独自開発の計算科学ー情報科学ー実験科学の融合手法で新たな環化付加型反応を開発!

国立大学法人千葉大学

 大学院薬学研究院 原田慎吾講師及び根本哲宏教授の研究グループは、量子化学計算を活用したこれまでにない手法で、新しいタイプの環化付加型反応(注1)の開発に成功しました。本研究成果により、これまでは合成が困難だった縮環式の化合物を迅速かつ選択的に合成できることから、生物活性(注2)を有する複雑分子の開発への展開で、医薬品や機能性分子の開発など、他分野への波及効果が期待できます。この研究成果は2024年3月14日にNature Communicationsに掲載されました。
  • 研究の背景

 シクロヘプタトリエン(CHT)類と呼ばれる化合物は、化学反応の足掛かりとなる不飽和結合を持っており、また抗腫瘍活性を示す化合物も存在することから注目される分子です。CHTは7つの炭素原子が環構造を形成した(7員環)化合物で、6員環のノルカラジエン(NCD)類と混ざった状態(平衡状態)で存在することが知られています。このCHTとNCDはいずれも様々な分子変換法により多様な化合物へと誘導できる可能性を秘めています。しかし、図1のようなNCD/CHTと様々な分子の材料となるエノファイルの環化付加型反応を想定した場合、様々な反応パターンが考えられ、それぞれ異なる生成物を生じえます。また、どのような時にCHTまたはNCDが選択的に反応するかを解明する研究はほぼ行われていませんでした。合成化学的な応用を考えた場合、欲しい化合物を選択的に作る必要があるため、単一の化合物を与える反応の開発が望まれます。研究グループは以前よりカルベン種(注3)を用いる不斉脱芳香族化反応(注4)の開発に取り組んできました。本研究では継続した研究展開として、カルベン反応によって得られるCHT/NCDの選択的な分子変換法の開発に挑戦しました。


  • 研究成果1- 理論解析

 研究グループは、CHT及びNCDと環化付加型反応が進行するエノファイルの候補を効率的に選抜するため、量子化学計算を用いて反応に関与する分子軌道を解析し、それらを学習データセットとする機械学習モデルを作成しました。この機械学習モデルは、反応の進行の可否に大きく関わるファクターを予測するモデルです。化合物のSMILES(注5)からこのファクターを予測することができます(図2(a))。即ち、化合物の”名札”から化合物の”反応性”を算出することができます。この機械学習モデルを用いて得られた結果をエノファイルの種類ごとにまとめました。反応が進行することがわかっているトリアゾリン類をベンチマークとして、この手法の精度や実際の実験系と合致しているかを確認しました。当初は予測精度が低かったのですが(50%以下の精度)、モデルチューニングや学習データ数の向上を行うことで精度が上がりました。

 その結果、図2(b)のような指標が作成でき、ニトロソ化合物群とアライン類との反応性が高く、その他の官能基とは反応性が低いと予想されました。実験系での検討は図2(c)に示したとおりとなり、溶媒検討や加熱が必要など反応条件の最適化が必要でしたが、本研究で開発した機械学習モデルがまずまずの精度(80%以上の精度)で反応進行の可否を評価できることがわかりました。


  • 研究成果2-反応開発と展開

 図3に示した通り、アライン種を用いると、NCDと反応して[4+2]-環化付加型反応が進行し(赤枠)、ニトロソ化合物を用いると、CHTと反応して[6+2]-環化付加型反応が進行(青枠)しました。即ち、エノファイルの種類によって異なる反応を起こすことが明らかになり、またほぼ単一の異性体として生成物が単離されました。ニトロソベンゼンとの反応で進行した[6+2]-環化付加型反応は、通常加熱条件では進行しない珍しい反応でした。さらに同研究グループは、イナミド化合物から銀カルベン種を発生させ(緑枠)CHT/NCDの調製、環化付加反応まで同一反応容器内で行い、連続反応へと展開することに成功しました。

 本手法により、シンプルな構造を持つ物質から、3次元的に複雑な縮環式化合物へ一挙に変換することに成功しました。また、ニトロソ化合物との新規環化付加型反応によって得られた3環式化合物を変換し、7員環内にある全ての不斉炭素の立体化学が制御されたシクリトール(注6)の合成にも成功しました。このような化合物は、これまでの手法では合成困難であるため、本手法が有用物質合成法の選択肢として活用が期待されます。


  • 研究者のコメント(千葉大学大学院薬学研究院 原田慎吾 講師)

 今回の研究によって、計算科学や情報科学によって得られるデータが、分子の反応性予測に有効であることが示されました。一方で、化学反応は極めて複雑であり完全な予測は困難ですが、多くのデータを使って化学的性質を比較し、トレンドを知ることは工夫しだいで可能だと思われます。本研究のより詳細な解析については、オープンアクセス学術誌ですので原著論文を参照して頂ければ幸いです。本研究で開発された手法を用いることで、立体的な分子を選択的に合成することができます。このような分子群やその誘導体は、創薬科学研究においても有用であると考えており、現在生物活性試験に向けて準備を行っております。


  • 研究プロジェクトについて

 本研究は主に、科学研究費助成事業デジタル有機合成、武田科学振興財団研究助成の支援により遂行されました。


  • 用語解説

注1)環化付加型反応: 2つの反応成分が2つの結合を形成し、環状化合物を生成する反応。

注2)生物活性:生物に対して、何かしらの効果を発揮する性質や状態(=活性)のこと。

注3)カルベン種:炭素原子は四配位の状態(結合手が4本)が安定であるのに対して、不安定な中性二配位の状態の活性種。

注4)脱芳香族化反応:ベンゼンに代表される平面的な芳香族化合物を、三次元構造をもつ脂環式化合物へと変換する反応。

注5)SMILES:化合物をコンピュータが理解しやすい英数字の文字列で表す手法の一つ。

注6)シクリトール:環構造の原子に3つ以上のヒドロキシ基が導入されているシクロアルカンの総称。生物活性を持つ分子やその合成中間体となる。


  • 論文情報

論文タイトル:Valence-isomer selective cycloaddition reaction of cycloheptatrienes-norcaradienes

著者: Shingo Harada,* Hiroki Takenaka, Tsubasa Ito, Haruki Kanda, Tetsuhiro Nemoto*

雑誌名: Nature Commnications

DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-024-46523-1


  • 参考文献

論文タイトル:Chemoselective Asymmetric Intramolecular Dearomatization of Phenols with α‐Diazoacetamides Catalyzed by Silver Phosphate

著者:Hiroki Nakayama, Shingo Harada,* Masato Kono, Tetsuhiro Nemoto*

雑誌名:Journal of the American Chemical Society

DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.7b04813

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会社概要

国立大学法人千葉大学

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URL
https://www.chiba-u.ac.jp/
業種
教育・学習支援業
本社所在地
千葉県千葉市稲毛区弥生町1-33  
電話番号
043-251-1111
代表者名
横手 幸太郎
上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月