日本人高齢サルコペニア患者の腸内細菌叢の特徴について解析

- 多様性の低下、酪酸産生菌属の低下、男女の違いを確認 -

学校法人 順天堂

順天堂大学の浅岡大介教授(※1,2,3)、大草敏史特任教授(※2,3)、佐藤信紘特任教授(※2,3)らのグループは、順天堂東京江東高齢者医療センター 消化器内科に来院された高齢者の男女(398名)を対象に、サルコペニア患者と非サルコペニア患者の腸内細菌叢を解析しました。男性のサルコペニア患者では、腸内細菌叢の多様性が低下し、酪酸産生に関与する細菌群の占有率が低下していることを確認しました。これらの細菌群は、筋力関連の指標と正の相関関係が認められたことから筋機能の低下に関係する可能性が示唆されました。一方、女性サルコペニア患者ではこの関連性が観察されず、男女で腸内細菌の筋肉への影響が異なる可能性が考えられました。これらの結果から、腸内細菌叢の制御がサルコペニア予防に繋がる可能性があり、食生活など腸内細菌叢のケアの重要性が示されました。本研究はNutrients誌のオンライン版に2025年5月21日付で公開されました。

※1:順天堂大学医学部附属 順天堂東京江東高齢者医療センター 消化器内科

※2:順天堂大学大学院 医学系研究科 腸内フローラ研究講座

※3:順天堂大学 健康総合科学先端研究機構 ジェロントロジー研究センター

本研究成果のポイント

  • 男性サルコペニア患者では、非サルコペニア患者に比べて腸内細菌叢のα多様性が有意に低下しβ多様性にも有意な違いが観察された。

  • 男性サルコペニア患者では、短鎖脂肪酸の一種である酪酸の産生に関連する細菌属の占有率や検出率の有意な低下が観察され、これらの細菌属は骨格筋量、握力、歩行速度と正の相関が認められた。

  • 女性サルコペニア患者では上記の腸内細菌叢との関連性は、観察されなかった。

背景

サルコペニアは加齢に伴い筋肉量が低下することで機能障害となる高齢者で多くみられる疾患で、超高齢社会のわが国において健康長寿を妨げる一因となっています。サルコペニアは単なる筋肉の疾患ではなく、高齢者のフレイル(*1)、自立性の喪失、施設への入所、死亡のリスク増加などに繋がります。近年、腸内細菌叢の研究が盛んになり、炎症を抑制する短鎖脂肪酸などを産生する腸内細菌がサルコぺニアの病態と関連していることを示唆する報告が増えています。しかし、日本の高齢者における腸内細菌叢と筋肉との関連性に関するデータは限られています。そこで、本研究では、日本人の高齢者を対象に、アジア・サルコペニアワーキンググループ(AWGS)2019 の基準に基づきサルコペニアと診断された患者の腸内細菌叢の特徴を明らかにすることを目的としました。

内容

研究方法

  • 対象者: 順天堂東京江東高齢者医療センターに外来受診された65歳以上の男女398名のうち、腸内細菌叢データを有する男女356名の高齢者。

  • 解析手法: 356名の高齢者におけるサルコペニアの診断は、アジアにおけるサルコペニア診断基準としては2019年に改訂版となり最新の診断基準であるAWGS 2019の診断基準に従い、サルコペニア患者(男性:35名 女性:15名)と非サルコペニア患者(男性:109名 女性:197名)に群分けしました。

それぞれの参加者から収集した糞便を用いてDNAを抽出し、16S rRNA遺伝子配列について次世代シークエンサーを用いて解析して腸内細菌叢データを得ました。

前向き横断研究にて、日本人サルコペニア患者の腸内細菌叢の特徴について、下記の検討を行いました。

 (1)サルコペニアに関連する、腸内細菌叢のα多様性・β多様性・性差

 (2)サルコペニアに関連する、腸内細菌属の占有率や検出率

 (3)骨格筋量、握力、歩行速度と腸内細菌属との関連

サルコペニアの診断基準(AWGS 2019: Asian Working Group for Sarcopenia)は下記を満たすもの

AWGS 2019: Asian Working Group for Sarcopeniaの提唱するサルコペニア診断でサルコペニアと診断された患者 具体的には、下記の1か2、または両者該当し、かつ、3に該当すること 

1.握力低下: 男性<28kg, 女性<18kg  

2.歩行速度低下: < 1.0 m/sec  

3.筋肉量の測定でDXA法による骨格筋量指数 (SMI) の低下 (男性<7.0kg/m2, 女性<5.4kg/m2)

研究結果

1.サルコペニア患者の腸内細菌叢の多様性について

男性のサルコペニア患者(35名)と非サルコペニア患者(109名)について、腸内細菌叢の多様性(*2)を比較解析しました。α多様性(各被験者の腸内細菌叢に含まれる細菌の種類や各細菌の割合を示す)においては、一部の指標(Shannon, Observed features, Pielou evenness)でサルコペニア患者が非サルコペニア患者より有意に低い多様性を示すことが分かりました(図1(a))。一方、女性のサルコペニア患者(15名)と非サルコペニア患者(197名)の比較では、両者に有意なα多様性の違いは認められませんでした(図1(b))。

図 1. サルコペニア患者(SA)と非サルコペニア患者(non-SA)の腸内細菌叢α多様性の比較

 (a)男性SA患者(35名)とnon-SA患者(109名)のα多様性を示す各指標

 (b)女性SA患者(15名)とnon-SA患者(197名)のα多様性を示す各指標

*:p<0.05, **:p<0.01

また、男性のサルコペニア患者と非サルコペニア患者のβ多様性(被験者間の腸内細菌叢の構成の類似度を示す)において有意差が観察されたことから、両者の腸内細菌叢の構成が異なることが分かりました。

一方、女性においては、β多様性に有意差は観察されませんでした(図2)。

図 2. サルコペニア患者(SA)と非サルコペニア患者(non-SA)の腸内細菌叢β多様性の比較  *:p<0.05, **:p<0.01

2.サルコペニア患者の腸内細菌叢の特徴について

男性サルコペニア患者の腸内細菌叢の特徴を調べるため、非サルコペニア患者と占有率に有意な違いが観察される細菌属を調べたところ、6つの菌属(Eubacterium I、Fusicatenibacter、Holdemanella、Enterococcus H、Unclassified Lachnospira、Bariatricus)において、サルコペニア患者で腸内細菌に占める割合が低下していることが確認されました。特に、 Eubacterium I、 Holdemanella、Enterococcus H、Bariatricusの4菌属は、サルコペニア患者では検出率も低いことが分かりました(図3(a)) 。

しかしながら、女性のサルコペニア患者では、これらの菌属の占有率や検出率において、非サルコペニア患者との違いは見つかりませんでした(図3(b))。

図3 サルコペニア患者(SA)と非サルコペニア患者(non-SA)で占有率の異なる腸内細菌属

縦軸は各細菌属の相対的な占有率を示す。
*:p<0.05, **:p<0.01

さらに、男性サルコペニア患者で低下していた細菌属について、各被験者の年齢や筋力指標(骨格筋量、握力、歩行速度)との相関関係を調べました。男性において、Holdemanella は骨格筋量と、Fusicatenibacter とEnterococcus H は握力・歩行速度と、Unclassified Lachnospira は握力と正の相関関係が観察されました。

一方、女性では同様の相関関係は認められませんでした(図4)。

図4 腸内細菌属の占有率と年齢・骨格筋量・握力・歩行速度との相関関係

それぞれのスピアマンの順位相関係数についてヒートマップで示した。

*:p<0.05, **:p<0.01

考察

本研究において、男性サルコペニア患者で低下していた腸内細菌属には、短鎖脂肪酸の酪酸の産生に関与する細菌が含まれていました。酪酸は、免疫調節作用など様々な機能性を有する腸内細菌の代謝物の一つで、日本の健康な高齢者の腸内では酪酸産生菌の占有率が高いことが報告されています。短鎖脂肪酸(酪酸)は筋タンパク質の合成の促進や筋肉萎縮を誘導する炎症を抑制することで、筋力を維持する作用が報告されています。

また、本研究でサルコペニアと強い関連性が観察された菌属 Eubacterium I には、フラボノイドを代謝するEubacterium ramulus (E.ramulus)という菌種が含まれます。野菜などのポリフェノールを摂取することで腸内でE.ramulus が増えることが知られていますが、興味深いことに、我々の以前の研究で、慢性腎疾患を持つサルコペニア患者では野菜の摂取量が有意に少ないことを見出しております。フラボノイドには筋肉の萎縮を抑制する作用が示唆されており、より詳細な研究が必要ですが、野菜摂取量の少ないサルコぺニア患者の腸内でE.ramulus など有用な細菌が低下し、加齢に伴い筋力が低下しやすくなってしまう可能性が考えられ、サルコペニアにおける食生活の重要性が改めて示されました。

重要なこととして、これらの腸内細菌叢の変化は女性サルコペニア患者では観察されませんでした。日本人のサルコペニア患者では、筋力に関係する腸内細菌やその役割が男女で異なると予想されますが、単施設での研究結果でもあることから、今後さらなる研究が必要とされます。

今後の展開

順天堂大学医学部附属 順天堂東京江東高齢者医療センターは、超高齢社会・人生100年時代において、健康寿命延伸対策として、健康長寿いきいきサポート外来を開設し、各内科疾患のみならず、フレイル・サルコペニア・認知症・骨粗鬆症診療も合わせて行い、高齢者をトータルマネージメントすることにより健康長寿に積極的にかかわり、予防対策に努めてきている。今後、本研究での知見をもとに、高齢者の健康寿命延伸を目標に、腸内細菌叢の制御によるサルコペニアを含めた様々な全身疾患に対する検討・研究をすすめていきたいと考えています。

用語解説

*1 フレイル

加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態。

*2 腸内細菌叢の多様性

腸内細菌叢に含まれる細菌の種類の数や各細菌の占有率を表す指標。α多様性とβ多様性が含まれる。

・α多様性:1人の患者(個体)の腸内細菌叢における細菌の多様性を表す。

 α多様性が高いと多種多様な腸内細菌が含まれていることを示し、健康の維持に重要と考えられている。 

 Shannon:検出された種の数と均等度 、Observed features:検出された種の数、Pielou evenness:均等度

・β多様性:患者(個体、検体)間の多様性の類似度を示す。腸内細菌叢の構成(細菌の種類や各細菌割合)について、被験者間でどの程度類似しているかを表す。

原著論文

本研究はNutrients誌のオンライン版に2025年5月21日付で公開されました。

タイトル: Sex-Specific Associations of Gut Microbiota Composition with Sarcopenia Defined by the Asian Working Group for Sarcopenia 2019 Consensus in Older Outpatients: Prospective Cross-Sectional Study in Japan

タイトル(日本語訳): AWGS2019基準でサルコペニアと診断された高齢外来患者の性別特異的な腸内細菌叢構成:日本人前向き横断研究

著者: Daisuke Asaoka 1,2*, Kazuya Toda 3, Shin Yoshimoto 2, Noriko Katsumata 2, Toshitaka Odamaki 2, Noriyuki Iwabuchi 2, Miyuki Tanaka 3, Jin-Zhong Xiao 2, Yuriko Nishikawa 2, Osamu Nomura 1, Tsutomu Takeda 4, Akihito Nagahara 4, Shigeo Koido 5, Toshifumi Ohkusa 2,5 and Nobuhiro Sato 2

著者(日本語表記): 浅岡大介1) 2)、戸田一弥3)、吉本真2)、勝又紀子2)、小田巻俊孝2)、岩淵紀介2)、田中美順3)、清水金忠2)、西川百合子2)、野村収1)、竹田努4)、永原章仁4)、小井戸薫雄5)、大草敏史2) 5)、佐藤信紘2)

著者所属: 1)順天堂大学医学部附属 順天堂東京江東高齢者医療センター 消化器内科、2)順天堂大学 大学院医学系研究科 腸内フローラ研究講座、3)森永乳業株式会社基礎研究所、4)順天堂大学医学部消化器内科、5)東京慈恵会医科大学附属柏病院 消化器・肝臓内科

DOI: https://doi.org/10.3390/nu17101746

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業種
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本社所在地
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電話番号
03-3813-3111
代表者名
小川 秀興
上場
未上場
資本金
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設立
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