新薬開発に役立つ複雑な化合物の1工程合成に成功 〜ランタノイドが拓く創薬と環境の未来〜

国立大学法人千葉大学

 千葉大学国際高等研究基幹・大学院薬学研究院の原田真至准教授と、青山学院大学理工学部の長谷川美貴教授の共同研究グループは、「ランタノイド」(注1)を用いた触媒により、医薬品の開発に重要な複雑な構造を持つ化合物をたった1工程で高精度に合成することに成功しました。本研究の成果によって、医薬品の有効成分を効率的に合成できるようになることが期待されます。
 本研究成果は、2024年5月22日(水)に、アメリカ化学会の学術誌the Journal of Organic Chemistryで公開されました。
  • 研究の背景

 新薬の開発には、複雑な構造を持つ化合物が必要不可欠です。特に、「カルバゾール」(注2)と呼ばれる化合物群は、多くの生物活性を持つことから注目されています。例えば、天然由来の抗がん剤であるビンブラスチンはカルバゾールを部分構造として持っており、強力な薬理活性を示します。しかし、これらの化合物群を人工的に、かつ持続可能な方法で合成することは非常に難しいのが現状です。その理由は、カルバゾールが多くの置換基(化合物に付く別の原子団)を持ち複雑な構造であるからです。特に、1つの炭素に4つの異なる置換基が結合した「四置換炭素」という構造は、化学合成を行う上で大きな障害となっています。そのため、カルバゾールの効率的な合成方法の開発と同時に、使用する資源を再利用できる技術の確立が求められていました。


  • 研究の成果

 本研究では、ホルミウム(元素記号:Ho) (注3)などのランタノイド元素を用いた触媒を開発することで、四置換炭素を持つ複雑なカルバゾール化合物の合成に成功しました。各種ランタノイド触媒の中でも、特にホルミウム触媒が効率と純度の両面で最も優れた結果を示しました。

 この成功の鍵は、「ディールス・アルダー反応」(注4)と呼ばれる化学反応の巧みな利用にあります。この反応は、2つの単純な構造の原料を結合させて複雑なカルバゾールを1工程で作ることができるだけでなく、四置換炭素も同時に作ることができるため優れています(図1)。

図1 ディールス・アルダー反応で実現する 高純度カルバゾール合成計画図1 ディールス・アルダー反応で実現する 高純度カルバゾール合成計画

 しかし、研究グループが保有する既存のランタノイド触媒では四置換炭素を作るディールス・アルダー反応が進行しませんでした。なぜなら、反応に使う原料の1つに、反応を妨げる立体的な障害があったからです。

 研究グループは、このジレンマを解決するために触媒の構造を工夫しました。具体的には、ホルミウムの周りにスペースを作ることで立体的な障害を克服しました。この工夫は、ホルミウムの触媒機能を高める一石二鳥の効果をもたらし、これまで反応が進まなかった原料同士を効率よく結合させることに成功しました(図2)。

図2 ホルミウム触媒によるディールス・アルダー反応 (Si:シリコンを含む置換基)図2 ホルミウム触媒によるディールス・アルダー反応 (Si:シリコンを含む置換基)

 注目すべきは、この方法で作られたカルバゾールが非常に高い純度を持つことです。化合物には鏡に映った像のように左右対称の2つの形が存在し、通常はその混合物として得られます。しかし、本研究では、99%の純度で片方の形のみを選択的に作ることに成功しました。医薬品開発にはこの純度の高さが極めて重要です。なぜなら、化合物の2つの形は体内で全く異なる作用を示すことがあるからです。

 さらに、触媒として利用したホルミウムは反応後に回収できます。ランタノイドは電子機器や電気自動車などに不可欠な貴重な天然資源です。この回収・再利用技術は、資源の有効活用と環境保護に大きく貢献します。

 研究グループは、この革新的な合成法開発にとどまらず、以下のような3つの異なる先端技術を駆使して、触媒の働きを”見える化”しました(図3)。

図3 2つの原料が結合する瞬間を捉えた3次元モデル図3 2つの原料が結合する瞬間を捉えた3次元モデル

1. ランタノイドの「光る性質」を利用:触媒に使ったホルミウムと同様に、ユウロピウム(元素記号:Eu) (注5)もカルバゾール合成の優れた触媒として機能しました。研究グループは、ユウロピウムの光り方が周囲の環境によって変化する性質を利用して、反応中の触媒の状態変化を光の変化として捉えることに成功しました。これは、化学反応の現場を間接的に”見る”ことができる、とても画期的な試みです。

2. 触媒の「指紋」を調べる:ヒトが固有の指紋を持っているように、分子にも独自の指紋があります。研究グループは、質量分析という技術を使って、触媒の「分子指紋」を調べました。その結果、触媒がきちんと設計通りの構造を持っていることを確認できました。つまり、理想的な触媒が正しく機能していたことを裏付けました。

3. コンピューターで反応を「再現」:最後に、密度汎関数法という最新の計算科学を用いて、化学反応をコンピューター上で再現しました。その結果、なぜ特定の形の化合物だけが選択的に作られるのかを原子レベルで説明することができました。これらの取り組みによって、目に見えない分子の世界の「ここが、こうして、こうなる」を可視化しました。その結果、この革新的な合成法が成功する理由を科学的に裏付けることができました。


  • 今後の展望

 本研究は、新薬開発の加速に大きく貢献することが期待されます。特に、がん治療薬として知られるビンブラスチンなど、カルバゾール構造を持つ医薬品の効率的な人工合成が可能になります。また、ランタノイドの再利用技術は、持続可能な化学産業・製薬産業の実現にも寄与します。さらに、触媒の見える化によって、より良い触媒の設計や、より難易度の高い化合物の合成にも役立つことが見込まれます。今後、この技術を他の分野にも応用することで、環境に優しい化学反応の幅広い普及が期待されます。


  • 用語解説

(注1)ランタノイド:レアアース(希土類元素)に含まれる15元素の総称。磁性や発光などのユニークな性質を持ち、様々な分野で革新をもたらす可能性を秘めている。近年、日本の排他的経済水域の海底に埋蔵されていることがわかり、日本の資源戦略において重要な役割を果たすことが期待されている。

(注2)カルバゾール:12個の炭素と1個の窒素が構成する3つの環が繋がった化合物。医薬品をはじめとする生物活性を示す複雑化合物の部分構造としても知られている。

(注3)ホルミウム:ランタノイド元素の1つ。磁石や医療用レーザーに用いられている。一方で、化学合成の触媒として用いられることは稀である。地殻には比較的多く含まれているが、精製が難しいため希少性の高い元素とされており、回収・再利用することが肝要である。

(注4)ディールス・アルダー反応:4つの炭素原子をもつ分子と、2つの炭素原子を持つ分子が結合して、6つの炭素原子が環状に並び6角形を形成する反応。

(注5)ユウロピウム:ランタノイド元素の1つ。特定の光を当てると赤く発光する性質を持っている元素。かつてはブラウン管テレビの赤色蛍光体として使われていた。


  • 研究プロジェクトについて

 本研究は主に、科学研究費助成事業 基盤研究(C)「複数反応促進型ランタノイド触媒で実現する多置換環状骨格合成」(22K06496)の支援により遂行されました。


  • 論文情報

論文タイトル: Synthesizing Chiral Hydrocarbazoles with a Tetrasubstituted Carbon Using Holmium-Catalyzed Enantioselective [4 + 2] Cycloaddition: Mechanistic Insights from Luminescence and DFT Studies

著者: Shinji Harada*, Shihori Sekino, Marisa Inaba, Ayumi Okita, Tetsuhiro Nemoto, Shigeru Arai, Hitomi Ohmagari, Miki Hasegawa, and Atsushi Nishida

雑誌名: the Journal of Organic Chemistry

DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c00837

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未上場
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設立
2004年04月