運動が脳を守る新たな仕組みを解明

― 血小板を介した「ミトコンドリア移行」による脳梗塞・白質障害の保護効果 ―

学校法人 順天堂

順天堂大学医学部神経学講座・健康総合科学先端研究機構の稲葉俊東特任助教、順天堂大学大学院医学研究科神経学の宮元伸和准教授、服部信孝特任教授らの研究グループは、運動によって骨格筋で増加したミトコンドリア*1が、血小板を介して脳へ運ばれるという新しい生体防御機構を明らかにしました。本研究は、運動が困難な患者にも応用可能な、脳卒中後遺症や血管性認知症に対する新たな治療戦略につながる成果となる可能性を秘めており、今後臨床応用を目指していきます。本論文はMedComm誌のオンライン版に2026年1月15日付で公開されました。

本研究成果のポイント

  • 運動によって骨格筋で増加したミトコンドリアが、血小板を介して脳へ運ばれることを実験的に証明

  • 脳梗塞モデル・慢性脳低灌流モデルにおいて、白質障害、炎症、認知・運動機能障害が有意に改善

  • 運動効果の本質として、サイトカインやマイオカインに加え、「ミトコンドリアそのもの」が重要な分泌因子(セクレトーム)である可能性を提示

  • 高齢社会における脳卒中後遺症や血管性認知症に対する、新しい予防・治療戦略への応用が期待

背景

脳梗塞に対しては、血栓回収療法や血栓溶解療法といった急性期治療が大きな効果を示していますが、これらは発症から限られた時間内にしか適用できません。そのため、多くの患者では急性期以降、後遺症を軽減するための対症的な治療やリハビリテーションが中心となります。

一方、日本を含む多くの国が超高齢社会を迎える中で、サルコペニア*2(加齢に伴う筋肉量低下)やフレイルは、脳卒中後の機能回復を妨げる重要な因子と考えられています。運動が脳卒中の予防や回復に有効であることは知られていましたが、その分子・細胞レベルでの仕組みは十分に解明されていませんでした。

近年、細胞間でミトコンドリアが移動し、障害を受けた細胞を保護する「細胞間ミトコンドリア移行」という新しい概念が注目されています。本研究では、運動によって増加した骨格筋由来のミトコンドリアが、血液中をどのように移動し、脳虚血病態にどのような影響を与えるのかを詳細に解析しました。

内容

本研究では、マウスを用いた慢性脳低灌流モデル*3(白質障害・認知機能障害モデル)および急性脳梗塞モデルを用い、低強度のトレッドミル運動が脳虚血に与える影響を検討しました。

その結果、運動を行ったマウスでは、白質障害やミエリン脱落の進行抑制、記憶障害や運動障害の改善、脳梗塞縮小効果、神経炎症の抑制と、保護的アストロサイトの維持が認められました(図1)。

さらに解析を進めたところ、運動によって骨格筋内のミトコンドリア量と機能が増加し、それらが血液中に放出され、血小板に取り込まれていることが明らかになりました。血小板は脳虚血部位に集積する性質を持つため、運動で増加したミトコンドリアが血小板によって脳へ運ばれている可能性が示されました。

図1 運動による白質保護効果と脳梗塞縮小効果

血小板を介したミトコンドリア輸送の証明

筋肉内のミトコンドリアを蛍光標識して追跡したところ(図2)、蛍光シグナルは血液中では主に血小板内に存在しました。脳虚血部位では、アストロサイト、オリゴデンドロサイト系細胞、神経細胞、血管内皮細胞に取り込まれていることが確認されました(図3)。

図2 ミトコンドリア追跡実験1

筋肉内のミトコンドリアを緑に標識し24時間後に評価したところ、各種臓器、脳に緑のシグナルを確認した。

図3 ミトコンドリア追跡実験2

全血中では血小板に一致して緑のシグナルを認め、buffy coatに一致してシグナルを認める

細胞レベルでの保護効果

培養細胞を用いた解析では、骨格筋由来ミトコンドリアが、虚血環境下での神経細胞の生存を促進し、オリゴデンドロサイトの成熟を促し、白質環境を維持することと同時に、炎症性アストロサイトへの変化を抑制し、保護的アストロサイト表現型を維持することが確認されました。これらの結果から、ミトコンドリア移行は単なるエネルギー供給にとどまらず、脳内細胞間の恒常性維持や炎症制御にも関与していると考えられます。

富ミトコンドリア血小板治療の効果

さらに、運動負荷を行った動物から採取した血小板(ミトコンドリアを多く含む)を別の虚血モデルマウスに投与すると、慢性脳虚血モデルにおいては、白質障害および認知機能障害の進行抑制、急性期モデルにおいては脳梗塞体積の縮小と脳梗塞後の運動機能回復が再現され、運動の保護効果の本体が血小板由来ミトコンドリアであることが強く示唆されました(図4)。

図4 富ミトコンドリア血小板治療効果

今後の展開

本研究は、運動が脳を守る仕組みとして、従来注目されてきたマイオカインやサイトカインに加え、「ミトコンドリアそのものが分泌因子として働く」という新しい視点を提示しました。

この知見は、脳卒中後遺症の軽減・血管性認知症の予防・高齢者におけるフレイル・サルコペニア対策といった分野への応用が期待されます。また、運動が困難な患者に対しても、血小板由来ミトコンドリアを用いた新規治療戦略につながる可能性があります。

今後は、ヒトにおける検証や、安全性・有効性を評価する臨床研究を進めることで、脳卒中治療および予防の新たな選択肢としての実用化を目指します。

用語解説

*1 ミトコンドリア:細胞内の小器官で、「エネルギー工場」と呼ばれ、呼吸によって取り込んだ酸素と栄養素から生命活動に必要なエネルギー(ATP)を作り出す主要な役割を担っています。このエネルギーは、筋肉の収縮、神経伝達、細胞の修復など、体内のあらゆる活動に使われます。

*2 サルコペニア:加齢などにより筋肉の量と筋力、身体機能が低下した状態を指し、「筋肉の減少」を意味するギリシャ語が語源です

*3 慢性脳低灌流モデル:マウスなどの動物モデルで、脳への血流が持続的に低下した状態(慢性脳低灌流)を作り出し、それによって引き起こされる脳萎縮や認知機能低下、アルツハイマー病関連タンパク質の蓄積などの病態を研究するための実験モデルです。

原著論文 

本研究はMedComm誌のオンライン版に2026年1月15日付で公開されました。

タイトル: Mitochondrial intercellular transfer via platelets after physical training exerts neuro-glial protection against cerebral ischemia

タイトル(日本語訳): 運動が脳を守る新たな仕組みを解明 ― 血小板を介した「ミトコンドリア移行」による脳梗塞・白質障害の保護効果 ―

著者: Toshiki Inaba 1), PhD; Nobukazu Miyamoto 1); Kenichiro Hira 1); Chikage Kijima 1); Yoshifumi Miyauchi 1); Hai-Bin Xu 1); Kazo Kanazawa 1); Yuji Ueno 1,2); Nobutaka Hattori 1,3)

著者(日本語表記):稲葉俊東1)、宮元伸和1)、平健一郎1)、木島千景1)、宮内淑史1)、徐海濱1)、金沢華造1)、上野祐司1,2)、服部信孝1,3)

著者所属: 1)順天堂大学医学部神経学講座、2)山梨大学医学部内科学講座神経内科学教室、3)理化学研究所脳神経化学研究センター神経変性疾患共同研究室、

DOI: 10.1002/mco2.70590    

本研究は、JSPS科研費JP22K15652の支援、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(課題番号:S1411066)の支援により実施されました。

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会社概要

学校法人 順天堂

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URL
http://www.juntendo.ac.jp/
業種
教育・学習支援業
本社所在地
東京都文京区本郷2-1-1
電話番号
03-3813-3111
代表者名
小川 秀興
上場
未上場
資本金
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設立
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