気候の異常をエアロゾルで検出する新たな方法を開発 ―人工衛星による長期地球観測の重要性が明らかに―
千葉大学大学院融合理工学府博士後期課程3年の蔡穎(さいえい)氏と千葉大学環境リモートセンシング研究センター(CEReS)の入江仁士教授らの研究グループは、微小粒子状物質(PM2.5)に代表されるエアロゾルの大発生源である中国の風下の太平洋に着目して長期のエアロゾル衛星観測ビッグデータを解析しました。その結果、エアロゾルをトレーサー(注1)としてみなす新しい方法を用いることで、気候の異常などに伴う大気輸送場の変化を検出できることを明らかにしました。また、2003年から2021年にかけて、中国沿岸域から真東に運ばれる越境大気汚染の距離が短くなる傾向が見いだされました。これは、地球温暖化に伴って越境大気汚染経路が北にわずかにシフトしたことで説明できます(図1)。この傾向を精度高く評価して気候の異常をいち早く検出するためには、さらに長期にわたった人工衛星による地球観測が不可欠であり、あらためて人工衛星による地球観測の重要性が浮き彫りとなりました。
本研究成果は、2024年8月20日に国際科学誌Science of The Total Environmentに掲載されます。
■研究の背景
最大の地球環境問題のひとつとして人類の存続可能性までも脅かしている気候変動の影響が「気候危機」として世界各地で顕在化しています。気候危機の原因が人間活動にあることは疑う余地はなく、その緩和および適応に向けた対策が急務となっています。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)によると、気候変動の進行に伴って、中緯度で温帯低気圧が通過する経路やそれに付随する降水領域が極側へシフトしていると考えられています。また、陸域においても、気候ゾーンの極側へのシフトが報告されています。気候変動の将来予測が行われていますが、予測よりも気候変動の影響が深刻化することもあり得るため、一刻も早く正確な気候変動の検出を行う必要があります。
微小粒子状物質(PM2.5)に代表されるエアロゾルは人々の健康だけでなく、太陽光を吸収・散乱する効果や雲の性質を変化させる効果によって地球の気候にも影響を及ぼします。本研究では、こういったエアロゾルが気候に及ぼす影響とは全く異なる観点でエアロゾルをとらえ、エアロゾルをトレーサーとみなして気候の異常を検出する新しい方法を開発しました。
■研究の成果
本研究では衛星搭載センサーMODIS(注2)のエアロゾル光学的厚さ(AOD)(注3)のビッグデータを解析しました。図2には2003年から2021年までの19年間におけるMODIS AODデータの平均マップが示されています。この図から、中国は他の地域よりもAODの値が大きく、エアロゾルの大発生源であることが確認できます。
また、19年間、毎日3時間ごとにアジア大陸の各主要都市上空の高度100mを起点に10日間のフォワードトラジェクトリー(注4)を計算しました。その膨大なデータを全て平均したフォワードトラジェクトリーが図2に線で示されています。このフォワードトラジェクトリーが示すように、太平洋はアジア大陸の主要発生源の風下に位置していることが分かります。この結果を踏まえ、中国からのエアロゾルの越境大気汚染経路を他の国からの影響を最小にして調べるために、北緯25~30度の緯度帯の太平洋を研究領域に設定しました。
次に、北緯25~30度の緯度帯の太平洋上において、中国から発生したエアロゾルが中国沿岸域から東の海上に運ばれる際に、新たな発生源が無く、除去されるプロセスが主に起きていることを確認するために、AODの経度分布を調べました。その際、年や季節によって中国から発生するエアロゾル量が変わるという影響を相殺するために、中国沿岸域のAODデータで規格化した数値(RAOD)を用いる新たな方法を開発しました。これは、ある経度のAODデータを東経125~130度のAODデータで除した値におおむね相当します。この数値を算出する際、波しぶきに由来する海塩などの自然起源エアロゾルが無視できないことが分かり、その寄与を再解析データ(MERRA-2)(注5)を援用して差し引く工夫も施しました。図3が示すように、RAODは東に向かって指数関数的に減少することが判明しました。また、減少の度合いについては、同緯度帯近傍に位置する沖縄辺戸岬(北緯26.9度、東経128.2度)と南鳥島(北緯24.3度、東経154.0度)の地上リモートセンシング観測網SKYNET(スカイネット)(注6)の観測サイトで得られたAODデータから求めたRAOD値と整合することも明らかになりました。さらには、RAOD値の季節変動は大気輸送場の季節変動ともよく対応していました。このように、エアロゾル(より正確には人為起源エアロゾル)をトレーサーとみなす新たな方法を用いることで、大気輸送場の変動を評価できることが分かりました。
これらの結果を踏まえ、2003年から2021年までの19年間を3つの期間に分けてRAODの長期トレンドを調べました(図4)。その結果、同じ経度でRAODの値を比べると時間とともにわずかに減少する傾向があることが分かりました。また、RAODがある値(例えば0.2)まで減少する東西方向の距離が短くなる傾向も見つかりました(図4)。ここで、前述しましたが、RAODは年や季節に依って中国から発生するエアロゾル量が変わる影響が相殺されている数値であることが重要です。RAODがある値まで減少する東西方向の距離が短くなる傾向は中国沿岸域から真東に運ばれる越境大気汚染の距離が短くなったことを意味し、越境大気汚染経路が北にわずかにシフトしたことで説明できます(図1参照)。このような温暖化に伴って起きうる傾向を精度高く評価して気候の異常を一早く検出するためには、さらに長期にわたった人工衛星による地球観測が不可欠です。
■今後の展望
本研究の成果は、そのほとんどが観測データから得られていることに大きな価値があります。地球を研究対象とした自然科学では、基本的に観測から得られた確度の高いデータを手がかりにしてつなぎ合わせ、地球で実際に起きている過程を定量的に理解し、不変の真理を追究することが究極の目的です。そのためには観測データが多ければ多いほどよいと考えます。我が国の主要な地球観測衛星(GCOMシリーズ、GOSATシリーズ、ひまわりシリーズ、ALOSシリーズなど)による地球観測の継続とともに、数値シミュレーションやデータサイエンスといった手法を相補的に活用し、気候危機の影響を抑えた安心安全な地球環境の実現を目指していきたいと思います。
■用語解説
注1)トレーサー:流体の移動や変化を追跡するための目印となる物質。
注2)MODIS(MODerate resolution Imaging Spectrometer/中分解能撮像分光放射計):米国NASAの人工衛星 Terra と Aqua の両方に搭載されているセンサー。エアロゾルの光学的特性、雲分布、海面水温、海色、積雪分布、雪氷面温度、植生指数などを観測する。
注3)エアロゾル光学的厚さ(AOD):⼤気中のエアロゾルによる光の強度の減衰を決める量のことをエアロゾル光学的厚さ、あるいは、エアロゾル光学的深さという。減衰する要素としては光吸収と光散乱に分けられる。
注4)フォワードトラジェクトリー:質点とみなした空気の塊の移動軌跡(トラジェクトリー)を気象データで計算することをトラジェクトリー解析と呼ぶ。時間を進めて計算したトラジェクトリーを「フォワードトラジェクトリー」、時間を戻して計算したトラジェクトリーを「バックワードトラジェクトリー」と呼ぶ。
注5)MERRA-2:Modern-Era Retrospective analysis for Research and Applications, Version 2の略。NASAで開発された再解析データ。全球モデルのGEOS-5に観測データを組み込むことによって(データ同化)、時空間的に均質なデータを提供する。
注6)SKYNET:千葉大学が主導しているエアロゾル・雲・放射に関する国際地上リモートセンシング観測網。https://skynet.irie-lab.jp/
■研究プロジェクトについて
本研究は、宇宙航空研究開発機構の地球観測研究公募、地球気候系の診断に関わるバーチャルラボラトリーの形成(VL)、国際地上リモートセンシング観測網SKYNETプロジェクトの支援を受けて遂行されました。
■論文情報
・論文タイトル:Detectability of the potential climate change effect on transboundary air pollution pathways in the downwind area of China
・掲載誌:Science of The Total Environment
・著者:Ying Cai, Hitoshi Irie, Alessandro Damiani, Syuichi Itahashi, Toshihiko Takemura, Pradeep Khatri
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