takamori
著者(日本語表記): 豊澤優衣1)2)、古宮栄利子1)3)、金子高英2)、須賀康2)、冨永光俊1)、髙森建二1)2)
著者所属: 1) 順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 順天堂かゆみ研究センター、2) 順天堂大学 浦安病院 皮膚科、3)順天堂大学薬学部 機能形態学分野
DOI: 10.1016/j.jdermsci.2024.10.002
本研究はJSPS科研費20H03568, 20K08680, 23K18407 および22H02956の支援を実施されました。本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。
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